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1 大物主神の「犯罪」:強制わいせつ罪

 

  三島溝咋(みしまのみぞくひ)(むすめ),名は勢夜陀多良比売(せやだたらひめ),その容姿(かたち)(うる)()しくありき。故,美和の大物主神,見()でて,その美人の大便(くそ)まれる時,丹塗矢に()りて,その大便(くそ)まれる溝より流れ下りて,その美人の(ほと)を突きき。ここにその美人驚きて,立ち走りいすすきき〔あわてふためいた〕。すなはちその矢を()ち来て,床の()に置けば,忽ちに麗しき壮夫(をとこ)に成りて,すなはちその美人を(めと)して生める子,名は富登多多良伊須須岐比売(ほとたたらいすすきひめの)命と謂ひ,亦の名は比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ) こはそのほとと云ふ事を悪みて,後に名を改めつるぞ。と謂ふ。(『古事記』神武天皇記)

 

これは刑法(明治40年法律第45号)176条の強制わいせつ罪(「13歳以上の者に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。」)に該当する行為ですね。同罪の暴行について「通説・判例は,暴行を手段とする場合に限らず,暴行自体がわいせつ行為である場合を含めている(大判大14121刑集4743)」ところ(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)119頁。また,大判大7820刑録241203),自ら「丹塗矢に化りて」,女子の意思に反して,それで「陰を突」くのは,暴行によるわいせつ行為です。

 

2 大審院の判例2題等:東京の歯科医師事件及び諸県の宴会事件

 

(1)東京の歯科医師事件

大審院第二刑事部の大正14年(れ)第1621号猥褻及歯科医師法違反被告事件同年121日判決(一審:東京区裁判所,二審:東京地方裁判所)に係る事案は,「大正13年〔1924年〕618日某歯科医院治療室ニ於テ某女当24年ノ需ニ応シ其ノ齲歯ノ治療ノ為1プロノコカイン水約半筒ヲ患部ニ注射シ治療台ニ横臥安静セシメタル際同女ノ意ニ反シテ着衣ノ裾ヨリ右手ヲ入レ其ノ陰部膣内ニ自己ノ右示指ヲ挿入シテ暴行ヲ加ヘ以テ猥褻行為ヲ為シタルモノ」です。刑法176「条ニ所謂暴行ハ如斯場合ヲ指称スルモノニ非ス暴行行為ヲ手段トシテ猥褻行為ヲ為シタルコトヲ要件トスルモノナリ」との弁護人の主張に対して大審院は,「刑法第176条ニ所謂暴行トハ被害者ノ身体ニ対シ不法ニ有形的ノ力ヲ加フルノ義ト解スヘク婦人ノ意思ニ反シ其ノ陰部膣内ニ指ヲ挿入スルカ如キハ暴行タルコト勿論ニシテ本件ノ猥褻行為ハ斯ル暴行行為ニヨリテ行ハレタルモノナレハ暴行行為自体カ同時ニ猥褻行為ト認メラルル場合ト雖同条ニ所謂暴行ヲ以テ猥褻行為ヲ為シタルモノニ該当スルコト明白ナリ論旨理由ナシ」と判示しています。

 

(2)諸県の宴会事件

 

ア 判例

大審院第一刑事部の大正7年(れ)第1935号猥褻致傷ノ件同年820日判決(一審:宮崎地方裁判所,二審:長崎控訴院)に係る事案は「被告ハ大正7年〔1918年〕321日ノ夜宮崎県北諸県(もろかた)郡○○村大字×××△△△△方ニ於テ外14名ト酒宴中相共ニ同家下女◎◎◎◎ト互ニ調戯(からか)ヒ其他数名ノ者カ◎◎ヲ押シ倒シ居ルニ乗シ被告ハ指ヲ◎◎ノ陰部ニ突込ミ因テ陰部ニ治療20日余ヲ要スル創傷ヲ負ハシメタルモノナリ」というもので,被害者を押し倒していた者らと被告人との間の共犯関係は認められなかったものの,刑法178条の罪(「抗拒不能に乗じ」た準強制わいせつ(この「抗拒不能」については,「他人の行為により,縛られた状態であったり身動きできない重傷を負っている場合が考えられる」とされています(前田125頁註17)。))ではなく同法176条の罪を犯し,よって人を死傷させたものとして,同法1811項の強制わいせつ致傷罪(刑は無期又は3年以上の懲役)の成立が認められたものです。大審院は,「婦人ノ意思ニ反シテ指ヲ陰部ニ挿入スルカ如キハ其自体暴行ニ因リ猥褻行為ヲ為スモノト謂ハサルヘカラス原判決カ前示被告ノ行為ヲ刑法第176条ニ問擬シタルハ相当ナリ」と判示しています。

ところで,1918321日といえば,第一次世界大戦の終わりの始まりであるドイツ軍による西部戦線大攻勢発起の日であるとともに,(現在のとてつもなく恐ろしい新型コロナウイルス感染症パンデミック💀に比べれば児戯のごときものではありますが)スペイン風邪の世界的流行の前夜でもありました(「スペイン風邪に関して」http://donttreadonme.blog.jp/archives/1077312171.html)。女性との戯れを伴う大勢での長夜の飲🍶に耽っていたとは(当然「マスク会食」ではなかったのでしょう。),当時の宮崎県人には自粛の心も,風邪等の感染症に係る弱者の命を守る優しさも思いやりの心も全く見られず,ゆるみ切っていたとしかいいようがありません。真面目な日向人は全て,神武天皇に率いられて遠い昔に東に去ってしまっていたものでしょうか。

 

イ 諸県のゆかり:泉媛及び髪長媛

しかし,大正時代の刑事事件はともかくも,日向国諸県の人々の宴会といえば,古代以来のゆかしい由来があるのです。『日本書紀』景行天皇十八年三月条に「始めて(ひな)(もり)に到ります。是の時に,石瀬(いはせの)河の()に人(ども)集へり。(ここ)天皇(すめらみこと),遥に(みそこなは)して,左右に(みことのり)して(のたまは)く,「其の集へるは何人(なにひと)ぞ。(けだ)(あた)か。」とのたまふ。乃ち()夷守・(をと)夷守二人を遣して()しめたまふ。乃ち弟夷守,還り(まゐき)(まを)して(まを)さく,「諸県君泉媛(もろがたきみいづみひめ),大御食(みあへ)(たてまつ)らむとするに依りて,其の(やから)(つど)へり」とまをす。」とありました。諸県の人々が,そのお姫様を奉じて,現在の宮崎県小林市辺り(同市は諸県の北西方向に所在します。)の岩瀬河畔まで出張って,第十二代天皇陛下歓迎の大宴会の準備をしていたのでした。「地方豪族の娘が天皇の食事を奉るのは服従の表象」だったそうです(小島憲之=直木孝次郎=西宮一民=蔵中進=毛利正守校注・訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀①』(小学館・1994年)359頁註4)。『日本書紀』にその旨の記載はありませんが,景行天皇は,泉媛を始めとする諸県の人々との宴会の夜を愉快に堪能されたことでしょう。その際宴に集う人々の間においては,男女が互ニ調戯フ場面もあったかもしれません。

また,諸県といえば,諸県君(うし)諸井(もろゐ)の娘であって,大鷦鷯(おほさざきの)(みこと)第十六代仁徳天皇)の妃となった髪長媛の出身地ということになります。美人が多いのでしょう。

髪長媛と大鷦鷯尊との間には,怪我が生じた云々といった悶着は生じなかったようです(『日本書紀』応神天皇十三年九月条)。

 

 道の(しり) こはだ嬢子(をとめ)を 神のごと 聞えしかど 相枕まく

  道の後 こはだ嬢子 争はず 寝しくをしぞ (うるは)しみ()

                                                   

 

3 旧刑法346条及び347条の猥褻ノ所行罪

 

(1)条文

現行刑法176条の前身規定は,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の第3編「身体財産ニ対スル重罪軽罪」中の第1章「身体ニ対スル罪」にある第11節「猥褻姦淫重婚ノ罪」の第346条に「12歳ニ満サル男女ニ対シ猥褻ノ所行ヲ為シ又ハ12歳以上ノ男女ニ対シ暴行脅迫ヲ以テ猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ2円以上20円以下ノ罰金ヲ附加ス」と,同法347条に「12歳ニ満サル男女ニ対シ暴行脅迫ヲ以テ猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ2月以上2年以下ノ重禁錮ニ処シ4円以上40円以下ノ罰金ヲ附加ス」とあった規定です。

(なお,旧刑法においては,公然猥褻罪(同法258条)及びに猥褻物等公然陳列販売罪(同法259条)は第2編「公益ニ関スル重罪軽罪」中の第6章「風俗ヲ害スル罪」において規定されており,これらの罪の保護法益と同法3111節の猥褻姦淫重婚ノ罪のそれとの分別が明らかにされていました。「〔現行〕刑法典は,強制わいせつ罪と強姦罪を社会法益の中に位置づけているが(22章〔「わいせつ,姦淫及び重婚の罪」〕),現在は一般に,個人法益に対する罪として捉えられている。〔略〕公然わいせつ罪,わいせつ物頒布罪等は,社会法益に対する罪(性的風俗に対する罪)として扱う。」ということであれば(前田117頁),分類学的正確性において現行刑法には旧刑法よりも劣るところがあり(大塚仁『刑法概説(各論)増補二版』(有斐閣・1980年)89頁註2参照),「現行法〔旧刑法〕第3編第1章第11節ノ猥褻,姦淫及ヒ重婚ノ罪モ身体ニ対スルヨリモ寧ロ風俗ヲ害スルモノト認メ」た(法典調査会編纂『刑法改正案理由書 附刑法改正要旨』(上田屋書店・1901年)166頁),そもそもの法典調査会の判断は間違っていたということになるのでしょう。)

旧刑法346条及び347条のフランス語文は,18778月のProjet de Code Pénal pour l’Empire du Japonにおいては,良き品位に対する(contre les bonnes mœurs)罪として,次のとおりでした(なお,旧刑法26章の風俗ヲ害スル罪は,フランス語文では,公道徳及び信仰の敬重に対する軽罪(délits contre la morale publique et le respect dû aux cultes)でした。)。

 

   386. Seront punis d’un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an de d’une amende de 5 à 20 yens:

    1° Celui qui aura commis, sans violences, un acte contraire à la pudeur d’un enfant de l’un ou l’autre sexe âgé de moins de 12 ans accomplis;

        2° Celui qui aura commis le même acte avec violences ou menaces contre une personne de l’un ou de l’autre sexe âgée de plus de 12 ans.

 

      387. Si l’acte a été commis avec violences ou menaces contre un enfant ayant moins de 12 ans, la peine sera un emprisonnement de 2 mois à 2 ans et une amende de 10 à 40 yens.

 

(2)“un acte contraire à la pudeur” vs. „unzüchtige Handlungen “

 我が刑法176条の「わいせつな行為」にいう「わいせつ」については,「「徒に性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること」という定義が維持されている(最判昭26510刑集561026)」そうですが(前田119-120頁),猥褻ノ所行が“un acte contraire à la pudeur”,すなわち「性的羞恥心に反する行為」ということであると,「徒に性欲を興奮または刺激せしめ」の部分は不要であるようにも思われます。被害者のpudeur(性的羞恥心)が受ける侵害に専ら着目せず,行為者の心情をも問題にするのは,unzüchtige Handlungen(わいせつ行為)概念を中心に強制わいせつ罪を構成したドイツ刑法旧176条の影響でしょうか。

 1871年ドイツ刑法の第176条は次のとおりでした。

 

  第176条 次に掲げる者は,10年以下の懲役〔Zuchthaus. 重罪の刑(同法11項)〕に処せられる。

   一 婦女に対して,暴力をもって(mit Gewalt)わいせつ行為をなす者又は生命若しくは身体に対する現在の危険をもって脅迫してわいせつ行為の受忍を余儀なくさせる者

   二 意思若しくは意識の無い状態にあり,又は精神障碍のある婦女を婚姻外において姦淫する者

   三 14歳未満の者とわいせつ行為をする者又はこれらの者をわいせつ行為の実行若しくは受忍に誤導する(verleitet)者

宥恕すべき事情(milderne Umständeがあるときは,6月以上の重禁錮〔Gefängnißstrafe. (軽罪の刑(同法12項)。最長期は5年(同法161項))〕に処する。

    本条の罪は,告訴を待ってこれを論ずる。ただし,公訴の提起後は,告訴を取り下げることはできない。

 

 「メツガーは,「いわゆる傾向犯(Tendenzdelikte)は,行為者の内心的傾向の徴表として表出される犯罪であり,この傾向は法規定の中に含まれる。性器に対するあらゆる接触は,医師の診察上の目的によらないのであれば,強制わいせつ罪における『わいせつ行為(unzüchtige Handlung)』に当たる。それはすなわち,当該行為が,性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという傾向を伴ってなされたということである。」と主張した」そうです(神元隆賢「強制わいせつ罪における性的意図の法的性質と要否」法政論叢54巻(2018年)2103頁における引用)。

 我が旧刑法のフランス語文原案の起草者であるボワソナアドによる,旧刑法258条の公然わいせつ罪(「公然猥褻ノ所行ヲ為シタル者ハ3円以上30円以下ノ罰金ニ処ス」)に関する「わいせつな行為(acte contraire à la pudeur publique)」の定義は,「何よりも,そしてほとんど専ら,単数又は複数の男性又は女性の陰部(les parties sexuelles)を故意に公衆の目にさらす行為」というものでした(Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagé d’un commentaire (Tokio, 1886): pp.806-807)。旧刑法の起草準備段階において,鶴田皓から「一人ニテ陰陽[性器]ヲ出シタル時」にも公然わいせつ罪になるのかと問われたボワソナードは,罪となると答えた上で,「然シ国ノ寒熱帯度ニ依テ自ラ慣習ノ異ル所アレハ一概ニ仏国ノ例ヲ推シテ論シ難シ 然シ陰器[性器]ヲ出シタル以上ハ何レニモ猥褻ノ所行ト為サゝルヲ得ス/故ニ日本ニテハ上肢位迄ヲ出シタル者ハ猥褻ノ所行ト罰スルニ及ハサルヘシ」と述べていたそうです(高島智世「ボワソナードの自然法思想と法の継受――『日本刑法草案会議筆記』の性犯罪規定を分析対象として――」金城大学紀要第12号(2012年)122)。

 公然わいせつ罪についてどうもピンと来ない様子である日本人を見ながら,ボワソナアドの脳裡には,『法の精神』における次の一節の記憶がよみがえったものかどうか。

 

   世界のほとんど全ての国民において守られている性的羞恥心(pudeur)に係る規則がある。それを,秩序の再建を常に目的としなければならないものである犯罪の処罰において破ることは,不条理である。

   〔中略〕

   日本の当局者が,公共の場において裸の女らをさらし者にし,更に彼女らをして四つん這いで動かしめた時,彼らは性的羞恥心を震駭せしめたのである。しかし,彼らが母を強いて・・・させようとし,息子を強いて・・・させようとした時――私は,全部は書けない――彼らは自然(nature)自体を震駭せしめたのである。

  (Montesquieu, De l’Esprit des lois (Paris, 1748: Livre XII, Chapitre XIV

 

(後編:「ボワソナアドの諸消極説等」)に続く:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079619366.html


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