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第4 現行刑法93条及び94条解説

 

1 現行刑法93条:私戦予備及び陰謀の罪

 刑法93条の解釈論は,現在世間を悩ませているようです。これはそもそも,司法省の刑法草案取調掛の多数意見は不要としたいわくつきの条項だったのでした。それを少数派が頑張って,刑法草案審査局段階で逆転復活させたのはよいが,その際本来は内乱罪的に詳細なものであるべきであった構成要件が単純化されてしまったことが祟ったというべきでしょうか。

 

(1)国内犯

 現行刑法によっては,国外で行われるものであるところの私戦自体は罰しないということにした結果(同法2条から4条まで参照。勝てば日本国の生んだ英雄万歳になるし,負ければ当該外国の正義及び武勇を寿ぐばかりである,ということだったのでしょうか。),国内で犯され得る予備及び陰謀のみが同法93条に残ることになったのではないかと思われますところ(前記第322)ウ参照),1902214日の貴族院刑法改正案特別委員会において古賀廉造政府委員はその旨次のような答弁をしています。

 

  現行法デハ外患罪ノ中ニ「外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開キタル者ハ」ト云フ規則ガ掲ゲテアルヤウデゴザイマス,然ルニ外国ニ対シ私ニ戦端ヲ開クト云フ事実ハ想像ニ浮ンデ来ナイノデゴザイマス,皆外国ヘ行ッテ向フノ土地デ戦争ヲスルト云フコトデアリアスレバ寧ロ向フノ国ノ犯罪ニナリハシナイカト云フ考ヲ持ッタノデアリマス,日本内地ニ居ッテ此行為ヲ為スコトハ殆ド出来得ル場合ガ無イモノデハアルマイカト云フ考デゴザイマス,ソコデ原案デハ日本内地ニ於テナサレルダケノ行為ヲ禁ジタ方ガ穏当デアラウ,加之是ハ外患罪ト云フ性質デハアルマイ,寧ロ交信ヲ破ル性質ノ犯罪デアラウト云フノデ茲ニ規定シタ次第デアリマス

  (第16回帝国議会貴族院刑法改正案特別委員会議事速記録第9132頁)


 更に同年36日の衆議院刑法改正案委員中調査委員会においては,外国に対して私に戦闘をなしたことを我が国で罰する方針は無い旨の政府答弁がありました。

 まず,倉富勇三郎政府委員(司法省民刑局長)。

  

  私カニ戦端ヲ開クト云フ事柄ガ,ムヅカシイコトデアリマスガ,兎角外国ニ往ッテ既ニ外国デ戦ヲ始メタコトデアレバ,向フハ向フデ勝手ニ処分モ出来ル,又場合ニ依ッテハ本統ノ戦争ニナルカモ知レヌ,サウ云フコトマデ本国ノ刑法デ罰スルコトガ,兎モ角モ不必要デアル,併ナガラ内国デ取締ノ附クダケハ,取締リヲ附ケナケレバナラヌタメニ,111条〔現行刑法93条に対応〕ヲ置イタノデ,予備陰謀デアレバ,之ヲ其儘ニスルコトハ出来ヌ,有形ノ戦ヲ始メタコトニナレバ,向フデドウトモスルコトモアリマスシ,場合ニハ引続イテ本統ノ戦ニナルカモ知レマセヌ

  (第16回帝国議会衆議院刑法改正案委員中調査委員会会議録第229頁)

 

 これを石渡敏一政府委員が敷衍しました。

 

  現刑法〔旧刑法〕ノ133条並ニ,草案ノ111条〔現行刑法93条に対応〕,実ニ斯ウ云フ考ヘ――外国カラ見レバ一ノ国事犯デアル,其国ノ政府ヲ倒ストカ,其国ヲ乗取ルトカ云フ場合ナラ,国事犯ト見テ外国デ処分ヲスルカラ,内地デ罰スル必要ハナイ,又一面カラ見レバ,外国ニ於ケル政治犯ナラバ,外国人ガ罪ヲ犯シテモ,内地ニ於テ罰セザルノミナラズ,場合ニ依ッテハ保護ト云フコトモオカシイガ,マア保護ヲスルト云フ位ニナッテ居ル,内国人デアルト云ッテ,罰スルノモオカシイ,ソレ故ニ外国トノ交際上,内国ヲ以テ外国ニ対スル政治犯ノ根拠地トシテハ,外国ニ対シ今日ノ如ク締盟国トシテ,親睦シテ居ル間柄デハ宜シクナカラウ,唯内国ダケデ取締ヲ付ケル,外国ニ於テ戦端ヲ開イタラ,一ノ政治犯トナルカラ,内地ニ於テ罰スル必要ハナイノミナラズ,場合ニ依ッテハ保護スル位ナモノニナッテ居リマスカラ,之ヲ変ヘタ方ガ宜カラウト云フノデ,此ノ如ク変ヘタノデアリマス

  (第16回帝国議会衆議院刑法改正案委員中調査委員会会議録第229頁)

 

ア 脱線1:樺太国境越しの対露私戦の問題

ただし,現行刑法が制定された明治40年(1907年)には樺太に国境線があったので,理屈だけならば,国境線越しに我が国内からロシア帝国と私戦を行うことは可能ではあったのでしょう。しかし,元ロシア領の樺太に刑法が直接施行されることはなかったので,現行刑法制定に当たって樺太の日露国境のことを考える必要はなかったのでしょう。明治40年法律第25号が「法律ノ全部又ハ一部ヲ樺太ニ施行スルヲ要スルモノハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム〔ただし書略〕」と規定しており,刑法の樺太施行には明治41年勅令第192号が必要だったのでした。

 

イ 脱線2:在日米軍に対する私戦の問題

今日的問題としては,在日米軍相手に(すなわち国内において外国たる米国に対し)私に戦闘をなした場合はどうなるか,があります。既遂であっても刑法93条の予備又は陰謀の範囲でしか罰せられないというのも変ですね。日米安保体制は「憲法の定める統治の基本秩序」(日本国憲法がその前提とする統治の基本秩序)であるということで,内乱罪で処断すべきでしょうか。

 

(2)日本国憲法9条

ここで,日本人らが(国外で)外国相手に私戦をすることは現行刑法によって処罰されないとしても,法律レヴェルならざる日本国憲法9条との関係ではどうなのか,ということが疑問となります(大塚536頁は同条違反とするようです。)。しかしこれについては,極端な反対解釈をした上での屁理屈としては,「日本国民といえども,日本国憲法91項で放棄しているのは日本国の戦争,日本国の武力による威嚇及び日本国の武力の行使に限られ,同条2項後段で認めないのは国の交戦権のみである。したがって,日本国憲法によっては,私の戦闘,私の武力による威嚇及び私の武力の行使は放棄されておらず,かつ,私の交戦権も否認されていないのである。」ともいい得るようです(なお,人民の武装権を保障する米国憲法修正第2条参照)。

また,「国の交戦権」を認めないからといって,外国の軍隊がなす戦闘の正当業務性(刑法35条)までを否定するものではないでしょう。

 

(3)「戦闘」と「戦闘行為」との間における語義の異同の有無等について

 現行刑法93条の当初の条文は「外国ニ対シ私ニ戦闘ヲ為ス目的ヲ以テ其予備又ハ陰謀ヲ為シタル者ハ3月以上5年以下ノ禁錮ニ処ス但自首シタル者ハ其刑ヲ免除ス」というものでした(第15回帝国議会に提出され,19012月に貴族院で審議された政府の刑法改正案において既に,「3月以上」の部分がないことを除いて同一の文言になっていました。)。刑量は旧刑法133条の予備(前記第331)ウ参照)から格段に減っていますが,18778月案並み(前記第322)エ参照)に戻ったということでしょうか。ただし,文言を平成7年法律第91号による改正後の現在のものと比較すると,「私ニ戦闘ヲ為ス」が現在は「私的に戦闘行為をする」に変わっています。これは少々悩ましい。

 「戦闘行為」は,今日では「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為」と理解されるようです(自衛隊法(昭和29年法律第165号)84条の311号括弧書き等)。しかし,我が国民からなるものの国家のものならざる私の遠征部隊が外国と戦っても,国と国との関係という意味での「国際的」な武力紛争にはならないでしょう。したがって,刑法93条の「戦闘行為」と他の法律の「戦闘行為」とは同一ではないはずです。とはいえ,「戦闘行為」というと,個々人がする人の殺傷行為又は物の破壊行為というニュアンスが出てしまうようです。そうであると,現行刑法93条の「私的に戦闘行為をする」者,ひいては「私的に戦闘行為をする目的で,その予備又は陰謀」をする者は,実際に自らの手で殺傷又は破壊を行う兵隊レヴェルの個人であるのが本則であるということになりそうです。そのような思考に沿った議論は,そもそもは西郷隆盛的な大人物が率いる朝鮮国等への遠征を心配して設けられたものであるはずの旧刑法133条の沿革からの逸脱顚倒となってしまうようであります(一番の責任者であって可罰性が最も重いはずの総大将は本来本陣にどんと控えているのであって,自らの手で人の殺傷や物の破壊(「戦闘行為」)をするようになるのは戦況大悪化の末期的状態になったときのみでしょうし,負けると思って戦闘の予備又は陰謀をすることは通常ないでしょう。)。

 しかし,平成7年法律第91号による刑法の現代用語化は,内容の変更を伴うものではなかったはずです。

 やはり,現行刑法93条の「戦闘行為」を,「戦闘」の文言に常に置き換えて思考することが,その混乱を回避するためにはよさそうです。「組織的な武力攻撃」(前掲前田・各論584-585頁)ですから,戦闘の実動的主体は軍隊を典型とする組織であって,戦闘参加者たる個人による戦闘行為と当該戦闘とは別次元にあり,「戦闘ヲ為ス」者は旧刑法133条の「戦端ヲ開」く主体と同様(前記第331)イ参照),当該組織を動かす司令官又は指揮官のような人物なのでしょう(陸軍刑法36条及び海軍刑法31条には司令官又は指揮官が「休戦又ハ媾和ノ告知ヲ受ケタル後故ナク戦闘ヲ為シタルトキハ死刑ニ処ス」とあります(下線は筆者によるもの)。)。

 なお,国家でなければ,「戦争」をなすとはいえないでしょう。したがって,刑法93条の見出しには「私戦」とあるところです。すなわち,現行刑法93条は「現行法〔旧刑法〕第133条ヲ修正シタルモノニシテ現行法に戦端(●●)()()()トアルヲ戦闘(●●)()()()ト改メタルハ戦端ハ即チ戦争ヲ開始スルノ義ニシテ戦争ナル用語ヲ実際ニ適用スルニ付テハ疑ナキ能ハス寧ロ戦闘トナシ対手ノ一私人タル場合ニ広ク適用スルヲ便トスレハナリ」ということだったのでした(法典調査会編『刑法改正案参考書』(八尾商店・1901年)106頁)。

 しかし,陸軍刑法36条及び海軍刑法33条においては「戦闘ヲ為」す主体が司令官又は指揮官に限定されていないことがなお気になります。どうして刑法93条は,旧刑法133条の「戦端ヲ開キ」との表現を改めるに当たって,「戦闘ヲ開始」ではなく「戦闘ヲ為ス」という表現を採用したのでしょうか。

 ボワソナアドが私戦に含まれるものとして指摘していた,既に交戦状態にある国の一方に加勢するための私の遠征(cf. Boissonade, pp.506 et 526)をも含ましめるためでしょうか。なるほど,既に戦闘が開始されているので今更に「開始」の語は使えないわけです。その場合,「戦闘ヲ為」すとの表現によって陸軍刑法36条及び海軍刑法33条式に主体が拡大し得る点については,沿革によって制限することにしたのでしょう。(また,そもそも,陸軍刑法36条及び海軍刑法33条の主体は,「命令ヲ待タス」の反対解釈からすると,自らの発意で戦闘をすることは本来できないはずの者です(天皇以外の司令官及び指揮官も実はそうですが。)。それらの者固有の確乎たる「外国ニ対シ私ニ戦闘ヲ為ス目的」(をもってする予備又は陰謀)を想定することは行き過ぎなのでしょう。よき軍人は,戦闘をすべからずとの命令が上官からあれば,飽くまでもそれに従わなければなりません。)

 いずれにせよ,刑法93条を内乱罪とパラレルに解釈すれば,私戦にも「首謀者が必ず存在しなければならない」ことになり(前掲前田・各論504頁参照),首魁が中心となりますが,一国を相手に手勢を率いてひといくさしようなどと考え,首魁としてその野望の実現に向け邁進し得る者は,英雄豪傑だけなのでしょう。


西郷さん

内乱の首魁(東京都台東区)


(4)自首による刑の必要的免除

 刑法93条ただし書は,自首による刑の必要的免除規定です。しかし,当該ただし書を刑法80条及び78条と比較したときには――不思議な光景が見えてしまうような気がします。外国と堂々私戦が戦われた後に日本国の官憲に対して当該私戦に係る予備及び陰謀についての自首があったときにも,いやしくも自首が成立するのであれば(「犯罪事実が発覚していても,犯人が発覚していなければよい」とされています(前田・総論514頁)。),やはり刑法93条本文の刑は科されないのでしょう。

 

2 現行刑法94条:中立命令違反の罪

 現行刑法94条の構成要件は,旧刑法134条の「本国ニ於テ局外中立ヲ布告シタル時其布告ニ違背」が「局外中立に関する命令に違反」に変わったものです。「布告」が「命令」になりましたから,正に1898年の米西戦争時の明治31年勅令第86号及び同第87号という二つの命令に係る前例(前記第332)イ参照)にのっとることとしての改正です。すなわち。現行刑法94条は,旧刑法「第134条ノ文字ヲ修正シタルニ止リ同一趣旨ノ規定ナリ」なのです(法典調査会編106頁)。

 そうであれば,1911年の伊土戦争の際には詔書のみが出ていて命令(勅令)は出されていませんから(前記第22参照),結局,局外中立宣言のみがあって,局外中立命令に基づく現行刑法94条の発動はなかったものと解すべきもののようです。

 いずれにせよ,大日本帝国憲法9条で認められていた法規たる独立命令の制定権のようなものは現在の日本国憲法下では存在しませんから,現行刑法94条の出番はもう無いのでしょう(なお,それ自体が太政官布告であった旧刑法の時代はいざ知らず,公文式・公式令によって公式が整備された時代の現行刑法94条について,「「命令」といっても,必ずしも,法律に対するものとしての狭義の命令の形式によったもの(たとえば,政令)であることを要しない。」(大塚537頁)とはいいにくいでしょう。)。法律で中立命令を出すのならばその法律で罰則を定めればよいだけであって,その際刑法94条が当該立法に対する制約規定となるものでもないでしょう(後法は前法を破る。)。

 

 しかし,2022224日から既に1箇月。Ещё не умерла Украина!


私戦予備及び陰謀の罪(刑法93条)並びに中立命令違反の罪(同条94条)に関して

 (起):現行解釈 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505630.html

 (承):旧刑法の条文及び18778月案154条の2(私戦の罪)

     http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505646.html

(転):18778月案155条(外国人の刑の減軽)及び156条(中立違反の罪)並びに旧刑法133条及び134

    http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079505655.html