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5 概念図その1:ドイツ民法草案のMotive und Protokolle

 ところで,ドイツ民法第一草案には理由書(Motive)が,第二草案には第二草案に関する委員会議事録(Protokolle)が存在しています。

 Motive及びProtokolleの当該部分の拙訳は,次のとおりです。

 

 ドイツ民法第一草案理由書

 

  第454

   それ自身確かに事柄に即したものである第454条の規定(ザクセン法1071条,ヘッセン法案136条,バイエルン法案622条,ドレスデン法案527条,ヴィントシャイト§37011参照)の採用は,少なくとも,用心によって要請されるものと見受けられる。それによって,消費貸借の目的返還の訴えを同条に掲げる合意に基づき提起した債権者は,次のような債務者の抗弁,すなわち,個々に決められた一定量の代替物を所有物として交付することを概念上前提とする消費貸借の目的(ein Darlehen)を彼は受領していない,したがって,不法の基礎の上に立つ当該請求は棄却されるべきである,との抗弁から守られるのである。当該規定がなければ,そのような抗弁を提出する債務者を排斥できるかどうか,疑問なしということには全くならないものである。当該事案は,当該危険を予防されざるべきものとするには,余りにも頻繁かつ重大なのである。ところで,当該規定は,既存の債務の拘束力について抗弁の付着していないことを前提としており,債務者が先行する債権債務関係に基づく抗弁により防御することができるか否か,また,できるとしてどの範囲においてかについて規定するものでは全くない。このことについては,他の規定によって決定されるものである。

  (Motive S.312

 

 ドイツ民法第二草案に関する委員会議事録

 

   第454条に対して,次のように規定されるべしとの動議が提出された。

 

    ある者が,相手方に対して,金銭又はその他の代替物に係る債務を負う場合においては,両者間において,当該債務の目的について,以後消費貸借の目的としての債務が負担されるべきものとする旨の合意をすることができる。

 

   草案は当該動議の規定振りによることとなった。

一方の側から(Von einer Seite),第454条の内容及び射程に関して,以下のことが強調された。

 

     訴訟においては,原告は,被告が当該価額を受領したことを主張立証しなければならない。当該主張立証に当たっては,被告が当該受領を争ったときは,消費貸借債務に変じた債権債務関係にまで遡らなければならない。また,今日の法は,短期時効期間に服するものであっても,存在する全ての債務に対して,消費貸借債務の性質を付与する可能性を認めている〔筆者註:ドイツ民法第二草案1831項(ドイツ民法旧2181項)によれば,執行証書(ドイツ民事訴訟法79415号)を組めば,本来は短期時効期間に服する債務の消滅時効期間も30年(ドイツ民法旧195条おける普通時効期間)に延びることになっていました。ちなみに,商人の非業務用商品代金債権の消滅時効期間は2年でした(ドイツ民法旧19611号)。他方,ドイツ民法旧2251文は,時効を排除し,又はその完成を難しくする法律行為を認めていませんでした。〕。しかし,この取扱いは,それによって既存の債務が消滅させられ,かつ,その価値をもって新債務が創設されるものと,ローマ法の意味で観念されるものではない。むしろそれは,今日の法観念に従って,既存の債務を今後はあたかも最初から消費貸借債務として創設されていたものとして存続するものに変更することに専らかかわるものである。旧債務の担保(Pfänder〔筆者註:なお,ドイツ民法においては,我が留置権に相当するものは「これを,Zurückbehaltungsrecht§§273, 274)とし,あくまでも同一債権関係から生じた二つの債権の間の拒絶権能として,債権編の総則の中に規定する。従って,学者はこれを債権的拒絶権能として,同時履行の抗弁権(同法320条)を包含する広い概念と解している」ということであり(我妻榮『新訂担保物権法(民法講義Ⅲ)』(岩波書店・1968年(1971年補正))21頁),我が先取特権に相当するものについては「債務者の総財産の上の優先弁済権のみならず不動産の上の優先弁済権をも廃止し,ただ特定の動産の上の優先弁済権を散在的に認めたに過ぎない。しかもこれを法定質権(gesetzliches Pfandrecht)となし,債権と目的物との場所的関係を考慮して公示の原則をできるだけ守ろうとしている。」とのことです(同51頁)。〕)及び保証人は消滅せず,依然として存続する。実業界においては,債務額の確定約束が消費貸借債務への変更によってされることが非常に多く,かつ,それに伴い債務証書(消費貸借証書)が作成されるのが一般である。実際のところ,これは,債権債務関係の承認であって価額の確定されるものにかかわるものである。債務を消費貸借債務として表示することは,特に抽象的約束に適している。債権債務関係は,当該変更によって,従前の法的基礎から解放されるのである。消費貸借は最初から丸められた関係を作出し,それ自体の中に,過去において胚胎し,その成立と共に締結され,出来上がった法的基礎を有している。消費貸借からは,受領者に係る拘束のみが生じ,当該拘束に反作用する貸主の義務は生じない。それにより,内容的には,消費貸借債務と抽象的債務約束との間には差異は存在しない。当初の法的基礎(売買,交換等)の影響から債務を引き離す目的のために,債務の変更は生ずるのである。確定した価額の消費貸借債務への債務変更に係るこの意味は,第683条〔債務約束に関する規定〕において考慮されるべきものである。

 

この説明に対して,他方の側から(von anderer Seite),第454条に係る事例は非常に多様であり得るものであるとの異議が述べられた。消費貸借債務への債権債務関係の変更に伴い,承認は,価額の受領の証明のために当初の法的基礎に遡る必要はないとの意味で,いつもきちんと約されるものではない。他方,確かに,当事者の意図に基づいて,変更と同時に本来の債務承認がされるべき場合も生ずるのである。合意の当事者が一方の意味かそれとも他方の意味を付与しようとしていたかどうかは,具体的な場合の情況からのみ解明されるものである。

  (Protokolle Band II. (Guttentag, Berlin: 1898) SS.42-43

 

債務約束(Schuldversprechen)及び債務承認(Schuldanerkenntniß)は,「債権の発生を目的とする無因契約」で,「契約の一方当事者が他方に対して,一定の債務を負担する旨――新たに独立の債務を負担する形式(ド民の債務約束)でも,従来の債務関係を清算した結果として一定の債務のあることを承認する形式(ド民の債務承認〔略〕)でもよい――を約束することによつて,その債務者は無因の債務(債務を負担するに至つた原因たる事実に基づく抗弁はできない)を負担するもの」です(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)53頁)。これらについては「わが民法は,かような契約を認めていないけれども,契約自由の原則からいつて,有効に成立することは疑いないものであろう」とされています(我妻Ⅴ₁・54頁)。

上記無因の債務改変のみならず,そこまでは至らない,「旧債務が新しい消費貸借債務に完全に置き換えられることによって,その債務が消滅する」有因の債務改変も可能です(渡邊力「ドイツにおける準消費貸借と債務関係(契約内容)変更の枠組み」法と政治682号(20178月)125頁)。

 

6 当初山行計画:富井及び梅の準消費貸借理論(占有改定説から債務免除説へ)

 

(1)更改型理論

富井は,消費貸借契約の成立に必要な金銭その他の物の交付(借主が「受け取る」)は,必ずしも現実の引渡し(民法1821項)によるものに限られず,簡易の引渡し(同条2項)でも可能であると考えていたわけです。この場合において,この簡易の引渡しは具体的にはどのような形で現れるかといえば,「即チ一度売主ニ〔代金を〕交付シテ更ニ借主トシテ,交付ヲ受クルト云フ如キ無益ナル手数ヲ要セス(第588条),此レハ先キニノヘタル簡易引渡ニヨル占有ノ移転ナリ」ということのようです(「明治45年度(東大)富井博士述 債権法講義 下巻」(非売品。表紙に「此講義ハ同志ノ者相寄リ茲ニ45部ヲ限リ謄写ニ附シ配本セリ,本書ハ即チ其1部也」とあります。)250頁)。つまり,売買代金支払債務に係る金銭を目的とする消費貸借がされるときには,当該代金支払債務に係る金銭をいったん売主に交付して(これで,代金債務は弁済されて消滅します。),それから当該金銭を消費貸借の目的として売主(貸主)が買主(借主)に交付するのが本則であるが,金銭のやり取りについては省略してもよいというわけです。この金銭のやり取りの省略をどう法律構成するかについては,簡易の引渡しだけでは道具不足のようですが,「占有改定説は,〔略〕起草委員が当初構想していた方法であった」ということで(柴崎暁「「給付の内容について」の「重要な変更」――平成29年改正債権法(新債権編)における客観的更改の概念――」比較法学521号(20186月)43頁註(4)),占有改定説というからには占有改定(民法183条)も道具として使い得るようです。そうであれば,買主が代金を占有改定で弁済した上で,続いて売主(貸主)から借主(買主)への消費貸借の目的の交付は,借主(買主)が売主(貸主)のために代理占有している代金に係る金銭の簡易の引渡しによってされる,という構成なのでしょう。しかし,買主(借主)の手もとが「からつぽう」であれば――無に対する占有は無意味ですので――そもそも代金に係る金銭の占有改定もその簡易の引渡しも観念できないことになり,その困難に富井は気付いて,債務者が「からつぽう」であったときも対応できるドイツ民法流の準消費貸借規定の導入となったのでしょう。

富井のMotive理解は(Protokolle1895年末当時の我が国ではまだ見ることができなかったのではないでしょうか。),他の債務に基づく給付の目的を消費貸借の目的とした場合における貸主(債権者)からの消費貸借に基づく返還請求に対する借主(債務者)の「消費貸借の目的を〔自分〕は受領していない」との「抗弁(Einwand)」に対しては,本来,当該目的に係る占有改定・簡易の引渡しの意思表示の主張立証で対応できるのであるが,ドイツにおいても債務者が「からつぽう」のときには「そのような抗弁を提出する債務者を排斥」できないという危険があり,その用心のためにドイツ民法第一草案454条は置かれたのだ,ということになるのでしょう。

富井の準消費貸借理解では旧債務の弁済がいったんはされるので,準消費貸借においては,旧債務は消滅して新債務が成立するのだ(更改型)ということになるわけです。すなわち,日本民法588条においては新たな消費貸借契約が成立したものとみなされますから,旧債務はその新らたな消費貸借の債務と併存するわけにはいかず(併存するとなると債務者は二重の債務を負うことになってしまいます。),消滅するしかないわけでしょう(渡邊力「準消費貸借からみる契約内容の変更と新旧債務の関係」法と政治671号(20165月)128頁における大審院の最初期判例の背景解釈参照)。

梅謙次郎は,「本条〔588条〕ノ規定ニ依レハ前例〔代金支払債務に係る金銭を消費貸借の目的とする例〕ニ於テ買主ハ代価支払ノ義務ヲ履行シ更ニ同一ノ金額ヲ消費貸借トシテ受取リタルト同シク前債務ハ当事者ノ意思ニ因リ消滅シ(免除)更ニ買主ハ借主トシテ新ナル義務ヲ負フモノト謂フ(ママ)と述べていて(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第三十三版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)591-592頁),代金支払債務は弁済で消滅するものとはせずに「ト同シク」で続けて,「当事者ノ意思」に基づく免除(単独行為の免除(民法519条)ではなく,免除契約ということでしょう。)で消滅するものとしています。「旧債務の免除による利得(出捐)を以て物の交付に該当するとみる説」たる債務免除説でしょう(柴崎43頁註(4))。この説であれば,債務者の手もとが「からつぽう」でも,占有改定説のように難渋することはありません。いずれにせよ,旧債務は消滅してしまう更改型です。

 

(2)参照:ドイツ民法の理論(債務変更型)

これに対して,ドイツ人らのProtokolleにおける議論においては,一方の側(die eine Seite)が「それによって既存の債務が消滅させられ,かつ,その価値をもって新債務が創設されるものと,ローマ法の意味で観念されるものではない」,すなわち更改(novatio)ではないのだ,とドイツ民法旧6072項の制度を説明しているのに対し,当事者の意思の重要性を指摘する他方の側(die andere Seite)もその説明に反対はしていません。債務変更型のものであるとの理解です(ドイツ民法においては債務変更型が原則であることにつき,渡邊・ドイツ125-126頁参照)。これは,ドイツ民法にはそもそも更改の制度がないからでもありましょう。「近代法では債権債務自体の譲渡引受が自由に認められているので,更改の意味はあまりなく,ドイツ民法は従つてこれを規定していない」ところです(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)245頁)。(「但し同法の下においても契約自由の原則によって更改契約は有効と認められている(Oertmann, Vorbem. 3a z. §362 ff.)」そうではあります(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年(補注1972年))360頁)。)

なお,更改に係る日本民法513条の原案の参照条文としてドイツ民法第二草案3132項及び357条が掲げられています(『法典調査会民法議事速記録第23巻』(日本学術振興会)100丁裏)。しかし,そこでの後者は,債務引受けの規定です(„Eine Schuld kann von einem Dritten durch Vertrag mit dem Gläubiger in der Weise übernommen werden, daß der Dritte an die Stelle des bisherigen Schuldners tritt.(債務は,第三者と債権者との契約によって,当該第三者がそれまでの債務者に代わる形で引き受けられることができる。))。前者は,代物弁済に関して,更改成立の例外性を規定するものです(„Hat der Schuldner zum Zwecke der Befriedigung des Gläubigers diesem gegenüber eine neue Verbindlichkeit übernommen, so ist im Zweifel nicht anzunehmen, daß die Verbindlichkeit an Erfüllungsstatt übernommen ist.(債務者が債権者の満足のために同人に対して新しい拘束を引き受けた場合において,疑いがあるときは,当該拘束は履行に代えて引き受けられたものとは推定されないものとする。))。ちなみに,準消費貸借によって給付物は変更されませんから,この点で,それまでの「給付に代えて他の給付をする」代物弁済(民法482条)とは異なります。

 

7 概念図その2:旧民法489条2号及びボワソナアドのProjet(更改説)

ところで,我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)においては,実は準消費貸借は更改の一種だったのでした(同編4892号。梅三590頁は同号を民法588条の対照箇条として掲げています。)。

旧民法財産編489条の条文は,次のとおり。

 

 第489条 更改即チ旧義務ノ新義務ニ変更スルコトハ左ノ場合ニ於テ成ル

  第一 当事者カ義務ノ新目的ヲ以テ旧目的ニ代フル合意ヲ為ストキ

  第二 当事者カ義務ノ目的ヲ変セスシテ其原因ヲ変スル合意ヲ為ストキ

  第三 新債務者カ旧債務者ニ替ハルトキ

  第四 新債権者カ旧債権者ニ替ハルトキ

 

  Art. 489.  La novation, ou changement d’une première obligation en une nouvelle obligation, a lieu:

      Lorsque les parties conviennent d’un nouvel objet de l’obligation substitué au premier;

      Lorsque, l’objet dû restant le même, les parties conviennent qu’il sera dû à un autre titre ou par une autre cause;

      Lorsqu’un nouveau débiteur prend la place de l’ancien;

  Lorsqu’un nouveau créancier est substitué au premier.

 

 ボワソナアド草案の対応条項(第511条)に係るその第2号解説を訳出すると次のとおりとなります。

 

   553.――第2の場合。当事者の変更も目的の変更も存在しない。しかしながら,原因cause)の変更が存在する。例えば,債務者が売買の代金又は賃貸借の賃料として一定額の金銭債務を負っている場合において,その支払に窮したとき,それを消費貸借の名義(titre)で負うことにする許しを債権者から得る。債権者は,もちろん,債務者に対して,それでもって従前の債務を弁済すべき貸付けをすることができる。彼はまた,弁済を受領した上で,直ちに同額の貸付けをすることができる。しかし,単純な合意によって債務の名義又は原因を変更する方がより単純である。

   債務者が賃貸借名義で債務を負い続ける代わりに今後は消費貸借名義で債務を負うということには,利害なきにしもあらずである。消費貸借の債務は30年の普通時効にかかるが(第1487条〔旧民法証拠編(明治23年法律第28号)150条〕),賃貸借のそれは5年である(第1494条〔旧民法証拠編1564号(借家賃又は借地賃)〕)。消費貸借債権は何らの先取特権によっても担保されていないが,賃貸借については(少なくとも不動産のそれについては),多くの場合先取特権付きである(第1152条)。かくして,更改は債権者にとって,訴権行使の期限については有利であり,担保については不利ということになる。

   原因の変更による更改は常に両当事者によって自発的に行われ得る,及び全ての原因が両当事者によって他のものに変更され得る,と信ぜらるべきものではない。したがって,前例の反対は認められ得ない。真に貸され,又は売られた物がなければ賃料又は代金prix)は存在しないのであるから,消費貸借名義による債務が今後売買又は賃貸借名義のものになる旨両当事者が合意することはできないであろう。また,消費貸借債務から売買代金債務へという,そうされたものと両当事者が主張するこの変換自体が,貸主にとっては非常に危険であり得る。というのは,債務者は売却された物の不存在を容易に証明して,原因の欠如に基づき,支払を拒むに至るであろうからである。これに対して,消費貸借の原因を装うことが許されるときには,前記のとおり,債務者が受領した価額によって同人のための真の消費貸借が実現できるであろうし,又は,先行する負担(dette)からの解放に必要な価額を同人に貸し付けることができるであろうということになる。更改においては,相互的な2個の金額の給付に代えて,何ごともなされないこととなる。しかしながら,債務の全ての原因,全ての合意が,2個の引渡しに係るこの虚構(フィクション)になじむものではない。

   なお,原因の変更の手段は,消費貸借のみではない。何らかの原因を有する金銭支払又は商品引渡に係る負担を寄託に変ずることは,同様に容易である。債務の目的物が債務者によって調達された上で,それが直ちに寄託の名義で同人に委ねられたものと常に観念されることとなろう。特定物の寄託も使用貸借に変更され得るであろうし,その逆も同様であろう。名義又は原因の変更の例としては,事務管理に基づく債務が,本人の追認によって委任による債務に変更される場合も挙げることができる。

  (Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un commentaire, Tome Deuxième, Droits Personnels et Obligations (Tokio, 1891 (Nouvelle Édition)) pp.679-681

 

 準消費貸借に係る富井の占有改定説は,ボワソナアドの上記所説に淵源するものでしょう。

 また,ボワソナアドの所説においては寄託への更改の事例が出て来ますが,これを見ると,平成29年法律第44号による改正後の民法では消費寄託に係る第666条において第588条の準用がなくなったことに関する懸念が表明されていること(柴崎53-54頁)が想起されます。これについては,銀行等の預貯金口座開設者が「からつぽう」であることはないから第588条の準用がなくとも大丈夫であって当該懸念は不要である,という整理だったのでしょうか(しかし,準用条項からの第588条の消滅は,「「要綱仮案」に関する作業の中で唐突に削除が提案され,さしたる議論もないままに承認された」そうです(柴崎53頁)。なお,筒井=村松368頁は「新法には準消費寄託について根拠規定はないが,無名契約として認めることは可能であると考えられる。」としています。)。

旧民法財産編489条は,フランス民法旧1271条を下敷きにしています(Boissonade, p.671)。

 同条の文言は,次のとおり。

 

  Art. 1271  La novation s’opère de trois manières:

        Lorsque le débiteur contracte envers son créancier une nouvelle dette qui est substitué à l’ancienne, laquelle est éteinte;

  Lorsqu’un nouveau débiteur est substitué à l’ancien qui est déchargé par le créancier;

 Lorsque, par l’effet d’un nouvel engagement, un nouveau créancier est substitué à l’ancien, envers lequel le débiteur se trouve déchargé.

  (第1271条 更改は,3箇の場合において生ずる。)

   (一 債務者が債権者に対して,新負担であって旧負担に代わるものを負い,当該旧負担が消滅するとき。) 

   (二 新債務者が旧債務者に替わり,後者が債権者によって債務を免ぜられたとき。)

   (三 新しい約束の効果によって,新債権者が旧債権者に替わり,後者に対して債務者が債務を負わなくなるとき。)

 

フランス民法旧1271条は更改成立について三つの場合しか認めていませんが,ボワソナアドによれば,「原因の変更によって生ずるものを排除する意図を有し得たものではない。」とされています(Boissonade, p.678。また,柴崎49頁註(14))。イタリア民法12301項は,原因(titolo)の変更による更改を認めています(柴崎41頁註(1))。

原因(コーズ)は,厄介です。「講学上は,「債務のコーズ」は有償双務契約においては,債務者に対して相手方が負う債務の「objet」とされ」(森田修「契約法――フランスにおけるコーズ論の現段階――」岩村正彦=大村敦志=齋藤哲志編,荻村慎一郎等『現代フランス法の論点』(東京大学出版会・2021年)164頁),「これに対して要物契約の「債務のコーズ」は,契約成立に先行して交付された物の中に存在し,無償契約の「債務のコーズ」は,債務者を動機づけた「恵与の意図」の中に存在する」そうです(森田183-184頁註11))。売買に基づく代金支払債務を消費貸借に基づく貸金返還債務に変更することが「原因ヲ変スル」ことになるのは,前者のコーズは売買の目的たる財産権であったのに対して,後者のコーズは(交付済みの)金銭であって,両者異なっているからだ,ということでしょうか。現在の日本民法においては,旧民法にあった原因(コーズ)概念を排除しています。すなわち,梅によれば「所謂原因ハ我輩ノ言フ所ノ目的ニ過キス蓋シ売主ノ方ニ於テ契約ノ原因タル買主カ金銭ヲ支払フノ義務ハ買主ノ方ニ於テ契約ノ目的ニ過キス買主ノ方ニ於テ契約ノ原因タル売主カ権利ヲ移転スルノ義務ハ売主ノ方ニ於テ契約ノ目的ニ過キサルコトハ仏法学者ノ皆認ムル所ナリ若シ然ラハ原因ト云ヒ目的ト云フモ唯其観察者ヲ異ニスルノ名称ニシテ彼我地ヲ易フレハ原因モ亦目的ト為ルコト明カナリ故ニ寧ロ之ヲ目的ト称スルヲ妥当トスというわけであり(梅謙次郎『訂正増補民法要義巻之一 総則編(第三十三版)(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1911年)223-224頁。句読点は筆者が補ったもの。なお,梅のここでいう「法律行為ノ目的」は「法律行為ノ履行ニ因リ生スヘキ事項又ハ其事項ニ繋レル物」です(同222頁)。),また,無償行為である贈与や免除については,「目的ノ外ニ相手方ノ誰タルカモ亦其要素タルコトアルモノトシテ可ナリ」ということになり(同224頁。なお,ここでは原因不要論が法律行為の要素の錯誤に係る民法95条に即して論ぜられています。),原因(コーズ)概念を使わなくても法律行為の目的又は相手方概念を用いて説明は可能だ,ということであるからであるようです。


8 行き止まり標識:梅謙次郎の準消費貸借≠更改説

 

(1)債務の原因≠債務の要素

債務の相手方が替わるのは債権者の交替による更改(民法515条)ということでよいのですが,相手方の負う債務の目的が変ずる場合,こちらの負う債務についてその「要素」の変更(平成29年法律第44号による改正前の民法5131項参照)があったことになるかどうかはまた一応議論になり得そうです。しかし,これについて梅は,「新民法ニ於テハ原因ノ変更ヲ以テ債務ノ要素ノ変更トセス。従テ此場合ニハ更改アルコトヲ認メス」とはっきりしています(梅三350頁。句点は筆者が補ったもの)。「其発生ノ方法如何ニ拘ハラス既ニ生シタル債務カ一定ノ債権者,債務者及ヒ目的ヲ有スルトキハ其債務ハ儼然成立スルモノニシテ復原因ヲ問フノ要ナキコト多シ。若シ夫レ原因ニ依リテ債務ノ効力ヲ変スルコトアラハ是レ固ヨリ附随ノ事項ニシテ恰モ債務ニ期限アリ,担保アリ,履行ノ場所アルカ如シ」というわけです(梅三350頁。句点は筆者が補ったもの)。原因の変更をもって更改の一場合とするボワソナアドの見解は「蓋シ物トシテ原因ナクシテ生スルハアラサルカ故ニ原因モ亦其要素ナリト謂フコトヲ得サルニ非ス」(梅三350頁)との考えに基づいているのであろうが,採用の限りではない,ということになったのでした。

(ただし,誠意行為と厳正行為とが対立するローマ法においては債権発生原因の変更による更改にも意義があり,当該更改も認められていたそうです(原田244頁)。厳正行為に係る訴権(言語契約,文書契約及び要物契約中の消費貸借に用いられた。)においては「当事者の意思表示のみが基礎とせられ,又その意思表示にも極めて厳格な文字解釈が施される」のに対して,誠意行為に係る訴権(爾余の要物契約及び諾成契約の訴権)においては「当事者の意思表示のみならず,契約当時の状況,取引の慣習,詐欺強迫の有無,反対債権の存否その他信義誠実の原則に照し参照することが公平妥当な事情の一切の綜合が判決の基礎とな」ったそうです(原田151頁)。)

 

(2)債務の原因(名義)に係る変更の無効:公益規定たる消滅時効規定に係る厳格主義

債務の原因の変更は更改とはならぬというだけでは,それだけであって,なお債務の原因の変更は可能であり,かつ,当事者の自由であるはずです。ところが梅は更に一歩を進めて,そもそも債務の原因の変更は認められない,という主張を展開します。

 

 更ニ一歩ヲ進ミテ論スレハ,一ノ債務ハ一定ノ原因ニ由リテ生シタルモノニシテ,後日其原因ヲ変セント欲スルモ得ヘカラサルナリ。例ヘハ,貸借ニ因リテ生シタル債務ヲ以テ売買ニ因リテ生シタルモノトスレハ,是レ一ノ詐欺ト謂ハスンハアルヘカラス。蓋シ,一旦貸借ニ因リテ生シタル債務カ後日売買ヨリ生シタルモノト変スルコトヲ得サレハナリ。而シテ法律ハ貸借ニ関シ一定ノ規定ヲ設ケ,又売買ニ関シ一定ノ規定ヲ設ケ,中ニ往往命令的規定アリ。是レ蓋シ公益上ノ理由ニ因リ甲ノ契約ヲ保護スル規定ト乙ノ契約ヲ保護スル規定ト同一ナルコト能ハサルモノト認メタレハナリ。然ルニ今当事者ノ意思ノミヲ以テ貸借ヨリ生シタル債務ヲシテ売買ヨリ生シタルモノト同一ノ効力ヲ生セシメント欲スルモ,為メニ命令的規定ヲ左右スルコト能ハサルハ炳焉トシテ明カナリ。若シ然ラハ,債務ノ原因ノ変更ニ因リテ更改(ママ)ヲ為スコトヲ得サルコトモ亦明カナリ

 (梅三350-351頁。句読点は筆者が補ったもの)

 

 歴史的事実を事後的に変更できないのは当然であるにしても,法律の技術として擬制というものがあるはずです。すなわち,貸借によって生じた債務を当事者間においてあたかも売買によって生じた債務として取り扱うことは可能であるはずです。ですから,梅の当該主張の根拠となっている理由付けは,単なる当事者の合意でもって債務の原因(なお,梅はここでの「債務ノ原因」は「債務発生ノ原因」だから法律行為そのものだ,としています(梅三352頁)。そうであると,「債務のコーズ」とは異なるようです。)を変えて,当初の債務に係る命令的規定の効力を左右することは許されない,ということに集約されるようです。

 現実には,「命令的規定」としては消滅時効期間に係る規定が観念されていました。189542日に開催された第74回の法典調査会において,梅は次のように頑張ります。

 

  梅謙次郎君 本当ニソコニ金ガアツテ,金ハアルケレ()モ自分ハ外ニ入用ガアツテ済マナイカラ夫レヲドウカ貸シテ下サイト云フノナラバ夫レハ全ク新タナル契約ガ成立ツタノデ更改デモ何ンデモナイ一旦弁済デ以テ初メノ債務ガ消エテ夫レカラ新タノ貸借ガ出来テ義務ガ生()〔筆者註:以上は,占有改定説による,弁済による旧債務の消滅と新たな金銭消費貸借に係る債務の発生との説明でしょう。〕

夫レカラ,丸デソコニ金銭モ何モ持ツテ来ズニ,只口ノ上デ今迄ハ売買代金トシテ義務ヲ負(ママ)居ツタケレ()モ今日以後ハ貸金ノ積リニシテ呉レト言ツテモ其為メニ債権ノ性質ヲ変ジマセヌ詰リソンナ契約ハ実際ニ効力ノナイコトニナル

   (民法議事速記録第23107丁裏。句読点及び改行は筆者が補ったもの)

 

  梅謙次郎君 〔前略〕時効ノ如キハ,法律上ノ必要ニ依テハ大変早ク消滅スルノデアル。恰モ〔磯部四郎君🎴が〕例ニ御引キニナツタ売掛代金ノ如キハ,長ク存シテ置イテハ多クノ場合ニ於テハ不都合ガアルカラト云フノデ,早ク消滅スル様ニナツテ居ル。夫レヲ只当事者ノ意思デ以テ,法律ハ1年デ以テ消エルト云フモノヲ当事者ガ名義丈ケ貸借ニスレバ今度ノ案デハ20年続ク(ママ)当事者ノ意思デ法律上ノ時効ノ規則ヲ勝手ニ変更スルコトガ出来ルト云フコトハ私ニ分ラヌ然ウ云フコトハ或ル点カラ言ヘバ便利カ知ラヌガ然ウ云フコトデハ法律ヲ蔑ロニスルカラヨシテ置ク方ガ宜イ今日モ然ウ云フコトガ時々行ハレテ居ルコトハ存ジテ居リマスケレ()其行ハレテ居ルト云フノハ穏当デナイト云フノ法律上ノ眼カラ見テハ効力ノナイモノト見タ方ガ穏当ト私ハ思ヒマス

   (民法議事速記録第23108丁裏-109丁表。句読点は筆者が補ったもの)

 

  梅謙次郎君 〔前略〕時効ト云フモノハ公益ノ為メニ法律ニ依テ設ケラレタモノデアルト云フコトハ,人ノ疑ハザル所デアリマス。夫レヲ当事者ノ意思デ以テ勝手ニ変ヘテ宜イト云フコトハドウモ出テ来ナイ。

〔中略〕初メ売掛代金デアツタノヲ只当事者ノ意思デ以テ時効ノ非常ニ長イ貸金ニシテ仕舞(ママ)成程実際ノ目的ハ重モニ時効ニ関スルコトデアリマセウ短イ時効ヲ長イ時効ニシ様ト云フノガ重モナ原因デアリマセウ夫レハ私共ノ認メザル所デアリマス

〔中略〕既成法典ニアル所ノ,短期時効ニ属スル所ノ債権ヲ後ニ追認ヲスルト云フト其時カラ期間ガ長クナツタモノト見ル,即チ普通ノ期限20(ママ)(ママ)(時効ハ成就シナイト云フコトガアル〔筆者註:旧民法証拠編163条は「本章〔特別ノ時効の章〕ニ規定シタル時効ハ当事者ノ間ニ明確ナル計算書,数頭ヲ記載シタル債務ノ追認書又ハ債務者ニ対スル判決書アルトキハ之ヲ適用スルコトヲ得ス此場合ニ於テハ時効ハ30个年トス」と規定していました。〕其理由ヲ聞イテ見ルト,全ク今磯部君ノ言ハレタト同ジコトデアツテ,当事者ノ意思ガ,特別ニ書附ヲ貰ハウト言ヘバ貸金ト同ジニ見ルト云フ意思デアツタラウト云フ所カラ然ウ云フ規定ガ出来タ。若シ当事者ノ意思デ売買ノ代金ヲ貸金ニスルコトガ出来ルト云フ都合ノ宜イコトデアツタナラバ,貸金ト云フ虚言ヲ附カヌデ,是レハ短期時効ノ債権デアルケレドモ今度ハ長期時効ニシタト云フコトヲ言ツテ当事者ガ許シテモ宜サ(ママ)ウナモノデアル夫レヲ許シテ居(ママ)法律〔筆者註:ここは「許シテ居ラヌ法律」でしょう。民法旧157条に関して梅は「旧民法及ヒ外国ノ多数ノ例ニ依レハ中断ノ後ハ往往ニシテ時効其性質ヲ変シ初メ短期ナリシモノ変シテ長期トナル場合鮮シトセス然レトモ本法ニ於テハ之ヲ採ラス他ナシ承認,裁判等皆従来ノ権利ヲ認ムルニ止マルモノニシテ毫モ其権利ノ性質ヲ変スルモノニ非ス」と説明していました(梅一394頁)。〕ヲ当事者ノ意思ヲ以テ勝手ニ変ヘルト云フコトハ穏カデナイト云フ所カラ取ラナカツタノデ,先ニ説明シタ通リデアリマス。

〔中略〕直接ニ5年ノモノヲ20年ニスルト云フコトハ出来ナイガ,形ヲ変ヘテ虚言ヲ附イテ実際借リヌ物ヲ借リタトスレバ期限ガ長クナル,直接ニ出来ナイモノヲ間接ニスル,其方ガ宜イ,ト云フノガ私共ノ見ル所ト違(ママ)夫故ニ只今ノ様ナ契約()無効ニナツテモ遺憾ナコトハナイ

〔中略〕若シ磯部君ノ言ハレル如ク,夫レハ不法デナイ,不法デナイカラ明文ガナケレバ夫レガ出来ルト云フコト()アリマスレバドウ云フ名義ヲ以テ要約スルカト言ヘバドウシテモ黙示ノ占有ト云フモノヲ口実ニシテ実際自己ニハ金ガナイガ兎ニ角代価ヲ受取ツタモノト見テ貸出シタモノト見ルヨリ外ハナカラウト思フ夫レデハ不都合デアル〔筆者註:これは,債務者が「からつぽう」であるときの占有改定説限界論ですね。〕。〔後略〕

   (民法議事速記録第23110丁裏-112丁裏。句読点及び改行は筆者が補ったもの)

 

(3)小括:梅の準消費貸借理論再掲

売掛代金債権の消滅時効期間は2年であって(民法旧1731号)短くて面白くないから,10年の消滅時効期間(同法旧1671項)を享受できるように,売掛代金債権を貸金返還債権に改めたい,という実務の需要の現実に妥協するとしても,消滅時効期間規定の公益性を揚言してその厳守を要求する梅にとっては,当事者が名義をどう変ずるとしても売掛代金債権は売掛代金債権であるので,結局当該債権はいったん消滅しなければならず,民法旧1671項の適用を受けるためには新たな債権(貸金返還債権)が生まれなければならないという点は,譲れないところだったでしょう(更改型)。しかし,債務の原因の変更はその要素の変更には当たらないので,民法旧5131項の定義上,更改契約構成は採用できません。占有改定説の擬制はよくできていますが,債務者が「からつぽう」のときは擬制の元種の金銭がないことになってうまくいかない。そこで債務免除説を採用し,消費貸借の要物性を緩和して免除による利得(出捐)をもってそれに代えることにした。免除によって消滅時効期間2年の売掛金支払債務は消滅し,当該免除による利得によって,要物性の緩和された(準)消費貸借契約が成立する(民法588条),しかして当該契約に基づく貸金返還債務の消滅時効期間は10年である(同法旧1671項),ということであったわけです。

 

 若シ夫レ,売買其他ノ契約ニ因リテ金銭其他ノ消費物ヲ目的トスル債務ヲ負フ者カ,其債権者ト契約ヲ為シテ更ニ貸借ノ名義ヲ以テ其債務ヲ負担スヘキコトヲ約スルハ,敢テ法律ノ禁セサル所ナリト雖モ,是レ更改ニ非スシテ消費貸借ノ一法ナリ。而シテ第588条ハ之ヲ規定セリ。

 (梅三351頁。句読点は筆者が補ったもの)




(下):山域鳥瞰図

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梅謙次郎の墓(東京都文京区護国寺)