1 20211220日の細田博之衆議院議長発言

 202112201623分付けの時事ドットコムニュースは,「細田衆院議長が「1010減」批判」との見出しで,次のように報じています。

 

   細田博之衆院議長は〔202112月〕20日,自民党衆院議員の会合に出席し,15都県で衆院選の小選挙区定数を「1010減」とする「1票の格差」是正策について,「数式によって地方(の分)を減らし,都会を増やすだけが能ではない」と批判した。法律に基づいて決まった方向について衆院議長が表立って異論を唱えるのは異例だ。

 

この細田議長発言を機縁として,筆者は,清宮四郎的な「違法の後法」問題ならぬ「違法の現法」問題に関しての検討を余計なことながらすることとなってその結果本件はそうはならぬのかと安心をし,さらにはその際,同議長らがかつて法案を提出した平成28年法律第49号の附則5条(これは憲法論喚起的な条項です。)に逢着したことから,続いて「民意」,代表,憲法431項等々の問題が誘起せられて,それらに関してのだらだらとした駄文を書き連ねることとなりました。日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)の御指導による産物ですから憲法431項及び前文を通じて話柄は米国建国の父の政治論(Madison in The Federalist Papers)にも向かうことになり,さらに筆者の憲法漫談ではおなじみのベルギー国憲法も少し登場します。昔話も,新型コロナウイルス対策問題猖獗下の今日の我が国民主権国家における混迷・苦難の情況を観察・評価するに当たって,何らかの参考を提供してくれるものでしょう。

しかし前置きは,これくらいにしておきましょう。

 

2 「違法の後法」ならぬ「違法の現法」問題

さて,前記細田議長発言の記事を電車車中スマートフォンで一読して筆者が咄嗟に思ったのは,「これは,前法に「違反」した立法の作為に係るかの「違法の後法」問題ならぬ――立法の不作為に係る「違法の()法」問題を衆議院議長御自ら惹起せしめんとしているのではないか。」ということでした。

当該思案は,当blogに前回掲載した「明治35年法律第38号(「違法の後法」の前々法)に関して」記事((前編)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079233644.html;(後編)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079233646.html)に関係します。

清宮四郎の有名な「違法の後法」論文(1934年)が想起されてしまったのでした。

 

(1)清宮論文(前半):「違法の後法」の存在

清宮四郎の「違法の後法」論文(樋口陽一編・清宮四郎『憲法と国家の理論』(講談社学術文庫・2021年)293-322頁収載)は,「現行法〔大正14年法律第47号たる衆議院議員選挙法〕の前身たる大正8年の選挙法(大正8年法律第60号)〔正確には,同法によって改正された明治33年法律第73号たる衆議院議員選挙法〕の別表〔選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるもの〕の後に〔略〕10年間不更正の旨の規定〔「本表ハ十年間ハ之ヲ更正セス」〕が存したにも拘わらず,それから10年経過しない大正14年に法律を以て普通選挙制を採用すると同時に別表全部を改正し」たことを「「違法の後法」という題下に,あらためて問題にし」たものです(同293-294頁)。清宮は,「10年くらいの不更正は法の可変性とも矛盾せず,〔略〕法の内容としては可能である」として(樋口編305頁)当該10年間不更正規定の法規範性を肯定した上で(同294-295頁)――ただし,「法律自らが法律自身の創設変更についての定めをなす」ことは法律の制定に係る憲法の授権の範囲を越えて無効となるのではないか,との「まず解決される必要がある」問題の解決については,清宮は「留保」したままです(同295-296頁)――「前の10年不更正を宣明する法律が有効に成立するとすれば,それは法律でありながら法律の変更規定を包有するもので,普通の法律と同じ段階にあり得ず,これより上位段階の規範と見做されねばなら」ず「いわば憲法補充的性質の法律」となるとし(同306頁),「選挙法の例において後の法律が前の法律に違反する法律,違法の後法なのは疑ない」ものと断じています(同307頁)。

 

(2)平成28年法律第49号によって改正された衆議院議員選挙区画定審議会設置法32項等

細田議長の発言が「違法の後法」ならぬ「違法の現法」問題を惹起するのではないかと筆者が懸念した理由は,平成28年法律第49号(「衆議院議員選挙区画定審議会設置法及び公職選挙法の一部を改正する法律」)によって改正された衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成6年法律第3号)の規定にあります。

すなわち,衆議院議員選挙区画定審議会設置法2条により「衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するもの」とされる衆議院議員選挙区画定審議会(内閣府に置かれています(同法1条)。)は,当該勧告を「国勢調査(統計法第5条第2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査に限る。〔直近のものは2020年に行われました。〕)の結果による人口が最初に官報で公示された日〔2020年の国勢調査については2021625日付け官報掲載の令和3年総務省告示第207号で公示〕から1年以内に行うもの」であるところ(衆議院議員選挙区画定審議会設置法41項〔したがって,2020年の国勢調査に係るものは,2022年の625日までに勧告されることになります。〕),当該勧告に係る改定案(同法31項)の作成に当たっては,各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数をいわゆるアダムズ方式によって決めるものとされているところです(同条2項)。(いわゆるアダムズ方式の説明は大仕事なのですが,当該方式については,その発案者であるジョン・クインジー(クインーではありません。)・アダムズ米国連邦下院議員(発案当時はもう第6代米国大統領ではありませんでした。)の紹介と共に,「いわゆるアダムズ方式に関して」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078277830.html)を御参照ください。)しかして,平成28年法律第49号の法案提出理由はいわく。

 

衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差に係る累次の最高裁判所大法廷判決及び平成28114日に行われた衆議院選挙制度に関する調査会の答申を踏まえ,衆議院議員の定数を10人削減するとともに,衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差の是正措置について,各都道府県の区域内の選挙区の数を平成32年〔2020年〕以降10年ごとに行われる国勢調査の結果に基づきいわゆるアダムズ方式により配分することとし,あわせて平成27年の国勢調査の結果に基づく特例措置を講ずる等の必要がある。これが,この法律案を提出する理由である。

 

 つまり,一見したところ,2020年に行われた国勢調査の結果に基づきいわゆるアダムズ方式に忠実に各都道府県の区域内の選挙区(衆議院小選挙区選出議員の選挙区)の数を配分すること(具体的には,当該配分を実現すべく公職選挙法(昭和25年法律第100号)の別表第1(同法131項参照)を遅滞なく改正すること)は,第190回国会において成立した平成28年法律第49号によって,国会の法的義務となったように思われるのです。その結果,立法の不作為があれば,それは違問題云々以前に,違なもの(それに伴い,改正されざる現行法も違なもの)となるようであります。しかも,いわゆる議員立法である平成28年法律第49号の法案提出者は,細田博之,逢沢一郎,岩屋毅,北側一雄及び中野洋昌の衆議院議員5名でした。夫子御自らが筆頭提出者となっていたのです。

 ゆえに,日本共産党の小池晃書記局長は細野議長に対して口汚くならざるを得ません。

 細田発言があった当日である202112202018分に配信された朝日新聞Digitalの記事は,「共産・小池氏「天につばする発言」 細田議長の「1010減」批判」と題していわく。

 

共産・小池晃書記局長(発言録) 〔略〕天につばする発言だと言わざるを得ない。2016年〔平成28年〕に国勢調査の結果に基づき,自動的に定数を変えていくという形での法改正をした。その時の各党協議会の座長が細田氏だ。

 

 「天つば」はやめろ,ですね。確かにきたない。(なお,当該報道をした朝日新聞に対して,「國賊朝日新聞」と公然罵詈非難することは侮辱罪(刑法(明治40年法律第45号)231条)に当たる可能性があるので御注意ください(小野清一郎の説くところです。「侮辱罪(刑法231条)に関して(上)」記事(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121894.html)参照)。)

自らのつばきを浴びつつする,違法の法律に係るそれにもかかわらざる法的有効性の論証作業は面倒そうです。

 

(3)清宮論文(後半):「違法の後法」の法的有効性

ここで「違法の後法」論文に戻れば,「違法の後法〔大正14年法律第47号たる衆議院議員選挙法〕が現在有効の法として存在しているのである。」(樋口編307頁)という事実がありますから,当該事態を法的に説明しなければならなくなって,清宮四郎は大いに苦労しています。(宮沢俊義及び美濃部達吉のように10年間不更正規定の法規範性(法的効力ないしは立法者を拘束する力)を最初にあっさり否定しておけば(樋口編294頁),しなくても済んだ仕事のようではありますが。)

清宮は「革命の結果出来た憲法も憲法としての法的効力に変わりはなく」(樋口編309頁),「法がその実定法としての存立要件を充たす場合には,必ずしも適法の法のみならず,違法の法も実定法として存立し得る。」と説くことになります(同310頁)。それではその存立要件は何かといえば,①被定立性(これは自然法又は理法との相違)及び②通用性であるとされます(樋口編310頁)。更に法の通用性について,「一言にしていえば,法が実現の可能性をもつことである。法が遵守さるべき規範として行なわれ,生きていることである。法が実効性(Wirksamkeit)又は法的実力(Rechtsmacht)と拘束性(Verbindlichkeit)とをもつことである。」と(樋口編311頁),いろいろな言い換えがされます。実定法の通用性が実効性と言い換えられた上で,「実効性は法の存続の要件であると同時にその成立の要件である。ここにおいてわれわれは事実と法との密接不離の関係を見る。〔略〕法と事実との闘いにおいては,法は少なくとも一応は事実に屈服せねばならない。」と(樋口編313頁),事実の力の話となり,更に「事実は法の創成・存続の基礎である。「事実の規範力」は「法源」である。」ということになって(同314頁),事実の規範力なる理論が出てきます。しかして「事実の規範力」を認めるべき淵源は,「事実の規範力を認むべし」という原理(「根本規範」),「事実によって「底礎」され,事実に基づいて創設される法を法として認むべしとの根本原理」であるそうです(樋口編315頁)。「実定法通用の論理的基礎がここにおいて与えられた。」との宣言が高らかになされ(樋口編315頁),「かくして問題の違法の後法が実定法として存在する基礎づけは一まず終った。」とされます(同316頁)。で,当該根本規範ないしは根本原理は何かといえば,それは人類の団体生活に伴う公理です。「これは実は,われわれが団体生活を営み,法が「団体規則」であることから当然認めねばならない原理である。われわれは好むと好まぬとに拘わらず,これを認めねばならず,これを倫理的或いは政治的立場から評価するのは自由であるが,取除くことは不可能のものである。これこそ実定法の存在及び変更の究極の基礎原理」であるということでありました(樋口編316頁)。(ただし,当該論文の最後は,「問題の解決に曙光を得ようと努力したが,残された謎はなお頗る多い。」ということで(樋口編322頁),まだなかなかすっきりしません。)

前法の変更に係る当該前法における規定に違反した後法ないしは現法は違法である(かっこよいドイツ語だとRechtsbruchということでしょうか(樋口編317頁参照)。)ということになると,当該違法の法の法的有効性を説明することが大仕事になるのでした。違法の法も法であるという矛盾的事態の説明は難しい。辛抱強い人でなければ当該説明は聴いてもらえず,最後まで聴いてもすっきり理解してくれる人は更に少ないことでしょう。しかし,細田議長ともあろう人物が,「事実の規範力」,「根本規範」,「実定法の存在及び変更の究極の基礎原理」等々の晦渋な概念が深々と繁茂する苦難の藪山にうっかり自ら足を踏み入れるようなことをするのでしょうか。

 

(4)問題解決:公職選挙法別表1改正の法的義務の不存在

小池日本共産党書記局長は,「国勢調査の結果に基づき,自動的に定数を変えていく」ものとあっさり述べています。それが現行法の仕組みであるということでしょう。しかし,実はこの辺からが怪しい。当該「自動」性が法律上どのように規定されているのかを知るべく衆議院議員選挙区画定審議会設置法を眺めてみると,そこにはその旨の明文規定が存在していないのです。同法5条が「内閣総理大臣は,審議会から第2条の規定による勧告を受けたときは,これを国会に報告するものとする。」と規定しているのみです(ただし,岸田文雄内閣総理大臣は,20211221日の記者会見において「政府としては,その勧告に基づく区割り改定法案を粛々と国会に提出するというのが現行法に基づく対応であると認識をしております。」と,内閣総理大臣からの報告にとどまらず内閣からの法案提出までをする旨の認識を示しています。)。当該報告を受けた国会がどのような対応をとるべきかについては,衆議院議員選挙区画定審議会設置法は沈黙しています。公職選挙法においても,衆議院(比例代表選出)議員の選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数について定める別表2(同法132項)については,西暦末尾0の年の国勢調査の結果によっていわゆるアダムズ方式により「更正することを例とする」と規定していますが(同条7項),小選挙区選出の衆議院議員の選挙区に係る別表1についてはそのような規定はありません(同条参照)。

なお,「例とする」との規定が折角あっても,その効力は実は弱い。法的義務付けはされていないのです。すなわち,「「例とする」又は「常例とする」とは,通常の場合,当該規定の定めるところにより,一定事項をすべきであるが,絶対にこれに違背することを許さないという趣旨ではなく,仮に違背しても法律上の義務違反にはならないという,ごく緩い訓示的規定を意味する」ものなのです(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)758頁)。

衆議院議員選挙区画定審議会設置法5条の内閣総理大臣報告がされても,国会としてはただ聞き措いて公職選挙法別表1を改正しないという対応も可能であり,そこに違法性はなく,法律上の義務違反ではもちろんないということになります。当該内閣総理大臣報告の採否及び採用の場合のその範囲は,その時点での政治情勢次第ということなのでしょう。

しかのみならず,上記「その時になってから」的な政治的対応を正当化すべく,平成28年法律第49号の法案提出者らはあらかじめ周到な準備をしています。同法附則5条の規定がそれです。

 

(不断の見直し)

5条 この法律の施行後においても,全国民を代表する国会議員を選出するための望ましい選挙制度の在り方については,民意の集約と反映を基本としその間の適正なバランスに配慮しつつ,公正かつ効果的な代表という目的が実現されるよう,不断の見直しが行われるものとする。

 

 同条の精神によれば,不断の見直しの結果,いわゆるアダムズ方式による結論をそのまま採用することはやめることにした,という事態は当然あり得ることとなるのでしょう。ただし,「公正かつ効果的な代表という目的が実現される」ためのものである「全国民を代表する国会議員を選出するための望ましい選挙制度」としては,いわゆるアダムズ方式の丸呑みではないこちらの改正案(現状維持案を含む。)の方が優れているからだ,という理由付けは,少なくとも政治的には必要となるのでしょう。


(中)平成28年法律第49号附則5条と「民意」:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079288885.html

(下)平成28年法律第49号附則5条と憲法431項その他:

   http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079288902.html