1 「最悪の事態を想定」しての外国人の入国停止措置をめぐる正しい民意と言論と

 12月に入り,寒くなりました。

 いつまでも秋が続いている気分でうっかりすると,つい風邪をひきやすい季節です。

 しかし,現在は非常時です。従来型の風邪ならばともかくも(とはいえ風邪もなお万病のもとです。),新型コロナウイルス感染症を,たなびく霧(Nebelstreif)のごとき単なる風邪と同一視して軽視するなどという横着な邪見に陥ることは,決して許されることではありません。

 コロナウイルスは,恐ろしい。岸田文雄第101代内閣総理大臣も,2021126日の衆参各議院の本会議における所信表明演説で警鐘を乱打しておられます。

 

大事なのは,最悪の事態を想定することです。

オミクロン株のリスクに対応するため,外国人の入国について,全世界を対象に停止することを決断いたしました。

まだ,状況が十分に分からないのに慎重すぎるのではないか,との御批判は,私が全て負う覚悟です。国民からの負託は,こうした覚悟で,仕事を進めていくために頂いたと理解し,全力で取り組みます。

  (第207回国会における岸田文雄内閣総理大臣の所信表明演説(2021126日)(以下略称として「岸田202112」を用います。))

 

このくだり,「まだ,状況が十分に分からないのに慎重すぎるのではないか,との御批判は,私が全て負う覚悟です。」と一応謙遜しておられます。しかしながら,同日99分付けの「読売新聞オンライン」の記事(「オミクロン株の水際対策「評価」89%,スピード感に肯定的受け止め読売世論調査」)には「読売新聞社は〔202112月〕35日に全国世論調査を実施し,新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」への政府の水際対策を「評価する」との回答が89%に上った。「評価しない」は8%。岸田内閣の支持率は62%で前回(〔2021年〕1112日調査)から6ポイント上昇,不支持率は22%(前回29%)に低下した。/政府は海外でのオミクロン株の感染拡大を受け,11月末に全世界からの外国人の新規入国を停止した。日本着の国際線の予約停止要請を3日間で撤回する混乱はあったものの,スピード感を持って対策を打ち出していることが肯定的に受け止められたようだ。」とあります。御本人としては,内心「してやったり」というところだったのでしょう。

我が神聖清浄なる大八洲国に立ち入りを禁じられた外国の方々から苦情が申し立てられるとしても,「「国民の理解や,後押しのある外交・安全保障ほど強いものはない」。48か月外務大臣を務めた経験から,強くそう感じています。」と(岸田201212),善良かつ主権の存する日本国民の圧倒的民意に支えられ,岸田総理は自信満々です。

国内においても, 8パーセントの不謹慎な開国容(コロナ)派が仮に言挙げをしても,その人心惑乱の暴言は89パーセントの真摯な鎖国攘(コロナ)派によって直ちに発火炎上せしめられて撤回削除に追い込まれ,反省自粛の上,彼らの口は清き心を示す白いマスク(weiße Masken)をもって覆われることとなるのでしょう。80年前,対米英蘭戦開始直後制定の昭和16年法律第97号(19411218日裁可,同月19日公布,同月21日施行(同法附則1項・昭和16年勅令第1077号))の第17条は「時局ニ関シ造言飛語ヲ為シタル者ハ2年以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ2000円以下ノ罰金ニ処ス」と,第18条は「時局ニ関シ人心ヲ惑乱スベキ事項ヲ流布シタル者ハ1年以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ1000円以下ノ罰金ニ処ス」と規定していましたが,令和の御代の上品かつ自主的な我が国民においては,昭和の昔のお下劣な民草とは異なり,時局にふさわしからぬ言論の規制のために司法御当局の手を煩わすまでの必要はありません。

なお,外国人の新規入国停止の根拠となっているのは,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号)5114号の「前各号に掲げる者を除くほか,法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」たる外国人は本邦に上陸することができないものとする条項です。同法511号(及び手続について同法92項)では足らずに同法5114号が発動されるのですから,コロナウイルスは,単なる公衆衛生上の問題となるばかりではなく,大きく我が国の国益及び公安までをも脅かす非常に兇悪な存在なのです。正に昭和16年法律第97も,「戦時ニ際シテ」我が国の「安寧秩序ヲ保持スルコトヲ目的トス」るものだったのでした(同法1条)。ちなみに,日本国憲法に拠って出入国管理及び難民認定法5114号の運用を掣肘しようにも,「憲法上,外国人は,わが国に入国する自由を保障されているものでない」ところです(最大判昭和53104日民集3271223頁)。

 

2 「時局ニ関シ人心ヲ惑乱スベキ事項ヲ流布」することの一般的禁止又は回避

ところで,昭和16年法律第9718条の趣旨は,19411216日の東條英機内務大臣(内閣総理大臣が陸軍大臣及び内務大臣を兼任)の議会答弁によれば,それまで不可罰であった「真正ナル事実及ビ意見,信仰,臆説等ノ流布」をも処罰し得るようにするものです(第78回帝国議会衆議院言論,出版,集会,結社等臨時取締法案委員会議録(速記)第12頁。また,第78回帝国議会貴族院言論,出版,集会,結社等臨時取締法案特別委員会議事速記録第12頁)。これについては,一松定吉委員が心配して,「事実ニ即シタコトヲ言ツテモ,ソレガ所謂人心ヲ惑乱スル,米ガナクテハ戦ハ出来ヌヂヤナカラウカト云フノデ人心ヲ惑乱スル,或ハ油ガナケレバ戦サガ出来ヌヂヤナイカト云フコトデ人心ニ動揺ヲ来スト云フヤウナ場合モ,ヤハリ第18条〔略〕ニ当嵌マルト云フコトニナリマスト,一寸シタコトデモ,事実ヲ我々ハ口ニ出シテ言ヘナイト云フヤウナコトニナリハシナイカ」ということで,例示を求める質疑をしていますが,東條内務大臣は「茲ニ一ツノ例ヲ以テ御示シスルコトハ不可能デアラウト思ヒマス」と言って例示をすることを拒んでいます(第78回帝国議会衆議院言論,出版,集会,結社等臨時取締法案委員会議録(速記)第19頁)。そんなの罰しませんよ大丈夫ですよ,とさわやかに言ってもらえてはいません。

翻って,命にかかわるコロナ克服の厳しい戦いが戦われている現在においては,隠しごとありげな見苦しさ及び眼鏡が曇る,息苦しい等々の鬱陶しさを補ってなお余りある感染予防に係る十分な効果が本当にマスク着用にあるのだろうか,「ワクチンについては,医療従事者の方から,3回目の接種を始めました。2回目の接種から8か月以降の方々に順次,接種することを原則としておりましたが,感染防止に万全を期す観点から,既存ワクチンのオミクロン株への効果等を一定程度見極めた上で,優先度に応じ,追加承認されるモデルナを活用して,8か月を待たずに,できる限り前倒しします。」と言われても(岸田202112)ワクチン(Vakzine)の接種(einspritzen)の副反応はひょっとして人によっては結構危険なんじゃないだろうか,というような意見,憶説等を流布することは,仮に造言飛語をなすことには当たらないとしても,少なくとも人心を惑乱すべきものと忖度されるべき悪魔的ないしは魔王的所業なのでしょう。いささか悩ましい。

疑心暗鬼の惑乱に陥らないためには,枯れ葉にさやぐ(in dürren Blättern säuselt)風の音(der Wind)ならぬ新型コロナウイルス感染症対策専門家等からの権威ある御発言及び総務大臣の御監督を受けているテレビ局等による高齢者の魂にも奥深く響く力強くかつ分かりやすい報道を専ら信ずべきでしょう。新型コロナウイルス感染症対策の専門家であると自他共に認めておられるお医者様方(Doktoren)は,藪でないことはもちろん,幽霊のような古柳(alte Weiden)でもありません。

 

3 令和3年度補正予算

岸田総理の御決意は,力強い。

 

   新型コロナについて,細心かつ慎重に対応するとの立場を堅持します。感染状況が落ち着いていますが,コロナ予備費を含めて13兆円規模の財政資金を投入し,感染拡大に備えることとしました。

    

   同時に,一日も早く,日本経済を回復軌道に持っていかなければなりません。新型コロナにより,厳しい状況にある人々,事業者に対して,17兆円規模となる手厚い支援を行います。

    

   危機に対する必要な財政支出は躊躇なく行い,万全を期します。経済あっての財政であり,順番を間違えてはなりません。

 

通常に近い経済社会活動を取り戻すには,もう少し時間がかかります。

それまでの間は,断固たる決意で,新型コロナでお困りの方の生活を支え,事業の継続と雇用を守り抜きます。

かねてより申し上げているとおり,経済的にお困りの世帯,厳しい経済状況にある学生,子育て世帯に対し,給付金による支援を行います。特に生活に困窮されている方には,生活困窮者自立支援金の拡充など,様々なメニューを用意します。総額7兆円規模を投入します。

事業者向けには,2.8兆円規模の給付金により,事業復活に向けた取組を強力に後押しします。

  (以上岸田202112

 

 大盤振る舞いです。

しかもこれは,今次第207回国会で議決予定の令和3年度(2021年度)の補正予算(財政法(昭和22年法律第34号)291号(「法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか,予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となつた経費の支出(当該年度において国庫内の移換えにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行なうため必要な予算の追加を行なう場合」)参照。なお,「現行財政法第29条は,各省の予算要求を抑えようとする大蔵当局の希望で設置されたという。国会修正権への制限論と彼此勘考するとき,筆者には,あまりにも大蔵当局中心的な便宜主義的態度のようにおもえる。」という指摘は面白いですね(小嶋和司「財政法をめぐる最近の問題」『小嶋和司憲法論集三 憲法解釈の諸問題』(木鐸社・1989年)203頁註(3))。「大蔵当局中心的な便宜主義」が昭和の昔には通用していたのです。)における支出であるところ,コロナウイルス感染が続く限り,何だかおかわりがありそうです。「具体的な行動によって,国民の皆さんの安心を取り戻し,何としても,国民の命と健康を守り抜く決意です。」というのですから(岸田202112),もう後には引けません。心配性の(hypochondrisch)人々の心配が絶えることはあり得ません。

ところで,生活向けに7兆円規模,事業向けに2.8兆円といいますから,給付金の規模は合計9.8兆円となるようです。貰う側からすると,有り難い話です。ただし,ばらまきによる人気確保策には,落とし穴がありそうです。

 

 ことに下にては仁政といへば金穀をほどこしたまふものとのみおもへば,いかなる事被仰出(おほせだされ)候ともあきたるべしとも思はず。ことに上京之度々花やかなる振舞なしなば,此のちきたるものも,またおとらじと思ふやうになりもて行て,つゐには下へへつらふといふことにも近かるべし

 (松平定信『宇下人言』(岩波文庫・1942年)79頁)

 

この給付金というものは,要は所得移転です。したがって,無から有が生まれない限りは,左のポケットに9.8兆円入れるためには右のポケットから9.8兆円を取り出さなければなりません。現在ここでの右のポケットは,一見,公債を発行して補正予算の財源を確保する財務省のようですが(なお,財政法41項(「国の歳出は,公債又は借入金以外の歳入を以て,その財源としなければならない。但し,公共事業費,出資金及び貸付金の財源については,国会の議決を経た金額の範囲内で,公債を発行し又は借入金をなすことができる。」)にかかわらず,令和3年法律第13号(202141日から施行(同法附則1条))による改正後の財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律(平成24年法律第101号)31項(「政府は,財政法(昭和22年法律第34号)第4条第1項ただし書の規定により発行する公債のほか,令和3年度から令和7年度までの間の各年度の一般会計の歳出の財源に充てるため,当該各年度の予算をもって国会の議決を経た金額の範囲内で,公債を発行することができる。」)を参照。今次補正予算においては同項の特例公債が192310億円分発行されるそうです(令和3年度一般会計補正予算予算総則補正62項)。),究極的には実は納税者ということになるのでしょう。しかし,合わせて9.8兆円也と抽象的な数字をいわれただけでは,この納税者の負担の程度が実感しにくい。

202110月の我が国の就業者数は6659万人であるそうですから(同年1130日総務省統計局公表・労働力調査(基本集計)),9.8兆円といえば就業者1人当たり147千円余ということになりますか。しかし,就業者でも給付金を貰う側の人がいるのでしょうし,累進課税ということもありますから,いや私は結構高収入だよという人については147千余円では済まないことになるのでしょう。

 国税庁の統計によれば,令和2年度(2020年度)の所得税の収納済額が22412661百万円,消費税及び地方消費税のそれは27051210百万円です(国税全体では70467163百円(地方消費税分5605843百万円を含む。))。9.8兆円を1年で調達するためには(ちなみに,個人の借金については,「住居費を引いた手取り収入の3分の1」を弁済原資の目安として,完済までの分割返済回数が36回(月)(すなわち3年)までならば任意整理が可能であるが,それを超えると破産相当であるといわれています(『クレジット・サラ金処理の手引(5訂版補訂)』(東京弁護士会=第一東京弁護士会=第二東京弁護士会・2014年)40-41頁)。),現在の所得税額を43.7パーセント強増加するか,消費税及び地方消費税の税率が現在10パーセントであるとして(軽減税率があるので面倒なのですが),それを約13.6パーセントに引き上げねばならないことになります。(なお,法人税から取ればよいのだ云々という考えもあるかもしれません。しかし,ここでは,税は究極的には個人(法人税については当該法人の社員(株主)たる個人)が負担することになるものと考えています(現行税制の基礎をなしているシャウプ勧告の考え方と同じです(金子宏『租税法 第十七版』(弘文堂・2012年)265-266頁参照)。)。)

 これでは,臆病(feige)なくらい「細心かつ慎重」であるどころか行政(Verwaltung)による大胆に過ぎる濫費(Verschwendung)であって,経済あっての財政といっても,その財政が経済(Wirtschaft)を破壊してしまっては元も子もないではないか,将来の莫大な負担を考えると,安心を取り戻すどころかかえって投げやりないしは暗い心持ちとなって納税者たる国民の元気が萎えてしまうではないか,と言い募ることもあるいは可能でしょう。しかしそれでは,非国民的に人心を惑乱させてしまうことになってしまいそうでもあります。

そもそも財政の健全化は,難しい。

令和3年法律第13号によって財政運営に必要な財源の確保を図るための公債の発行の特例に関する法律4条が「政府は,前条〔第3条〕第1項の規定により公債を発行する場合においては,平成32年度〔2020年度〕までの国及び地方公共団体のプライマリーバランスの黒字化に向けて経済・財政一体改革を総合的かつ計画的に推進し,中長期的に持続可能な財政構造を確立することを旨として,各年度において同項の規定により発行する公債の発行額の抑制に努めるものとする。」から「政府は,前条第1項の規定により公債を発行する場合においては,同項に定める期間が経過するまでの間,財政の健全化に向けて経済・財政一体改革を総合的かつ計画的に推進し,中長期的に持続可能な財政構造を確立することを旨として,各年度において同項の規定により発行する公債の発行額の抑制に努めるものとする。」に改められ(下線は筆者によるもの),同法2条にあった「国及び地方公共団体のプライマリーバランスの黒字化」に係る定義規定も削られています。これは,20213月末までに国及び地方公共団体のプライマリーバランスの黒字化を達成するという具体的数値目標(平成28年法律第23号(201641日から施行(同法附則1条))による改正によって法文上設定)の達成に安倍晋三=菅義偉政権が失敗したので,令和3年度(2021年度)を迎えるに当たって漠とした未来における「財政の健全化」という抽象的な目的に差し替えたというものとして結局理解されるものでしょう。しかし,政府としては,法律には書いてはいなくとも,今度は2025年度までにプライマリーバランスの黒字化を目指すものとしています。とはいえ,何度電話しても「今そちらに向かっています」との答えばかりが返ってくる蕎麦屋の出前的ではあります。どうしたものでしょう。

個人の多重債務者については,

 

 〔略〕計画性に欠ける,約束を守れない,ときには弁護士に対しても平気で嘘を言うなどの問題のある依頼者が決して少なくないことも間違いはありません。

  しかし,このような問題のある依頼者でも,弁護士による指導監督のよろしきを得れば,多くは経済的更生が可能になります。

 

といわれてはいます(『クレジット・サラ金処理の手引(5訂版補訂)』2頁)。これは,個人債務者の「経済的更生」のためには,「免責許可の決定が確定したときは,破産者は,破産手続による配当を除き,破産債権について,その債務を免れる」ものたらしめる免責(破産法(平成16年法律第75号)2531項本文)という荒技があるからでしょう。しかし,国の場合はどうでしょうか。個子ちゃんが活躍する個人向け国債のにぎやかな広告宣伝を見るたびに,考えさせられてしまいます。

 

4 行動制限の強化と国民の理解との関係等

 

(1)強化された司令塔機能の下の行動制限の強化

 ところで,国民の元気の有無云々以前に,コロナウイルスの元気次第で経済活動の停止がされることがあり得ることも否定されてはいません。

 

   〔略〕来年の6月までに,感染症危機などの健康危機に迅速・的確に対応するため,司令塔機能の強化を含めた,抜本的体制強化策を取りまとめます。

    

   〔略〕感染が再拡大した場合には,国民の理解を丁寧に求めつつ,行動制限の強化を含め,機動的に対応します。

  (以上岸田201212

 

 せっかく抜本的に強化された司令塔機能の下で行動制限が強化されるというのですから,行動制限強化のため(罰則を設け,又は義務を課し,若しくは国民の権利を制限するため)の新規立法がされるのでしょうか。熱烈なファンがなお多そうでもある強力な封城・ロックダウン(der Lockdown)がいよいよ法制度として我が国にも導入されるのでしょうか。しかし,「国民の理解」を前提に「機動的」に対応するというのですから,大袈裟な法的強制ではない従来からの臨機的な自粛要請の手法をより効果的に行うということに落ち着くようでもあります。

そうであると,そこでの「丁寧に求め」は,おいみんなが迷惑するぞ,みんながいやな思いをするぞ云々といった利他道徳的説得がよりもっともらしく,かつ,より執拗に行われてその必達が期されるということになりそうです(しかし,そこでいわれる「みんな」とはそもそも何者なのでしょうか。当該話者が,利己的にそこに含まれていることは確実ですが。)。その場合,理解不能者又は理解した上でむしろ理解したがゆえに賛同しない者の存在は,およそあり得べくもない無能漢又は不道徳漢として,想定されざることとなるのでしょう。すなわち,「若者も,高齢者も,障害のある方も,男性も,女性も,全ての人が生きがいを感じられる,多様性が尊重される社会を目指します。」とは言われるものの(岸田201212),それは,多様な対象を,彼らに共通の「理解」を通じて同一の「正しい」態様・方法をもって振る舞わせることによって(この場合は,白いマスク花盛りの新しい生活様式(die neue Lebensweise)に従わせることによって,ということになるのでしょう。)「尊重」するものであって,それは可能であるし,さらにはそうすればみんな一緒,みんな同じということになって重ね重ねいいことじゃないかね,ということになるのかもしれません。

 

(2)「御理解」と鉄道運輸規程2条と

 ところで,「理解を丁寧に求め」られついでにいえば,筆者が鉄道の電車に乗っていていつもうんざりするのは「皆様の御理解・御協力をお願い申し上げます。」と繰り返される車掌による社内放送中の「御理解」の部分です。鉄道営業法(明治33年法律第65号)2条で「本法其ノ他特別ノ法令ニ規定スルモノノ外鉄道運送ニ関スル特別ノ事項ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依ル/鉄道運輸規程ハ国土交通省令ヲ以テ之ヲ定ム」と根拠付けられている鉄道運輸規程(昭和17年鉄道省令第3号)2条に「旅客,貨主及公衆ハ鉄道係員ノ職務上ノ指図ニ従フベシ」とあるので,車掌のする正当な「職務上ノ指図」に「御協力」して従うことは旅客の当然の法的義務である,したがって,いちいち車掌が「御理解」までを要求するのは無用のことであり,かつ,こちらも「御理解」するためには脳を働かせなければならないので疲れる余計な面倒である(脳は大量にエネルギーを消費します。),また,理解はしても賛同できないという結論に至ってしまった場合においてそれでも鉄道営業法令上の義務として従わねばならないときは,理解しなければ感ずることのなかった,あらずもがなの不快な思いをしなければならないことになってしまう,というわけです。

「御理解」まで馬鹿丁寧に求めるのは,その車掌の当該要請が正当な職務上ノ指図でないからでしょうか。しかし,そうであれば,そんな余計な事項について,うるさいばかりの社内放送はするな,ということになります。

「御理解」までをも下手(したて)になって求めずとも,そもそも「御協力」を求めたにもかかわらず「車内ニ於ケル秩序ヲ紊ルノ所為アリタル」けしからぬ旅客については,鉄道係員において無慈悲に「車外又ハ鉄道地外ニ退去セシ」め,かつ,「既ニ支払ヒタル運賃ハ之ヲ還付セス」ということでよいのでしょう(鉄道営業法4214号・2項)。

なお,話してもらえば分かる風にもっともらしく「お前の言うことは理解できないから従わない」と言う人が間々いますが,実はそういう人は「従わない」という結論を既に決定してしまっている場合が多く,そうですかやはりまず御理解していただくことが必要なのですねとこちらがナイーヴに合点してしまって改めて理解を求めて一生懸命理屈をるる説明しても,先方ははなから「理解」しようなどとはしてはくれず,残念かつ悲しい思いをすることになるようです。(理屈の理解以前に,こちらが下手に出たことそれ自体に満足して「御協力」に転じてくれればよいのですが。)

 

5 「新しい資本主義」の下の分配国家(Verteilungsstaat

 「新型コロナウイルスによる危機」を乗り越えた先に見る岸田総理の夢は,分配(Verteilung)重視の「新しい資本主義」です。(市場においていったん分配がされた後に,政府の権力的介入によってされる再分配(Umverteilung)がそこでは中心ないしは全てである,とまでの急進的主張は,なおされてはいないのでしょう。)

 

新型コロナによる危機を乗り越えた先に私が目指すのは,「新しい資本主義」の実現です。

人類が生み出した資本主義は,効率性や,起業家精神,活力を生み,長きにわたり,世界経済の繁栄をもたらしてきました。

しかし,1980年代以降,世界の主流となった,市場や競争に任せれば,全てがうまくいく,という新自由主義的な考えは,世界経済の成長の原動力となった反面,多くの弊害も生みました。

市場に依存し過ぎたことで,格差や貧困が拡大し〔略〕ました。

 

我が国としても,成長も,分配も実現する「新しい資本主義」を具体化します。世界,そして時代が直面する挑戦を先導していきます。

 日本ならできる,いや,日本だからできる。

 我々には,協働・絆を重んじる伝統や文化,三方良しの精神などを,古来より育んできた歴史があります。だからこそ,人がしっかりと評価され,報われる,人に温かい資本主義を作れるのです。

(以上岸田202112)

 

 「新しい資本主義」においては,市場及び競争は高く評価されていません。人の評価及び報酬(分配)は,市場における評価・競争の結果そのままであってはならないものとされています。新しい評価は「人に温か」く,「協働・絆を重んじ」る「三方良し」のものであるべきものとされています。専ら「効率性や,起業家精神,活力」を依然重視してしまっては古い資本主義に逆戻りですから,非効率,退嬰姑息の精神及び無気力は,ある程度までは許容されるということになるのでしょう。確かに,(ぬる)い。また,「三方良し」は,取引当事者に第三者が加わって「三方」なのでしょうが,取引はその当事者双方に利益があるからこそ成立するところ,その利益に当該取引への直接の貢献の無い第三者も与らしめるべしということになるのでしょうか。しかし,取引当事者の側からそこに自らの利益を認めて自発的にするのであればともかくも,総理が日本のためによいことだとおっしゃったのであるぞという大義名分の下,何らかの「協働・絆」の存在を言い立てて,第三者が当然の権利者面をして後から現れて当該取引に係る利益の分け前に図々しく与ってくることを積極的に是認することは,やや難しいかもしれません。仕事をせずに人から金銭を得る方法として,不特定の人に哀れみを乞えばこじきであり(伊藤榮樹原著=勝丸充啓改訂『軽犯罪法(新装第2版)』(立花書房・2013年)164頁),相手方の反抗を抑圧しない程度の脅迫又は暴行を用いれば恐喝であって共に犯罪です(軽犯罪法(昭和23年法律第39号)122号及び刑法(明治40年法律第45号)249条)。しかし,「協働・絆」の関係の利用は,あるいは頽廃ではあっても,無論犯罪ではなおないところではあります。

 

人への分配は,「コスト」ではなく,未来への「投資」です。

官と民が,共に役割を果たすことで,成長の果実をしっかりと分配し,消費を喚起することで,次の成長につなげます。

これこそが,持続可能な経済,そして,成長と分配の好循環による新しい資本主義を実現するための要です。

  (岸田201212

 

 「未来への「投資」」といわれると,春秋に富む活力ある若者だけが分配の対象となるかのように懸念されるところです。しかし,「分配し,消費を喚起」することが眼目なので,当然のことながら,消費者として生存を続ける以上,心身の衰えをかこち愚痴っぽくなった老人も排除されてはいません。

 分配の方法の一つとして,賃上げが挙げられています。

 

世界の物価が上昇し,我が国に波及する懸念が強まる中,我が国経済を守るためにも,賃上げに向け,全力で取り組みます。

  (岸田201212

 

 ここでは我が国経済を何から守ろうとしているのでしょうか。「世界」云々ということからすると,国際競争からでしょうか。しかし,各労働者の生産性の向上が伴わない単なる賃上げは,賃金が割安である外国への職の流出を進めるだけであり,単に我が国の労働者から職を失わせるばかりであったとの不本意な結果に終わりそうにも懸念されます。

 

6 Eine Gefälschte Dichtung

 

     Wer reitet so spät durch Nacht und Wind?

     Es ist der Vater mit seinem Kind;

     Er hat den Knaben wohl in dem Arm,

     Er faßt ihn sicher, er hält ihn warm. –

 

     Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht? –

     Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?

     Den Erlenkönig mit corona und Schweif? –

     Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif. –

 

     Du zartes Kind, komm, geh mit mir!

     Die gar neue Lebensweise leb’ ich mit dir;

     Manch’ weiße Masken sind auf der Straße;

     Meine Omi hat manch’ silberne Vakzine.

 

     Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht?

     Was Erlenkönig mir leise verspricht? –

     Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind!

     In dürren Blättern säuselt der Wind. –

 

     Willst, hypochondrischer Knabe, du mit mir gehn?

     Meine Doktoren sollen dich warten schön;

     Meine Doktoren führen den stillegenden Lockdown

     Und wiegen und tanzen und singen dich ein.

 

     Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort

     Erlkönigs Doktoren am düstern Ort? –

     Mein Sohn, mein Sohn, ich seh’ es genau;

     Es scheinen die alten Weiden so grau. –

 

     Ich liebe dich, mich reizt deine feige Verschwendung;

     Und bist du nicht willig, so brauch’ ich Verwaltung.

     Mein Vater, mein Vater, jetzt spritzt er mir das Dritte ein!

     Erlkönig hat mir ein Leids getan! –

 

     Dem Vater grauset’s, er reitet geschwind,

     Er hält in Armen das ächzende Kind,

     Erreicht den Verteilungsstaat mit Mühe und Not;

     In seinen Armen die Wirtschaft war tot.

 

 シューベルトの名作の楽譜が出版されたのは,今から200年前の1821年のことだったそうです。その頃大ゲーテは『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代 第一部』を書いていました。

しかし,2021年ももうすぐ終わりですね。一年は短いものです。他方,新型コロナウイルス感染症問題は長い。Coronavirus longum, vita brevis.