3 1886年のボワソナアド提案:軽罪としての侮辱罪及び違警罪としての侮辱罪

 

(1)ボワソナアドの提案

 

ア 軽罪としての侮辱罪

1886年の『註釈付き改訂日本帝国刑法案』において,ボワソナアドは,違警罪にとどまらない,軽罪(délit)としての侮辱罪を提案しています。

 

  400 bis.  L’injure, l’offense, l’outrage, ne contenant pas l’imputation d’un fait déshonorant ou d’un vice déterminé, commis envers un particulier, sans provocation, publiquement, par parole ou par écrit, seront punis d’un emprisonnement simple de 11 jours à 1 mois et d’une amende de 2 à 10 yens, ou de l’une de ces deux peines seulement.

 (Boissonade, p.1049

 (第400条の2 挑発されることなく,破廉恥な行為又は特定の悪徳(悪事醜行)を摘発せずして,公然と(publiquement)口頭又は文書で私人(particulier)を侮辱した者は.11日以上1月以下の軽禁錮及び2円以上10円以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。)

 

 第400条の2が含まれる節名は,1877年案のものから変わらず“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”のままでした。他人の評判(réputation)に対する罪ということであれば,ボワソナアドは,侮辱罪の保護法益は外部的名誉であるものと考えていたように思われます(ボワソナアドは同節の冒頭解説で人のhonneur及びdignitéの保護をいいつつ,そこでのhonneurは他人による評価(l’estime des autres)だとしています(Boissonade, pp.1051-1052)。)。フランス法系の考え方は「外部的名誉の毀損を中心とし」,「主観的感情の侵害を中心とするドイツ法系の考へ方と趣を異に」するものです(小野・名誉の保護90頁)。ちなみに,現在の刑法の英語訳でも第34章の章名は“Crimes against Reputation”になっているようです。

 

イ 違警罪としての侮辱罪

 軽罪としての侮辱罪の提案に伴い,違警罪としての侮辱罪の構成要件も修正されています。

 

   489.  Seront punis de 1 à 2 jours d’arrêts et de 50 sens à 1 yen 50 sens d’amende, ou de l’une de ces deux peines seulement:

     Ceux qui auront, par paroles ou par gestes, commis une injure ou une offense simple contre un particulier, en présence d’une ou plusieurs personnes étrangères;

  (Boissonade, p. 1277

  (第489条 次の各号の一に該当する者は,1日以上2日以下の拘留及び50銭以上150銭以下の科料に処し,又はそのいずれかの刑を科する。

    一 一又は複数の不特定人の現在する場所において,言語又は動作をもって私人を罵詈嘲弄(une injure ou une offense simple)した者)

 

なお,1886年案においては,違警罪に係る第4編においても章及び節が設けられて条文整理がされています。すなわち,同編は第1章「公益ニ関スル違警罪(Des contraventions contre la chose publique)」と第2章「私人に対する違警罪(Des contraventions contre les particuliers)」との二つに分かれ,第2章は更に第1節「身体ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les personnes)」と第2節「財産ニ対スル違警罪(Des contraventions contre les biens)」とに分かたれました。しかして,第489条は,第2章第1節中に設けられていました。

 

(2)ボワソナアドの解説

 

ア 軽罪としての侮辱罪

 

(ア)ボワソナアド

軽罪としての侮辱罪に係る第400条の2に関するボワソナアドの解説は,次のとおりでした。

 

18778月の〕刑法草案は,口頭又は文書による侮辱(l’injure verbale ou écrite)であって名誉毀損(diffamation)の性質を有さいないものに関する規定をここに〔軽罪として〕設けていなかった。口頭の侮辱を違警罪として罰するにとどめていたものである(第47620号)。そこには一つの欠缺(けんけつ)une lacune)があったものと信ずる。公然と私人に向けられた侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)は,文書によるものであっても口頭によるものであっても,決闘を挑むためという目的〔〈旧刑法編纂の際「ボアソナードと日本側委員との間で,「元来,罵詈は闘殴のタンタチーフのようなもの」という発言が見られ」たそうです(嘉門7頁註9)。〉〕がある(前記第3節の2の第1条において規定されている場合)のではないときであっても,軽罪のうちに数えられなければならない。面目(considération)に対する侵害が軽いことに応じて,その刑が軽くなければならないだけである。また,禁錮は定役を伴わないものであり〔重禁錮ならば定役に服する(旧刑法241項)。〕,裁判所は罰金を科するにとどめることもできる。

法は,侮辱(une injure, une offense ou un outrage)を構成する表現の性格付けを試みる必要があるものとは信じない。すなわち,侮辱(l’injure)を罰する他の場合(第132条及び第169条)においてもそれはされていない。フランスのプレス法は,「全ての侮辱的表現(expression outrageante),軽蔑の語(terme de mépris)又は罵言(invective)」(第29条)について語ることによって,全ての困難を予防してはいない。侮辱(l’injure, l’offense, l’outrage)を構成するものの評価は,常に裁判所に委ねられる。侮辱者及び被侮辱者の各事情,前者の教育,なかんずくその意図.居合わせた人々の種類等がその際考慮されるのである。

しかし,可罰的侮辱の構成要素がここに二つある。それらは,いわば2個の消極的条件である。

すなわち,①侮辱は「破廉恥な行為又は特定の悪徳の摘発を含まない」ものでなければならない。そうでなければ,名誉毀損(diffamation)の事案ということになる。②それは,同じように侮辱的な(injurieux ou offensants)言葉又は行為によって「挑発された」ものであってはならない。反対の場合には,各当事者が告訴できないものとは宣言されない限りにおいて,最初の侮辱者のみが可罰的である。

  (Boissonade, pp. 1060-1061

 

 フランスの1881729日のプレスの自由に関する法律29条及び33条が,ボワソナアドの1886年案400条の2に係る参照条文として掲げられています(Boissonade, p.1049)。

当該1881年プレスの自由法の第29条は名誉毀損と侮辱との分類に係る規定であって,その第1項は「当該行為(le fait)が摘発された当の人(personne)又は団体(corps)の名誉(honneur)又は面目(considération)の侵害をもたらす行為に係る(d’un fait)全ての言及(allégation)又は摘発(imputation)は,名誉毀損(diffamation)である。」と,第2項は「全ての侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言であって何らの行為の(d’aucun fait)摘発を含まないものは,侮辱(injure)である。」と規定していました。

また,1881年プレスの自由法33条はその第1項で「この法律の第30条及び第31条に規定されている団体又は人に対して同じ方法で〔裁判所(cours, tribunaux),陸海軍,法定の団体(corps constitués)及び公行政機関に対し,並びにその職務又は資格ゆえに大臣,議員,官吏,公の権威の受託者若しくは代理人,国家から報酬を得ている宗派の聖職者,公のサービス若しくは職務に服している市民,陪審員又はその証言ゆえに証人に対して,公共の場所若しくは集会における演説,叫び若しくは威嚇によって,文書若しくは公共の場所若しくは集会において販売に付され,若しくは展示されて販売され若しくは配布された印刷物によって,又は公衆が見ることのできるプラカード若しくは張り紙によって,並びに図画,版画,絵画,標章又は画像の販売,配布又は展示によって〕侮辱をした者は,6日以上3月以下の禁錮及び18フラン以上500フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第2項で「挑発が先行することなしに同様の方法で私人(particulier)を侮辱した者は,5日以上2月以下の禁錮及び16フラン以上300フラン以下の罰金に処し,又はそのいずれかの刑を科する。」と,第3項は「侮辱が公然とされなかったときは,刑法第471条に定める刑〔1フラン以上5フラン以下の科料(1810年)〕のみが科される。」と規定していました。

 なお,injure, offense及びoutrage相互間の違いは何かといえば,その改訂刑法案169条の解説において,ボワソナアドは次のように述べています。

 

   我々はここに,offense, injure, outrageという三つの表現を見出すが,それらは重さに係る単純なニュアンス(simples nuances de gravité)を示すだけのものであって,刑に変化をもたらすものではない。

   (Boissonade, p. 571

 

筆者の手もとのLe Nouveau Petit Robert1993年)には,injureの古義として“Offense grave et délibérée”とあり,outrageの語義は“Offense ou injure extrêmement grave”とありますから,重さの順は,offense injure outrageとなるのでしょう。

 

(イ)フランス法的背景

ところで,旧刑法で軽罪としての侮辱罪が設けられなかった欠缺(lacune)の原因は何だったのでしょうか。どうも,今年(2021年)が死後200年になるナポレオンのようです。

1810年のナポレオンの刑法典375条は「何らの精確な行為の摘発を含まない侮辱であって,特定の悪徳を摘発するものについては,公共の場所若しくは集会において表示され,又は拡散若しくは配布に係る文書(印刷されたものに限られない。)に記入されたときは,その刑は16フラン以上500フラン以下の罰金である。(Quant aux injures ou aux expressions outrageantes qui ne renfermeraient l'imputation d'aucun fait précis, mais celle d'un vice déterminé, si elles ont été proférées, dans des lieux ou réunions publics, ou insérées dans des écrits imprimés ou non, qui auraient été répandus et distribués, la peine sera d'une amende de seize francs à cinq cents francs.)」と規定し,続いて同法典376条は「他の全ての侮辱であって,重大性及び公然性というこの二重の性質を有さないものは,違警罪の刑にしか当たらない。(Toutes autres injures ou expressions outrageantes qui n'auront pas eu ce double caractère de gravité et de publicité, ne donneront lieu qu'à des peines de simple police.)」と規定しており,違警罪に係る同法典47111号は「挑発されずに人を侮辱した者であって,それが第367条から第378条まで〔誣言(calomnies),侮辱(injures)及び秘密の漏洩に関する条項群〕に規定されていないものであるもの(Ceux qui, sans avoir été provoqués, auront proféré contre quelqu'un des injures, autres que celles prévues depuis l'article 367 jusque et compris l'article 378)」は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものと規定していました。ナポレオンの刑法典375条は「侮辱」(injures, expressions outrageantes)といいますが,「特定の悪徳」を適発するのであれば我が1877年司法省案的(ボワソナアド的)には誹毀の罪(後に名誉毀損罪となるもの)ですから,結局ナポレオンの刑法典においては,(日本法的意味での)侮辱罪は,違警罪でしかなかったわけです。

ナポレオンの刑法典の誣言及び侮辱に関する規定は,後に1819517日法に移されますが,同法においても,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものではない侮辱は1フラン以上5フラン以下の科料に処せられるものとされていました(同法20条)。私人に対する侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金(軽罪の刑)に処せられるものとするという一見して原則規定であるような規定があっても(1819517日法192項),そのためには特定の悪徳を摘発し,かつ,公然とされる必要があったわけです。すなわち,ナポレオンの刑法典時代と変わっていなかったわけです。(〈旧刑法編纂の際「日本側委員である鶴田皓は,罵詈が喧嘩の原因となることが問題である以上,「公然」の字を削除すべきとしたが,ボアソナードは,対面の罵詈はフランスでは無罪であることや,実際上の証明の困難性を理由に,公然性要件の必要性を説き,維持されることとなった」そうですが(嘉門7頁),ここでのボワソナアドのフランス法の説明は,条文だけからでは分かりづらいところです。〉)

と,以上において筆者はimputationを「摘発」と訳して「摘示」としていませんが,これには理由があります。ジョゼフ・カルノー(フランス革命戦争における「勝利の組織者」ラザールの兄たるこちらは法律家)が,そのExamen des Lois des 17, 26 mai; 9 juin 1819, et 31 mars 1820 (Chez Nève, Libraire de la Cour de Cassation, Paris; 1821 (Nouvelle Édition))なる書物において,1819517日法における名誉毀損罪の成立に関し,imputationのみならず単純なallégation(筆者は「言及」と訳しました。)でも成立するものであると指摘した上で,それは「したがって,告発を繰り返したrépéter l’inculpation)だけではあるが,それについて摘発imputation)をした者と同様に,名誉毀損者として処罰されなければならない」旨記していたからです(p.36)。「摘示」と「摘発」との語義の違いについては,「〔日本刑法230条の〕事実の摘示といふは,必ずしも非公知の事実を摘発するの意味ではない。公知の事実であつても,之を摘示し,殊に之を主張することに依つて,人をして其の真実なることを信ぜしむる場合の如き,名誉毀損の成立あることは疑ひない」一方,我が「旧刑法(第358条)は悪事醜行の「摘発」を必要とし,その解釈として判例は「公衆の認知せざる人の悪事醜行を暴露することなり」とした」と説明されています(小野・名誉の保護280頁)。

筆者が「特定の悪徳」と訳したvice déterminéについてのカルノーの説明は,「vice déterminéによって法は,肉体的欠陥une imperfection corporelle)の単純な摘発を意図してはいない。そのような摘発は,その対象となった者に対して不愉快なもの(quelque chose de désagréable)であり得ることは確かである。しかし,それは本来の侮辱une injure proprement dite)ではない。特定の悪徳の摘発は,法又は公の道徳la morale publique)の目において非難されるべきことをする(faire quelque chose de répréhensible習慣的傾向une disposition habituelle)のそれ以外のものではあり得ない。」というものでした(Carnot, p.58)。

フランス法においては,vice déterminéfaitには含まれないようです。侮辱の定義(1881729日法292項と同じもの)に関してカルノーは,「侮辱的表現,軽蔑の語又は罵言が何ら行為の摘発l’imputation d’aucun faitを含まないときは,単純な侮辱であって名誉毀損ではない。そこから,特定の悪徳の摘発も,告発(prévention)の性質を変えるものではないということになる。〔すなわち,名誉毀損になるものではない。〕なおも侮辱injure)があるばかりである。」といっています(Carnot, p.37)。この点ボワソナアド式日本法とは異なるようです(vice déterminéの摘発も,「悪事醜行」の摘発を「誹毀」でもってまとめる旧刑法358条の原案たる18778月案398条の構成要件となっていました。)。しかし,フランス1881729日法になると,侮辱を違警罪ではなく軽罪として処罰するための要件として,公然性は依然求めるものの,特定の悪徳の摘発はもはや求めないこととなっていたわけです。

フランス法の名誉毀損の定義はナポレオンの刑法典3671項の誣言(calomnieの定義から由来し,同項は「個人について,もしそれが事実であれば当該表示対象者を重罪若しくは軽罪の訴追の対象たらしめ,又はなお同人を市民の軽蔑若しくは憎悪にさらすこととはなる何らかの行為(quelconque des faits)を摘発」することを構成要件としていましたので(cf. Carnot, p.36),ここでのfaits(行為)は広い意味での事実ではなく,犯罪を構成し得るような限定的なものでなければならないわけだったのでしょう。これに対して日本刑法230条の「事実」は,「具体的には,政治的・社会的能力,さらに学問的能力,身分,職業に関すること,さらに被害者の性格,身体的・精神的な特徴や能力に関する等,社会生活上評価の対象となり得るものを広く含む」とされています(前田雅英『刑法各論講義 第4版』(東京大学出版会・2007年)153頁)。

 

(ウ)付論:讒謗律に関して

なお,フランス法的背景といえば,明治政府による言論取締りの法として著名な1875年の我が讒謗律は,小野清一郎によって,イギリス法の影響下に制定されたものと説かれていましたが(小野・名誉の保護126-128頁),1967年には奥平康弘助教授(当時)によってフランス法を母法とするものであるとする説が唱えられています(手塚1-2頁による紹介。同5頁註(3)によれば,奥平説は,奥平康弘「日本出版警察法制の歴史的研究序説(4)」法律時報39872頁において提唱されたものです。)。

小野は,讒謗律1条の「凡ソ事実ノ有無ヲ論セス人ノ栄誉ヲ害スヘキノ行事ヲ摘発公布スル者之ヲ讒毀トス人ノ行事ヲ挙ルニ非スシテ悪名ヲ以テ人ニ加ヘ公布スル者之ヲ誹謗トス著作文書若クハ画図肖像ヲ用ヒ展観シ若クハ発売シ若クハ貼示シテ人ヲ讒毀シ若クハ誹謗スル者ハ下ノ条別ニ従テ罪ヲ科ス」との条文について論じて,「茲に「事実の有無を論ぜず」とあるも恐らく1843年の誹謗文書法以前に於けるイギリス普通法の思想に依つたもの」とし,更に「なほ,讒毀又は誹謗が文書図書に依る場合に於て之を処罰すべきものとしてゐることもイギリスの‘libel’の観念を継受した証左である」とイギリス法の影響を主張しています(小野・名誉の保護127頁)。しかし,前者については,フランス1819517日法の名誉毀損についても―――名誉毀損の定義規定には「事実の有無を論ぜず」との明文はありませんでしたが――カルノーは,「517日法によってそれ〔名誉毀損〕がそう定義されているとおり,それ〔名誉毀損〕は全ての侮辱的な行為(tout fait injurieux)に係る摘発又は言及によって成立する。事実の証明が認められないときは,たとえそれが事実であっても(fût-il même vrai)そうなのである。」と述べています(Carnot, p.35)。(事実の証明が認められる場合は,後に見る1819526日法(同月17日法とは関連しますが,別の法律です。)201項において限定的に定められていました。)後者については,あるいは単に,讒謗律の布告された1875628日の前段階においては,我が国ではなお演説というものが一般的なものではなかったということを考えるべきかもしれません。187412月に刊行された『学問のすゝめ』12編において福沢諭吉いわく。「演説とは,英語にてスピイチと云ひ,大勢の人を会して説を述べ,席上にて(わが)思ふ所を人に(つたう)るの法なり。我国には(いにしえ)より其法あるを聞かず,寺院の説法などは先づ此類なる可し。」,「然るに学問の道に於て,談話,演説の大切なるは既に明白にして,今日これを実に行ふ者なきは何ぞや。」と(第1回の三田演説会の開催は,1874627日のことでした。)。すなわち,讒謗律布告の当時の「自由民権論者の活動は,もつぱら新聞,雑誌その他の出版物を舞台として行われ,政談演説は一般にまだ普及していなかつた」のでした(手塚3頁)。

讒謗律の法定刑とフランス1819517日法のそれとを比較すると(なお,讒謗律の讒毀は専ら摘発に係るものであること等,構成要件の細かいところには違いがあり得ることには注意),次のとおりです。

天皇に対する讒毀又は誹謗は3月以上3年以下の禁獄及び50円以上1000円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律2条),フランス国王に対するそれは6月以上5年以下の禁錮及び500フラン以上1万フラン以下の罰金並びに場合により公権剥奪も付加されるものでした(1819517日法9条)。

皇族に対する讒毀又は誹謗は15日以上2年半以下の禁獄及び15円以上700円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対して(讒謗律3条),フランス王族に対するそれは1月以上3年以下の禁錮及び100フラン以上5000フランの罰金でした(1819517日法10条)。

日本帝国の官吏の職務に関する讒毀は10日以上2年以下の禁獄及び10円以上500円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,同じく誹謗は5日以上1年以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されたのに対し(讒謗律4条),フランス王国の官吏の職務に関する名誉毀損は8日以上18月以下の禁錮及び50フラン以上3000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法16条。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条)),侮辱は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処されました(同法191項。裁判所又は法定の団体に対しては15日以上2年以下の禁錮及び50フラン以上4000フラン以下の罰金(同法15条。Cf. Carnot, pp.38-39))。

日本帝国の華士族平民に対する讒毀は7日以上1年半以下の禁獄及び5円以上300円以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され,誹謗は3円以上100円以下の罰金に処されたのに対し(讒謗律5条),フランス王国の私人に対する名誉毀損は5日以上1年以下の禁錮及び25フラン以上2000フラン以下の罰金の併科又はそのいずれかの刑に処され(1819517日法18条),侮辱は16フラン以上500フラン以下の罰金に処されました(同法192項。ただし,特定の悪徳の摘発を含まず,又は公然とされたものでない侮辱の刑は1フラン以上5フラン以下の科料(同法20条,フランス刑法471条))。こうしてみると,讒謗律1条にいう誹謗に係る「悪名ヲ以テ人ニ加ヘ」とは,vice déterminéimputationすることのようでもあります。(なお,讒謗律5条違反の刑の相場は「大概罰金5円に定まつて居た」そうです(手塚5頁註(10)の引用する宮武外骨)。)

讒謗律71項(「若シ讒毀ヲ受ルノ事刑法ニ触ルヽ者検官ヨリ其事ヲ糾治スルカ若クハ讒毀スル者ヨリ検官若クハ法官ニ告発シタル時ハ讒毀ノ罪ヲ治ムルヿヲ中止シ以テ事案ノ決ヲ俟チ其ノ被告人罪ニ坐スル時ハ讒毀ノ罪ヲ論セス」)に対応する条項は,「事案ノ決ヲ俟チ」までは1819526日法25条,「其ノ被告人罪ニ坐スル」以後はcalomnie(誣言)に係るナポレオンの刑法典370条でした(1819526日法201項は,名誉毀損(diffamation)について事実の証明が許される場合を,公の権威の受託者若しくは代理人又は公的資格で行動した全ての者に対する摘発であって,その職務に関する行動に係るものの場合に限定しています。「其の他の場合には全然真実の証明を許さざることとした」ものです(小野・名誉の保護450頁)。)。官吏の職務に関する讒毀及び誹謗並びに華士族平民に対するそれらの罪は親告罪である旨規定する讒謗律8条に対応する条項は,1819526日法5条でした。

 

(エ)誣言と名誉毀損との関係及び誹毀罪の「悪事醜行」

 なお,誣言(calomnie)と名誉毀損(diffamation)との違いがどこにあるかについてここに註しておけば,名誉毀損においては他人について摘発された破廉恥な行為が事実であり得,又は少なくとも事実であるものと信じられ得るのに対し,誣言においては摘発された行為は事実ではなく,かつ,事実ではないことを誣言者が知っているという点に相違点があるところです(Boissonade, p.1054)。

 また,旧刑法358条の「悪事醜行」はフランス語文では①破廉恥な行為(fait déshonorant)又は②特定の悪徳(vice déterminé)となるわけですが,ボワソナアドは,①の摘発が名誉毀損になるには栄誉(honneur)に対する侵害であることが必要であって,揶揄的(ridicules)ないしは無礼な(inconvenants)ものにとどまるものでは足らぬとし,②の「悪徳」については,単なる怠惰,大食,吝嗇,易怒,偽善及び嫉妬は当たらぬとする一方(これらは悪徳というよりも欠点であるとされています。),賭博者,酔漢,不身持,虚言者,盗人又は不正直な事務処理者であるということは当たり得るとしています(Boissonade, pp.1054-1055)。ただし,悪徳の摘発は特定性を欠いてはならず,「腹黒,悪人,変人,又は彼は悪徳の塊だ(méchant, injuste, vicieux, ou qu’il a tous les vices)」と言うのでは,名誉毀損ではなく,侮辱になるにすぎないとされています(Boissonade, p.1055)。


イ 違警罪たる侮辱罪

違警罪たる侮辱罪に係る第4891号に関するボワソナアドの解説は次のとおり。

 

  身体(personnes)に対する違警罪は,人(personnes)をその安全(sécurité)又は尊厳(dignité)において侵害し得るものである。

  刑は,第2のものが第1のものより若干軽いが,これは当該2種の軽罪について既に述べた理由によるものである。すなわち,尊厳又は評判(réputation)に対する傷害の方が肉体(corps)に対してされたそれよりも容易に治癒され得るからである(1051-1052頁参照)。

   軽罪について当該相違が存在するのならば,より軽い犯罪である違警罪についても同様の相違が認められなければならない。

   〔略〕

   第4891号に規定された侮辱については(de l’injure ou de l’offense),それが破廉恥な事実又は特定の悪徳の摘示――これは重い軽罪(délit)となる――を何ら含むものでないときは,名誉毀損(diffamation)とは異なり,“simple”であるといわれるものであることに筆者は注意を喚起するものである(第298(ママ)条参照)。

   しかし,この同じ侮辱(cette même injure ou offense)は,それ自身――名誉毀損よりも軽いとはいえ――既に軽罪として罰せられているものであるところ(第400条の2参照),当該侮辱は「公然と(publiquement)」されない限りは軽罪(délit)ではないこと,しかるに,ここにおいては〔違警罪としては〕「一又は複数の不特定人の現在する場所において」――これはなお,公然であると正しくいわれるもの(la publicité proprement dite)ではない――言われ,又はされれば十分であることに注意がされなければならない。

  (Boissonade, p.1277-1278

 

尊厳(dignité)と評判(réputation)とが出てきますが,侮辱罪の保護法益は,違警罪の場合も評判であるものとボワソナアドは解していたと考えるべきでしょう。

なお,尊厳又は評判に対する傷害の治癒が容易だということについては,「栄誉(honneur),面目(considération),評判(fama)は他人の意見の中でしか小さくならないし,立派な見識ある意見は,引っ込めたものを常に取り戻させることができるのである。」,「腹黒い者(le méchant)が正しい人(le juste)の栄誉を傷つけようとした場合においては,いったん失われた栄誉は取り戻すことはできないと言われていることは妥当しない。」と説明されています(Boissonade, pp.1051-1052)。日本人は,立派な見識のある人々だとボワソナアドからは思われていたわけです。


(3)ボワソナアド提案の挫折から現行刑法へ

 

ア 宮城=河津=亀山による不採用

しかし,ボワソナアドによる侮辱罪の軽罪化(正確には軽罪と違警罪とへの振り分け)提案は宮城=河津=亀山の旧刑法改正第一次草案の採用するところとはなりませんでした(川端博(對馬直紀=曽根田馨協力)「旧刑法・刑法改正第一次草案対照表(下)」法学論叢601号(19878月)130-132頁,171頁及び174頁)。

旧刑法改正第一次草案では,侮辱罪は違警罪のままで,そのうちの「身体,財産ニ関スル罪」の章中の第407条に「公然人ヲ罵詈,嘲弄シタル者ハ3日以上15日以下ノ拘留又ハ1円以上10円以下ノ科料ニ処ス」とあって,刑のみ旧刑法42612号の「2日以上5日以下ノ拘留」又は「50銭以上150銭以下ノ科料」より重くなっています(親告罪であることも変わらず(旧刑法改正第一次草案413条)。)。

なお,旧刑法改正第一次草案の「名誉ニ対スル罪」の章中「誹毀ノ罪」の節にある第329条は次のような規定で,あるいは侮辱の目的を要する構成要件となっていますが,「人ノ名誉ヲ害ス可キ事実,行為ヲ摘発」する行為に係るものですから,やはりこれは侮辱の罪というよりは,名誉毀損罪でしょう。

 

 第329条 人ヲ害シ若クハ侮辱スルノ意ヲ以テ左ノ場所ニ於テ又ハ左ノ方法ニ依リ人ノ名誉ヲ害ス可キ事実,行為ヲ摘発シタル者ハ其事実,行為ノ有無ヲ問ハス誹毀ノ罪ト為シ11日以上1年以下ノ有役禁錮及ヒ5円以上50円以下ノ罰金ニ処ス

  一 公ノ集会又ハ公ノ場所ニ於テ犯シタルトキ

  二 公ノ場所ニ非スト雖モ特定ノ人ニ限リ集会又ハ臨席ヲ許シタル場所ニテ数人ノ面前ニ於テ犯シタルトキ

  三 如何ナル場所ヲ問ハス被害者ト他人トノ面前ニ於テ犯シタルトキ

  四 文書,図画又ハ偶像ヲ配布シ販売シ又ハ公衆ノ縦覧ニ供シ若クハ数人ニ示シ又ハ雑劇ヲ演シテ犯シタルトキ

 

イ 現行刑法

 

(ア)侮辱罪の刑法典残留

 1907年の現行刑法の制定に伴い違警罪は警察犯処罰令(明治41年内務省令第16号)に移されていますが(内務省令をもって違警罪処罰規定を設け得たことについては,大日本帝国憲法9条,明治23年法律第84号及び明治23年勅令第208号を参照),拘留又は科料のみを刑とする侮辱罪が第231条として刑法に残ったのは,帝国に滞在する外国の君主又は大統領に対する侮辱の罪(同法旧902項。3年以下の懲役)及び帝国に派遣された外国の使節に対する侮辱の罪(同法旧912項。2年以下の懲役)との泣き別れを避けたためでしょうか。これについて小野清一郎は,「其の行為の性質より言へば,侮辱罪は刑事犯であつて,警察犯ではない。其の維持せんとする規範は今日の社会に於ては疑ひもなく道義的文化規範である。現行刑法が侮辱罪を違警罪より引離し,名誉毀損罪と列べて刑法中に之を規定したのは,此の意味に於て正当であるが,其の旧刑法の制裁を其のまま拘留又は科料のみに止めたるは不当である。」と述べています(小野・名誉の保護410-411頁)。小野によれば,拘留及び科料は「警察犯(違警罪)に対する行政的刑罰」にすぎません(小野・名誉の保護224頁。また,228頁)。(〈なお,刑法231条において「侮辱」の語が用いられたのは,政府担当者の説明によると,「公然と人を罵詈,嘲弄するという手段のほかにも,より広く人の名誉を侵害する方法を含むため」だったそうです(嘉門8頁)。〉)

 

(イ)侮辱罪の法定刑に関する小野清一郎(1934年)及び改正刑法仮案(1940年)の提案

そのままでは「不当である」とされた侮辱罪の法定刑については,「1年以下の懲役若くは禁錮又は1000円以下の罰金位を相当と信ずる」というのが小野清一郎の意見でした(小野・名誉の保護435頁。また,441頁)。ちなみに,昭和22年法律第124号によって「3年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ1000円以下ノ罰金」と改正される前の名誉毀損罪の刑が「1年以下ノ懲役若クハ禁錮又ハ500円以下ノ罰金」でした(刑法旧2301項)。1940年の「刑法並監獄法改正調査委員会総会決議及留保事項刑法総則及各則未定稿」たる改正刑法仮案の第409条は「公然人ヲ侮辱シタル者ハ1年以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ500円以下ノ罰金ニ処ス」としていました。上限が「1年以下ノ懲役若ハ禁錮」というのですから,今次法制審議会答申と余り変わりません。

なお,「拘留又は科料のみを法定刑とする犯罪は,刑法典では他に存在しない。」と説かれていますが(『大コンメンタール刑法(第三版)第12巻(第230条~第245条)』(青林書院・2019年)66頁(中森喜彦)),昭和22年法律第124号による改正前の刑法174条は「公然猥褻ノ行為ヲ為シタル者ハ科料ニ処ス」と規定していました(現在の法定刑は,6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料)。ただし,改正刑法仮案331条は「公然猥褻ノ行為ヲ為シタル者ハ1年以下ノ懲役若ハ300円以下ノ罰金又ハ拘留若ハ科料ニ処ス」としていました。


(上)法制審議会に対する諮問第118号及び旧刑法:

   http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121894.html

(下)第1回国会(1947年)の削除論から法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会(2021年)の法定刑引上げ論まで:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121926.html