第1 法制審議会と諮問第118号(2021916日)

 

1 2021916日の法制審議会

 2021916日に開催された法務省の法制審議会の第191回会議において上川陽子法務大臣から諮問第118号が発せられ,当該諮問は,新設の「刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会」に付託され審議され,当該部会から報告を受けた後改めて法制審議会の総会において審議されることになりました(法務省法制審議会ウェブページ)。

 諮問第118号は,次のとおりです。

 

  諮問第118

    近年における侮辱の罪の実情等に鑑み,早急にその法定刑を改正する必要があると思われるので,別紙要綱(骨子)について御意見を承りたい。

 

  別紙

       要綱(骨子)

侮辱の罪(刑法第231条)の法定刑を1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とすること。


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 法務省(東京都千代田区霞が関)

 

2 侮辱罪関係条文

 ちなみに,刑法(明治40年法律第45号)231条の条文は「事実を摘示しなくても,公然と人を侮辱した者は,拘留又は科料に処する。」というものです。

拘留及び科料については,それぞれ,「拘留は,1日以上30日未満とし,刑事施設に拘置する。」(刑法16条)及び「科料は,1000円以上1万円未満とする。」(同法17条)と規定されています。

また,侮辱罪は「告訴がなければ公訴を提起することができない」親告罪です(刑法2321項)。

なお,「拘留又ハ科料ニ該ル罪」ですので,旧刑法(明治13年太政官布告第36号)の違警罪とみなされます(刑法施行法(明治41年法律第29号)31条)。旧刑法は,罪を重罪(crime),軽罪(délit)及び違警罪(contravention)の3種に分類していましたが(同法1条),違警罪はその中で最も軽いものです。違警罪については,かつては違警罪即決例(明治18年太政官布告第31号)によって,警察署長及び分署長又はその代理たる官吏が,正式の裁判によらずに即決することができました。

 

3 近年における侮辱の罪の実情

 

(1)テラハ事件

 諮問第118号にいう「近年における侮辱の罪の実情」については,当該諮問についていち早く報道した読売新聞によると「侮辱罪を巡っては,フジテレビの番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)が昨年〔2020年〕5月に自殺した問題で,ツイッターにそれぞれ「生きてる価値あるのかね」「きもい」などと書き込んだ男2人が略式命令を受けたが,9000円の科料にとどまり,厳罰化を求める声が上がっていた。/同省は昨年6月にプロジェクトチームを設置し,罰則のあり方などを検討。SNSなどでの中傷は不特定多数から寄せられる上,拡散してネットに残り続けるなど被害が深刻化しており,懲役刑の導入は必須とした。その上で,侮辱罪は対象となる行為が広いため,名誉毀損罪と同じ「3年・50万円以下」とはせず,「1年以下の懲役・禁錮」と「30万円以下の罰金」を追加することにした。」とのことです(読売新聞オンライン2021830日「【独自】ネット中傷対策,侮辱罪に懲役刑導入へ・・・テラハ事件では科料わずか9千円」)。

「被害が深刻化」ということなので,侮辱罪の有罪件数は増加傾向にあり,かつ,量刑も重罰化が進んでいるものと一応思われます。

 

(2)科刑状況に関して

 

ア 科刑状況

しかしながら,2016年から2020年までの5年間における侮辱罪の科刑状況を示す法制審議会第191回会議配布資料(刑6)によると,侮辱罪で刑を科された者の数は,それぞれ23人(2016年),16人(2017年),24人(2018年),27人(2019年)及び30人(2020年)ということで,30人まで増えたのだと言われれば確かに増えてはいるのでしょうが,その絶対数を見る限りでは,侮辱罪事件は今や「深刻」なまでに多いのだというのにはいささか追加説明が必要であるようです(2021922日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議における井田良委員(中央大学教授)の発言によると「ドイツでは侮辱罪で年間2万件の有罪判決が出されている」そうです(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第1回会議議事録(以下「侮辱罪第1回議事録」と略称します。)14頁)。)。

また,同じ前記法制審議会配布資料によれば,量刑も,科料額は確かに上限近くの9000円以上のところに貼り付いているようですが,自由刑である拘留に処された者は当該5年間において一人もいません(当該5年間中に刑を科された120人中,116人が9000円以上の科料,2人が5000円以上9000円未満の科料(2016年及び2017年)及び2人が3000円以上5000円未満の科料(2017年及び2019年))。1万円以上の罰金刑(刑法15条)の導入は分かるけれども,拘留を使わないでいきなり懲役・禁錮を導入したいとはどういうことか,とも言われそうです(2021106日の法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議における池田綾子委員(弁護士)発言参照(法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会第2回会議議事録(以下「侮辱罪第2回議事録」と略称します。)12-13頁))。ただし,拘留には執行猶予がないこと(刑法25条及び27条の2)にも注意すべきもののようです(侮辱罪第1回議事録21頁の保坂和人幹事(法務省大臣官房審議官)発言参照)。

 

イ 拘留に関して

なお,拘留については,「現行の拘留制度は,威嚇力もなければ改善の効果もない致命的欠陥をもっている」,「現行の拘留は禁錮と同じ性格をもち,刑期が1日以上30日未満である点で異なるにすぎない。戦前の昭和3年〔1928年〕には10万人余の拘留受刑者がいたが,現在では,拘留を執行される者は年間数十名にすぎず〔司法統計年報によると,2019年の通常第一審終局処理人員中拘留に係るものは6名〕,改善の処遇は望むべくもないといわれる。このように拘留が減少したのは,制度に欠陥があるからであるとされ,また,昭和初期に比べれば,現在の拘留制度は無きに等しいともいわれている。」ということでよいのでしょうか(大谷實『刑事政策講義(第4版)』(弘文堂・1996年)137頁・138頁参照)。

しかしながら,拘留受刑者の大幅減少は,違警罪即決例の廃止(裁判所法施行法(昭和22年法律第60号)1条により194753日から(同法附則,裁判所法(昭和22年法律第59号)附則1項,日本国憲法1001項))によるところが大きいようにも筆者には思われます。すなわち,『日本国司法省第五十四刑事統計年報 昭和三年』によると,1928年(昭和3年)の第一審裁判終局被告人のうち科刑が拘留であったものは188名にすぎません(22頁)。いわれるところの10万余人の拘留受刑者は,裁判所の手を煩わさずに警察署限りで処理されたものではないでしょうか。

とはいえ拘留はなお現在も見捨てられてはおらず,「拘留は刑事施設に短期間拘置するものでありますが,特定の種類の犯罪や犯人に対するショック療法的効果が認められ,いわゆる小暴力犯罪者や営利的小犯罪を繰り返す者に対する刑罰という性格を有しているとされており,懲役・禁錮及び罰金が選択刑として定められた後も,侮辱罪については,単なる偶発的な罵詈雑言を繰り返す事案など,比較的当罰性の低い事案も想定されることからすると,拘留も存置しておくことが,個別具体的な事案に応じた適切な量刑に資するものと考えられる」とされています(侮辱罪第2回議事録13頁(栗木傑幹事(法務省刑事局参事官)))。

 

第2 法制審議会による迅速答申(20211021日)

 諮問第118号には「早急に」改正する必要があるとあり,かつ,当該改正の内容も「第231条中「拘留又は科料」を「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に改める。」とあらかじめ決められていたので,ここで法制審議会が法務省の事務当局から期待されていた機能は,rubber stamp的なものであったものと考えるのは忖度(そんたく)過剰でしょうか。いずれにせよ,同審議会の刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会の会議は2021922日及び同年106日の2回開催されて,賛成8名反対1名(第2回会議の出席委員総数は佐伯仁志部会長を除いて9名)で法務大臣提示の要綱(骨子)が可決されています(侮辱罪第2回議事録17頁)。同年1021日には法制審議会総会を経て同審議会会長から古川禎久法務大臣にその旨の答申がされました。

この迅速処理に対して,20211017日に朝日新聞Digitalに掲載された同社社説は批判的な見解を表明し,「見直しに向けた議論の必要性は理解できる。それにしても,今回の進め方は拙速に過ぎ,将来に禍根を残さないか。そんな疑問を拭えない。」,「どのような表現が「侮辱」とされ,国家が刑罰を科すべきかという線引きはあいまいだ。厳罰化の後,恣意(しい)的に運用されるようなことがあれば,言論・表現の自由の萎縮につながる恐れがある。」,「厳罰化するのであれば,免責する場合について広く意見を聞き,法律に盛り込む方向で検討を深めるべきではないか。」と評しています。朝日新聞社的角度というべきでしょうか。

なお,「「國賊朝日新聞」といふ如き」ことについては,侮辱罪の成立があり得るものであると解せられています(小野清一郎『刑法に於ける名誉の保護(再版)』(有斐閣・1956年(初版は1934年))311頁。また,212頁)。

 

第3 侮辱罪の脱違警罪化論の濫觴(Boissonade en l’année 1886

 さはさりながら,侮辱罪の重罰化(脱違警罪化)論は,旧刑法施行後(同法は明治14年太政官布告第36号により188211日から施行)程なくして生じた同法改正問題の一環としてつとにボワソナアドが提起していたところであり,百三十余年の歴史があるものです。今になって拙速云々ということになったのも思えば不思議な話です。

 

1 旧刑法及び18778月フランス語文司法省案

 

(1)罵詈嘲弄罪

 侮辱罪の前身規定は,旧刑法においては,違警罪の構成要件等を規定する第4編中の第42612号にありました。

 

  第426条 左ノ諸件ヲ犯シタル者ハ2日以上5日以下ノ拘留ニ処シ又ハ50銭以上150銭以下ノ科料ニ処ス

   十二 公然人ヲ罵詈嘲弄シタル者但訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

同号は,187711月に司法省(司法卿・大木喬任)から太政官に提出された案のフランス語文(同年8月)においては,次のとおりでした(Projet de Code Pénal pour l’Empire du Japon présenté au Sénat par le Ministre de la Justice le 8e mois de la 10e année de Meiji (Août 1877). Imprimerie Kokubunsha, Tokio, 1879. pp.154, 156)。

 

  476.  Seront punis de 1 jour à 3 jours d’arrêts et de 20 sens à 1 yen 25 sens d’amende, soit cumulativement, soit séparément:

 

      20˚  Ceux qui auront dit une injure simple à un particulier, en public ou en  présence de deux ou plusieurs personnes étrangères;

 

    Dans les deux alinéas qui précèdent [20˚ et 21˚], la poursuite n’aura lieu que sur la plainte de la personne offensée.

 

 (第476条 次の各号の一に該当する者は,1日以上3日以下の拘留若しくは20銭以上125銭以下の科料に処し,又はこれを併科する。

 

  (二十 公然(en public)又は2名以上の不特定人(personnes étrangères)の現在する場所において私人(particulier)を罵詈嘲弄(une injure simple)した者

 

  (前2号の罪は,被害者の告訴がなければ公訴を提起することができない。)

 

なお,3日間の拘留というと,逮捕されると72時間くらいはすぐ経過しそうなのですが(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)2052項参照),当時違警罪を犯した者は,氏名住所が分明でなく,又は逃亡の恐れがあるときに違警罪裁判所に引致されることはあっても現行犯逮捕はされなかったところです(治罪法(明治13年太政官布告第37号)1022項参照)。現在の刑事訴訟法においては,30万円以下の罰金,拘留又は科料に当たる罪については,犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り現行犯逮捕が可能であり(同法217条),逮捕状による通常逮捕は,被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく取調べのための出頭の求めに応じない場合に限り可能であるということになっています(同法1991項ただし書)。「1年以下の懲役若しくは禁錮」が法定刑に含まれれば,現行犯逮捕及び通常逮捕に係るこれらの制約が外れることになります(なお,緊急逮捕はできません(刑事訴訟法2101項参照)。)。

〈おって,旧刑法42612号の淵源を,明治618日の司法省布達第1号で第56条として東京違式詿違条例(違式詿違条例については,http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078601732.htmlを参照ください。)に追加された「格子ヲ撥キ墻塀ヲ攀チ徒ニ顔面ヲ出シ往来ヲ瞰ミ或ハ嘲哢スル者」との条項(詿違の罪です。)ではないかと示唆するものと解される見解もあります(嘉門優「侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割――侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって」法学セミナー803号(202112月)7頁註8)。しかし,旧刑法の編纂については,「司法省では方針を大転換し,まずボワソナアドに草案を起草させ,それを翻訳して討論を重ね,さらにボワソナアドに仏文草案を起草させる,という手続を何回かくりかえした後,最終案を作成する,という手順」だったそうですから(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)114頁),やはり直接フランス法の影響を考えた方がよいのではないでしょうか。また,旧刑法42612号の「罵詈」の語は,元の「誹謗」が鶴田皓によって改めたられたものだそうです(嘉門7頁註10)。


(2)官吏侮辱罪

ところで,「侮辱」の語が用いられている点においては,旧刑法141条の官吏侮辱罪がむしろ重視されるべきかもしれません。

 

141条 官吏ノ職務ニ対シ其目前ニ於テ形容若クハ言語ヲ以テ侮辱シタル者ハ1月以上1年以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 其目前ニ非スト雖モ刊行ノ文書図画又ハ公然ノ演説ヲ以テ侮辱シタル者亦同シ

 

旧刑法141条に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は次のとおりです(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.59-60)。

 

169.  L’offense, l’injure, l’outrage, commis publiquement et directement, par gestes ou par paroles, envers un officier public dans l’exercice de ses fonctions ou à l’occasion de ses fonctions et en sa présence, sera puni d’un emprisonnement avec travail de 2 mois à 2 ans et d’une amende de 5 à 50 yens.

Si l’infraction a été commise hors la présence du fonctionnaire, par la voie de la presse ou par des discours tenus en public, la peine sera un emprisonnement avec travail de 1 mois à 1 an et une amende de 3 à 30 yens.

 

  (第169条 動作(gestes)又は言語(paroles)をもって,その職務を執行中の又はその職務に当たっている官吏に向かって,その現在する場所において(en sa présence)公然と(publiquement)かつ直接に侮辱(l’offnese, l’injure, l’outrage)をした者は,2月以上2年以下の重禁錮に処し,5円以上50円以下の罰金を付加する。

   (罪が,その官吏の現在する場所以外の場所において,出版又は公然の演説(discours tenus en public)をもって犯されたときは,1月以上1年以下の重禁錮に処し,3円以上30円以下の罰金を付加する。)

 

(3)誹毀罪

現行刑法においては,侮辱罪(231条)と名誉毀損罪(「公然と事実を摘示し,人の名誉を毀損した者は,その事実の有無にかかわらず,3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」(同法2301項))とは「名誉に対する罪」として同じ第34章に規定されていますが,旧刑法においては,前者の前身規定はさきに御紹介したように違警罪として第4編に,後者の前身規定は「身体財産ニ対スル重罪軽罪」に係る第3編に規定されており(同編中の「身体ニ対スル罪」に係る第1章のうち「誣告及ヒ誹毀ノ罪」に係る第12節中),泣き別れ状態でした。なお,18778月フランス語文司法省案の条文によると,第3編の編名は“Des crimes et délits contre les particuliers”(「私人に対する重罪軽罪」ということで,第2編の「公益ニ関スル重罪軽罪(Des crimes et délits contre la chose publique)」に対応しています。),第3編第1章の章名は“Des crimes et délits contre les personnes”(「身体に対する重罪軽罪」),同章第12節の節名は“Des crimes et délits contre la réputation d’autrui”(「人の評判に対する重罪軽罪」)でした。

旧刑法における名誉毀損関係条項は,次のとおりでした。

 

  第358条 悪事醜行ヲ摘発シテ人ヲ誹毀シタル者ハ事実ノ有無ヲ問ハス左ノ例ニ照シテ処断ス

   一 公然ノ演説ヲ以テ人ヲ誹毀シタル者ハ11日以上3月以下ノ重禁錮ニ処シ3円以上30円以下ノ罰金ヲ附加ス

   二 書類画図ヲ公布シ又ハ雑劇偶像ヲ作為シテ人ヲ誹毀シタル者ハ15日以上6月以下ノ重禁錮ニ処シ5円以上50円以下ノ罰金ヲ附加ス

 

 第359条 死者ヲ誹毀シタル者ハ誣罔ニ出タルニ非サレハ前条ノ例ニ照シテ処断スル(こと)ヲ得ス

 

 第361条 此節ニ記載シタル誹毀ノ罪ハ被害者又ハ死者ノ親属ノ告訴ヲ待テ其罪ヲ論ス

 

 上記各条項に対応する18778月フランス語文司法省案の条文は,次のとおりでした(Projet de Code Pénal (Août 1877), pp.128-130)。

 

   398.  Quiconque aura, dans l’intention de nuire, imputé publiquement à un particulier un fait déshonorant ou un vice déterminé, sera, sans qu’il y aît lieu de rechercher si le fait ou le vice imputé est vrai ou faux, coupable de diffamation et puni comme il suit:

          Si la diffamation a eu lieu par des paroles ou des discours tenus en public, la peine sura un emprisonnement avec travail de 11 jours à 2 mois et une amende de 2 à 10 yens;

          Si la diffamation a eu lieu par des écrits ou imprimés, par des dessins ou emblèmes distribués, vendus, ou affichés en public, ou par des représentations théatrales, la peine sera un emprisonnement avec travail de 15 jours à 3 mois et une amende de 3 à 30 yens.

 

   400.  La diffamation envers les morts est punissable, d’après l’article 398, mais seulement quand elle est faite de mauvaise foi et avec le caractère de calomnie.

 

      403.  La poursuite des délits de diffamation n’a lieu que sur la plainte de la partie offensée, ou sur celle de sa famille, si elle est décédée.

 

重禁錮(「禁錮」ではありますが,定役に服しました(旧刑法241項)。)が主刑ですから,旧刑法358条の罪は軽罪です(同法81号)。

なお,旧刑法358条の「誹毀」は,後に32)ア(ウ)で見る讒謗律(明治8年太政官布告第110号)1条の「讒毀と誹謗とを合せたものであらう。」といわれています(小野・名誉の保護129頁)。

 ところで,書類を公布して悪事醜行を摘発して人を誹毀すること(旧刑法3582号)の例として大審院の明治16年(1883年)1024日判決の事案がありますが(手塚豊「讒謗律の廃止に関する一考察」法学研究4710号(197410月)6-7頁),いささか疑問を感じさせる裁判です。すなわち,「被告ハ明治15年〔1882年〕622日北陸日報第532号雑報欄内ニ於テ如何ナル者ノ所業ニヤ昨日午前6時頃本区広坂通兼六園ノ入口ナル掲示板ニ中折即チ半紙ニテ〔略〕有髷公ノ咽喉首以上ヲ画キ「恰モ獄門首ノ如シ」勿躰ナクモ我賢明ナル千(ママ)高雅氏〔石川県令〕ニ模擬シタル者カ有像ノ傍ニ国ヲ亡シ人民ヲ害スル千阪高雅ト特書シアリタルヨシ云々トノ文ヲ掲ケ」たとのことによって,当該被告人は禁錮2月及び罰金20円附加の刑に処せられてしまっているところです(16歳以上20歳未満なので罪一等は減ぜられています(旧刑法81条)。なお,原審(金沢軽罪裁判所)では讒謗律5条が適用されてしまって,罰金6円でした。)。悪口を書いた似顔絵を兼六園入口の掲示板にさらされてしまったことが千阪県令の「悪事醜行」となるわけではないでしょうし,「国ヲ亡シ人民ヲ害スル」の徒呼ばわりすることが「事実ノ有無ヲ問」い得る具体的な「悪事醜行」を千阪県令について「摘発」することになるものでもないでしょう。

 

2 旧刑法改正の動き

旧刑法の改正の動きについて,川端博明治大学教授は次のように紹介しています。

 

 〔前略〕すでに周知のように,旧刑法は,フランス刑法を模範にして作られたものであるが,制定されて間もなく改正の必要性が強調されたのである。このような改正気運の中で,明治政府は,宮城浩藏,河津祐之,亀山貞義に〔改正〕草案の作成を命じ,出来上った草案を採用して,明治24年〔1891年〕の第1回帝国議会〔開会は18901129日〕に提出したが,審議未了に終った。刑法改正の歴史において,本草案の有する意義は大きい。すでに施行された旧刑法に対して,旧来の東洋法思想を基盤とする日常の法生活,法実務を踏まえて,その不都合を是正しようとするものであるから,これを歴史学的視点から究明していく必要があろう。この第1次草案は,旧刑法の枠内にあると評されることが多いが,さらに詳細に比較して旧刑法から現行刑法に至るまでの改正作業への影響を検討する必要があるとおもわれる。小野〔清一郎〕博士は,現行「刑法は決して旧刑法と絶縁された立法ではない。寧ろ旧刑法の修正であり,補充であるとも見られる。其の重要なる部分において旧刑法の規定がそのまま踏襲されているのである」と指摘された。従来,現行刑法はドイツ刑法の決定的影響の下に成立したとされるが,西原〔春夫〕教授は,「全体として,現行刑法の規定の大部分は旧刑法の規定の改善されたものであり,それにくらべると,ドイツ刑法から直接導入された規定は,わずかのパーセンテージを占めるにしかすぎない。しかも,でき上った現行刑法はドイツとは似ても似つかぬものであって,ドイツ刑法とくらべるならば,むしろ旧刑法の方に近似しているとさえいえるようである」と指摘しておられる。〔後略〕

 (川端博「旧刑法・刑法改正第1次草案対照表(上)」法律論叢5956号(19873月)149-150頁)

 

 旧刑法下の学説が現代の刑法学に対して有する意義については,次のとおり。

 

  〔前略〕さらに小野〔清一郎〕博士は,旧刑法下における学説が現在の刑法学に対して有する歴史的意義について,次のように指摘された。すなわち,「又旧刑法の下における解釈理論は我が刑法学の文化財として新刑法の下に伝へられてゐる。尤も,新刑法施行の前後から我が法律学はフランス法学を離れてドイツ法学を学ぶに至り,従つて謂ゆる旧派・新派の論争も専らドイツにおけるそれを移したものに外ならなかつた。ボアソナードの註釈書の如きも〔現行刑法が制定された〕明治40年〔1907年〕以後の刑法学者にしてこれを読んだ者が果して幾人あつたであらうか。とはいへ其は無意識的伝統となつてわが刑法学,さうして恐らくはそれよりも強く,わが司法実務を支配して来たのである。これこそは目的主義即ち社会功利主義の思想的地盤でありながら,しかも主観主義,即ち特別予防主義の理論的徹底を控制して来たところのものである。其の功過については亦論ずべきものがあるであらう。だが,いづれにしても其処に或る現実の歴史的意義が存したことを認めなければならない」と,小野・前掲〔「旧刑法とボアソナードの刑法学」『刑罰の本質について・その他』(1955年)〕237頁。以て銘すべし,というべきであろう。

 (川端(上)154頁註(4))

 

 旧刑法を改正すべしとの意見がその理由としたところは,次のようなものであったようです。

 

   刑法改正論議が生じた原因について小野博士は次のように指摘された。すなわち,「旧刑法の自由主義的性格は,当時我が邦の社会が全面的に近代化,自由主義化の途上にあつたとはいへ,可成り急進的なものであつたに違ひない。旧刑法の実施後間もなく其の改正の議がおこつたことは,其の国民の正義感にも又社会防衛的必要にも充分の満足を与へなかつた点に其の根本原因があつたのではないかと思はれる。我が邦の刑事統計は旧刑法実施の年である明治15年〔1882年〕以前には遡らないが,明治二十年,三十年代の犯罪現象は其の後のそれに比して如何にも夥しかつたことが注意されなければならない。〔略〕」と,小野清一郎「旧刑法とボアソナードの刑法学」同『刑罰の本質について・その他』(昭和30年)430頁。

   西原教授は,刑法草案の審議の過程に現れた主張の検討を通して,改正理由として次の3点があったことを次のように指摘しておられる。すなわち,「第1は,刑法の()形式()全体に向けられたものであって,その中には,たとえば,類推が否定されたのであるからもっと用語を厳密にし,しかも予想する犯罪類型をもれなく包括しなければならない,とするものや,犯罪の類型が多すぎて煩雑であり,しかもその各々にたいする刑期が狭すぎるため弾力的な量刑ができず,不公平な結果を生ずることがある,と説くものがあった。第2は,刑法の総則に関するもので,外国との交流が多くなったが刑法の対人的場所的効力に関する規定,とくに在外邦人の処罰に関する規定がないのは不便であるとするもの,流刑は今日の実情に合わないとするもの〔「流刑ハ無期有期ヲ分タス島地ノ獄ニ幽閉シ定役ニ服セス」と規定されていました(旧刑法201項)。〕,自由剥奪刑をもっと単純化せよとするもの〔重罪には無期及び有期の徒刑,無期及び有期の流刑,懲役(重及び軽)並びに禁獄(重及び軽)が,軽罪には重禁錮及び軽禁錮が,並びに違警罪には拘留がありました(同法72号から9号まで,81号及び2号並びに91号)。〕,短期自由刑制度は弊害が多いからこれに代わる制度を考案せよとするもの,監視の制度は有害無益であるとするもの〔「監視ハ主刑ノ終リタル後仍ホ将来ヲ撿束スル為メ警察官吏ヲシテ犯人ノ行状ヲ監視セシムル者トス」と規定されていました(刑法附則(明治14年太政官布告第67号)21条)。〕,執行猶予または宣告猶予の制度を採用せよとするもの,などが聞かれた。第3は,刑法各則に関するもので,立憲政体になったのだから,それに相応するような規定を設けるべきだとする意見が強く,たとえば公務員犯罪の概念を拡張して〔官吏のみならず〕公選の議員,吏員なども含めうるようにすべきだとするものや,逆に議会および議員を保護する規定が必要だとするもの,官吏侮辱罪〔旧刑法141条〕は事実の真否を問わず処罰されることになっているが,これは不当で,真実の場合は不処罰にすべきだとするものなどがあり,また,電気が発達したから電話や電車を保護する規定を設けるべきだとする見解が主張された。さらに,めずらしいものとしては,わが国法医学の草分けである片山国嘉博士が,その法医学の立場から旧刑法の殴打創傷罪の規定299条から308条まで〕を批判したものなどがある」とされる,西原春夫「刑法制定史にあらわれた明治維新の性格」同『刑事法研究第2巻』(昭和42年)238頁。

  (川端(上)152-153頁註(1))

 

ボワソナアドは,1886年のその『註釈付き改訂日本帝国刑法案』(Gve Boissonade, Projet Révisé de Code Pénal pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire. Tokio, 1886)の緒言において次のように述べていました。

 

   もう3年以上前のことになるが司法卿から刑法草案〔18778月案〕の註釈作成の開始というよりはむしろ再開を筆者が慫慂された時には,日本国政府は,明治15年(1882年)から施行された法典の見直しの可能性について考えていた。

   刑法草案審査局(la Commission legislative 〔大久保115頁参照〕)によって司法省案に加えられた多くの修正及び削除が全て結構なものではなかったことは,既に,実際,人の知るところである。その時以来,見直しの必要性が一再ならず痛感されており,その時期は現在非常に遠いものではないであろう。

   既に大部のものであるこの書を多くの追補をもって更に増大させることを筆者が恐れなかったのは,この公的見直しの可能性に鑑みてのことである。筆者はまた,なされるべき多くの修正を指摘することにも躊躇しなかった。それらがなお多く残っていることは確かである。日本のことわざによれば「書物の誤りは秋の落ち葉のごとし。掃いても掃いても終わらない。」だからである。

  (Boissonade, pp. I-II


(中)1886年のボワソナアド提案及びフランス法:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121910.html

(下)第1回国会(1947年)の削除論から法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会(2021年)の法定刑引上げ論まで:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1079121926.html