民法2332項は,面白い条文として紹介されることが多い一方,基本書・註釈書の類ではその説明はあっさりとしたものとなっています(我妻榮著・幾代通=川井健補訂『民法案内4 物権法下』(勁草書房・2006年)においては,同項の説明に当たって,末弘厳太郎と(たけのこ)とのエピソードが紹介されています(32-33頁)。)。最近筆者のブログ記事はみな一様に長く,くどくなり過ぎて評判が非常に悪そうだと懸念していたところ,同項についてならばコンパクトにまとまった気の利いたものが落語的に書けて名誉挽回かなと楽観視しつつ本稿を書き始めたのですが,あに図らんや,問題は意外に根深く,収拾をつけるためには旧民法から更にフランス法・ドイツ法のみならずローマ法まで掘り返さなければならない破目となりました。

 

1 条文

 民法(明治29年法律第89号)2332項(令和3年法律第24号の施行(2021428日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行(同法附則1条))からは2334項)は,土地の所有者は「隣地の竹木の根が境界線を越えるときは,その根を切り取ることができる。」と規定しています。富井政章及び本野一郎によるフランス語訳文では “Quant aux racines des arbres ou bambous du fonds voisin, qui dépassent la ligne séparative, il est permis de les couper.” となります。

平成16年法律第147号が施行された200541日(同法附則1条,平成17年政令第36号)より前は,「隣地ノ竹木ノ根カ疆界線ヲ踰ユルトキハ之ヲ截取スルコトヲ得」との文言でした。

 

2 根の切取りの費用負担問題

 しかし,びっしりと,あるいは深々と伸びた竹木の根を截取するのも大変な作業で物入りでしょう。自分で截取した後に当該竹木の所有者にその費用の償還を請求できないと,せっかくの民法2332項も画竜点睛を欠きます。ところが,意外とこの辺がはっきりしません。

従来は「根の切取りについては,費用負担に関する規定がなく,現行法上は越境された土地所有者が費用を負担するものと解される」(「民法・不動産登記法部会資料7 相隣関係規定等の見直し」(法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議(2019611日))6(ただし,大谷太幹事(法務省民事局参事官)は「根の方は,これはどう考えられているのかなというのも,ややよく分からないというところがございまして,根の方も同じように,恐らく,きちんとやろうとすれば,かなりお金が掛かることもあり得ると思いますけれども,今は少なくとも,根の方は,根を切り取る方が費用を負担しているということを前提に書きました。論理的に必ずそうだというわけではないとは思います。」と述べてはいます(同会議議事録52頁)。)),「民法第233条は,費用負担に関しては何らの定めもない。枝については竹木所有者に切除させ,根については土地所有者自らが切除するわけであるから,枝の切除に係る費用は竹木所有者が,根の切除に係る費用は土地所有者が負担することになり,本条に基づく限りでは特段の費用償還関係は生じないであろう。」(齋藤哲郎「リサーチ・メモ 隣地の樹木の枝や根が境界を越えてきたら:民法233条をめぐって」(土地総合研究所・2019731日)5頁),「事前通告等なしに切除が可能である分その費用は土地所有者の負担とするものと考えられる。」(同6頁)ということであったようです。

 

3 起草者の説明

民法233条の条文は,189473日の第25回法典調査会に「第236条」として提案され梅謙次郎が説明したものがそのまま採択されていますが(その第1項は「隣地ノ竹木ノ枝カ疆界線ヲ踰ユルトキハ其竹木ノ所有者ヲシテ其枝ヲ剪除セシムルコトヲ得」),梅は「是レハ既成法典財産編第262条第4項ニ文字ノ修正ヲ加ヘマシタ丈ケデ,是レハ誠ニ当然ノ規定ト思ヒマスカラ茲ニ掲ケマシタ」と述べているだけです(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第931丁表)。

旧民法財産編(明治23年法律第28号)2624項は「右孰レノ場合〔分界線に接着して,又はそこから2尺若しくは6尺離して竹木を栽植若しくは保持することができ,又はしなければならない各場合〕ニ於テモ相隣者ハ竹木ノ所有者ニ対シ分界線ヲ踰エタル枝ノ剪除ヲ要求スルコトヲ得又自己ノ土地ヲ侵セル根ヲ自ラ截去スルコトヲ得」と規定していました(フランス語文は “Dans tous les cas, le voisin pourra requérir le propriétaire desdits arbres d’élaguer les branches qui dépasseraient la ligne séparative; il pourra lui-même couper les racines qui pénétreraient dans son fonds.” )。

なお,土方寧から「植(ママ)テカラ幾ラカ経ツタ樹木デ合意上ノ地役ト云フ様ナモノニ依ツテ隣地ノ所有者トノ約束ガ出来テ居ル場合ハ夫レデ後ノ所有者抔モ束縛スル様ナコトモ出来マスカ夫レハドウ云フ御考ヘデスカ」との質問が一つだけ出ていたところ,梅は「勿論地役ヲ設ケレバ其地役ニ依テ枝ヲ蔓コラセルコトハ相当ノコトト考ヘル,孰レ地役ノ事項ニ付テハ必ズはつきりシタ条文ガ極マルダラウト思ヒマスガ私一己ノ考ヘデハ斯ウ云フコトモ時効ニ依テ取得セシメテモ宜カラウト思ヒマス」と回答しています(民法議事速記録第931丁裏)。

梅は,その『訂正増補民法要義巻之二 物権編(第31版)』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1911年)においても,「仮令自己ノ所有地ニ之ヲ植ウルモ其枝又ハ根カ隣地ニマテ跋扈スルトキハ隣地ノ所有者ハ之ニ因リテ其土地ノ使用ヲ妨ケラレ為メニ損害ヲ受クルノ虞アリ故ニ隣地ノ所有者ハ其土地ニ蔓リタル枝ハ其所有者ヲシテ之ヲ剪除セシメ其蔓リタル根ハ自ラ之ヲ截取スルコトヲ得ルモノトセリ而シテ枝ト根トノ間ニ此区別ヲ設ケタルモノハ他ナシ根ハ自己ノ土地ニ於テ之ヲ截取スルコトヲ得ヘク又其土地ニ於テセサレハ之ヲ截取スルコト能ハサルカ故ニ若シ隣人ヲシテ之ヲ截取セシムヘキモノトセハ自己ノ土地ニ立入ラシメサルヘカラサルノ不便アルモ枝ハ往往ニシテ隣地ヨリスルニ非サレハ之ヲ剪除スルコト能ハサルカ故ニ若シ自ラ之ヲ剪除セント欲セハ隣地ニ立入ラサルヘカラサルノ不便アリ且枝ハ概シテ其価貴ク(果樹ニシテ已ニ成熟セル果実ヲ着クル場合ニ於テハ殊ニ然リトス)根ハ概シテ其価卑キヲ以テナリ」と述べているだけです(149-150頁)。

 

4 我妻榮の説明

我妻榮も「隣地の竹木の根が境界線を越えるときは,相隣者は自分で截取(●●)することができる(2332項)。枝に比して根は重要でないと考え,また,根の場合は移植の機会を与えるほどの必要はない,と考えて,枝と根との取扱いを異にしたのであろう。したがって,根の場合にも,何ら特別の利益がないのに截取することは,権利の濫用となる。なお,截取した根の所有権は,截取した者に属すと解されている(ス民6871項参照)。」と述べているだけです(我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店・1984年)295頁)。

ちなみに,スイス民法6871項は “Tout propriétaire a le droit de couper et de garder les branches et racines qui avancent sur son fonds, si elles lui portent préjudice et si, après réclamation, le voisin ne les enlève pas dans un délai convenable.(全ての所有者は,それらが彼に損害を及ぼし,かつ,催告後隣人が相当な期間内にそれらを除去しない場合においては,彼の土地に侵入する枝及び根を切断し,かつ,保持する権利を有する。)と規定するものです。

 

5 越境した根の所有権問題

しかし,截取の前後を問わず,越境した根の所有権の問題は重要でしょう。

 

(1)最判昭和461116日と物権的請求権と

 

ア 最判昭和461116

最高裁判所昭和461116日判決集民104295頁は,「原判決の認定したところによれば,本件係争地は被上告人らの所有に属し,上告人は,苗木を植え付けこれを維持管理するにつき正当な権原を有することなく,本件係争地内に本件杉および檜苗木を植え付けて同地を占有しているというのである。しかるに,権原のない者が他人の土地に植栽した樹木またはその苗木は,民法242条本文の規定に従い,土地に附合し,土地所有者がその所有権を取得するものと解されるから,右認定によれば,本件苗木は上告人の所有に属するものではなく,したがって,上告人において被上告人らに対しこれを収去する義務を負うものではないというべきである。してみれば,上告人に対して本件苗木を抜去して本件係争地を明け渡すことを求める被上告人らの請求を認容すべきものとした原判決は,右規定の解釈適用を誤り,ひいて理由にそごをきたしたものといわなければならず,論旨は理由がある。」と判示しています。

すなわち,隣地から侵入して来た竹木の根の所有権が被侵入地内の部分については被侵入地の所有者に属することになるのであれば(民法242条本文参照),当該被侵入地の所有者が自分の所有物である当該根を切り取り得ることは当然のこととなる一方,当該根の截去義務を隣地の当該竹木所有者は負わない,ということになりそうです。

 

イ 所有権に基づく妨害排除請求権

所有権に基づく所有物妨害排除請求権については,「所有権内容の実現が占有の喪失以外の事情によって妨げられている」所有者がその主体であって,「この請求権の相手方は,現に妨害を生じさせている事実をその支配内に収めている者である。」といわれています(我妻Ⅱ・266頁。下線は筆者によるもの)。確かに,自分の土地に対して,自分の土地内にある自分が所有する根が妨害を生じさせている場合,現に妨害を生じさせている当該事実をその支配内に収めている者は自分ですから,この場合には,当該土地の所有権に基づく妨害排除請求の相手方はいなくなってしまいます(自分で自分を訴えてどうするのでしょうか。)。

 

(2)土地所有者帰属説vs.竹木所有者帰属説

 

ア 土地所有者帰属説

越境した根の所有権の帰属については,一般に,「根は土地の一部となっているため,土地所有権に基づいて根も切り取ることができるなどと解することもできると思われ,実際の処理としても簡便で,〔民法2332項の規定には〕相応の合理性があると考えられる。」と(民法・不動産登記法部会資料76頁),あるいは,「侵入した竹木の根は,それが土地の構成部分か定着物かにはかかわらず,侵入当初より土地の所有権に包含」されると解すべきもの(齋藤5頁,また4頁),「境界線を越えて入り込んだ根は侵入を受けた土地の所有権の客体の一部となったと解される」もの(能見善久=加藤新太郎編集『論点体系 判例民法〈第3版〉2物権』(第一法規・2019年)274頁(松尾弘)),「竹木の根は土地の構成部分となり,土地所有者の所有に属する(242条本文参照)」もの(石田穣『民法大系(2)物権法』(信山社・2008年)327頁)とされているようです。

 

イ 竹木所有者帰属説

とはいえ根は,稈(竹の場合)又は幹(樹木の場合)及び枝葉花と共に構成される1個の竹木の一部のはずです。一物一権主義もあればこそ,「物権の目的物は独立(●●)()()であることを要する。物の一部ないし構成部分に対しては,直接的支配の実益を収めえないのみならず,公示することが困難であって,排他的権利を認めるに適さないからである。」と説かれています(我妻Ⅱ・12頁)。そこで,土地の人為的な筆界を分界線(面)として一物たる竹木の部分について各別の所有権を認めるとはいかがなものであろうかということでしょうか,民法2332項に基づき切断された根は「やはり竹木所有者に返すのが妥当であろう。」とする説もあります(川島武宜=川井健編『新版注釈民法(7)物権(2)』(有斐閣・2007年)365頁(野村好弘=小賀野晶一))。

なお,土地も竹木も不動産ではないものとしての解釈論として,「集合動産である土地Aに隣地Bから竹木という動産の一部が侵入することにより集合動産である土地Aの所有権が侵害されていることになることから,この場合に限って,集合動産である土地Aの所有権の優位を認め,当該集合動産としての土地A所有者の自救行為として隣地Bから伸びてくる竹木の根を切除することを認める違法性阻却事由として同法〔民法〕2332項が存在していると解する。違法性が阻却される結果,隣地竹木所有者は,当該竹木の根の切除を理由として損害賠償請求をすることができない。」と説くものがあります(夏井高人「艸――財産権としての植物(2)」法律論叢876号(20153月)152頁)。

 

ウ 対立の現状

法制審議会民法・不動産登記法部会第4回会議においては,佐久間毅幹事(同志社大学大学院司法研究科教授)は土地所有者帰属説に拠って,根は土地に付合していると思うと述べつつも「間違っているかもしれませんが。」との留保を付し,水津太郎幹事(慶応義塾大学法学部教授)は「隣地の竹木の根が境界線を越える場合に,その根のうち,越境している部分だけが,越境された土地に付合するのか,それとも付合することなく,その根は,枝と同じように,越境している部分も含め,隣地の土地所有者にとどまるのかは,議論の余地がありそうです。」と竹木所有者帰属説に理解を示す発言をしています(同会議議事録49頁)。

梅謙次郎は,土地と「之ニ栽植シタル草木」とは「2物」であって一物をなすものではないと見ていましたが(梅173頁),これは竹木所有者帰属説成立の余地を示すものでしょう。

なお,栽植された草木が土地と一体となってその構成要素となってしまう(土地に包含されてしまう)というのはドイツ法においては明らかな考え方のようであって,ドイツ民法941項は „Zu den wesentlichen Bestandteilen eines Grundstücks gehören die mit dem Grund und Boden fest verbundenen Sachen, insbesondere Gebäude, sowie die Erzeugnisse des Grundstücks, solange sie mit dem Boden zusammenhängen. Samen wird mit dem Aussäen, eine Pflanze wird mit dem Einpflanzen wesentlicher Bestandteil des Grundstücks.(土地(不動産)の本質的構成部分には,大地の定着物,特に建物及び土とつながっている限りにおいて当該土地の産出物が属する。種子は播種によって,草木は栽植によって土地の本質的構成部分となる。)と規定しています。「ドイツ民法は,動産と土地(Grundstück)とを対立させ,建物・樹木などを土地の本質的構成部分(wesentlicher Bestandteil)として土地と同一にとり扱う(ド民94条以下)。」というわけです(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1972年)211頁)。

しかし,要は竹木に係る所有権の単位を法律でどう決めるかの問題です。

 

(3)竹木に係る所有権の単位と土地との関係

 

ア 樹木:立木法等

竹木のうち樹木についてですが,明治42年法律第22号(立木に関する法律(立木法)。題名のない法律です。)11項には「本法ニ於テ立木ト称スルハ一筆ノ土地又ハ一筆ノ土地ノ一部分ニ生立スル樹木ノ集団ニシテ其ノ所有者カ本法ニ依リ所有権保存ノ登記ヲ受ケタルモノヲ謂フ」と,同条2項に基づいて樹木の集団の範囲を定める勅令(昭和7年勅令第12号)の第2条には「同一ノ土地ニ生立スル樹木ノ集団ニ付2箇以上ノ立木ノ登記ヲ為スコトヲ得ズ」と,同法13条には「立木登記簿ハ1個ノ立木ニ付1登記記録ヲ備フ」とありますから,樹木に係る所有権の単位は土地の筆による(また,1個の立木の所有権に属する樹木は複数であるのがむしろ原則)ということになるようです。

立木法によらない立木も,「ある程度の独立を有するものが判例によって認められるようになった。その理論は,要するに,立木は,その生育する山林(地盤)の一部であることを原則とするが,とくに地盤から独立した別個の物として取引をすれば,別個の物権の目的となり,明認方法(例えば木を削って所有者名を墨書するなど,所有権の所在を公示すること)を施せば,第三者に対抗することもできるというのである。」ということですから(我妻Ⅰ・215頁。下線は筆者によるもの),本来各筆の土地の一部として筆を単位に取り扱われ,明認方法をもって地盤から分離されるときも一般的には地盤に係る筆がその単位となるのでしょう。樹木の所有権の単位は,当該樹木が土地の定着物たる不動産である場合においては,土地の単位に従うのが自然であるわけです。

材木(これは動産)ならざる樹木の個別取引は,移植するためでしょうが(しからざれば,他人の土地の中に自分の木が1本ぽつんと生立していてそれを一体どうするのでしょうか。),移植の際にはそれは動産となります。「個々の樹木については,一般に,独立の物権変動は認められない。けだし,取引慣行は,普通(●●)()(),かようなものを生立したままでは独立の取引価値あるものと認めないからである。しかし,とくに独立の取引価値を認められる場合には,樹木の集団と同様に取扱ってさしつかえない。判例もこの理論を認めている(大判大正611101955頁――根まわししただけで,大根を切断しない場合は動産ではなく,所有権移転を第三者に対抗するためには明認方法を必要とする)。」と説かれています(我妻Ⅱ・204頁)。

 

イ 竹:最判昭和351129

竹については,次の判例があります。

最高裁判所昭和351129日判決集民46563頁は「所論の竹は「隣地から竹の根(地下茎)が本件土地へはいつて来て,それからはえた竹」であること,原審の認定するところであり,原判決挙示の証拠からみれば右竹材を土地の果実とみた原審の判断は首肯するに足りる」と判示しています(上告棄却)。ここでは竹材が土地の果実とされていますから,元物は土地です。筍,竹ないしは竹林は,筍として頭を出した地点に係る土地の一部とされるものであり(「未分離の天然果実は,普通は,元物の一部であって,独立の物ではなく(一般に土地の一部),従って,一般に,独立の物権の客体となりえない。」とされています(我妻Ⅰ・228頁)。),かつ,隣地からの地下茎も,侵入以後の部分は当該被侵入地に付合して,被侵入地の所有者がその所有権者となるということでしょうか。

この点,上記昭和35年判決に係る事実関係を具体的に知りたいところですが,上告代理人の上告理由及び当該判決の匿名解説(判時24447頁)によれば,「本件土地」は農地改革における農地買収処分の結果上告人の所有から被上告人らの先代の所有に移ったもののその後当該買収処分が取り消されたものであって(その結果,農地買収処分時からその取消時までの期間(「本件期間」)も上告人の所有であったことになります。),本件土地上に生育していた「所論の竹」を本件期間中被上告人らの先代が「〔生えてから〕1年ないし数年の間に切りとって利用」していたところ,その伐採について上告人が被上告人らに対して損害賠償を請求したもののようであって,これに対して「被上告人等は原審に於て係争の竹林は隣地より竹の根が係争地に入り其根から生育した竹であるから此竹林は被上告人等に於て勝手に伐採し得る権利ありと抗弁」があったということのようです。当該抗弁の趣旨はなおはっきりしませんが,当該「隣地」は被上告人らの先代に属し,その結果,そこから地下茎が延びてその地下茎から生育した「係争の竹林」も被上告人らの先代の所有に係るものである(「勝手に伐採し得る権利あり」)との主張だったものでしょうか。結局上告人の損害賠償請求は認められませんでしたが,これは,切り取られた竹(生えている段階の竹ではありません。)は本件土地の天然果実であって,「その元物から分離する時に,これを収取する権利を有する者に帰属する」ところ(民法891項),被上告人らの先代は本件土地の善意の占有者として当該収取する権利を有するもの(同法1891項。上告理由には「竹林が同人〔被上告人らの先代〕の所有に属すると信じて居つたと否とに拘はらず」とのくだりがあります。ただし,果実たる本件竹材の元物は土地なので,善意で占有された物は本件土地でしょう。)と認められたものでしょう。隣地から地下茎が延びて来て生えた竹だからその所有権は隣地の所有者に属するということの認定は,されていません。この認定省略の前提は,地下茎が境界線を越えると越えた先の部分の所有権は当該被侵入地の所有者に帰属する,当該「竹木の〔地下茎又は〕根から竹木が地上に成育している場合,その成育している竹木も土地所有者の所有に属する。」(石田327頁)ということでしょうか。しかし,民法2332項の根(地下茎)の截取権の対象には当該根(地下茎)から生えた竹木までもが含まれると解すれば,当該竹木の截取(民法891項にいう「これを収取する権利」に基づく竹木材の収取)のためには土地の所有権があれば十分であって当該竹木の所有権までは不要であるということになり,したがってその所有権の帰属をあえて明らかにする必要のないまま,当該土地の善意の占有者による当該竹木に係る竹木材の取得について民法1891項の適用を見ることが可能であることとはなりましょう。

 

(4)土地所有者帰属説における付合に伴う償金問題

延びた根が隣地に付合するとなると(民法242条本文参照),当該越境した根に係る竹木の所有者が,民法248条に基づき隣地の所有者に償金を請求できるのではないかが問題になります。この点については「竹木の根は土地の構成部分であり,初めから土地所有者の所有に属する。したがって,附合による償金請求(248条)の問題は生じないと解される。」と説かれています(石田327頁。また,齋藤5頁)。少々分かりにくいので筆者なりに理解を試みると,根は延びつつ隣地に侵入するわけですが,延びて隣地に侵入する時及びその時以降は,根が新たに延びることと隣地に付合することとが同時に発生するのであって,竹木の所有者において当該延びた部分の所有権を取得する余地はなく(被侵入地の所有者が原始的に取得),したがって竹木の所有者について民法248条にいう損失はそもそも発生しない,ということでしょうか。根が延びるのは,その先端においてであるはずです。

 

 光る地面に竹が生え,

 青竹が生え,

 地下には竹の根が生え,

 根がしだいにほそらみ,

根の先より繊毛が生え,

 かすかにけぶる繊毛が生え,

 かすかにふるへ。

 (萩原朔太郎「竹」より)

 

6 法制審議会民法・不動産登記法部会における議論の揺らぎ

 しかしながら,以上の論点に係る解釈は,法制審議会民法・不動産登記法部会の場においては揺らぎを示しており,明快な公的解釈は示されなかったものと評価すべきように思われます。

 

(1)土地所有者帰属説隠し及び土地所有権に基づく妨害排除請求可能説の提起:201910

 20191029日の民法・不動産登記法部会第9回会議に提出された「民法・不動産登記法部会資料18 中間試案のたたき台(相隣関係規定等の見直し)」においては,「根については,民法第233条第2項に基づいて,隣地所有者は切り取った根の所有権をも取得すると解されており」と(10頁),截取した根の所有権を土地所有者が有するものとされる根拠が,土地への付合(民法・不動産登記法部会資料76頁)から,根の截取に係る民法2332項の効果に変更されています(水津幹事の指摘参照(第9回会議議事録58頁))。これは,「土地所有者は竹木の所有者に対し,土地所有権に基づく妨害排除請求として根の切除を請求することも可能と解され,その場合の強制執行の方法は〔略〕,竹木所有者の費用負担で第三者に切除させる代替執行の方法によることになると考えられる」とし,かつ,「隣地所有者が民法第233条第2項に基づいて切り取る場合の費用も,竹木の所有者の負担と整理することも考えられる」とするに当たって(民法・不動産登記法部会資料1810頁),侵入した根の所有権がなお竹木の所有者にあることにしようとしたゆえでしょうか(前記最判昭和461116日参照)。

なお,民法2332項を切り取った根の所有権取得の根拠条項とし得るとの主張の根拠は,筆者の忖度によれば,根は「価卑キ」ものであること(梅謙次郎前掲)のほか,旧民法財産編2624項では「截()」であった文言が平成16年法律第147条による改正前の民法2332項では「截()」となっていたことでありましょうか。

20201月付けの法務省民事局参事官室・民事第二課の「民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案の補足説明」103頁においても,民法・不動産登記法部会資料1810頁と同様の記述が維持されています。)

 

(2)不法行為に基づく損害賠償請求権の確認:2020年6月

 2020623日の民法・不動産登記法部会第14回会議の「民法・不動産登記法部会資料32 相隣関係規定等の見直し」においては,「現行法では,竹木の枝や根が越境する場合には,所有権に基づく妨害排除請求権として枝や根の切除を求めることが可能であると考えられるが,枝や根の越境について通常は不法行為が成立し,損害賠償請求権が発生することや,切除の強制執行方法が代替執行の方法によることになることを踏まえると,特に規律を設けなくとも,切除費用は通常竹木所有者の負担となると考えられるため,規律を設けないとすることも考えられる。」との記述となり(14-15頁),不法行為法への言及が登場します(切除された根の所有権の所在に関する記述は見られません。)。

 

(3)土地所有権に基づく妨害排除請求隠し:2020年9月

 2020915日の民法・不動産登記法部会第18回会議の「民法・不動産登記法部会資料46 相隣関係規定等の見直し」に至ると,「部会資料32(第212))では,竹木の枝の切除及び根の切取りの費用の規律を設けることについて取り上げていたが,第14回会議において,このような費用については新たな規律を設けるべきでないという意見や,現行法のもとで,枝や根の越境について通常は不法行為が成立し,損害賠償請求権が発生することなどを踏まえると,特に規律を設けなくても,切除費用は通常竹木所有者の負担となると考えられるため,あえて規律を設けないという考え方もあるとの意見があった。これらの議論を踏まえて,本資料では,この論点について特別の規律を設けないこととしている。」という記述となりました(6頁)。いろいろ難しい議論があるから特別の規律を設けないことにしてこの話はおしまいにします,という曖昧な決着です。「所有権に基づく妨害排除請求権として〔略〕根の切除を求めることが可能であると考えられる」との「考え」は,結局は考えのままで終わってしまいました。せっかくの令和3年法律第24号による改正の機会でしたが,民法2332項の趣旨・性格については,なおはっきりしないままとはなりました。

 土地所有権に基づく妨害排除請求権ではなく,土地所有権に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に拠るべし,ということになるのでしょうか。(境界線を越えて入り込んだ根は侵入を受けた土地の所有権の客体の一部になると解する松尾弘慶応義塾大学大学院法務研究科教授は問題の法制審議会民法・不動産登記法部会の幹事でもありましたが,同教授の民法233条解説には「竹木の根が越境したことにより,隣地に何らかの損害があれば,隣地所有者は土地所有権に基づき,竹木の根の越境に対して何らの措置を施さなかった竹木所有者の不作為等を理由に,損害賠償請求(709条)をすることができよう。」とのみ記載されています(能見=加藤編274頁)。)

 いずれにせよ,「竹木が生物としては1個の個体であっても,土地の所有権の帰属に服する以上,法律上では,土地境界線を区切りとして異なる所有者の所有に属する財産権として扱うこととするほうが筋の通った論理になるはずである。しかし,それでは論理が破綻する。」(夏井151頁)というような,土地所有者帰属説に対する反対説は,なおもまだ,否定し去られてはいないようです。


(中)旧民法及びローマ法:http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900161.html

(下)フランス民法及びドイツ民法第一草案:

http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078900162.html

 

 

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竹林(東京都練馬区)