序 『法典調査会民法議事速記録』等と甲府空襲と

 

(1)明治の資料と国立国会図書館デジタルコレクションと

 国立国会図書館デジタルコレクションで日本学術振興会版の『法典調査会民法議事速記録』等が利用できるようになって,民法(明治29年法律第89号)について何かを語る場合,専ら学説及び判例の上に立って才気ばしった「概念による計算」を披露するだけでは許されなくなっているようです。旧民法(明治23年法律第28号)に係るボワソナアド(Boissonade)のProjet(『日本帝国民法典草案ならびに註釈』)及びその手になるExposé(制定された旧民法に係る日本政府の『公定フランス語訳および立法理由書』)も同様に当該デジタルコレクションで利用可能となっていますからなおさらです。ProjetExposéとの関係については,パリ大学法学部長宛て18911018日付けのボワソナアド書簡にいわく。「〔前略〕日本の民法典は,私の草案に対する削除と修正(これらの「修正」――私が採用しかねる「修正」――については,パリで新たな評言がありましょう)の後,公布されましたが,この時,政府は,〔削除について〕私に責任のないことを明らかにするため,私の草案と註釈を再び出版しようと申し出ました。この提案は,同時に,どうしても引き受けてくれと頼まれた,相当重く相当骨の折れる仕事を交換条件とした申し出でありました。その仕事とは,新法典の立法理由書の起草であり,できる限り草案がうけた修正を正当化し,また,私の個人的見解を捨象して書いてくれ,という注文でした。/もちろん,私の「註釈」のうち,新法典にもまだ通用するものは,そのまま使ってもよろしいといわれました。そして,新条文はごく少なく,ほとんどが削除ばかりでありましたから,私は自分自身で自分を削除する羽目になったわけです。〔後略〕」と(大久保泰甫『日本近代法の父 ボワソナアド』(岩波新書・1998年)168頁)。〔 〕による付加は同書原文のもの)

 

(2)法典調査会民法議事速記録と日本学術振興会と

「これら旧民法典の審議過程の資料や現行民法典の法典調査会等での審議過程の資料は,当時の司法省に原本がわずか1部存在していたのみであって,明治29年〔1896年〕の現行民法典成立・〔1898716日の同法〕施行後も全く公刊等をされないまま昭和の時代に至った」ところであったそうです(池田真朗「法典調査会民法議事速記録等の立法資料について」同『債権譲渡の研究(増補第二版)』(弘文堂・2004年)492-493頁)。その間ドイツ法学説が,我が国を席捲します。

 

このような状況において,昭和8年〔1933年〕10月に,日本学術振興会第一(法学,政治学)常置委員会は,その最初の会合で,明治維新以後のわが国の立法資料の蒐集に関する小委員会を設置することを決定する。それが第九小委員会と呼ばれるものであり,この第九小委員会が,民法,商法,訴訟法,刑法,その他諸法(法例,戸籍法,不動産登記法等)に関する立法資料の印刷保存を行ったのである。(池田496頁)

こうして,日本学術振興会は昭和9年〔1934年〕から昭和14年〔1939年〕までにこれらの立法資料を全288巻にタイプ印刷(印書あるいは謄写印書)し,各巻とも8部製作して(製作時に各部ともタイプで印書したのか,何部ずつかを謄写印書したのかは,正確にはわからない。8部を付き合わせてミスタイプ等を点検すれば判明するであろうが),それらを同振興会,司法省,旧四帝国大学(現在の東京大学,京都大学,東北大学,九州大学)および早稲田大学,慶應義塾大学の8か所に各1部ずつ配付して保管せしめた(同振興会保管分は後に一橋大学に移管された)。その全288巻中最初の65巻が,この法典調査会民法議事速記録全65巻であり,この部分については,法典()調査会()第九小委員会委員長加藤正治博士の序によれば,昭和9年〔1934年〕11月から昭和10年〔1935年〕12月までかけて印書されたということである(先に述べたように,民法の最初の部分の審議は主査会と総会とで行われているのであるから,本来はそちらから先に印書すればよかったと思われるのであるが,実際はこの第100条(現在の99条)からの法典調査会議事速記録が先に印書され,主査会と総会の部分は,後に述べる旧民法関係の草案審議資料の後に印書された)。(池田496-497頁)

 

なお,これら全288巻の元になった原資料は,昭和20年〔1945年〕,戦災により,疎開先の甲府刑務所において,すべて焼失した。したがって,これらのタイプ印書資料がなければ,我々は永遠に民法や旧民法の立法段階の資料に接することができなくなり,民法研究にはまさに致命的な痛手となるところであった。日本学術振興会の尽力(およびそれに対する司法省の援助)に対して,感謝の念を禁じえない。(池田499頁)

 

(3)甲府空襲と歩兵第320聯隊と

194576-7日夜の甲府大空襲による立法資料焼失については,「惜しくも疎開さきの甲府刑務所で戦災のため焼失した旧民法いらいの豊富な立法資料のなかに,競売法関係のものは,無かったのであろうか。その書目(司法省調査課,和漢図書目録,昭和12年のXB300の部)から推測したところでは,どうもありそうもない。偶然にも,空襲の直後,急用で私は甲府の兵営の門に入ったが,この貴重な立法資料までやられたとは思いもよらないことであった。」との1945年当時36歳の助教授であった斎藤秀夫教授の追想があります(斎藤秀夫「「競売法」の執筆を終えて」法律学全集しおりNo.33(有斐閣・1960.33頁)。

甲府聯隊の兵舎は,甲府空襲における損害を免れていました(総務省「甲府市における戦災の状況(山梨県)」ウェブページ)。

なお,192678日生まれの星野英一教授は,「〔1945年の1月だかに徴兵検査を受けました。ただ,まさかと思っていたのに徴兵令状が来てしまいました。6月の中旬か下旬か,正確には覚えていませんが,甲府の連隊に入れということです。父が付いてきてくれ,中学からの親しい友達が二人ほど新宿駅まで送ってきてくれました。その前夜に宴会をやって,みんな悲壮な顔をしていました。」ということで(星野英一『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)40頁),当時「甲府の連隊」で服役中であったわけなのですが,甲府空襲の直後に甲府聯隊の兵舎で東北帝国大学の斎藤助教授を望見するということはなかったようです。

 

場所は,甲府に入ったその日に,行軍して石和から少し南側の村に行き,そこの農協に中隊ごとに分宿しました。それから数週間ですか,今度は岡山県の勝間田という,津山のちょっと南になる低い山の中に行きました。そこでは,これも中隊ごとで,私どもはお寺に分宿でした。いろいろな所に泊まっているので,うまく当たった中隊は,軍の演習場の宿舎で,設備も食べ物も良いのだけれども,我々はそういう所でした。それから最後にまた移りまして,今度は伯耆(ほうき)大山(だいせん)という,米子の一つ手前の村に行きました。簸川(ひのかわ)のある所で,今度は分隊ごとに農家分宿です。(星野・超えて41-42頁)

 

星野教授の属した聯隊は,有名な歩兵第49聯隊ではなく,1945年に入ってにわかに甲府で編成された歩兵第320聯隊であったようです(第59軍(同年6月広島に司令部設置)の第230師団に属する。)。なお,伯耆大山は駅名です(伯備線が山陰本線に合流する所。星野教授は「実は私はローカル線に乗ってぼんやり景色を眺めているのも好きなのである」(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)189頁)ということでしたから,つい鉄っ気のある話し方になってしまったのでしょうか。ただし,「一つ手前」といっても,米子駅と伯耆大山駅との間には1993年以降東山公園駅が存在します。)。第320聯隊の駐屯地は,1945年当時は五千石村といったようです(現在は米子市の市域に含まれます。)。

 

(4)『法典調査会民法議事速記録』の活用に関して

法典調査会民法議事速記録の原本は甲府刑務所において滅びましたが,日本学術振興会の印刷本は生き残りました。正に第九小委員会の配慮が生きたことになります。

 

 此の速記録は原本が1部僅に司法省に存するのみであつて,若し火災等の危険を考へるならば,真に慄然たらざるを得ないのであるが,今,此の印刷が完了して,適当の場処に夫々それを保管することが出来るやうになつたのは,誠に結構な次第である。(加藤正治「序」(19379月)・日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第1巻』)

 

とはいえ,第九小委員会の意図したところは資料の保存にとどまり,その普及にまでは及んでいませんでした。

 

しかしながら,この学術振興会版は右のようにごくわずかの部数しか製作されなかったため,これを利用してする研究も,戦後昭和40年代〔1965-1974年〕まではごく少なかった。また保管機関以外の研究者・実務家にとっては,利用上の不便が大きかったため,次第にその参観・入手の要望が多方面から強く出されるようになってきた。(池田499頁)

 

 1983年から1988年にかけて,商事法務研究会から『日本近代立法資料叢書』の一部として,法典調査会民法議事速記録全32巻が刊行されます。

しかし,『日本近代立法資料叢書』版を利用した研究が直ちに爆発的にされたということではないようです。我が民法の施行百周年を5年後に控えた1993年,星野教授は,「この機会に,わが民法典の本来の姿と,その後における「学説継受」の研究をすることである。この点は戦後かなり盛んに行われてきたが,これを一層進める必要がある。民法典の現代語化の研究に際して痛感しているのは,我々がいかに民法典の各条文をきちんと理解していないかということである。このことが,学生に対する民法の教育にとっても悪い結果を及ぼしていると感じている。」との所感を述べています(星野・こころ134頁)。(民法典の現代語化は,平成16年法律第147号によってなされています(200541日から施行(同法附則1条,平成17年政令第36号))。)「時々は,法典調査会議事速記録を参照することをお勧めしたい。講義の準備をしつつこれらの書に接しておくことは,研究の入口のところを歩いているようなもので,講義の準備の苦しさを少しばかり緩和してくれることになろう。」といわれても(米倉明『民法の教え方 一つのアプローチ(増補版)』(弘文堂・2003年)188頁),大学の図書館等の奥に鎮座する『日本近代立法資料叢書』にはなかなかアクセスしづらいところです。自宅の机上のPCからアクセスできる国立国会図書館のデジタルコレクションが,有り難く感じられます。

 

1 民法545条に関する法典調査会における議論

 

(1)穂積陳重の説明

とまた前口上が長くなりました。さて,筆者が最近法典調査会民法議事速記録を読んでいて面白く感じたのは,民法545条の原案(条番号は「第543条」ですが,条文はそのまま制定法律になっています。)についての穂積陳重による次の説明です(1895423日の第80回法典調査会)。

 

   本条ハ解除権行使ノ効果ヲ規定致シタモノテゴザイマシテ本案ノ中テ大切ナ箇条ノ一ツデゴザイマス,

デ解除権行使ノ結果ト云フモノハ通常是迄諸国ニ於キマシテハ所謂物権上ノ効果トデモ申シマセウカにてるれーふ〔ママ。Widerruf?〕・・・ト申シマシテ即チ当事者ハ相手方ヲ原状ニ復セシムルト云フ方テアツタノテゴザイマス本案テ採リマシタ主義ハ此解除権行使ノ効果ハ即チ人権上ノ効果テアリマシテ原状回復ノ義務ヲ負フ彼ノおふりがツしよんいんてらーぶ〔ママ。obligatio in integrum?〕原状回復ノ義務ヲ生セシメルト云フ方ノ主義ヲ採リマシタノテゴザイマス,

デ即チ此解除権ト云フモノヲ行フノハ前ノ法律行為ヲ根本カラ排斥スルノテハナイ法律行為ト云フモノハ其儘元トノ通リニナツテ居テ夫レガ其時ヨリシテナクナルノテアリマスガ之ニ代ツテ新タニ其義務ガ解ケテ而シテ新タニ法律上ノ債務ガ生ズルノテアル相手方ヲ原状ニ復セシムル方ノ債務ガ生ズルノテアル,

デ此主義ハ独逸民法ガ近頃採リマシタ主義テゴザイマスルガ経済(ママ)抔ハ何ウモ斯ウ云フ方ノ主義デナイト云フト取引上ノ保護,信用ノ保護ト云フモノハ其目的ヲ達スルコトハ出来ナイ本権カラシテ物権上ノ効果ヲ生シテ其者自身,権利自身ガ後トニ返ヘルト云フヤウナコトニ為ツテハ別シテ物ノ所有権ノ移転ヤ何カヲ目的トシテ居リマス所ノ契約抔ニ於キマシテハ第三者ニ迄其効果ヲ及ボスコトニナツテ自然信用ガ薄クナル第三取得者ノ安全ヲモ害スルコトニナツテ何ウシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ宜シイ又当事者ノ利害ニ於キマシテモ人権上ノ効果ヲ生セシメル方ガ簡易ニシテ双方原トニ復セシメルコトガ易イ第三者ノ権利ガ中ニ加ハツテ居ルト原トニ復スルニハ色々ノ費用ガ入ツタリ何カスルガ当事者ガ原トノ有様ニ復スルト云フ義務ヲ負フノハ当事者ノ便利ニシテ却テ其目的ヲ達スルコトハ易イト云フ斯ウ云フ主トシテ経済上ノ理由ヨリ致シマシテ人権上ノ効果則チ法律上ノ債務ヲ新タニ生スルト云フコトニ致シタノテゴザイマス

夫レテ其結果ト致シマシテ仮令斯ノ如キ解除権ガ行ハルルト云フコトガ或ハ分ツテ居リマシテモ其第三者ガ或場合ニ於テ其目的物ヲ取得致シタトシマシテモ夫レガ為メニ知ルナラハ損害賠償ノ責ニモ任セス又返還ノ責ニモ任セナイノモ勿論テアリマセウ夫レテ取引上ハ甚ダ安全ニ為ル況ヤ之ヲ知ラナイ場合ガ多ゴザイマスルカラシテ別シテ斯ノ如ク原トノ有様ニ復サセルト云フ義務ヲ負ハセル方ガ一般ノ為メニ便利テアル,

デ斯ノ如ク原状ニ復セシムル義務ト申シマシタ以上ハ矢張リ其間ノ果実抔モ元トニ返ヘスト云フコトハ之ニ這入ツテ居ル積リテアツテ果実返還ノ義務モ私共ハ別段ニ相談ハ致シマセヌガ之ニ這入ル積リテアリマス〔平成29年法律第44号による改正後の民法5453項参照〕金ハ原状ニ復スルト云ツテ元トノ高ヲ返ヘシタ丈ケテハ本(ママ)ノ元トニ復シタトハ言ヘヌ先ツ通常ノ場合ニ於キマシテハ之ガ融通セラルル利息ガ附クノガ当リ前テアリマスカラ矢張リ明文ガナケレハ徃カヌ夫レテ第2項ニ於テ即チ法定利息丈ケハ払ハナケレハ徃カヌト云フコトヲ特ニ掲ケマシタ国ニ依リマシテハ尚ホ細カニ原状ニ復スル有様ヲ規定シテアリマシテ或ハ増加シタモノハ之ニ入レナケレハナラヌ又労役ハ之ニ其賃銀ヲ払ハナケレハ徃カヌ甚タシキニ至リマシテハ損料,品物ノ使用ニ対スル損料迄計算シナケレハ徃カヌト云フ様ニ書イテアル所モ随分アリマスルケレトモ之等ノ細カイ所ニ立入ルノハ越権テアリマスルカラ一般ニ原状ニ復スルト書イテ置キマシタ

夫レカラ解除シテモ損害賠償ヲ求メラレヌト云フコトニナツテハ不都合テアリマスルカラ第3項〔現4項〕ニ於テ損害賠償ノ請求ヲ妨ゲヌト云フコトヲ殊更ニ記シタノテアリマス是ハ事ニ依ツタラハ或ハ要ラナイト云フ説モ出ルカモ知レマセヌガ併シナガラ御承知ノ通リ既成法典抔ニ於テモ然ラハ解除ヲ請求スルカ損害賠償ヲ請求スルカト云フヤウニ選択ヲ為スコトノ出来ル場合抔モ徃々アルノテアリマス又不履行ニ付テハ損害賠償ヲ請求スルコトヲ得ト云フノガ一般ノ原則テアリマス之等ハ不履行モナイカラ損害賠償ノ権モナクナツテ仕舞(ママ)ト云フ疑ヒモ起リ得ル夫故ニ是ハ何処ニモアリマス損害賠償ノ請求権ト云フモノハ成立シ得ルモノテアルト云フコトハ何ウモ明カニ書イテ置カナケレハ徃カナイト思ヒマス

夫レカラ尚ホ此効果ニ付テ生ジ得ヘキモノハ則チ原状ニ復スルト云フ場合ニハ保存費テアルトカ改良費テアリマスルトカ云フヤウナコトノ計算ノ問題ガ出テ参リマセウト思ヒマス併ナガラ是ハ占有ノ方ニ規則ガアリマス即チ197条〔民法196条参照〕ニ「占有者カ占有物ヲ返還スル場合ニ於テハ其物ノ保存ノ為メニ費シタル金額其他ノ必要費ヲ回復者ヨリ償還セシムルコトヲ得」「占有者カ占有物ノ改良ノ為メニ費シタル金額其他ノ有益費ニ付テハ其価格ノ増加カ現存スル場合ニ限リ回復者ノ選択(ママ)従ヒ其費シタル金額又ハ其増価格ヲ償還セシムルコトヲ得」ト云フ規定ガアリマス此規定ガ何時テモ其儘此処ニ当ル積リテ別段ニ此処ニ入レナカツタノテアリマス

(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録』第25109丁表から111丁裏まで。段落分けは筆者によるもの。なお,中田裕康『契約法』(有斐閣・2017年)223頁等参照)

 

(2)折衷説

 これは,あれですね,判例・通説(我妻榮『債権各論上巻(民法講義Ⅴ₁)』(岩波書店・1954年)190-191頁)とされる直接効果説(契約の解除に遡及効を認めるもの)もあらばこそ,「未履行の債務については,解除の時から債務が消滅し(遡及効を認めない点で直接効果説と異なる),既履行のものについては,新たに返還義務を生ずる(間接効果説に同じ)」ところの「折衷説」(我妻190頁)ですね。

「わが民法の規定は,直接効果説から説明しやすいもの(民法5451項但書,同2項)」と,折衷説から説明しやすいもの(民法5451項本文・同3項〔現4項〕)とがある」ということでしたが(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)94頁),直接効果説に親和的であるとされる民法5451項ただし書については,法典調査会の場で土方寧から当該規定は我が民法において本当に必要なのかとの質問があり,それに対して,為念規定であって,本来は無くともよいものである旨穂積陳重が陳弁し,既に同説には梯子が外されていたところです。

 

  「第三者ノ権利ヲ害スルコトヲ得ス」ト云フコトニ付テハ吾々モ余程相談ヲシテ見マシタガドウモ前ニ申シマシタ通リ是迄諸国ニ規定モ置イテアツテ原状ノ効果ヲ生ズルト云フヤウニナツテ居リマスルシ夫レカラシテ原状ニ復セシムル義務ヲ負フト斯ウ申シマスルト云フト既ニ第三者ノ権利ガ夫レニ加ハツテ居ツタノテモ尚ホ夫レヲ害シテモシナケレハ徃カヌト云フヤウナ風ノ疑ヒモ生シハシナイカト思ヒマシタカラ之ヲ置イタ方ガ宜カラウト云フノテ遂ニ置イタノテアリマスガ此但書ガナクテモ前ノ文章ヲ注意シテ読メハ多分間違ヒハ生ジハセヌト思ヒマス(民法議事速記録第25113丁裏-114丁表)

 

民法5452項について穂積陳重は「之ガナイト利息ガ附カナイ之ガアツテ始メテ附ク」と述べていますから(民法議事速記録第25114丁表),同項は,確認的規定ではなく,創設的規定なのでしょう。遡及効があるからこそ受領時から利息が付くのだと言えば言い得ますが,当該遡及効の結果を規定したのではなく将来効のみを有する同条1項の原状回復義務の内容を原状回復の結果をもたらすように具体化させた規定であるといい得るものなのでしょう(旧民法財産編の解除(同編4211項)は効果が遡及する解除条件の成就(同編4092項:“L’accomplissement de la condition résolutoire remet les parties dans la situation où elles étaient respectivement avant la convention.”)ということであったので,契約の解除に係る民法545条の原状回復義務(富井政章=本野一郎の訳によれば“chacune des parties est obligée de remettre l’autre dans l’état antérieur à la formation du contrat”)の内容もそれに揃えて規定された,ということになるのでしょう。なお,民法1272項の解除条件の成就は――「解除」との文言は同一ながらも――その時から解除条件付法律行為が「その効力を失う」ものであって,そこに遡及効はありません。とはいえ,「解除条件附法律行為が,物権行為または処分行為なるときは,条件の成就によつてその行為の効力を失い,それと同時に,ただちにその行為以前の権利の原状に当然に復帰」し,「解除条件附法律行為が債権行為なるときは,条件の成就によつて,その債権行為の効力が当然に消滅する。その債権行為にもとづく履行請求権も,それに応ずる履行義務も,また当然に消滅する。もし,その債権行為にもとづいて,履行としての物の引渡がなされていたときは,その物を返還すべきものとなる。債権の効力を失い,債権者の給付保持力が消滅するからである。」ということになります(於保不二雄編『注釈民法(4)総則(4)』(有斐閣・1967年)326頁(金山正信))。)。

契約の解除の効果に関する理論構成については,直接効果説,間接効果説及び折衷説があって「わが国でも争われている」ということでしたので(星野Ⅳ・94頁),初学者は訳も分からぬままに当該3説を丸暗記してみるなど民法学習上悩ませられていたところですが,起草担当者の意思は何とも平明なものでした。「そもそも右の議論はドイツ民法に特殊の面をも含み,わが国ではあまり意味がない。」(星野Ⅳ・94頁),したがってくよくよ悩まなくてもよいのだよと励まされるより先に,法典調査会民法議事速記録が早くから広く流通してドイツ法学流の特殊論点の侵入に対する防壁となってくれていた方が有り難かったところです。


DSCF1266
侵掠如🔥(甲府市JR甲府駅前)


(中)ドイツ民法草案等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842106.html

(下)旧民法等(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078842113.html