1 はじめに

 我が民法(明治29年法律第89号)593条以下に規定されている使用貸借は,なかなか難しい。前回のブログ記事においては,民法制定時には梅謙次郎等によって堂々たる双務契約と解されていた使用貸借がその後の解釈変更によって片務契約に分類替えされたことに関して,ついだらだらと埒もない文章を書き連ねてしまっていたところです(「双務契約に関して」(2021617日)http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078701464.html)。

 さて,平成29年法律第44号によって,202041日から(同法附則1条・平成29年政令第309号)使用貸借に関する規定もいろいろ改められています。これらの変更部分についてあれこれ吟味を試みてみると,やはりなかなか悩ましい。

 

2 民法593条

 使用貸借の冒頭規定である第593条は,「使用貸借は,当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって〔②〕,その効力を生ずる。」から「使用貸借は,当事者の一方がある物を引き渡すことを約し〔②〕,相手方がその受け取った物について無償で使用及び収益をして契約が終了したときに〔①〕返還をすることを約することによって,その効力を生ずる。」に改められています(下線は筆者によるもの)。これは,「①使用貸借の意義」及び「②使用貸借の諾成化」に関する改正であるものとされています(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)301頁)。

 

(1)「使用貸借の意義」

 「使用貸借の意義」云々とはどういうことかといえば,「旧法に規定はなかったが,使用貸借が終了したときに借主が目的物を返還することは使用貸借の本質的要素であるため,新法においては,借主が契約が終了したときに目的物を返還することを約することが使用貸借の合意内容であることを明確化している(新法第593条)。」とのことだそうです(筒井=村松301頁。下線は筆者によるもの)。借主の返還約束自体は旧593条にも既に現れているので,返還義務発生の事由及びその時期がそれぞれ契約の終了及びその時であることが使用貸借契約の「本質的要素」であることになるようです。

 当該文言は,同じく平成29年法律第44号によって賃貸借の冒頭規定である第601条に挿入された「及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還すること」(下線は筆者によるもの)に揃えられたものでしょう。なお,旧601条には,賃借人の返還約束は現れていませんでした。

 しかし,そうなると平成29年法律第44号によって改められなかった消費貸借の冒頭規定である第587条の文言(「消費貸借は,当事者の一方が種類,品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって,その効力を生ずる。」)との関係が問題となります。同条には「契約が終了したときに」との文言がありません。「消費貸借の終了とは返還時期の問題である」(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)240頁)はずだったところです(したがって,消費貸借においても「契約が終了したときに返還」がされるものであったはずです。)。民法593条及び601条を原則規定とした上で,同法587条について反対解釈を施せば(平成29年法律第44号による折角の条文整備に対しては,厳格な反対解釈をもって報いてあげなければなりません。),消費貸借は,契約の終了を待たず「契約の目的物を受け取るや否や〔すなわち,契約の成立と同時に〕直ちに返還すべき貸借」であって,「返還時期の合意があることは,それによって利益を受ける当事者が主張立証すべきことになる」ようでもあります(司法研修所『増補民事訴訟における要件事実 第1巻』(1986年)276頁参照)。「貸借型の契約は,一定の価値をある期間借主に利用させることに特色があり,契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべき貸借は,およそ無意味であるから,貸借型の契約にあっては,返済時期の合意は,単なる法律行為の附款ではなく,その契約に不可欠の要素であると解すべきである(いわゆる貸借型理論)」(司法研修所276頁)とする考え方は最近はやらないそうですが,いわゆる貸借型理論は,少なくとも消費貸借については全面的に否定されたということになるのでしょうか。確かに,「期限の定のない消費貸借においては,貸主の返還請求権は契約成立と同時に弁済期にあり,借主は単に催告のなかつたことをもつて抗弁となし得るだけだとなし(大判大正221987頁等),この抗弁を主張しない限り,貸主の請求の時から借主は遅滞に陥〔る〕(大判大正3318191頁,大判昭和564595頁)」という判例があったそうです(我妻榮『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ₂)』(岩波書店・1973年)372-373頁。民法5911項は「当事者が返還の時期を定めなかったときは,貸主は,相当の期間を定めて返還の催告をすることができる。」と規定しています。)。

 使用貸借に係る民法旧593条の文言は,旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)195条(「使用貸借ハ当事者ノ一方カ他ノ一方ノ使用ノ為メ之ニ動産又ハ不動産ヲ交付シ明示又ハ黙示ニテ定メタル時期ノ後他ノ一方カ其借受ケタル原物ヲ返還スル義務ヲ負担スル契約ナリ/此貸借ハ本来無償ナリ」)の第1項の規定から「明示又ハ黙示ニテ定メタル〔返還の〕時期」に言及されていた部分を削ったものとなっていましたが,これについては189567日の第92回法典調査会において富井政章が,「是ハ消費貸借ニ付テモ申シタコトデアリマス使用貸借ニ於テモ本案ハ孰レノ場合ニ於テモ当事者ガ返還ノ期日ヲ極メナイ場合ニ於テモ自ラ時期ガアルト云フ主義ヲ採ラナイ」ものとし,かつ,そうして「直チニ返還ヲ請求スル場合モアリマスカラ時期ノコトハ言ハナイコトニ致シマシタ」結果であるものと説明しています(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第32巻』52丁表。下線は筆者によるもの。また,同巻54丁表裏)。いわゆる貸借型理論(「契約の目的物を受け取るや否や直ちに返還すべき貸借は,およそ無意味である」)とはなかなか整合しない発言です。この起草担当者の重い発言等に鑑みると,民法593条及び601条に「契約が終了したときに」をわざわざ挿入した平成29年法律第44号による改正によって使用貸借及び賃貸借についてはいわゆる貸借型理論が再確認され強化された,とまでもいきなり早分かりはすべきではないのでしょう(ただし,親和的な方向の改正ではあります。)。忖度の先走り(又は過去の「お勉強」への執着)は,あるいは危険なことがあるでしょう。

 

(2)使用貸借の諾成化

 

ア 諾成化の理由

 使用貸借を要物契約から諾成契約に改めた理由は,「目的物を無償で貸すことについて貸主と借主が合意したにもかかわらず,貸主は,〔要物契約であるので〕契約はまだ成立していないとして,借主からの目的物の引渡請求を拒絶することができるとすれば,確実に目的物を無償で借りたい借主にとって不利益を生ずることになる。/そのため,旧法の下でも,当事者の合意のみで貸主に目的物を無償で貸すことを義務付ける契約をすることができると一般に解されており,これは諾成的使用貸借と呼ばれていた」からとのことのようです(筒井=村松303頁)。

 

イ 従来の学説

確かに,我妻榮は「使用貸借を要物契約としたのは,専ら沿革によるものである。然し,現代法の契約理論からいえば,使用貸借を要物契約としなければならない理由はない。〔略〕従つて,わが民法の下でも,諾成的使用貸借を有効と解してよい」と述べていました(我妻Ⅴ₂・377頁)。梅謙次郎も「純理ヨリ之ヲ言ヘハ使用貸借ニ限リ践成〔要物〕契約ニシテ賃貸借ハ諾成契約ナルヘキ理由アルコトナシ然リト雖モ諸国ノ古来ノ慣習ニ依リ使用貸借ハ貸主カ物ヲ借主ニ引渡シタル時ヨリ成立スルモノトシ賃貸借ハ双方ノ意思ノ合致アル以上ハ直チニ契約成立スヘキモノトスルヲ例トス是レ蓋シ使用貸借ニ在リテハ貸主ニ貸与ノ義務アリトスルモ此義務ハ通常引渡ニ因リテ履行セラレ借主ハ既ニ物ノ引渡ヲ受ケタル後始メテ其返還ノ義務ヲ生スルニ止マリ未タ物ノ引渡ヲ受ケサルニ既ニ返還ノ義務アリト云フハ普通ノ観念ニ反スルモノト謂フヘシ」と,「純理」上の諾成使用貸借の可能性を認めていました(梅謙次郎『民法要義巻之三 債権編(第33版)』(法政大学=有斐閣書房・1912年)606頁)。これに対して星野英一教授は「消費貸借の要物性は単に歴史的な沿革に基づくにすぎないものだが〔略〕,使用貸借の要物性は,その無償契約であることに基づくと解される。」と述べ(星野英一『民法概論Ⅳ(契約)』(良書普及会・1994年)175-176頁),使用貸借の要物性をその無償契約たる性質から説明しています。平成29年法律第44号の立法活動に関与した内田貴元法務省参与は,その民法教科書においては端的な諾成的使用貸借には言及しておらず,「当事者があえて使用貸借の合意をすれば,使用貸借の予約として有効としてよい」としていました(内田165頁。下線は筆者によるもの。また,星野176頁・177頁)。来栖三郎は,使用貸借の予約にも否定的であって,「使用貸借は無償だから,使用貸借の予約はみとむべきではない。少なくとも原則としてみとむべきではない。」と述べていました(来栖三郎『契約法』(有斐閣・1974年)393頁)。

 

ウ 実益

しかし,諾成的使用貸借の有効性を説く民法学者においても,その実益についての評価は高くなかったところです。そもそも「〔使用貸借は〕要物契約だが,その合理性に問題がないので,消費貸借におけるようなめんどうな解釈問題は生じていない」(星野177頁)との前提がありました。我妻は,「然し,実際上の必要からいえば,諾成的な使用貸借を認めること,――すなわち,その契約によつて貸主が貸す債務を負う場合を認めること,――はそれほど必要なことではない。その点は,消費貸借と異る。従つて,実際には,目的物の引渡があつたときに使用貸借が成立すると認定すべき場合が多いと思われる。但し,使用貸借についても,――民法に規定はないが――予約(貸主の貸す債務を成立させるもの)が成立し得ることはいうまでもない。」と述べていたところです(我妻Ⅴ₂・377頁)。

使用貸借の諾成契約化は,民法を改正したいから改正するということであって,平成・令和の「やってる感」重視の時代に係る一つの象徴とはなるものでしょうか。

 

エ 旧民法における使用貸借の要物性

なお,旧民法財産取得編195条のフランス語文は,“Le prêt à usage est un contrat par lequel l’une des parties remet à l’autre une chose mobilière ou immobilière, pour s’en servir, à charge de la rendre en nature, après le temps expressément ou tacitement fixé. / Ce prêt est essentiellement gratuit.”です。

使用貸借の要物性についてボワソナアドが説くところは次のとおり。

 

  当該契約は要物的réel)であって純粋に諾成的consensuel)ではない。事実,その主要な目的は,使用を許すことにある。ところで,ある物を人は,それをその手中に所持する前には使用できないのである。当該契約はまた,注意義務をもって当該物を保管すること及び合意された時期にそれを返還することを借主に義務付ける。ところで,「受け取った」ものでなければ,「保管し,及び返還する」ことはできないのである。

  このことは,使用させるために貸す旨の純粋な諾成の約束promesse)があっても無効である,といわんとするものではない。しかしながら,それは無名innommé)契約となるのであって,かつ,その使用貸借との相違は当事者の立場が顚倒する(les rôle seraient renversés)ほどのものなのである。すなわち,目的物を保管し(例えば,他の者に譲渡せず,貸与しない),しかる後に交付する義務を負う者は,将来の貸主futur prêteur)となるのである。貸す約束が実現されて第1の契約が履行されるときまでは,貸借は始まらないのである。

Gve Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Nouvelle Édition, Tome Troisième, Des Moyens d’Acquérir les Biens. (Tokio, 1891) pp.877-878

 

 ボワソナアドに言わせれば,平成29年法律第44号による改正後の日本民法の「使用貸借」は,沿革的使用貸借契約に将来の貸主の保管・交付義務契約を結合させた混合契約的chimère(キメラ)であるということになるのでしょうか。

 なお,フランス民法1875条(Le prêt à usage est un contrat par lequel l’une des parties livre une chose à l'autre pour s’en servir, à la charge par le preneur de la rendre après s’en être servi.(使用貸借は,当事者の一方が他の一方の使用のためにある物を交付し,使用の後にそれを返還する義務を受領者が負担する契約である。))は,我が旧民法財産取得編1951項から富井政章が忌避した返還時期に係る規定等を除いた形の文言です。

 

オ ドイツ民法学における解釈変遷:要物契約から諾成契約へ

ドイツ民法598条(Durch den Leihvertrag wird der Verleiher einer Sache verpflichtet, dem Entleiher den Gebrauch der Sache unentgeltlich zu gestatten.(使用貸借契約により,ある物の貸主は,借主にその物の使用を対価なしに許容する義務を負う。))については,「ローマ法において要物契約(Realvertrag)とされていたので」,また「本条において,貸主に単に使用許容の義務のみを課し,したがってその物を借主が使用するに際しての忍容義務のみを課していることによりみても明らかである」として,従来は同条の使用貸借は要物契約と解されていたが,「近時は使用貸借を要物契約とはみないで,一種の諾成契約(Konsensualvertrag)とみる説が支配的である(LARENZ)」とのことです(右近健男編『注釈ドイツ契約法』(三省堂・1995年)346頁(貝田守))。

ドイツ民法第一草案549条(Wer eine Sache von einem Anderen zum unentgeltlichen Gebrauche empfangen hat (Entleiher), ist verpflichtet, die Sache nur vertragsmäßig zu gebrauchen und dem Anderen (Verleiher) dieselbe Sache zu der vertragsmäßigen Zeit zurückzugeben. Der Verleiher ist verpflichtet, bis dahin dem Entleiher den vertragsmäßigen Gebrauch der Sache ze belassen.(相手方からある物を無償で使用するために受領した者(借主)は,契約で定まったところのみによってその物を使用し,かつ,相手方(貸主)に当該の物を契約で定まった時期に返還する義務を負う。貸主は,それまで,借主にその物の契約で定まったところによる使用を許容する義務を負う。))に関して同草案の理由書はつとにいわく,「ローマ法によれば,Kommodatは要物契約である。最初に貸与物の引渡しと受領とが,使用がされた後に当該の物を返還する受領者の義務を基礎付けるのである〔略〕。他方,相手方に物を貸す義務を,無式の契約(formloser Vertrag)で有効に基礎付けることはできなかった。――無式の契約の訴求可能性に関する今日の普通法によれば使用(コモ)貸借(ダート)はもはや要物契約ではなく諾成契約として観念されるべきであって相手方にある物を貸す義務の引受けはもはや予約の意味を有さずに使用貸借(ライフェアトラーク)の構成部分であ,かつ,意図された目的のための当該の物の引渡しは当該使用貸借から生ずる義務に係る履行として現れ,他方,当該の物を返還する相手方の義務は,その受領を条件とするもののその受領より前に基礎付けられている――となし得るものかどうかは争われている。当該争点は,関連規定に係るところの理解は要物契約としての契約の観念Auffassung des Vertrages als eines Realvertrages)にとってより有利である,といい得るものの,プロイセン,オーストリア及びザクセン法の領域においてもなお存在している。当該観念(Auffassung)が,ヘッセン草案248条及びバイエルン草案640条〔略〕の基礎となっているように見受けられる。これに対して,ドレスデン草案598条及びスイス連邦法321条は,使用(ゲブラウ)貸借(フスライエ)を諾成契約として構成している。本草案は,消費貸借に関係する第453条の理解にとって決定的であったものと同様の理由から〔略〕,この549条についても,使用貸借は諾成契約であるという表現をもたらすような理解を採るものではなく,物の引渡しがされたときの両当事者の主要な義務を一般的に記述することに自らを制約したものである〔略〕。」と。その後の審議でドイツ民法第一草案549条は「我々は,使用貸借をローマ法的意味での要物契約と見るべきかとの問題は,法典において決せられるべきものではなく,学問に委ねられるべきだとの見解であり,しかしてまた,立法者の立場からは,ある物の貸与を約束した者と貸主とを区別せず,むしろ使用貸借を一つのものとして取り扱うことにおいて,草案に比べて改正提案の方がより適切であると考える。」との理由から,「Durch den Leihvertrag wird der Verleiher verpflichtet, dem Entleiher den Gebrauch einer Sache unentgeltlich zu gestatten. Der Entleiher ist verpflichtet, die empfangene Sache nach Beendigung seiner Befugniß zum Gebrauche dem Verleiher zurückzugeben.(使用貸借契約により,貸主は,借主にある物の使用を対価なしに許容する義務を負う。借主は,受領した物を,使用権能の終了後貸主に返還する義務を負う。)」に改められています(Protokoll 121, VIII.)。更に続くドイツ民法第二草案538条は,制定されたドイツ民法598条とほぼ同じです(後者の「den Gebrauch der Sache」が前者では「den Gebrauch derselben」になっています。)。借主の借用物返還義務は,ドイツ民法では604条に規定があります。

現在のドイツでは「使用貸借は,二つに分類され,目的物の引渡しを同時に伴う現実使用貸借(Handleihe)と,時間的に先に引き渡すべきものである諾成的使用貸借(Versprechensleihe)とになる。この後者の場合に貸主の他の義務に加えて,その上に借主に目的物を引き渡すべき義務が加えられているのである。従来は,使用貸借を要物契約としていたので,このような諾成的使用貸借を予約(Vorvertrag zum Leihvertrag)の型で承認しようとしていたが,今日支配的見解によれば,このような作為的なものを認める必要性がなくなっているといえるのである。」と説かれています(右近編346-347頁(貝田))。

 

カ 制定時の現行民法における要物性

92回法典調査会に提出された我が民法593条の原案は「使用貸借ノ目的トシテ或物ヲ受取リタル者ハ無償ニテ之ヲ使用スル権利ヲ有ス」でしたが(民法議事速記録第3251丁裏・52丁裏),これは富井によれば,ドイツ民法第二草案538条の文章を借主の権利の側から書き改めたものでした(民法議事速記録第3252丁裏)。

ドイツ民法の草案作成者は前記のとおり既に使用貸借の要物契約性には執着していなかったところですが,ドイツ民法草案流の表現を採用しつつも富井はなおそこまで踏み切れなかったようです。消費貸借についてですが,189564日の第91回法典調査会において同人曰く,「尤モ近来消費貸借ヲ要物契約トセスシテ諾成契約トスルガ宜イト云フ説ガ起ツテ居ル是ハ近頃随分勢力ノアル説テアツテ現ニ瑞西債務法ノ如キハ即チ其主義ニ依テ消費貸借及ヒ使用(ママ)借ノ定義ヲ掲ケテ居ル位テアリマス併シ本案ニ於テハ多少迷ヒハシマシタ理論上ハ或ハ其方ガ正シイカモ知レマセヌ併シ古来普通ニ行ハレテ居ル考ヘヲ一変スル丈ケノ勇気ハナカツタ今ノ説ニ従ヘハ片務契約ト云フモノハ殆トナクナツテ仕舞ツテ大抵ノ契約ハ双務契約ニナツテ仕舞(ママ)何ウモ少シ不安心テアリマシタカラ矢張リ昔カラ行ハレテ居ル所ノ学説ニ依テ要物契約主義ヲ採ツテ受取ルト云フコトヲ必要トシタ」と(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第28巻』131丁表)。

18951230日の第12回民法整理会において,民法587条の応当条項(当時は「第585条」)が「消費貸借ハ当事者ノ一方カ同一ノ種類,品等及ヒ数量ノ物ヲ以テ返還ヲ為スコトヲ約シテ相手方ヨリ金銭其他ノ物ヲ受取ルニ因リテ其効力ヲ生ス」(日本学術振興会『民法整理会議事速記録第4巻』93丁裏)に改まりましたが,その趣旨は,富井政章によれば「此三ツノ消費貸借ト使用貸借ト寄託ト要物契約ト称スル者ニ付テモ斯ウ云フ風ニ受取リタルニ因リテ効力ヲ生スト書ケバ文ハミンナ揃(ママ)テサウシテ外ノ諾成契約タルモノニ付テ疑ノナイ者ニ付テ斯ウ云フ風ニ〔「約スルニ因リテ効力ヲ生ス」という風に(日本学術振興会『法典調査会民法議事速記録第34巻』21丁表-22丁表参照)〕言ツテ居モノガ全ク生キテ来ルソレデ少シモ不都合ハナカラウト思ヒマシテ遂ニサウ云フコトニスルコトニ一致シタノテアリマス」ということでした(同93丁裏-94丁表)。それと同時に,使用貸借の民法593条の応当規定(当時は「第591条」)に係る「文字ヲ揃ヘル為メ」(富井)の修正がされています(同96丁表裏)。日本民法の方がドイツ民法よりもローマ的とはなりました。

 

キ 諾成化されたスイス債務法

スイス債務法305条(Le prêt à usage est un contrat par lequel le prêteur s’oblige à céder gratuitement l’usage d’une chose que l’emprunteur s’engage à lui rendre après s’en être servi.(使用貸借は,貸主がある物の使用を無償で許与することを約し,借主がその物を使用の後に貸主に返還することを約する契約である。))の規定振りは,明白に諾成契約のものです。

 

後編に続く(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1078761677.html)(うまく移動しないときは,一番下のタグの「使用貸借」をクリックしてください。)