1 民法370条ただし書後段に係る違和感

 

(1)条文

 民法(明治29年法律第89号)370条は次のような規定であって,難解ですが,筆者にとっては特にそのただし書後段の書きぶりが,かねてからしっくり感じられなかったところです。

 

  (抵当権の効力の及ぶ範囲)

  第370条 抵当権は,抵当地の上に存する建物を除き,その目的である不動産(以下「抵当不動産」という。)に付加して一体となっている物に及ぶ。ただし,設定行為に別段の定めがある場合及び債務者の行為について第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合は,この限りでない。

 

民法4243項は「債権者は,その債権が第1項に規定する行為の前の原因に基づいて生じたものである場合に限り,同項の規定による請求(以下「詐害行為取消請求」という。)をすることができる。」と規定しています。ですから,民法370条ただし書後段の「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求」とは,同法4241「項の規定による請求」ということになるようです。民法4241項は「債権者は,債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし,その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは,この限りでない。」と規定していますから,「同項の規定による請求」とは,債務者が債権者を害することを知ってした行為であって,かつ,(以下は抗弁に回りますが)受益者がそのされた時において悪意であったものの取消しに係る債権者による裁判所に対する請求,ということになります。

民法4241項にいう「行為」には,法律行為のほか,弁済など厳密な意味では法律行為には当たらない行為も含まれるものとされますが(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)100頁),「旧法〔平成29年法律第44号による改正前の民法〕下では,単なる事実行為は含まれないと解されていたが,このような解釈を否定するものではない。」(同頁(注1))とされています。端的にいえば,「単なる事実行為は含まれない」そうです(内田貴『民法Ⅲ(第4版)債権総論・担保物権』(東京大学出版会・2020年)365頁)。

さて,抵当不動産に物が付加されて一体となるのは厳密にいえば事実行為であるから,それについて,本来は法律行為を対象とする(平成29年法律第44号による改正前の民法4241項は,詐害行為取消請求の対象として「法律行為」のみを規定していました。)詐害行為取消請求を云々するのはおかしいんじゃない,というのが筆者の違和感でありました。

 

(2)学説

 

  新370条ただし書後段は,どのような場合を想定しているのだろうか。たとえば,債務者が一般財産に属する自分の高価な貴金属を抵当権の目的物である建物の壁に埋め込んだとする。壁に埋め込めば,不動産の構成部分となるが,これは一般債権者を害する行為である。旧4241項は取消しの対象を法律行為に限定していたが,新4241項は単に「行為」に改めた。しかし,「行為」にはこのような純然たる事実行為は含まないと解されている(⇒365頁〔前掲〕)。そこで,新370条ただし書後段は,このような場合も,詐害行為としての要件を満たしていれば,付加一体物の例外を認めることにしたのである。不動産の構成部分である以上,一体として売却されるが,詐害行為であることについて悪意の抵当権者は,当該貴金属の価額分からは優先弁済を受けることができない。(内田495頁)

 

 事実行為であっても,民法4241項の「行為」性以外の「詐害行為としての要件を満たしていれば」,同法370条ただし書後段は働くということでしょうか。しかし,「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」(なお,平成29年法律第44号による改正前は「第424条の規定により債権者が債務者の行為を取り消すことができる場合」)とまで具体的に書き込まれて規定されてしまうと,やはり,事実行為については「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」なる場合はそもそもあり得ないのではないですか,と依然文句を言いたくなるところです。

 「一般債権者を詐害するような付加行為を認めない趣旨だが,付加行為は法律行為ではないからそれを取り消すことは無意味なので,抵当権者はそのような付加物に優先弁済権がないとしたものである。」といわれると(遠藤浩=川井健=原島重義=広中俊雄=水本浩=山本進一編『民法(3)担保物権(第3版)』(有斐閣・1987年)123頁(森島昭夫)),取り消すことができるのだが取り消しても「無意味」であるというよりはむしろ,そもそも取り消すことができないのではないですか,とこれまた文句を申し上げたくなります。

「第370条は「第424条ノ規定ニ依リ債権者(ママ)債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」をも,例外とする。実際に生じた事例は見出しえないが,強いて考えれば,負債の多い債務者が,一般財産に属する樹木または大きな機械などを,抵当権の目的となっている土地に移植しまたは据えつけて附合させる場合などがありうるであろう。債務者のかような行為は,一般債権者を詐害するものであるが,法律行為ではないから,第424条のように,これを取消すということは意味をなさない。一般債権者は何もしなくとも,抵当権の効力の及ばないことを主張しうる,と解すべきである。/建物についても全く同様である。とくに述べるべきことはない。」(我妻榮『新訂担保物権法』(岩波書店・1968年)266頁)とまでいわれると,ようやく,ああ,「取消権」の行使は「意味をなさない」からしないということであれば当該「取消権」なるものはそもそも無いっていうことが言いたいのではないかな,との感想が生じてきます。

 「抵当債(ママ)者が自分の物を抵当不動産に附着させて抵当権の目的物とすることによって他の債権者への弁済額を減らそうとして,つまり,抵当権者以外の債権者(同条の「債権者」は,この者のことである)を「害スルコトヲ知リテ」この附着行為をした場合,という意味であり,民法424条の要件が必要である(民法424条は「法律行為」に関するものだから同条そのものの問題ではない)。もっとも,実際はあまり問題になるまい。なお,〔略〕抵当不動産との附着の程度の強い場合には,抵当権の効力が及ぶと解されている。」(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1976年)249頁),すなわち,民法370条ただし書後段は「第424条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と規定してはいるものの「民法424条は「法律行為」に関するものだから同条そのものの問題ではない」のだ,わざわざ「第424条」云々と書いてあるけれども空振っているのだ,ちょっと変な条文なのだ,と割り切った説明をされる方が,筆者には分かりがよいところです。しかし,我は立法技術的にはおかしな条文なり,と堂々胸を張られるというのでは,困ったことです。

「法文トシテハ如何(いか)ニモ解シ()クイ」もので,「唯タ精神上テハ取消スコトカ出来ル場合ニ見エテ其実ハ其訴権ヲ以テ取消スコトノ出来ヌト云フコトニ為ツテ仕舞(ママ)考ヘ」られるところ,「其精神ハ宜シイカ法文ノ分ラサルカ為メニ〔現行民法〕起草委員ノ折角ノ御骨折カ水泡ニ帰シハスマイカ」とも思われてしまいます。

 

2 民法370条ただし書後段の沿革

 この難解な民法370条ただし書後段の条文の沿革をたどると,次のとおりとなります。

 

(1)ナポレオンの民法典2133条

 まず,1804年のナポレオンの民法典2133条。

 

   L’hypothèque acquise s’étend à toutes les améliorations survenues à l’immeuble hypothéqué.

  (成立した抵当権は,抵当不動産に生じた全ての改良に及ぶ。)

 

これは,我が明治政府のお雇い外国人・ボワソナアドにいわせれば,「恐らく言葉(ラコー)足らず(ニック)に過ぎ,かつ,疑問点を残すもの」であって(Boissonade, Projet de Code Civil pour l’Empire du Japon accompagné d’un Commentaire, Tome Quatrième: des Sûretés ou Garanties des Créances ou Droits Personnels. Tokio, 1889. pp.386-387),「〔抵当不動産の〕増加については沈黙しており,また,改良の原因となるべき事由について説明していない」ものでした(Boissonade p.387)。

 

(2)ボワソナアド草案1206条及び旧民法債権担保編200条

フランス民法2133条の前記欠陥に対して,「ここに提案された解決策は,我々の考えによれば,フランス民法によって与えられるべきものである(celles qu’on doit…donner d’après le Code français)。」ということで起草された「解決策(solutions)」が(Boissonade p.387),旧民法に係るボワソナアド草案1206条です(Boissonade p.372)。

 

   1206.  L’hypothèque s’étend, de plein droit, aux augmentations ou améliorations qui peuvent survenir au fonds, soit par des causes fortuites et gratuites, comme l’alluvion, soit par le fait et aux frais du débiteur, comme par des constructions, plantations ou autres ouvrages, pourvu qu’il n’y ait pas fraude à l’égard des autres créanciers et sauf le privilége des archtectes et entrepreneurs de travaux, sur la plus-value, tel qu’il est réglé au Chapitre précédent. (2133)

      Elle ne s’étend pas aux fonds contigus que le débiteur aurait acquis, même gratuitement, encore qu’il les ait incorporés au fonds hypothéqué, au moyen de nouvelles clôtures ou par la suppression des anciennes.

  (抵当ハ寄洲ノ如キ意外及ヒ無償ノ原因ニ由リ或ハ建築,栽植又ハ其他ノ工作ニ因ル如ク債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ増加又ハ改良ニ当然及フモノトス但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ且前章ニ規定シタル如キ建築技師及ヒ工事請負人ノ増価ニ付キテノ先取特権ヲ妨ケス

  (抵当ハ債務者カ縦令無償ニテ取得シタルモノナルモ其隣接地ニ及ハサルモノトス但新囲障ノ設立又ハ旧囲障ノ廃棄ニ因リテ隣接地ヲ抵当不動産ニ合体シタルトキモ亦同シ)

 

 「債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ改良」に関して,ボワソナアドは次のように説明しています。

 

   次に,債務者の所為により,かつ,彼の費用負担によるところの改良,すなわち「建築,栽植又ハ其他ノ工作ノ如キモノ」である。ここにおいては,債務者がその資産(patrimoine)から取り出す物は債権者のうち一人の担保の増加のために債権者らの共同担保財産(gage général)から取り去られてしまう物であるという関係から,疑惑が生ずることになる。しかしながら,支出額(dépenses)の大きさは多様であり得ること及び多くの場合において当該支出は正当であり得ることから,法は,原則として,当該支出は抵当債権者の利益となるものとした。他方,濫用は可能であるところ,対抗策を直ちに示すためと同時にそれを防止するため,法は,まず,他の債権者に対して詐害となる場合を除外する。法は,次に,建築及びその他の工作は建築技師及び請負人に対して第1178条及び第1179条において規定される先取特権をもたらし得るものであることから,抵当による担保は,彼らが満足を得た後に残る増価分にしか及ばないことに注意を促す。(Boissonade p.387

 

ボワソナアド草案1206条が,ほぼそのまま旧民法債権担保編(明治23年法律第28号)200条となります。

 

  第200条 抵当ハ意外及ヒ無償ノ原因ニ由リ或ハ債務者ノ所為及ヒ費用ニ因リテ不動産ニ生スルコト有ル可キ増加又ハ改良ニ当然及フモノトス但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ且前章ニ規定シタル如キ工匠,技師及ヒ工事請負人ノ先取特権ヲ妨ケス

   抵当ハ債務者カ縦令無償ニテ取得シタルモノナルモ其隣接地ニ及ハサルモノトス但新囲障ノ設立又ハ旧囲障ノ廃棄ニ因リテ隣接地ヲ抵当不動産ニ合体シタルトキモ亦同シ

 

 旧民法債権担保編200条を梅謙次郎が修正したものが,現行民法370条となります。

 

(3)梅案365条ただし書後段

 

ア 条文

1894124日の第50回法典調査会に梅謙次郎が提出した現行民法370条の原案は,次のとおり(法典調査会民法議事速記録第168)。

 

 第365条 抵当権ハ其目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物ニ及フ但設定行為ニ別段ノ定アルトキ及ヒ第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス

 

 この梅案(松・竹・梅のうちの梅案ということではなくて,梅謙次郎案ということです。)では,更地であった抵当地の上に建物が建つと,その建物は抵当地に附加シテ之ト一体ヲ成シタル物であるということで,当該建物にも抵当権が及ぶことになっていたことに注意してください。

 なお,1895122日の第58回法典調査会に提出された民法419条案は次のとおりでした(法典調査会民法議事速記録第18119-120丁)。

 

  第419条 債権者ハ債務者カ其債権者ヲ害スルコトヲ知リテ為シタル法律行為ノ取消ヲ裁判所ニ請求スルコトヲ得

   前項ノ請求ハ債務者ノ行為ニ因リテ利益ヲ受ケタル者又ハ其転得者ニ対シテ之ヲ為ス但債務者及ヒ転譲者ヲ其訴訟ニ参加セシムルコトヲ要ス

 

イ 梅の冒頭説明

梅の365条案ただし書後段について,同人の説くところは次のとおりでした(原文の片仮名書きを平仮名に改め,濁点及び句読点を補いました。)。

 

原文〔旧民法債権担保編200条〕1項の但書の処でありますが,「他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」,斯うあります。此趣意は勿論本条に於ても採用したのであります。即ち彼の廃罷訴権と法典に名附けてあります「アクシユ(ママ)ーレヤナ」の矢張り適用の中であることは疑ひないのであります。夫れならば寧ろ向ふの規定に総て従ふやうにしないと,御承知の通りに「アクシパーレヤナ」には夫れ夫れ条件がありまするので,唯だ詐害と云ふ丈けでは「アクシパーレヤナ」のことを意味しない。去ればと云つて此場合に限つて「アクシユパーレヤナ」と違つて規則に依て取消を許すと云ふのも理由のないことゝ思ひます。夫れで之は「第419条ノ規定ニ依リ」としたので,之は「アクシユパーレヤナ」の箇条を規定する積りであります。尤も一寸考へると,之は条文は要らぬのではないか「アクシユパーレナヤ」と云ふものは総ての場合に当嵌まるから此処でも言はぬで置けば総ての場合に当嵌りはしないかと云ふ疑ひが起るかも知れませぬが,夫れは然う云ふ訳には徃きませぬ。何ぜ然うかならば,「アクシユパーレヤナ」の規定が何か云ふやうな規定になるか知れませぬが,何れにしても,沿革上から考へて見ても,又私共が起草の任に当つたとして考へて見ても然うでありますが,此「アクシユパーレヤナ」と云ふものは法律行為を取消すと云ふのが其目的であらうと思ひます。夫れは「アクシユパーレヤナ」で出来る。即ち此処の所で言うても,債務者が或る請負人か何にかと或る契約を結んで,然うして家を建てるとか,或は建て増しをするとか不動産に改良を加へるとか,詰り其土地を抵当に取つて居る債権者に特別なる利益を与へやうと云ふ考へで然う云ふ事を致すと云ふ場合でありますれば其建築契約を取消すことは無論出来ますが,建築は既に成つて其代価は払つて仕舞つた其建物夫れ自身を「アクシユパーレヤナ」に依て取消す訳に徃きませぬ。建物を取消す訳に徃きませぬ。夫れで「アクシユパーレヤナ」の直接の適用としては,此場合に於ては適用はないでありませうが,唯だ条件を同じ条件にして「アクシユパーレヤナ」を行ふことが出来るやうな場合でありますれば,其加へた物丈けは,抵当権者の担保と為らずして債権者の一般の担保に為ると云ふならば,「アクシユパーレヤナ」の精神を無論貫くことが出来る。無論原文も然う云ふ意味であつたらうと思ひますが,唯だ条件は「アクシユパーレヤナ」と同じやうにしないと徃けないと思ひますから斯う云ふ風に書きました。(法典調査会民法議事速記録第169-11丁)。

 

ウ パウルス訴権(actio Pauliana

「アクシユパーレヤナ」とは何かといえば,ラテン語のactio Pauliana。「所謂「パウルス(○○○○)訴権(○○)actio Pauliana, action Paulienne ou révocatoire, Paulianische Klage oder Anfechtungsklage)」だそうです(梅謙次郎『訂正増補第27版 民法要義巻之二 物権編』(私立法政大学=有斐閣書房・1908年)508頁)。

パウルス訴権(パウリアーナ訴権)はローマ法上の制度であって,法務官法上の不法行為に係る訴権の一であり,次のように解説されています(原田慶吉『ローマ法(改訂)』(有斐閣・1955年)232-234頁)。

 

  (一)歴史 4年のlex Aelia Sentiaは債権者詐害in fraudem creditorisの奴隷解放を無効とした〔同法(lex)は奴隷解放の要件を絞るためのもの〕。爾余の債務者の詐害行為には法務官は,(1)詐害的特示命令(interdictum fraudatorium〔特示命令は,訴権(actio)による普通手段の外に,純粋に法務官が創設した保護手段〕,(2)原状恢復in integrum restitutio。法律上一応は合法的形式を備えるが不当な結果が生じたときにその不当な結果を排除するのに用いられる。特示命令の外に法務官が創設した権利保護手段の一つ〕,(3)事実訴権actio in factum concepta。請求の表示が法律訴権のように一定の型にあてはめることを得ずして,具体的事実を記載し,判決をその有無にかからしめる場合の訴権〕等の救済手段を認めたが,ユ〔スティーニアーヌス〕帝は是等の保護手段を融合統一してパウリアーナ訴権(actio Pauliana)――glossema〔写本中の附註〕に基づく名称?――を作つたため,以前の歴史は不明になつている。

  (二)ユ帝法のパウリアーナ訴権の要件 (1)債務者の詐害行為 債務者の行つた譲渡,免除,新債務の負担の如き積極的行為のみならず,期限訴権の不提起,時効中断の懈怠の如き不作為も亦詐害行為である。但し人格権侵害訴権iniuriaの訴権。市民法上の不法行為訴権の一。iniuriaは,人の身体を傷つけ,無形的名誉を毀損し,公共物の使用を妨げるような行為(窃盗の未遂まで包含される。)〕,不倫遺言の訴〔適当額の遺産を近親に与えない遺言を不倫遺言(inofficiosum testamentum)といった。〕の如き訴を提起せず,又は相続を承継せず,遺贈を受領しないような利得行為をなさずとも,債権者は取消ができない。

  (2)債権者に対する実害の発生(eventus damni

  (3)債務者の詐害意思(consilium fraudis

  (4)債務者以外の者――実際的には最も通常の場合――に提起するには,有償行為の場合にはその者が詐害を知つたこと(conscius fraudis)。無償のときは知るを要しない。

  (三)性質効果 専決訴権actio arbitraria。金銭判決をなるべく避けるため,審判人に対し,判決前訴訟物自体の給付返還を被告に勧告すべき旨を命ずる文言の含まれている訴権〕,期限訴権actio temporalis。訴権消滅時効期間が30年以下のもの〕で,1年内に提起せられると全部の賠償義務,1年後は利得額の返還義務を発生する。加害者委附〔加害した奴隷又は動物を被害者に委附して復讐に委ね,あるいはその労働をもって罰金額損害額を弁済せしめる。〕を許さず,重畳的競合〔数人の加害者が存するとき,加害者の一人が罰金を支払っても他の加害者は依然責任を免れないこと。〕もしない〔略〕

 

 あるいは,「信義に反して債権者を害するような債務者の財産減少行為も,債権者を欺くものとして詐欺の関連で問題とされ,法務官法上,原状回復のための訴え(破産手続における破産財団への財産取戻し)や悪意の受益者に対する返還命令(特示命令)が認められた。ユスチニアヌス帝のもとで両者は統合され,その内容がパウルスの章句(Paulus, D.22,1,38,4)として伝えられるところから,「パウリアナ訴権(actio Pauliana)」と呼ばれる。債務者の詐害的行為に対する債権者取消権制度の原点である(日本民法第424条。〔略〕)。」ともいわれています(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法―ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)194-195頁)。ユスティーニアーヌス帝のDigesta(学説彙纂)中上記パウルスの章句は,次のとおり(拙訳は,あやしげですね。)。

 

In fabiana quoque actione et pauliana, per quam quae in fraudem creditorum alienata sunt revocantur, fructus quoque restituuntur: nam praetor id agit, ut perinde sint omnia, atque si nihil alienatum esset: quod non est iniquum (nam et verbum "restituas", quod in hac re praetor dixit, plenam habet significationem), ut fructus quoque restituantur.

  (債権者らに係る詐害となって逸出した物quae in fraudem creditorum alienata suntがそれによってper quam回復されるrevocanturファビウス及びパウルス訴権のいずれにおいてもin fabiana quoque actione et pauliana,果実もまたfructus quoque返還されるrestituuntur。というのはnam,法務官がpraetor,何も逸失しなかった場合とちょうどatque si nihil alienatum esset同様に全てがなるようにut perinde sint omnia取り運ぶからであるid agit。果実も返還されるようにすることもut fructus quoque restituantur,(というのはnam,本件において法務官が宣したquod in hac re praetor dixit「原状回復すべし」との言葉もet verbum "restituas",完全な意味を有しているのであるからplenam habet significationem)不当ではないところであるquod non est iniquum。)

 

 パウルス訴権は「ローマ共和政末期の法務官パウルス(Paulus)が提案した刑事懲罰の性格を有する制度」であって「ローマ法において,actio paulianaは,もともと商人の民事破産手続における制度として登場した」と一応説かれていますが(張子玄「フランス法における詐害行為取消権の行使と倒産手続(1)」北大法学論集706号(20203月)32頁・註1),「実は謎に包まれた制度であり,この「パウルス」(Paulus)がどの時代の誰かも判然としない遅い産物」だそうです(木庭顕『新版ローマ法案内』(勁草書房・2017年)199頁)。

 ナポレオンの民法典1167条においては,次のように規定されていました。

 

   Ils peuvent aussi, en leur nom personnel, attaquer les actes faits par leur débiteur en fraude de leurs droits.

       Ils doivent néanmoins, quant à leurs droits énoncés au titre des Successions et au titre du Contrat de Mariage et des Droits respectifs des époux, se conformer aux règles qui y sont prescrites.

  (彼ら〔債権者〕はまた,彼ら個人の名で,債務者によってされた彼らの権利を詐害する行為を攻撃することができる。/ただし,相続の章並びに婚姻契約及び各配偶者の権利の章に掲げられた彼らの権利については,そこにおいて定められた規定に従わなければならない。)

 

 現在のフランス民法1341条の2は,次のとおりです。

 

   Le créancier peut aussi agir en son nom personnel pour faire déclarer inopposables à son égard les actes faits par son débiteur en fraude de ses droits, à charge d'établir, s'il s'agit d'un acte à titre onéreux, que le tiers cocontractant avait connaissance de la fraude.

  (債権者はまた,彼個人の名で,債務者によってされた彼の権利を詐害する行為を彼との関係において対抗することができないものと宣言せしめることができる。ただし,有償行為に関する場合においては,第三者である契約当事者が詐害について悪意であったことを立証したときに限る。)

 

 フランスでは,「詐害行為の取消請求が認められた場合,逸出財産を債務者財産に取り戻す必要はなく,取消債権者は受益者の手元に置いたまま財産売却を求めることができる。つまり,取消債権者は裁判所に対し対象財産に対する強制売却(vente forcée)を求める権限を有することになる。その結果,取消債権者は財産売却によって自ら債権回収を図ることができる。この点から見ると,「対抗不能」の終局的意義は,取消債権者に対して差押債権者に相当する権限を与えることにあるといえる。なぜなら取消債権者は自ら強制売却の申立てを行わなければ,債権回収をすることはできないからである。」ということになるそうです(張35-36頁)。

 Dalloz2011年版Code Civil, 110e éditionを見ると,フランス民法1167条(当時)によって攻撃される行為の例の性質(Nature des actes attaqués (exemples))として,贈与(donations),合併に基づくある会社から他の会社への不動産の承継(apport d’immeubles par une société à une autre, à titre de fusion),債権譲渡(cession de créance),代物弁済(dation en paiement),会社の合併(fusion de sociétés),不動産の売却(vente d’immeuble)及び買戻権付きの家財売却(vente à réméré de meubles meublants)並びに(以下は第2項関係でしょう。)贈与分割(donation-partage),無償譲与の減殺権の放棄(renonciation à réduction d’une libéralité),相続放棄(renonciation à succession),財産分割(partage)及び復帰権条項付き贈与契約に基づき贈与を受けた財産の当該受贈者による贈与(donation d’un bien que le donateur a lui-même reçu par donation assortie d’une clause de retour)が挙げられています(Actes visés, pp.1445-1446)。

 相続放棄もaction paulienneの対象となるとされると,相続を承継しないことないしは相続の放棄は詐害行為にならないとする前記ローマ法の規範内容及び我が最高裁判所の昭和49920日判決(民集2861202頁)との関係でいささか説明が必要となります。しかし,この点については,「相続放棄」は「ローマ法と異なり,フランス民法が明文の規定〔旧788条・現779条〕で詐害行為の対象とした」ものであるとつとに紹介されています(工藤祐巌「民法4242項の「財産権を目的としない法律行為」の意味について」名古屋大學法政論集254号(2014年)336頁及び353頁・註(15))。また,「ローマ法と異なり,フランス法ではすべての相続が被相続人の死亡によって完全に効力を生じる」ものとされているそうです(工藤337。ボワソナアドも同様の理解を有していたことについて,同346)。

フランス民法旧11672項と我が民法4242(なお,同項に対応する規定は旧民法にはありませんでした。)との関係が気になりますが,我が民法4242項が典型的に想定していたのは,「隠居,家督相続ノ承認等」であったようで(梅謙次郎『訂正増補第30版 民法要義巻之三 債権編』(私立法政大学=中外出版=有斐閣書房・1910年)87頁。「仮令財産上ニ影響ヲ及ホシ而シテ債務者カ債権者ヲ害スルコトヲ知リテ之ヲ為スモ敢テ其隠居,承認等ヲ取消スコトヲ得ス」),しかも,「但是等ノ場合ニ於テ債権者ヲ保護スヘキ規定ハ親族編及ヒ相続編ニ之ヲ設ケタリ(761〔「隠居又ハ入夫婚姻ニ因ル戸主権ノ喪失ハ前戸主又ハ家督相続人ヨリ前戸主ノ債権者及ヒ債務者ニ其通知ヲ為スニ非サレハ之ヲ以テ其債権者及ヒ債務者ニ対抗スルコトヲ得ス」〕988〔「隠居者及ヒ入夫婚姻ヲ為ス女戸主ハ確定日附アル証書ニ依リテ其財産ヲ留保スルコトヲ得但家督相続人ノ遺留分ニ関スル規定ニ違反スルコトヲ得ス」〕989〔「隠居又ハ入夫婚姻ニ因ル家督相続ノ場合ニ於テハ前戸主ノ債権者ハ其前戸主ニ対シテ弁済ノ請求ヲ為スコトヲ得/入夫婚姻ノ取消又ハ入夫ノ離婚ニ因ル家督相続ノ場合ニ於テハ入夫カ戸主タリシ間ニ負担シタル債務ノ弁済ハ其入夫ニ対シテ之ヲ請求スルコトヲ得/前2項ノ規定ハ家督相続人ニ対スル請求ヲ妨ケス」〕1041乃至1050〔財産ノ分離〕)」ということでした(同頁)。「現行民法起草者の立場は,「非財産的権利に関する行為」のみを詐害行為取消の対象となる行為の範囲を画する枠組みとして有していたということができる。すなわち,一身専属権の中で,債務者の資産としての財産的価値を有しないが故に一身専属権とされる権利,すなわち,主として身分行為を取消の対象から排除する立場であった。これに対し,債務者の資産としての財産的価値を有するものの,それを行使するか否かを債務者自身が決すべき権利,すなわち,狭義の一身専属権については,詐害行為取消権の行使の対象となりうることになる」(工藤349頁),「なぜ,4231項但書きと同様に一身専属権の言葉を用いなかったのかといえば,その範囲が異なるから」である(同350頁),とのことです。

  

エ 梅謙次郎 vs. 磯部四郎

梅の365条案ただし書後段に関する前記最初の説明を聴いた上で,磯部四郎🎴が「又「第419条」と云ふのは多分「アクシヨンポーリアンド」〔ここの語尾の「ド」は,磯部の発音するおフランス語の“action Paulienne”に速記者が勝手に付加したものでしょう。ちなみに磯部は富山の出身です。〕の場合であらうと思ひますが,其条文の規定ニ依テ債権者と云ふのは抵当債権者でなく一般の債権者であらうと思ひますが,夫れを以て債務者の行為を取消した場合には,抵当権者の行為を取消したと云ふことは言はずして分つて居らうと思ひますが,殊に此但書以下の必要なる所以を伺ひたい」と改めて質問をしたのに対し(法典調査会民法議事速記録第1613丁),梅は次のように回答します。

 

 今御疑ひに為つたやうな意味でありませぬ。此「第419条」と云ふのは無論「アクシヨンポーリエス」〔梅のフランス語については,“action Paulienne”が「アクションポーリエス」となってしまっています。これはあるいは,和文タイピストが「ヌ」を「ス」と取り違えたのかもしれません。なお,ついでにいえば,国立国会図書館デジタルコレクションにおいてせっかく公開していただいている法典調査会民法議事速記録(日本学術振興会)でありますが,和文タイプの印字が,いささか潰れ気味で読みづらい。〕の積りであります。或は準用に為るかも知れませぬ。「アクシヨンポーリエス」の規則に従へば一般の債権者たる者が債務者の行為を取消すことの出来るやうな場合には,抵当設定者が取消される場合には,其行為を取消すのでない。家ならば家を建つて仕舞つた,其契約抔はてんで履行して仕舞つて金は払つて仕舞つた,けれども其金を払つたと云ふのは,例へばもう自分は無資力である近(ママ)内に破産の宣告を受けるかも知れぬ,抵当債権者は自分の親友である,是に少し特別の利益を与へたい,土地の価では足らぬから家を建てやるとか,或は今家は建つて居るが小さい,夫れに建て増しをして土地の価を増してやらうと云ふ,斯う云ふ訳で建てる。其建てた物を壊はすと云ふのではない,其行為を取消すと云ふのではない,けれども其建てた物に及ばない。抵当権が及ばない。矢張り夫れは一般の債権者の担保に為ると云ふ,斯う云ふ意味に為りますから,夫れで此明文が要ると云ふ考へであります。(法典調査会民法議事速記録第1613-14丁)

 

磯部はなおも釈然としません。むしろ不要論を唱えます。

 

  一般の債権者が取消すことを得る場合,其理由は能く分りましたが,勿論是丈けのことにして置いた所が,是れが行為を取消すことが出来る場合である場合でないと云ふことは矢張り裁判所でずつと調べて徃かなければ分ることでないと思ひます。果して裁判所で調べると云ふことになると,先刻仰言つた所の「アクシヨンポーリアンド」の中に為るか或は「アクシヨンポーリアンド」を実行し得ざる場合と為るかも知れぬと思ひます。然うして見ると,斯の如き規定がなくとも実際の便宜から考へて,却てない方が簡略で能く分りはしないかと云ふ考へが浮んで来ました。今,一体ヲ為シタル物ニ及フと云ふ通則の所に於て斯うして置かぬと不都合である,其不都合の所は特別の契約でしたときは仕方がないと云ふ先刻の御説明でありますが,特別の契約でも然う云ふ不都合が生ずるときは何んとか他に始末をしなければならぬ。夫れが甘く始末が着くならば,普通の場合でも甘く始末が着て徃かなければならぬと思ひますが,其処の所を一つ伺ひたい。夫れで「債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふものを定めるには,矢張り裁判所で定めなければならぬ。然うすれば寧ろ裁判所では「コントラクシヨン」をやつて来たもので差支へないではないか。又先程・・・実際に取消すことを得ると云ふ中に或は数へられると云ふことでありますが,私の考へでは数へられぬかも知れぬと云ふ考へが起りましたが,然うすると折角斯う云ふ明文が出来ましたが,実際には不必要に為りはしないかと云ふ疑ひが起りましたが,何う云ふものでございませうか,一寸伺ひます。(法典調査会民法議事速記録第1617-18丁)

 

確かに,民法370条ただし書後段については,その後「実際に生じた事例は見出しえない」(我妻266頁)とされたところではあります。

 梅の回答。起草の趣旨の繰り返しであって,磯部の不要論には正面から答えていません。

 

  私は斯う云ふ積りであります。即ち,私が磯部君に金を借りて居る,私の所有の地面を抵当に入れて金を借りて居る所が,私が無資力と為つて売ると云ふときに為ると,借りて居る丈けの価ひがない。夫れで私は無資力と云ふことを自から知つて居る,夫れであなたに向つて言つても宜し,言はなくても宜しいが,私の意思では,何うせ外の債権者に取られる位ならば外の人よりも磯部君丈けは迷惑を少なくさせたいものであると云ふ所から,然う云ふ場合に新たに入りもしない家を建てたとか,又は新に建て増しをしたとか,其場合に「アクシヨンポーリエス」を直ぐに行ふと云つても行はれぬ,「アクシヨンポーリエス」は行為を取消す名を持つて居るが,今のは行為を取消すのではない,行為は・・・先づ履行にてせんであつたと仮定を致します。其場合には,其建てた家と云ふものは磯部君の担保には為らぬと云ふことにならんと,磯部君の為めには大変都合が宜しいが外の債権者の為めには大変迷惑であると云う,斯う云ふことであります。然う云ふ場合には,即ち斯う云ふ意味に依て,夫れが法律行為であつたならば取消せる行為である,其場合には抵当権が後とから喰着けた物には及ばぬ。斯う云ふ意味に為るのであります。(法典調査会民法議事速記録第1618-19丁)

 

磯部はなおも喰い着いてきます。

 

  然うすると,債務者が一の債権者の利益を図る為めに他の債権者を詐害する考へを以て一つの建物を建てた,之は其建物に付て代価を払つた以上は其建物を壊はすことは出来ぬ,けれども其建物に付ては抵当債権者は権利は持たない,其土地丈けに付てしか抵当権は持たない,建物は他の普通債権者の権利が及ぶと云ふことに為る。其処で,何うでせう,他の債権者の利益を願つた為めに抵当債権者の利益を大変害するやうなことがありはしますまいか。何ぜならば,矢張り建物ならば何時でも其場合には地上権を設定しなければ仕方がないものと思ひますが,此「一体ヲ成シタル物ニ及フ」と云ふ通則の御説明の理由と,又此「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス」と云うことの御説明と大変抵触して来るやうな考へがありますが,どんなものでございませうか。(法典調査会民法議事速記録第1620-21丁)

 

 梅の回答。

 

  私は抵触しない積りであります。此場合に於てはどちらも債務者の所有物であつて然うして前の例の場合・・・其手続は競売法にても極まると思ひますが,然う云ふ場合は,土地と建物と同時に売る,売つて其内で土地の価が幾ら,家の価が幾らと云ふことを競売の場合に極める。然うして土地の価は抵当債権者に与へ,家の価は他の債権者に与へると云ふことに為らうと思ひます。(法典調査会民法議事速記録第1621丁)

 

次に磯部は――不要論はもう捨てたのか――要件論を論じ始め,梅と議論になります(法典調査会民法議事速記録第1621-24)。

 

  磯部四郎君 其処で抵当権の主義と云ふものがありますので,之が抵当債権者が・・・知つた時計りに夫れ丈けの規則で特に利益を与へやうと云ふのは,債務者丈けの考へで債権者に其考へがなかつたときは何うか。「アクシヨンポーリアンド」の実行条件でありますが,其処は何う為るのでございませうか。「ボアソナード」氏の元との200条でありますが,唯だ「他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」と云ふ丈けで,必ず「アクシヨンポーリアン(ママ)」の規則の適用を此処に持つて来たやうには見(ママ)ませぬが,今あなたの御起草に為つたのを見ると「第419条ノ規定ニ依リ」とありますから「アクシヨンポ(ママ)リアンド」の規則を其儘適用するやうに為らうと思ひますが,然うすると抵当権者が通牒してやつた場合を言ふのであるか,又は通牒せずとも唯だ債務者丈けが,私なら私を一つ利益してやらうと云ふとき丈けに当たるのでございませうか。

  梅謙次郎君 恰も其為めに此「第419条ノ規定ニ依リ」と云ふ規定が必要であらうと思つたのであります。即ち「アクシヨンポーリエス」の規定は何う云ふ風に極まるか分りませぬが,今の法典の儘であつたならば,御承知の通りに,有償行為に付ては双方の悪意を要し無償行為に付ては債務者丈けで宜しいと云ふ規定は或は変へらるるかも知れませぬが,若し其通りであつたならば,債務者が債権者から別段今催促を受けて居ると云ふのでも何んでもない,唯だ先刻私が申したやうに磯部君は親友であるから外の債権者は損をしても宜しいが是丈けは損をさせたくないと云ふ考へでやつたならば,夫れは無償行為であります。金を借りるときは是丈けで宜しいと云ふことで借りた,債権者は知らなくても宜しいことである。是は無償行為であります。然うでなく,債権者と談判をしてもう期限が来て催促をされる,夫れでは家を建つて斯う云ふことにしたい,実は私は斯う云ふ位置に為つて居るから私に差押抔の手続抔をしてからに破産の宣告でも受けるやうにしたらお前は損をしなければならぬから,今の内に自分から急いで家を建つて置かう,然うすればお前の抵当の目的物と為つてお前の方で損をせぬやうに為るから其代はり1ヶ月なり2ヶ月なり待つて呉れろ,宜しい,と云ふことに為つたらば,夫れは有償行為であります。夫れは一つの例でありますが,此有償行為ならば双方の悪意がなければならぬ。然うい云ふことになります。無償行為には悪意は要らぬと云ふことになるかも知れませぬが,何れにしても,「アクシヨンポーリエス」の場合に相手方の悪意が要ると云ふのに,此処の場合に限つて相手方の悪意が要らぬと云ふことは何うしても分らぬのであります。夫れで権衡を得るやうにして置かなければならぬと云ふので,態々「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふ風に書いたのであります。

磯部四郎君 一寸修正案を出さうと云ふ考へであります。段々伺ひましたが,何れ此「第419条ノ規定」と云ふもので,只今御述べになつた如くに,一の債務者が一の抵当債権者を特に利益する積りで抵当物に向つて一の建築をした,其費用等は已に弁済をして仕舞つて完全の所有権を持つて居る,夫れを即ち其建築物の配当金を抵当債権者に与へたと云ふ場合が「アクシヨンポーリアンド」で取消し得る場合と云ふものに嵌まりませうか。私の考へでは嵌まるまいと思ひます。「アクシヨンポーリアンド」と云ふものは,詰,債務者が債権者を詐害するの意思を以て己れの財産を匿して仕舞つたとか或は虚妄の負債でも拵へたとか云ふやうな場合に当嵌まるものと思ひます。現に自分の持つて居る物で金を借りても自分の土地に一の建物を拵へて自分の所有物を増加すると云ふのを取消し得る場合に於ては,到底此「アクシヨンポーリアンド」の規則では嵌まらぬと思ひますが,此一点からして既成法典の200条の「但他ノ債権者ニ対シテ詐害ナキコトヲ要シ」と云ふことは之は「アクシヨンポーリアンド」の適用を此処に挙げたのではない,特に斯う云ふ場合を挙げたのと思ひます。「アクシヨンポーリアンド」の「アナロジー」でないか知れませぬけれども決して「アクシヨンポーリアンド」の適用を此処に挙げたのでないと思ひます。何ぜならば,只今御示しに為つたやうな場合は「アクシヨンポーリアンド」の規則の適用に依て徃くことの出来ぬ場合であらうと思ひますが,何うでございませいか。

  梅謙次郎君 私は然うは思ひませぬ。「アクシヨンポーリエス」の適用が当嵌まらぬと云ふのは,行為を取消すのでないから当嵌まらぬので,其事柄は矢張り「アクシヨンポーリエス」の規定で取消し得べき性質のものであると思ひます。何ぜならば,家を建てる,其家は競売に因て消(ママ)るのでありますが,其代はり代価を払はなければならぬ,成程相当の代価を,高い価を払へば損が徃く,夫故に随分建築夫れ自身ですらも取消されるかも知れぬ,契約夫れ自身でも随分取消されるかも知れぬ,殊に其建築した物をば直ぐ或る独りの債権者の特別担保にして仕舞(ママ)と云ふ,夫れは徃かぬと云ふのであります。若し此処で新に,磯部君に金を借りて居る,其抵当として1000円の形に500円の価しかない不動産を抵当に入れて居つた,夫れでは磯部君が損をするであらうと云ふので更らに私のもう一つ所有して居る500円の不動産を附け加へて抵当にすると仮定致します。此場合には,無論,「アクシヨンポーリエス」で適用が出来る。唯だ名義であるが,此処は「アクトアニユレー」〔acte annulé(取り消された行為)〕でないから,純然たる適用でない,所謂準用でありますが,準用は余程風の変つた準用でありますから,夫れで明文が要ります。

 
オ 磯部修正案及びその取下げ

 その後,磯部は次のように修正案を提出します。

 

  尚ほ私は末項の分に付て一の修正案を出さうと云ふ勇気を持つて提出致します。其訳は,法文の全体から考へると,精神と云ひ何うも斯くなければなるまいと私も考へるが,如何せん,「第419条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合」と云ふ法文は,精神は分りましたが,法文としては如何にも解し悪くい。先程梅君から御示しになつた例の如き場合は,所謂第419条の規則を以て取消すことは出来ないことに帰して仕舞(ママ)と思ひます。唯だ精神上では取消すことが出来る場合に見えて,其実は其訴権を以て取消すことの出来ぬと云ふことに為つて仕舞(ママ)と考へますから,其精神は宜しいが法文の分らざるが為めに今日の起草委員の折角の御骨折が水泡に帰しはすまいかと思ひます。却て右様な場合は利益を得る抵当債権者が実際上適用すると云ふ恐れがあります。寧ろ此処に「第419条ノ規定」と云ふことは言はぬで置て,既成法典の文章に傚つて私は二た通りに書て見ましたが,夫れは「及ヒ」の下に持つて来て「及ヒ他ノ債権者ニ対シテ詐害アルトキハ此限ニ在ラス」。斯うやつた方が此精神を悉く取りまして,然うして「アクシヨンポーリアンド」の規定でもなし,一の抵当債権者を単へに利するが為めにありもしない資力を以て建築をして他の債権者を害するやうな不都合をやつたときは,則ち抵当債権者は通謀のあると無きとに拘はらず兎に角債務者が他の債権者に対して詐害を為すの目的を以て右様な建築を為した場合には,縦令其一体を成した建築物と雖も抵当債権者は夫れに対しては先取特権(ママ)を持たないぞ,と云ふことが明に為らうと思ひますから,夫れで私は此365条の「及ヒ」までは此儘にして,「及ヒ」以下の「第419条ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ」と云ふこと丈け削除して,其代はりに唯だ此処に持つて来て「他ノ債権者ニ対シテ詐害アルトキハ」と云ふ丈けの文字を加へて,「此限ニ在ラス」を存して置くが宜しいと思ひます。夫れで然う云ふ修正説を提出して置きます。(法典調査会民法議事速記録第1631-32丁)

 

 しかしながら賛同者が無かったこと(あるいは単に“action Paulienne”の発音比べをさせられるのがいやなので,他の委員は黙っていたのかもしれません。)もあってか,磯部は上記修正説を取り下げてしまいます(法典調査会民法議事速記録第1638丁)。梅365条案の修正案(有名な「抵当地ノ上ニ存スル建物ヲ除ク外」が挿入されました。)が議された第51回法典調査委員会(189412月〔法典調査会民法議事速記録第1683丁には「11月」とあるが,これは誤り。〕7日)においても,再提出は結局されませんでした(法典調査会民法議事速記録第16131丁)。

 明治天皇に裁可せられた民法370条は,次のとおりとなりました。

 

  第370条 抵当権ハ抵当地ノ上ニ存スル建物ヲ除ク外其目的タル不動産ニ附加シテ之ト一体ヲ成シタル物ニ及フ但設定行為ニ別段ノ定アルトキ及ヒ第424条ノ規定ニ依リ債権者カ債務者ノ行為ヲ取消スコトヲ得ル場合ハ此限ニ在ラス

 

同条ただし書後段に係る「法文トシテハ如何ニモ解シ悪クイ」との磯部の批判に対して敢然自己の原案を枉げなかった梅は,いわゆる確信犯だったわけです。
 梅は1910825日に大韓帝国の漢陽において歿しますが,翌1911827日付け読売新聞に掲載された磯部の回顧談には,「私は法典問題の起つた時のみ〔梅〕博士と一所になつた。兎も角博士は勉強家であり,又弁論家であつた。彼は〔略〕法律に関係したことは総て研究し,読破したが,余りにも議論家であつた為めに,時に或は其の論鋒にいくらか疑を抱かしめることもあつた。」とありました(東川徳治『博士梅謙次郎』(法政大学=有斐閣・1917年)231頁)。
 

3 民法370条ただし書後段の要件論及び立法論

 梅謙次郎によるところ,民法370条ただし書後段の要件は,次のとおりです。

 

其条件モ亦「パウルス」訴権ニ同シ即チ(第1)債務者カ他ノ債権者ヲ害スルコトヲ知リテ之ヲ為シタルコトヲ要ス而シテ他ノ債権者ヲ害スルトハ債務者カ已ニ無資力ナル場合ニ於テ金銭其他ノ財産ヲ以テ特ニ不動産ニ工作ヲ施シ以テ抵当権者ノ特別担保ヲ増加シ為メニ他ノ債権者カ受クヘキ弁済額ヲ減殺スルカ如キヲ謂フ(第2)其工事ヲ施スノ当時抵当権者カ右ノ事情ヲ知レルコトヲ要ス故ニ実際ハ大抵抵当権者ト抵当権設定者ト通謀シテ之ヲ為シタル場合ナルヘシ(424)然リト雖モ本条ノ規定ノ純然タル「パウルス」訴権ト異ナル所ハ(第1)「パウルス」訴権ハ以テ一ノ法律行為ヲ取消スヲ目的トスルニ本条ノ規定ハ工作ヲ施スニ付キ為シタル法律行為ヲ取消スニ非ス其行為ハ依然其効力ヲ存シ又工作物モ敢テ之ヲ除去スルニ非ス唯其工作物ヲ以テ抵当権ノ目的ト為スコトヲ得サルニ止マリ(第2)「パウルス」訴権ハ必ス裁判所ニ於テ之ヲ行フコトヲ要スルニ本条ノ規定ハ特ニ裁判所ニ請求スルコトヲ必要トセス右ニ掲ケタル条件ヲ具備スル以上ハ当然適用セラルヘキニ在リ是レ本条但書ニ於テ特ニ規定ヲ設クルノ必要アル所以ナリ(梅巻之二508-509頁)

 

 民法370条ただし書後段が問題となるのは,抵当権が実行されて(民事執行法(昭和54年法律第4号)180条),配当異議の申出の段階となって以降のようではあります(同法188条,89条・90条,111条)。しかしこの場合,債権者は配当異議の申出(民事執行法891項)をし,更に配当異議の訴えの提起(同法901項)をしなければならないのですから,やはり,「本条ノ規定ハ特ニ裁判所ニ請求スルコトヲ必要トセス右ニ掲ケタル条件ヲ具備スル以上ハ当然適用セラル」るわけではなく,結局「裁判所ニ請求スルコトヲ必要」とすることになるようです。なお,「配当期日において配当異議の申出をしなかった一般債権者は,配当を受けた他の債権者に対して,その者が配当を受けたことによって自己が配当を受けることができなかった額に相当する金員について不当利得返還請求をすることができないものと解するのが相当である。けだし,ある者が不当利得返還請求権を有するというためにはその者に民法703条にいう損失が生じたことが必要であるが,一般債権者は,債権者の一般財産から債権の満足を受けることができる地位を有するにとどまり,特定の執行の目的物について優先弁済を受けるべき実体的権利を有するものではなく,他の債権者が配当を受けたために自己が配当を受けることができなかったというだけでは右の損失が生じたということができないからである。」と判示する最高裁判所判決があります(最判平成10326日民集522513頁)。

 ところで,平成29年法律第44号による今次民法改正により,民法に第424条の3が加わったことをどう考えるべきでしょうか。民法370条ただし書後段の場合は,要は抵当債権者のために追加的に担保が供与された場合であるようですので,同法424条よりもむしろ同法424条の3にそろえて修文した方がよかったのではないでしょうか。「既存の債務について特定の債権者に担保を供与する行為は,〔平成29年法律第44号による民法の〕改正前の判例では,典型的な詐害行為とされてきた」ものの,「改正法は,特定の債権者に優先的に弁済する行為と同様に扱い,偏頗行為の一種として〔新424条の3の〕のルールを適用した。判例法の修正といえる。」とされています(内田369-370頁)。すなわち,「典型的な詐害行為」に係る「第424条第3項に規定する詐害行為取消請求をすることができる場合」とは異なるということでしょう。

 そうであるとすれば,民法370条ただし書を,更に次のように改めてはいかん。

 

  ただし,設定行為に別段の定めがある場合及び第424条の3第1項又は同条第2項に規定する場合においては,この限りでない。

 

「○項場合において」と「○項に規定する場合において」との違いは,「「前項に規定する場合において」という語は,〔略〕当該前項に仮定的条件を示す「・・・の場合において(は)」,「・・・の場合において,・・・のときは」又は「・・・のときは」という部分がある場合に,この部分をうけて「その場合」という意味を表そうとするときに用いられる。したがって,当該前項中の一部分のみをうけるのであり,「前項の場合において」という語が,前項の全部をうけるのとは,明らかに異なる。」という説明(前田正道編『ワークブック法制執務(全訂)』(ぎょうせい・1983年)618-619頁)から御理解ください。

さて,「債務者カ已ニ無資力ナル場合」は,支払不能の場合(民法424条の311号)ということでよいのでしょう(「支払不能は,債務超過とともに,いわば,無資力概念を具体化・実質化するもの」です(内田367頁)。)。また,当該行為が債務者の義務に属せず,又はその時期が債務者の義務に属しないものであるときは更に30箇日支払不能前に遡るのであれば(民法424321号),民法370条ただし書後段においてもそうなるべきなのでしょう。「実際ハ大抵抵当権者ト抵当権設定者ト通謀シテ之ヲ為シタル場合ナルヘシ」なのですから,「その行為が,債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであるとき」でよいのでしょう(民法424条の312号・第22号)。

泉下の磯部四郎も梅謙次郎も納得するものかどうか。

ちなみに,修正が必要であるとボワソナアドが批判していたナポレオンの民法典2133条ですが,現在はフランス民法23972項となっています。現在の同項の文言は“L’hypothèque s’étend aux améliorations qui surviennent à l’immeuble.”(抵当権は,当該不動産に生ずる改良に及ぶ。)です。確かに「全ての改良」が「改良」に改められるような微修正がされていますが,結局,ボワソナアドが細かくもわざわざ構想し,梅謙次郎が更に難しく手を入れて(かつ,磯部四郎の忠告的異論を撥ねつけて)出来上がった我が民法370条ただし書後段的規定の採用は,なかったわけです。


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磯部四郎の建てた墓(東京都港区虎ノ門三丁目光明寺)ただし,磯部の遺骨はここには眠っていません。
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光明寺のこの山号の意味は,「梅が,上」か,はた「梅の上」か。
梅上山光明寺
磯部としては,上の方にいるつもりだったのでしょう。

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192391日,関東大震災により発生した火災旋風🔥に襲われ,数万の避難民と共に磯部が落命した被服廠跡の地(東京都墨田区横網町公園)

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今度は大丈夫,なのでしょう。


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梅謙次郎の墓(東京都文京区護国寺)
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