第1 Meine Bibliothek ist Makulatur.
前回2019年3月14日の掲載記事は,「仮想通貨交換業者の分別管理義務に関する思案分別」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1074204067.html)というものでした。ところが早速,当該記事掲載の翌日(15日)の閣議において,情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案が決定され,当該議案は同日内閣総理大臣から衆議院に提出されました(第198回国会閣法第49号。同日参議院にも予備審査議案として送付されています(国会法(昭和22年法律第79号)58条参照)。)。当該法改正が実現すれば,仮想通貨交換業者等をめぐる法制度に大きな変動がもたらされます。苦心の上記拙文も,あっと言う間に非現行化というわけです。
法律などという当てにならないものを憑代として,学者ぶるなどということは,空しいことです。
Indem die Wissenschaft das Zufällige zu ihrem Gegenstande macht, wird sie selbst zur Zufälligkeit; drei berichtigende Worte des Gesetzgebers und ganze Bibliotheken werden zu Makulatur. (von Kirchmann, Die Wertlosigkeit der Jurisprudenz als Wissenschaft. 1848)
(当該学問は,不確かなものをその対象とすることによって,自らが不確かなものとなる。立法者が3度訂正の語を発すれば,一大文献群が反故の山となる。(フォン・キルヒマン「法学の学問としての無価値性」1848年))
第2 「等」の話
さて,「・・・資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」といった場合の,この題名における「等」は曲者です。この僅か1文字から,3以上の多数の法律が改正されることを読み取って,覚悟しなければなりません。
一部改正法には,その本則において,1の法律を改正するものと2以上の法律を改正するものとがあるが〔略〕,2以上の法律を1の一部改正法の本則で改正する場合において,改正される法律が2であるときと,3以上であるときとでは,題名の付け方に差がある。その数が2であるときは,原則として,〔略〕「A法及びB法の一部を改正する法律」という題名を付け,その数が3以上であるときは,〔略〕「A法等の一部を改正する法律」という題名を付ける。(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)351-352頁)
今次国会に提出された情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案の本則においては,13法律について一部改正が行われます。すなわち,資金決済に関する法律(平成21年法律第59号)(第1条),金融商品取引法(昭和23年法律第25号)(第2条),金融商品の販売等に関する法律(平成12年法律第101号)(第3条),農業協同組合法(昭和22年法律第132号)(第4条),水産業協同組合法(昭和23年法律第242号)(第5条),中小企業等協同組合法(昭和24年法律第181号)(第6条),信用金庫法(昭和26年法律第238号)(第7条),長期信用銀行法(昭和27年法律第187号)(第8条),労働金庫法(昭和28年法律第227号)(第9条),銀行法(昭和56年法律第59号)(第10条),保険業法(平成7年法律第105号)(第11条),農林中央金庫法(平成13年法律第93号)(第12条)及び金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律(平成10年法律第108号)(第13条)の13です。題名の「等」には,12の法律が隠されていたのでした。なお,改正時期は,改正法の公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日からということになります(附則1条)。あるいは2020年4月1日あたりでしょうか。
(なお,「等」に関しては,2014年1月27日に掲載した「「等」に注意すべきこと等」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2806453.html)も御参照ください。)
第3 情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律案1条研究
今回は,情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律(案)の第1条による一部改正によって,資金決済に関する法律(以下「資金決済法」といいます。)が来年以降どのように変わるのかを見ておきたいと思います。
1 「仮想通貨」から「暗号資産」へ
まず,「仮想通貨」との呼称が,「暗号資産」に変わります。
これは,先般終了した金融庁の仮想通貨交換業等に関する研究会(座長は神田秀樹教授)の報告書(2018年12月21日。以下「研究会報告書」といいます。)において,「最近では,国際的な議論の場において,“crypto-asset”(「暗号資産」)との表現が用いられつつある。また,現行の資金決済法において,仮想通貨交換業者に対して,法定通貨との誤認防止のための顧客への説明義務を課しているが,なお「仮想通貨」の呼称は誤解を生みやすい,との指摘もある。」ということから「法令上,「仮想通貨」の呼称を「暗号資産」に変更することが考えられる。」と提案されていたものです(31頁)。
2 電子記録移転権利を表示するものの暗号資産からの除外(2条5項)
仮想通貨改め暗号資産の定義に係る資金決済法2条5項には新たに,「ただし,金融商品取引法(昭和23年法律第25号)第2条第3項に規定する電子記録移転権利を表示するものを除く。」とのただし書が付されることになります。改正後の金融商品取引法2条3項に規定する電子記録移転権利を表示するものであれば,資金決済法2条5項各号に一見該当するものであっても暗号資産とはならない,ということのようです。
それでは電子記録移転権利とは何かといえば,金融商品取引法2条2項各号に掲げる権利であって,電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されるものに限る。)に表示される場合(流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合を除く。)のものであるそうです(改正後金融商品取引法2条3項の第2括弧書き)。金融商品取引法2条2項各号に掲げる権利については,そもそも,「証券又は証書に表示されるべき権利以外の権利であつても有価証券とみなして,この法律〔金融商品取引法〕の規定を適用する」とされていたものです(同項柱書)。(なお,従来からも資金決済法2条5項においては,本邦通貨若しくは外国通貨又は通貨建資産たる財産的価値は,一見仮想通貨に含まれるもののようであっても,仮想通貨に含まれないものとされていました。)
3 仮想通貨カストディ業務の暗号資産交換業取り込み(2条7項)
資金決済法2条7項の改正による新たな「暗号資産交換業」は,従来の仮想通貨交換業よりも広い範囲のものとなります。すなわち,改正後資金決済法2条7項の新たな第4号は「他人のために暗号資産の管理をすること(当該管理を業として行うことにつき他の法律に特別の規定のある場合を除く。)。」(「暗号資産の管理」)を業として行うことを暗号資産交換業に含まれるものとしているところです。従来は,その行う仮想通貨の交換等に関して利用者の仮想通貨を管理する管理行為に限って仮想通貨交換業に含まれるものとしていましたが(現行資金決済法2条7項3号),「その行う前2号の行為〔仮想通貨の交換等〕に関して」との縛りが撤廃されたものです。
これまで,「仮想通貨の売買等〔仮想通貨の売買・交換やそれらの媒介・取次ぎ・代理〕は行わないが,顧客の仮想通貨を管理し,顧客の指図に基づき顧客が指定する先のアドレスに仮想通貨を移転させる業務(以下「仮想通貨カストディ業務」)を行う者も存在するが,当該業務は,仮想通貨の売買等を伴わないため,仮想通貨交換業には該当しない。」とされていたところ(研究会報告書14頁),「決済に関連するサービスとして,一定の規制を設けた上で,業務の適正かつ確実な遂行を確保していく必要があると考えられ」て(同頁),当該仮想通貨カストディ業務も暗号資産交換業に含まれるものとされたわけでしょう。
(註1:「利用者の暗号資産のアドレスに係る秘密鍵は利用者自身,お客さん自身が管理し,業者は秘密鍵を管理しない,暗号資産の移転を容易にするようなソフトウェアのみを提供するといった行為は,この法律案におきます暗号資産の管理の行為には該当しない」と解する旨の政府参考人答弁があります(第198回国会衆議院財務金融委員会議録第14号4頁(三井秀範金融庁企画市場局長))。暗号資産の管理を業として行わなければ,暗号資産交換業には含まれません。)
(註2:また,暗号資産の売買等に関してですが,「資金決済法の中でございますが,暗号資産と法定通貨の交換などを規制対象としていますが,暗号資産の発行行為そのもの自体については特段の規制を入れておりません。また,暗号資産の発行者が暗号資産の販売を暗号資産交換業者に委託するという場合には,発行者自身の暗号資産交換業の登録は不要というふうにさせていただいております。」との政府参考人答弁がありました((第198回国会衆議院財務金融委員会議録第14号5頁(三井局長))。)
4 一般社団法人日本仮想通貨交換業協会の重用(63条の5第1項6号)
暗号資産交換業者の登録に係る登録拒否事由として,「暗号資産交換業者をその会員(第87条第2号に規定する会員をいう。)とする認定資金決済事業者協会に加入しない法人であって,当該認定資金決済事業者協会の定款その他の規則(暗号資産交換業の利用者の保護又は暗号資産交換業の適正かつ確実な遂行に関するものに限る。)に準ずる内容の社内規則を作成していないもの又は当該社内規則を遵守するための体制を整備していないもの」が加えられています(改正後資金決済法63条の5第1項6号)。(なお,改正後資金決済法87条2号は,「前払式支払手段発行者,資金移動業者又は暗号資産交換業者を社員(以下この章において「会員」という。)とする旨の〔一般社団法人の〕定款の定めがあること。」と規定しています。「社員」(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(平成18年法律第48号)11条1項5号等参照)を「会員」と言い換えてしまっているので特に「(第87条第2号に規定する会員をいう。)」と言及されているのでしょう。)
上記改正後資金決済法63条の5第1項6号の事由は,同様に登録制度及び認定資金決済事業者協会制度を採用している第三者型前払式支払手段に係る第三者型発行者又は資金移動業者については規定されていないところの,新たな追加的登録拒否事由となっています(前者については資金決済法10条を,後者については同法40条を参照)。
また,暗号資産交換業者については一般社団法人日本仮想通貨交換業協会が2018年10月24日に資金決済法87条の認定を受けて認定資金決済事業者協会となっているところですが,改正後資金決済法63条の5第1項6号は,暗号資産交換業者をその会員とする認定資金決済事業者協会が今後常時存在し続けていくものであることを前提としているようです。一般社団法人日本仮想通貨交換業協会に対して,金融庁は資金決済法96条2項の認定取消権を発動しないものとしているのでしょうか。美濃部達吉の1940年の著作において,産業統制に係る同業者の協同組合に関して「時としては,啻に組合員に対してのみならず,組合員以外の者でも,組合地区内で同種の産業を営む者に対し,政府が組合の統制決定に従ふべきことを命じ得るものとして居ることが有る。商業組合法(9条)・工業組合法(8条)・貿易組合法(18条62条)は其の例である。此の規定あるが為めに,此等の組合は任意加入の組合であるに拘らず,統制決定に関する限りは,行政官庁の監督の下に,強制加入の組合と同様の機能を発動し得るのである。」との記述があったことが想起されなどします(美濃部達吉『日本行政法下巻』(有斐閣・1940年)417-418頁)。
改正後資金決済法63条の5第1項6号は,「必要に応じて行政当局による監督権限の行使を可能とする法令に基づく規制と,環境変化に応じて柔軟かつ機動的な対応を行い得る認定協会の自主規制規則との連携が重要であると考えられ」たことにより,求められていた規定です(研究会報告書9頁)。
5 「商号」と「名称」とに係る厳密論理ごりごり改正(63条の5第1項7号)
改正後資金決済法63条の5第1項7号は,現在の同項6号が「他の仮想通貨交換業者が現に用いている商号若しくは名称と同一の商号若しくは名称又は他の仮想通貨交換業者と誤認されるおそれのある商号若しくは名称を用いようとする法人」(下線は筆者)であることを登録の拒否事由とする旨規定していることを改め,「他の暗号資産交換業者が現に用いている商号と同一の商号又は他の暗号資産交換業者と誤認されるおそれのある商号を用いようとする法人」として,「名称」を排除しています。
これは,資金決済法63条の5第1項1号見合いの厳密論理ごりごり改正というべきでしょう。
そもそも暗号資産交換業者は株式会社又は外国会社でしかあり得ないのですが(資金決済法63条の5第1項1号参照),株式会社がその一である会社(会社法(平成17年法律第86号)2条1号)の名称は商号でしかあり得ず(同法6条1項),外国会社は外国会社の登記をするまでは日本において取引を継続してすることができないところ(同法818条1項),外国会社の登記においては「商号」が登記されることになるからでしょう(同法933条2項柱書き及び911条3項2号,912条2号,913条2号又は914条2号)。資金移動業者についても,こっそり同様の改正が行われることになります(資金決済法40条1号及び6号参照)。
(「こっそり」改正については,2014年1月15日掲載の「会社法改正の年に当たって(又は「こっそり」改正のはなし)」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/2471090.html)も御参照ください。)
6 金融商品取引法違反の登録拒否事由化(63条の5第1項9号及び11号ニ)
改正後資金決済法63条の5第1項9号(現行8号)及び11号ニにおいて金融商品取引法違反の前科が登録拒否事由に加えられるのは,暗号資産関係の規制が改正後金融商品取引法に導入されるからでしょう(例えば,同法2条24項3号の2によって,暗号資産は同法上の「金融商品」とされます(ちなみに,同項3号は,通貨を金融商品としています。)。)。
7 取扱暗号資産並びに暗号資産交換業の内容及び方法の変更に係る事前届出義務(65条の6第1項)
改正後資金決済法63条の6第1項は,「取り扱う暗号資産の名称」(同法63条の3第1項7号)及び「暗号資産交換業の内容及び方法」(同項8号)の変更については従来の仮想通貨交換業者は事後に届け出ればよかったところ,暗号資産交換業者は事前に届け出るべきものと変更しています。
「移転記録が公開されずマネロンに利用されやすいなどの問題がある暗号資産が登場」(金融庁作成の国会審議参考用説明資料(2019年3月。以下「金融庁説明資料」といいます。)3頁)していることを承けての監督強化ということになります。「仮想通貨交換業者が取り扱う仮想通貨の変更を事前届出の対象とし,行政当局が,必要に応じて,認定協会とも連携しつつ,柔軟かつ機動的な対応を行い得る枠組み」(研究会報告書10頁)が構築されるのだ,ということでしょう。具体的には,一般社団法人日本仮想通貨交換業協会の事務局による快刀乱麻を断つ活躍が期待されているのでしょうか。
8 利用者の保護等に関する措置に係る規制強化・罰則導入
従来の資金決済法63条の10は「仮想通貨交換業者は,内閣府令で定めるところにより,その取り扱う仮想通貨と本邦通貨又は外国通貨との誤認を防止するための説明,手数料その他の仮想通貨交換業に係る契約の内容についての情報の提供その他の仮想通貨交換業の利用者の保護を図り,及び仮想通貨交換業の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置を講じなければならない。」と規定していましたが(下線は筆者),違反に対する罰則はありませんでした。
(1)広告における表示必要事項規制(63条の9の2及び112条9号)
ところが,改正後資金決済法により新設される同法63条の9の2は,暗号資産交換業者のする暗号資産交換業に関する広告について,内閣府令で定めるところにより,①暗号資産交換業者の商号,②暗号資産交換業者である旨及びその登録番号,③暗号資産は本邦通貨又は外国通貨ではないこと並びに④暗号資産の性質であって利用者の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものとして内閣府令で定めるものを表示すべきことを義務付けており,かつ,同条に規定する事項を表示しなかった者は,同法112条9号により,6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金に処され,又はこれを併科されることになります(同法115条1項4号に両罰規定あり。)。
(2)禁止行為規制(63条の9の3並びに109条8号及び112条10号)
また,こちらも新設条項である改正後資金決済法63条の9の3は,暗号資産交換業者又はその役員若しくは使用人に係る禁止行為を掲げています。当該罪と罰とのカタログは,次のとおりとなります。
改正後資金決済法63条の9の3第1号の禁止行為は「暗号資産交換業の利用者を相手方として第2条第7項各号に掲げる行為〔暗号資産交換業に係る行為〕を行うことを内容とする契約の締結又はその勧誘〔略〕をするに際し,虚偽の表示をし,又は暗号資産の性質その他内閣府令で定める事項〔略〕についてその相手方を誤認させるような表示をする行為」です。当該禁止行為を行った者は,同法109条8号によって罰せられます(1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科(同法115条1項2号の両罰規定により法人には特に2億円以下の罰金刑))。
改正後資金決済法63条の9の3第2号の禁止行為は「その行う暗号資産交換業に関して広告をするに際し,虚偽の表示をし,又は〔暗号資産の性質その他内閣府令で定める事項〕について人を誤認させるような表示をする行為」であり,第3号の禁止行為は「〔暗号資産交換業の利用者を相手方として第2条第7項各号に掲げる行為〔暗号資産交換業に係る行為〕を行うことを内容とする契約の締結又はその勧誘〕をするに際し,又はその行う暗号資産交換業に関して広告をするに際し,支払手段として利用する目的ではなく,専ら利益を図る目的で暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換を行うことを助長するような表示をする行為です(下線は筆者)。これらの禁止行為を行った者は,同法112条10号によって罰せられます(6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金又はこれを併科(同法115条1項4号に両罰規定))。
虚偽の表示や人を誤認させるような表示がいけないのは当然のこととしても(改正後資金決済法63条の9の3第1号・2号),「支払手段として利用する目的ではなく,専ら利益を図る目的で暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換を行うことを助長するような表示をする行為」が犯罪とされてしまうこと(同条3号)は厄介です。現実には,暗号資産を支払手段として実際に利用しており,又は利用しようとしている人は,多数派ではないようであるからです(例えば老舗のビットコインであっても支払手段としての使い勝手は悪く,「ビットコインの取引は,最大でも世界全体で1秒間に7件しか行うことができませんでした(これは,10分間では4200件,1日では約60万件にあたります)。しかし,ビットコインの取引件数が増える中で,取引量がこのブロックサイズの上限を上回るようになってしまいました。取引量がブロックの容量を超えて,取引の渋滞や承認の遅延が発生してしまったのです。」というような事情だったそうです(中島真志『アフター・ビットコイン』(新潮社・2017年)90頁)。)。また,そもそもhomo oeconomicusの行う経済取引の動機が利益を図ることでないわけがないところであって,利益を図るべしと言うななどとは「余計なお世話である」感があります。ただし,当該条文の文言に再び戻ってよく読んでみると,「専ら利益を図る目的で暗号資産の売買又は他の暗号資産との交換を行うことを助長するような表示」であって初めて犯罪なのですから,これが「専ら」ではなく「主に」ならば,少なくとも犯罪捜査当局筋の問題とはならないものと考えてよいものではありましょうか。悩ましいところです。
しかしながら,「仮想通貨交換業者による積極的な広告等により,仮想通貨の値上がり益を期待した投機的取引が助長され」ていること(研究会報告書8頁)自体が問題であって「投機的取引を助長する広告・勧誘」は行わないことを求めることが適当と考えられる(同9頁)ということであれば,業規制当局筋の解釈・運用は厳しいものとなるのでしょう。投機については,“ “Speculation” has an ugly ring, but a successful derivatives
market needs speculators who are prepared to take on risk and provide more
cautious people…with the protection they need.”(「投機」には醜い響きがある。しかしながら,デリバティブ市場が成功するためには,リスクを取る準備があり,そして〔略〕より慎重な人々に対して彼らが必要とする保護を与える投機家が必要なのである。)などともいわれており(Brealey and Myers, Principles
of Corporate Finance, 7th ed., McGraw-Hill, 2003, p.773),経済社会全体として効用はあるはずなのですが,暗号資産の市場における事情は異なるのでしょうか。「仮想通貨デリバティブ取引については,原資産である仮想通貨の有用性についての評価が定まっておらず,また,現時点では専ら投機を助長している,との指摘もある中で,その積極的な社会的意義を見出し難い。」との厳しい評価が下されているところです(研究会報告書16頁)。
(註:「専ら利益を得る目的でという言葉でございますが,これは法令用語で〔,〕平たく申し上げますと,投機心をあおる,あるいは投機的取引を助長するというふうな意味合いで使って」いるところ,「例えばでございますけれども,暗号資産が今すごく価格が高騰していて,今がチャンスで今買うんだということで,投機をすごく助長する,こういった,投機を助長するような広告は不適切ではないか。」という政府参考人答弁があります(第198回国会衆議院財務金融委員会議録第14号14頁(三井局長))。)
なお,改正後資金決済法63条の10には新たに第2項が設けられ,同項は「暗号資産交換業者は,暗号資産交換業の利用者に信用を供与して暗号資産の交換等を行う場合には,前項に規定する措置のほか,内閣府令で定めるところにより,当該暗号資産の交換等に係る契約の内容についての情報の提供その他の当該暗号資産の交換等に係る業務の利用者の保護を図り,及び当該業務の適正かつ確実な遂行を確保するために必要な措置を講じなければならない。」と規定しています。暗号資産交換業者から信用の供与を受けることまでして暗号資産の売買・交換をしてしまう利用者の存在自体は,御当局としても容認せざるを得ないということなのでしょう。従来の状況は,「仮想通貨の売買・交換を業として行うことは資金決済法の規制対象とされているが,仮想通貨信用取引自体に対する金融規制は設けられていない。」というものであったところです(研究会報告書18頁)。
9 受託金銭及び受託暗号資産の分別管理義務並びに履行保証暗号資産
(1)受託金銭の管理(63条の11第1項)
従来の資金決済法63条の11第1項では,仮想通貨交換業者は利用者の金銭を分別管理するだけでよいとされていました。しかしながら,改正後資金決済法63条の11第1項では,利用者の金銭については内閣府令で定めるところにより信託会社等(資金決済法2条16項参照)への信託もしなければならないものとされています。仮想通貨交換業者に係る「制度の施行時と比べて,受託金銭の額が高額になってきているほか,検査・モニタリングを通じて,仮想通貨交換業者による受託金銭の流用事案も確認されている」ことから,「受託金銭については,流用防止及び倒産隔離を図る観点から,仮想通貨交換業者に対し,信託義務を課すことが適当と考えられ」たこと(研究会報告書7頁)によるものです。
(2)受託暗号資産の管理(63条の11第2項)
受託暗号資産については,信託の義務付けは検討されたものの,結局その導入には至っていません(研究会報告書6頁参照)。しかしながら,従来の分別管理義務に加えて,「この場合〔分別管理に係る改正後資金決済法63条の11第2項前段の場合〕において,当該暗号資産交換業者は,利用者の暗号資産(利用者の利便の確保及び暗号資産交換業の円滑な遂行を図るために必要なものとして内閣府令で定める要件に該当するものを除く。)を利用者の保護に欠けるおそれが少ないものとして内閣府令で定める方法で管理しなければならない。」と,その方法についての新たな義務が規定されています(同項後段)。「仮想通貨交換業者には,セキュリティ対策の観点から,可能な限り,受託仮想通貨の移転に必要な秘密鍵をコールドウォレット(オフライン)で管理することが求められ」ているところです(研究会報告書3頁)。金融庁説明資料では「コールドウォレット等」で管理することを義務付けるものとされています(2頁。下線は筆者)。
(註:「利用者の保護に欠けるおそれが少ないという方法で,現時点では,オフライン環境,したがってコールドウォレットといったものを想定してございます。」との政府参考人答弁があります(第198回国会衆議院財務金融委員会議録第14号8頁(三井局長))。)
(3)履行保証暗号資産(63条の11の2及び108条3号)
他方,「こうしたセキュリティ対策に加えて,流出事案が生じた場合の〔略〕顧客に対する弁済原資が確保されていることも,利用者保護の観点から重要と考えられる」ことから,暗号資産交換業者に対し「ホットウォレットで秘密鍵を管理する受託仮想通貨に相当する額以上の純資産額及び弁済原資(同種・同量以上の仮想通貨)の保持を求めることが適当と考えられ」(研究会報告書4頁。外部のネットワークに接続されたウォレットは「ホットウォレット」と呼ばれています(同3頁註8)。),改正後資金決済法63条の11の2第1項は履行保証暗号資産制度を導入し,「暗号資産交換業者は,前条第2項に規定する内閣府令で定める要件に該当する暗号資産〔ホットウォレット(金融庁説明資料2頁参照)で秘密鍵を管理することが認められる暗号資産〕と同じ種類及び数量の暗号資産(以下この項,第63条の19の2第1項及び第108条第3号において「履行保証暗号資産」という。)を自己の暗号資産として保有し,内閣府令で定めるところにより,履行保証暗号資産以外の自己の暗号資産と分別して管理しなければならない。この場合において,当該暗号資産交換業者は,履行保証暗号資産を利用者の保護に欠けるおそれが少ないものとして内閣府令で定める方法で管理しなければならない。」と規定しています。
なお,「ホットウォレットで秘密鍵を管理する受託仮想通貨に相当する額以上の純資産額」の保持義務が採用されなかった理由については,いわく。「弁済資金として金銭等の安全資産の保持を求めることも考えられるが,仮想通貨交換業者が顧客に対して負っている義務は受託仮想通貨を返還することであることや,安全資産の保持額が仮想通貨の価格変動により弁済必要額に満たなくなる場合があり得ること等に留意が必要と考えられる。また,仮に受託仮想通貨が流出したとしても,仮想通貨交換業者が顧客に対して受託仮想通貨を返還する義務が当然に消滅するわけではないことを踏まえても,弁済原資としては同種の仮想通貨の保持を求めることが適当と考えられる。」と(研究会報告書4-5頁註11)。
暗号資産交換業者には,ホットウォレット保管分に相当する同種・同量の暗号資産を重ねて別途購入等して確保し,かつ,保管しなければならない(寝かせておく)負担が新たに生ずることになります。また,履行保証暗号資産の管理の状況については,定期に,公認会計士又は監査法人の監査を受けなければなりません(改正後資金決済法63条の11の2第2項)。
改正後資金決済法63条の19の2については,次の10で説明します。
改正後資金決済法108条3号は,「第63条の11の2第1項前段の規定に違反して,履行保証暗号資産を保有せず,又は履行保証暗号資産を履行保証暗号資産以外の自己の暗号資産と分別して管理しなかった者」を2年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処し,又はこれを併科するものとしています(同法115条1項1号の両罰規定により,法人は特に3億円以下の罰金刑が科せられます。)。
10 対象暗号資産の弁済等(63条の19の2及び63条の19の3)
新たに設けられる改正後資金決済法63条の19の2及び63条の19の3は,次のように規定しています。
(対象暗号資産の弁済)
第63条の19の2 暗号資産交換業者との間で当該暗号資産交換業者が暗号資産の管理を行うことを内容とする契約を締結した者は,当該暗号資産交換業者に対して有する暗号資産の移転を目的とする債権に関し,対象暗号資産(当該暗号資産交換業者が第63条の11第2項の規定により自己の暗号資産と分別して管理するその暗号資産交換業の利用者の暗号資産及び履行保証暗号資産をいう。)について,他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有する。
2 民法(明治29年法律第89号)第333条の規定は,前項の権利について準用する。
3 第1項の権利の実行に関し,必要な事項は,政令で定める。
(対象暗号資産の弁済への協力)
第63条の19の3 暗号資産交換業者から暗号資産の管理の委託を受けた者その他の当該暗号資産交換業者の関係者は,当該暗号資産交換業者がその行う暗号資産交換業に関し管理する利用者の暗号資産に係る前条第1項の権利の実行に関し内閣総理大臣から必要な協力を求められた場合には,これに応ずるよう努めるものとする。
改正資決済法63条の19の2第1項の権利に係る制度導入は,暗号資産交換業者の管理に係る利用者からの受託暗号資産については当該利用者に対して信託受益権も取戻権も(研究会報告書5頁註12参照)認められていないとの認識に基づくものなのでしょう。「資金決済法上,分別管理された顧客の仮想通貨は交換業者破産時に信託財産とみなし破産財産に属しない旨明記」することも,「取戻権構成」により「交換業者倒産時に特定性が担保された顧客分の仮想通貨は交換業者の一般債権者の弁済原資とならずに顧客に返還される旨明記」することも(小野傑「仮想通貨交換業者の分別管理義務」金融法務事情2013号(2018年12月10日号)1頁)されなかったということになるのでしょう。先取特権(「先取特権者は,この法律その他の法律の規定に従い,その債務者の財産について,他の債権者に先立って自己の債務の弁済を受ける権利を有する」(民法303条))的に「顧客の仮想通貨交換業者に対する受託仮想通貨の返還請求権を優先弁済の対象とすること」とした上で(研究会報告書6-7頁参照),「受託仮想通貨の返還請求権を優先弁済の対象とすることについては,他の債権者との関係にも留意が必要との意見もあった。こうした意見も踏まえ,優先弁済権の目的財産を,仮想通貨交換業者の総財産ではなく,例えば,本来的に顧客以外の債権者のための財産とはいえない受託仮想通貨と,〔略〕流出リスクに備えて顧客のために保持を求める弁済原資(同種の仮想通貨)に限定するといった対応も考えられる。」とされていたところに鑑み(同7頁註16),結論として,正に当該「限定するといった対応」が採用されたものでしょう。
ちなみに民法333条は,「先取特権は,債務者がその目的である動産をその第三取得者に引き渡した後は,その動産について行使することができない。」と規定しています。暗号資産に即していえば,いったんネットワーク上に流出してしまったら仕方がない,ということでしょう。
なお,先取特権は民法の物権編に規定されていますが,一般の先取特権であればその目的物は債務者の総財産であって(民法306条),物たる有体物(同法85条)には限定されず,「債権その他の財産のすべてを含む。」とされています(我妻榮『新訂担保物権法(民法講義Ⅲ)』(岩波書店・1968年)76頁。また,58頁)。ただし,「法律上執行の目的とならないものはおのずから除外される。なお,この場合にも総財産は1個のものとみられるのではなく,すべての財産のそれぞれの上に先取特権が成立するものとみる。」とされています(我妻Ⅲ・76頁)。目的たる対象暗号資産に対する執行の方法は,正に改正後資金決済法63条の19の2第3項の政令を待つ,ということなのでしょう。
ちなみに,先取特権の実行であれば,担保権の実行としての競売(民事執行法(昭和54年法律第4号)第3章の章名参照。また,旧競売法(明治31年法律第15号)3条・22条)ということになるのでしょう。しかして,暗号資産は民事執行法167条1項に規定する「その他の財産権」だとすると,それを目的とする先取特権の実行の要件等は同法193条によることになります。すなわち,暗号資産を管理する暗号資産交換業者の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所が執行裁判所となり(民事執行法193条2項・167条1項・144条1項),担保権の存在を証する文書の提出によって(同法193条1項),当該執行裁判所の差押命令によって実行が開始されることになるのでしょう(同条2項・同法167条1項・143条)。配当要求は,執行力のある債務名義の正本を有する債権者及び文書により先取特権を有することを証明した債権者がすることができることになるようです(民事執行法193条2項・167条1項・154条1項)。執行官が必ず暗号資産の引渡しを受けねばならないのでは大変でしょうから(民事執行法163条参照),執行裁判所の譲渡命令,売却命令,管理命令又は適当な方法による換価を命ずる命令によって執行されるのでしょうか(同法193条2項・167条1項・161条)。
改正後資金決済法63条の19の2第1項の優先弁済権の対象である暗号資産の移転を目的とする債権は,金銭の支払を目的とする債権というわけには直ちにはいきません。先取特権の実行の場合は,履行に代わる損害賠償の債権について申立てをすることとなるのでしょうか(不動産登記法(平成16年法律第123号)83条1項1号括弧書き参照。また,担保権の実行の申立書の記載事項に係る民事執行規則(昭和54年最高裁判所規則第5号)170条1項2号の「被担保債権の表示」については,「債権者が当該担保権の実行の手続において配当等を受けようとする金額を明らかにするものである」,「したがって,元本債権額だけでなく,利息及び遅延損害金についても配当等を受けようとするときは,その金額又は利率及び起算日をも記載すべきである」ものとされています(最高裁判所事務総局民事局監修『条解民事執行規則(第三版)』(司法協会・2007年)607-608頁。下線は筆者)。)。平成29年法律第44号による改正後民法では第415条2項3号及び第417条に基づき金銭債権に変ぜしめられることになります。ただし,暗号資産の管理について寄託構成を採用する場合であって(片岡義広「仮想通貨の私法的性質の論点」LIBRA・17巻4号(2017年4月号)は,「準寄託」として考えられるであろうとします(16-17頁)。),寄託契約の告知による終了に基づき寄託物の返還請求がされると解するときは(我妻榮『債権各論中巻二(民法講義Ⅴ₃)』(岩波書店・1962年)723頁),当該返還債務について同法415条2項3号後段の「債務の不履行による契約の解除権が発生」することは(解除すべき契約は既に終了しているのであるから)もはやないということになりそうにも思われます。ここは,解釈で補充して対応するのでしょう。我妻榮は,履行遅滞に基づく填補賠償の請求について,「債権者は,一定の期間を定めて催告した上で,期間徒過の後は,解除によって自己の債務を消滅させることなしにも填補賠償を請求する権利を取得する」と解すると述べた上で,「遺贈による債務のように契約に基づかないもの」(したがって,これについては契約の解除権の発生は観念されません。)などにおいて「債権者にとって妥当な結果となる」とその理由を挙げていたところです(『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1964年)114頁)。
なお,別除権(破産法(平成16年法律第75号)2条9項)である場合,破産手続によらないで行使できますが(同法65条1項),やはり民事執行法等によるその「基礎である担保権本来の実行方法によること」となります(伊藤眞『破産法(第4版)』(有斐閣・2005年)319頁)。非金銭債権を金銭債権に転化し(破産法103条2項1号イ),破産債権者として破産手続に参加する場合(同条1項),その破産債権が優先的破産債権(同法98条)であるとよいのですが,優先的破産債権は「一般の先取特権その他一般の優先権がある」破産債権とされています(同条1項)。「優先的破産債権の基礎となるのは,民法その他の法律にもとづく一般の先取特権および企業担保権など」です(伊藤194-195頁)。これらは債務者の総財産を担保の目的としています(民法306条柱書き,企業担保法(昭和33年法律第106号)2条1項)。
ただし,改正資決済法63条の19の2及び63条の19の3の見出しは「対象暗号資産の弁済」といっています。「暗号資産の移転を目的とする債権に関し」(改正資決済法63条の19の2第1項),対象暗号資産そのものによる弁済(「対象暗号資産の弁済」)を優先的に受けることが改正資決済法63条の19の2第1項の権利なのだ,ということなのでしょう。
改正後資金決済法63条の19の3の規定は,「土屋雅一「ビットコインと税務」税大ジャーナル23号(2014年)81~82頁は,〔ビットコインの移転に要する暗号の記録媒体が〕紙媒体になれば差押可能財産とできるが,滞納者から暗号解読のパスワードを聞き出す方法に問題があることを指摘している。」という記述(鈴木尊明「ビットコインを客体とする所有権の成立が否定された事例」TKCローライブラリー新・判例解説Watch民法(財産法)No.107(2016年2月19日掲載)4頁註11)などを想起させるところです。また,執行裁判所又は執行官ではなく(民事執行法2条参照),金融庁(内閣総理大臣)が,私権であろうところの改正後資金決済法63条の19の2第1項の優先弁済権の実行に関与するという仕組みも興味深いところです。
弁護士 齊藤雅俊
大志わかば法律事務所
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