1 利用者財産の分別管理に係る仮想通貨交換業者の義務に関する法令の規定

 「利用者財産の管理」との見出しを付された資金決済に関する法律(平成21年法律第59号。以下「資金決済法」といいます。)63条の11は,その第1項で「仮想通貨交換業者は,その行う仮想通貨交換業に関して,内閣府令で定めるところにより,仮想通貨交換業の利用者の金銭又は仮想通貨を自己の金銭又は仮想通貨と分別して管理しなければならない。」と規定し,第2項では「仮想通貨交換業者は,前項の規定による管理の状況について,内閣府令で定めるところにより,定期に,公認会計士(公認会計士法(昭和23年法律第103号)第16条の25項に規定する外国公認会計士を含む。第63条の143項において同じ。)又は監査法人の監査を受けなければならない。」と規定しています。

 上記資金決済法63条の111項の「内閣府令で定めるところ」は,仮想通貨交換業者に関する内閣府令(平成29年内閣府令第7号。以下「仮想通貨交換業者府令」といいます。)20条において次のように規定されています。

 

   (利用者財産の管理)

  第20条 仮想通貨交換業者は,法第63条の111項の規定に基づき仮想通貨交換業の利用者の金銭を管理するときは,次に掲げる方法により,当該金銭を管理しなければならない。

   一 預金銀行等への預金又は貯金(当該金銭であることがその名義により明らかなものに限る。)

   二 信託業務を営む金融機関等への金銭信託で元本補填の契約のあるもの

  2 仮想通貨交換業者は,法第63条の111項の規定に基づき利用者の仮想通貨を管理するときは,次の各号に掲げる仮想通貨の区分に応じ,当該各号に定める方法により,当該仮想通貨を管理しなければならない。

   一 仮想通貨交換業者が自己で管理する仮想通貨 利用者の仮想通貨と自己の固有財産である仮想通貨とを明確に区分し,かつ,当該利用者の仮想通貨についてどの利用者の仮想通貨であるかが直ちに判別できる状態(当該利用者の仮想通貨に係る各利用者の数量が自己の帳簿により直ちに判別できる状態を含む。次号において同じ。)で管理する方法

   二 仮想通貨交換業者が第三者をして管理させる仮想通貨 当該第三者において,利用者の仮想通貨と自己の固有財産である仮想通貨とを明確に区分させ,かつ,当該利用者の仮想通貨についてどの利用者の仮想通貨であるかが直ちに判別できる状態で管理させる方法

 

分別して管理する分別管理はブンベツ管理であってフンベツ管理ではありません。委任事務の処理は,分別(ふんべつ)をもって管理すべきものというよりは,「委任の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって」行うべきものとされています(民法(明治29年法律第89号)644条)。商人による寄託物の保管についても同様,分別(ふんべつ)の語は用いられず,「商人がその営業の範囲内において寄託を受けた場合には,報酬を受けないときであっても,善良な管理者の注意をもって,寄託物を保管しなければならない。」とされています(平成30年法律第29号による改正後の商法(明治32年法律第48号)595条)。

「善良な管理者の注意」とは何かといえば,富井政章及び本野一郎による民法644条のフランス語訳によれば“les soins d’un bon administrateur”とあります。旧民法財産取得編(明治23年法律第28号)2391項には「代理人ハ委任事件ヲ成就セシムルコトニ付テハ善良ナル管理人タルノ注意ヲ為ス責ニ任ス」とあるのでフランス民法由来の概念かとも思うのですが,フランス民法19921項は“Le mandataire répond non seulement du dol, mais encore des fautes qu’il commet dans sa gestion.”(受任者は,詐欺のみならず,その事務処理における過失についても責任を負う。)と,同条2項は“Néanmoins la responsabilité relative aux fautes est appliquée moins rigoureusement à celui dont le mandat est gratuit qu’à celui qui reçoit un salaire.”(しかしながら,過失に係る責任は,無償の委任に係る者に対しては,報酬を受領する者よりもより厳格でないものとして適用される。)と規定するのみです。「善良な管理者の注意」との言い回しは,何やら日本における発明のようであるように思われます。2019415日の追記:我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店・1972年)26頁においては「善良なる管理者の注意」は「ドイツ民法に“in Verkehr erforderliche Sorgfalt”というに同じ」と説明されていますが,このドイツ語は,取引において(in Verkehr)必要な(erforderliche)注意(Sorgfalt)という意味です。「善良な管理者」の語源としてはしっくりしません。そこで,横着をせずに梅謙次郎の著書に遡れば,民法400条の解説にありました。語源はローマ法のpaterfamiliasです。いわく,「軽過失ヲ別チテ抽象的〇〇〇成形的〇〇〇Culpa levis in abstracto ve in concreto)ノ2ト為スハ多少理由ナキニ非ス例ヘハ売主カ其売却シタル物ヲ保存スルニ付テハ善良〇〇ナル〇〇管理者〇〇〇Bonus paterfamilias良家〇〇ト訳スヘキカ)カ通常加フル所ノ注意ヲ加フヘキモ無償ニテ寄託ヲ受ケタル者ハ受寄物ヲ保存スルニハ唯自己ノ財産ニ付テ平生加フル所ノ注意ヲ加フレハ則チ足ルカ如キ是ナリ(〔民法〕659〔条〕)即チ甲ハ抽象的ニシテ乙ハ成形的ナリ」と(梅謙次郎『民法要義巻之三債権 訂正増補第20版』(和仏法律学校=書肆明法堂・1903年)12頁)。このローマの善良なpaterfamiliasは,優しい「マイホーム・パパ」であるかといえば,そうではありません。「古典期の学説によると,父親は,妻を含む家族成員の全てに対して「生殺与奪の権利(ius vitae ac necis)」を有していた。これは,実際上,ある種の刑罰権として家内裁判の基礎をなしたものである。」という怖い人であり,かつ,「ローマの家父・家長の権能は大変に強力で,統一的・排他的・一方的・絶対的・画一的な支配をもって家族に君臨した。彼は,家族構成員の法的人格を完全に吸収し,対外的交渉を全て担当して家族を代表し,権利義務の帰属点となった。」とされています(オッコー・ベーレンツ=河上正二『歴史の中の民法―ローマ法との対話』(日本評論社・2001年)149頁)。ちなみに,necisはラテン語女性名詞nexの属格形で,このnexには殺害,殺すこと,死のような禍々まがまがしい意味があります。やれ飛行機は墜落せずに無事だったわいと成田空港にくたびれて到着した教養人に対して「次はNexに乗ってください(in Nece vehere)」と告げるのはちょっといかがなものでしょうか。我がJR東日本の成田エクスプレスの略称は,そこをおもんぱかってか,N’EXと,アポストロフィを打ってラテン語の綴りと相違せしめてあります。)

以上はさておき,仮想通貨交換業者折角の分別管理には,どのような効能があるのか思案分別してみましょう。

(ちなみに,片岡義広「仮想通貨の私法的性質の論点」LIBRA174号(20174月号)17頁には,仮想通貨交換業者が倒産したときの取扱いについて,「〔仮想通貨が〕仮想通貨保有者のものとして〔仮想通貨交換業者のもとで〕分別管理がなされている限りは,明文規定はないものの,信託法251項〔「受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても,信託財産に属する財産は,破産財団に属しない。」〕を準用し,分別管理された仮想通貨保有者の財産として取り扱い,同種同量の仮想通貨をそれぞれ返還すべきであると考える。なお,その総量が不足する場合には,管財人としては,プロラタ(数量按分)となるが,いずれの場合も,一般先取特権(民法306条)があるのと同様に一般倒産債権者からは優先した金銭配当をする便宜も認められてよいと考える(破産法981項〔「破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権〔略〕は,他の破産債権に優先する。」〕参照)。そう考えることが,公法(規制法)でありつつも,改正資金決済法が分別管理を要求した趣旨に適うものと考える。」と述べ,更に「換言すれば,改正資金決済法が分別管理を求めたのは,かかる私法上の法律効果が生じることを前提に(期待して)規定したものといいうる。」と付言しています(同頁(註20))。)

 

2 利用者財産の分別管理を仮想通貨交換業者に義務付けた趣旨:不正対策

 

(1)資金決済法63条の11

資金決済法63条の111項の趣旨については,2016524日の参議院財政金融委員会において,資金決済法改正による仮想通貨交換業者の登録制度の採用に関し,池田唯一政府参考人(金融庁総務企画局長)から答弁があり,「今回の仮想通貨交換業者につきましては,顧客から預かった財産を事業者の財産と分別して管理する義務が課されているなど,事業者において顧客の資産を自由に運用するものではないということ」であるとのことでした(第190回国会参議院財政金融委員会会議録第1419頁)。

より直接的には,仮想通貨交換業者又はその関係者による不正行為の防止が目的であるようです。同年427日の衆議院財務金融委員会における麻生太郎金融担当国務大臣の答弁にいわく。「いわゆる仮想通貨と法定通貨というものを交換するのをもってなりわいとしているという業者が,言われましたように,一昨年,破綻をして,その代表者が顧客の資金を着服した,横領したなどの容疑,嫌疑によって逮捕ということになったところであります。マウントゴックスというので一躍有名になりましたが,これは渋谷にあった会社だと記憶しますけれども。/私どもは,今回この法案を提出させていただくに当たりましては,こういった問題が発生していることに加えまして,いわゆる仮想通貨を利用する人たちの預けた財産,ビットコインを含む,現預金も含めまして,そういったものと自分たちの持っている会社等の財産というものをきちんと分別管理する義務というものを課すとともに,これは当然のこととして,適正な管理や,会社をやりますときには,財務諸表,比較貸借対照表,財産目録等々そういったものをきちっとした正確性を担保するために,公認会計士の外部監査というものを受ける義務を課しております。」と(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第169-10頁)。

マウントゴックス社の内情は,池田唯一政府参考人の答弁するところでは,「マウントゴックス社が利用者から預かった金銭やビットコインを流出させていたその実態ということについては,〔略〕破綻に至る以前から債務超過に陥っていた,それから,顧客の資産と代表者あるいは会社の資産とが混同されていたというような点が,破産手続の過程で示されている資料等で報告されているところでございます。」とのことでした(第190回国会衆議院財務金融委員会議録第169頁)。すなわち,「警視庁の調べで,ハッカーによるサイバー攻撃により消失したと言われていたビットコインの大部分は,実は,元社長のマルク・カルプレスが外部の口座に送金するなどして横領していたことが分かったのです。つまり,外部のハッカーによる犯行ではなく,犯人は「ハッカーにやられた」と言って被害者役を演じていた取引所の社長その人だったのです。このためカルプレス被告は,20159月に業務上横領などで起訴されました。」ということでした(中島真志『アフター・ビットコイン 仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』(新潮社・2017年)59頁)。

 (本記事掲載の翌日の追記:上記起訴に係るカルプレス氏の業務上横領等被告事件の一審判決が2019315日に東京地方裁判所で下されましたが,何と,業務上横領及びその予備的訴因の会社法違反(特別背任)は無罪,私電磁的記録不正作出・同供用罪については懲役26月の有罪でしたが4年の執行猶予が付いたそうです。同日付け(同日1340分に更新)の日本経済新聞のウェブ・サイトの記事によると,大量消失したビットコインは「ハッキングされて盗まれた」と被告人は主張していたところ,結局「警視庁の捜査でも,〔ビット〕コイン消失の原因は解明されないままとなっている」そうです。また,金銭についても裁判所は「利用者が〔マウントゴックス〕社に送金した金銭は,同社に帰属すると指摘。金銭が利用者に帰属することを前提にした検察側の主張は採用できない」と判断したそうです。)
 

(2)仮想通貨交換業者府令20

仮想通貨交換業者府令202項の由来については,金融庁の仮想通貨交換業等に関する研究会(座長・神田秀樹教授)の第6回会合(2018103日)に事務局から提出された資料(資料3「討議資料」5頁)には,資金決済法仮想通貨交換業者の倒産リスク問題に関して「資金決済法では,信託法を含め,仮想通貨の私法上の位置付けが明確でない中で,少なくとも過去の破綻事例のような顧客財産の流用を防止する観点から,仮想通貨の分別管理方法として,〔信託を用いて保全するのではなく,〕②〔自己又は委託先において顧客毎の財産を直ちに判別できる状態で管理する方法〕を規定した。」と述べられています(下線は筆者によるもの。仮想通貨交換業等に関する報告書(仮想通貨交換業等に関する研究会・20181221日)5頁も「顧客財産の流用を防止する観点」を理由として挙げています。)。

金銭の分別管理に係る同条1項の由来については,「受託金銭については,資金決済法上,仮想通貨に信託義務を課さない中で,金銭についてのみ信託を行うこととしても,どこまで利用者保護の実効性があるか疑問であるとの指摘等を踏まえ,金銭の分別管理方法としては,自己資金とは別の預貯金口座又は金銭信託で管理することを規定している」ということでした(仮想通貨交換業等に関する研究会(第6回)資料37頁)。

 

3 利用者財産の分別管理といわゆる倒産隔離

 利用者財産の分別管理と,いわゆる倒産隔離との関係についてはどうでしょうか。

「取戻権」との見出しが付された破産法(平成16年法律第75号)62条は,「破産手続の開始は,破産者に属しない財産を破産財団から取り戻す権利〔略〕に影響を及ぼさない。」と規定しているところです。

 

(1)金融商品取引業者等の例:倒産隔離可能

倒産隔離に関して,仮想通貨交換業者と金融商品取引業者等(金融商品取引業者又は登録金融機関(金融商品取引法(昭和23年法律第25号。以下「金商法」といいます。)34条))との横並び論の観点から,まず金融商品取引業者等に係る顧客資産の分別管理の仕組みについての説明を見てみましょう。

すなわち,金融商品取引業者等については,「金融商品取引業者においては,顧客から(所有権の移転を伴う)消費寄託により預かった金銭については,顧客を受益者とする信託業務が課されている〔金商法43条の22項〕。一方で,顧客から(所有権の移転を伴わない)寄託により預かった有価証券については,顧客毎の財産を直ちに判別できる状態で管理することが求められている〔金商法43条の21項〕。/これにより,金融商品取引業者において分別管理が適切になされている限り,仮に当該金融商品取引業者が破綻したとしても,顧客は,金銭については信託受益権の行使により,有価証券については所有権に基づく取戻権の行使により〔破産法62条〕,いずれも弁済を受けることが可能な仕組みとなっている。」とされています(仮想通貨交換業等に関する報告書5頁(註12))。

 

(2)仮想通貨交換業者の場合

 

ア 消極的見解

これに対して仮想通貨交換業者に係る分別管理の仕組みは当該仮想通貨交換業者の破綻のときにどう働くかといえば,こちらは心もとない状況となっています。

仮想通貨交換業等に関する研究会の第7回会合(20181019日)に事務局から提出された資料(資料4「補足資料」5頁)によれば,顧客の金銭を仮想通貨交換業者が預かって仮想通貨交換業者府令2011号に基づき「預貯金口座で管理する場合,倒産隔離機能なし」(下線は原文)ということで当該顧客の金銭は保全されないものとされ,顧客の仮想通貨を同条21号に基づき「自己の仮想通貨と明確に区分し,顧客毎の数量を直ちに判別できる状態で管理」しても当該仮想通貨については,「倒産隔離が機能しない可能性(仮想通貨に係る私法上の位置付けが不明確なため)」(下線は原文)があるものとされています(仮想通貨交換業等に関する報告書6頁にも「仮想通貨交換業者が適切に分別管理を行っていたとしても,受託仮想通貨について倒産隔離が有効に機能するかどうかは定かとなっていない。」とあります。)。

 

イ 別預貯金口座による金銭の分別管理

預貯金口座による金銭の分別管理については,「当該金銭〔「利用者の金銭」ということでしょう。〕であることがその名義により明らか」であっても(仮想通貨交換業者府令2011号括弧書き),金融庁としては,当該預貯金債権は仮想通貨交換業者に帰属し,利用者には帰属しないと解しているのでしょう。
 (なお,最判平成
15221日民集57295頁は,被上告人損害保険会社(B火災海上保険(株))の代理店である訴外会社(D建設工業(株))が被上告人の保険契約者から収受した保険料を自己の財産と分別して管理するために上告人である信用組合において開設を受けた預金口座である「本件預金口座の名義である「B火災海上保険(株)代理店D建設工業(株)F」が預金者として訴外会社〔D建設工業(株)〕ではなく被上告人〔B火災海上保険(株)〕を表示しているものとは認められない」とした上で,通帳及び届出印の保管並びに本件預金口座に係る入金及び払戻事務を行っていたのは訴外会社であったから「本件預金口座の管理者は,名実ともに訴外会社」であると認め,(「訴外会社は,被上告人を代理して保険契約者から収受した保険料を専用の金庫ないし集金袋で保管し,他の金銭と混同していなかった」と原審が認定しているとしても)「金銭については,占有と所有が結合しているため,金銭の所有権は常に金銭の受領者(占有者)である受任者に帰属し,受任者は同額の金銭を委任者に支払うべき義務を負うことになるにすぎない」から「被上告人の代理人である訴外会社が保険契約者から収受した保険料の所有権はいったん訴外会社に帰属」するのであって「本件預金の原資は,訴外会社が所有していた金銭にほかならない」とし,「本件事実関係の下においては,本件預金債権は,被上告人にではなく,訴外会社に帰属するというべきである。訴外会社が本件預金債権を訴外会社の他の財産と明確に区分して管理していたり,あるいは,本件預金の目的や使途について訴外会社と被上告人との間の契約によって制限が設けられ,本件預金口座が被上告人に交付されるべき金銭を一時入金しておくための専用口座であるという事情があるからといって,これが金融機関である上告人に対する関係で本件預金債権の帰属者の認定を左右する事情になるわけではない。」と判示しています。)

仮想通貨交換業者府令201項には2種の分別管理の方法が規定されているところ,金銭信託に係る金商法43条の22項に対応するのは仮想通貨交換業者府令2012号の方法であるから顧客財産である金銭の保全に万全を期するのならそちらを使うべし,ということのようです。

 

ウ 仮想通貨交換業者における仮想通貨の分別管理

「自己の仮想通貨と明確に区分し,顧客毎の数量を直ちに判別できる状態で管理」しても当該仮想通貨については「倒産隔離が機能しない可能性(仮想通貨に係る私法上の位置付けが不明確なため)」があるとの問題意識は何かといえば,有価証券については「分別管理が適切になされていれば,顧客財産は保全」されて,これは「顧客は有価証券の所有権に基づき,財産を取り戻せる私法上の権利」に基づくものである一方(仮想通貨交換業等に関する研究会(第7回)資料45頁。下線は原文),これに対して仮想通貨については,取戻権(破産法62条)の基礎となる権利が観念できないのではないか,というもののようです。

 

4 仮想通貨を客体とする所有権の否定:東京地方裁判所平成27年8月5日判決

取戻権の基礎となる権利の典型としては,有価証券についていわれているように所有権(民法206条)があります。しかしながら,マウントゴックス社の破産事件に関して東京地方裁判所民事第28部平成2785日判決(平成26年(ワ)第33320号ビットコイン引渡等請求事件。裁判長裁判官は元司法研修所民事裁判教官の倉地真寿美判事)は,代表的仮想通貨であるビットコインに係る所有権の存在を否定しています。いわく。

 

 (2)所有権の客体となる要件について

 ア 所有権は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利であるところ(民法206条),その客体である所有「物」は,民法85条において「有体物」であると定義されている。有体物とは,液体,気体及び固体といった空間の一部を占めるものを意味し,債権や著作権などの権利や自然力(電気,熱,光)のような無体物に対する概念であるから,民法は原則として,所有物を含む物権の客体(対象)を有体物に限定しているものである(なお,権利を対象とする権利質(民法362条)等民法には物権の客体を有体物とする原則に対する明文の例外規定があり,著作権や特許権等特別法により排他的効力を有する権利が認められているが,これらにより民法の上記原則が変容しているとは解されない。)。

また,所有権の対象となるには,有体物であることのほかに,所有権が客体である「物」に対する他人の利用を排除することができる権利であることから排他的に支配可能であること(排他的支配可能性)が,個人の尊厳が法の基本原理であることから非人格性が,要件となると解される。

  イ 原告は,所有権の客体となるのは「有体物」であるとはしているものの,法律上の排他的な支配可能性があるものは「有体物」に該当する旨の主張をする。原告のこの主張は,所有権の対象になるか否かの判断において,有体性の要件を考慮せず,排他的支配可能性の有無のみによって決すべきであると主張するものと解される。

   このような考えによった場合,知的財産権等の排他的効力を有する権利も所有権の対象となることになり,「権利の所有権」という観念を承認することにもなるが,「権利を所有する」とは当該権利がある者に帰属していることを意味するに過ぎないのであり,物権と債権を峻別している民法の原則や同法85条の明文に反してまで「有体物」の概念を拡張する必要は認められない。したがって,上記のような帰結を招く原告の主張は採用できない。

 〔略〕

ウ 以上で述べたところからすれば,所有権の対象となるか否かについては,有体性及び排他的支配可能性(本件では,非人格性の要件は問題とならないので,以下においては省略する。)が認められるか否かにより判断すべきである。

3)ビットコインについての検討

ア ビットコインは,「デジタル通貨(デジタル技術により創られたオルタナティヴ通貨)」あるいは「暗号学的通貨」であるとされており〔略〕,本件取引所の利用規約においても,「インターネット上のコモディティ」とされていること〔略〕,その仕組みや技術は専らインターネット上のネットワークを利用したものであること〔略〕からすると,ビットコインには空間の一部を占めるものという有体性がないことは明らかである。

イ〔略〕

(ア)ビットコインネットワークの開始以降に作成された「トランザクションデータ」(送付元となるビットコインアドレスに関する情報,送付先となるビットコインアドレス及び送付するビットコインの数値から形成されるデータ等)のうち,「マイニング」(ビットコインネットワークの参加者がトランザクションを対象として,一定の計算行為を行うこと)の対象となった全てのものが記録された「ブロックチェーン」が存在する。ビットコインネットワークに参加しようとする者は誰でも,インターネット上で公開されている電磁的記録であるブロックチェーンを,参加者各自のコンピュータ等の端末に保有することができる。したがって,ブロックチェーンに関するデータは多数の参加者が保有している。

(イ)ビットコインネットワークの参加者は,ビットコインの送付先を指定するための識別情報となるビットコインアドレスを作成することができ,同アドレスの識別情報はデジタル署名の公開鍵(検証鍵)をもとに生成され,これとペアになる秘密鍵(署名鍵)が存在する。秘密鍵は,当該アドレスを作成した参加者が管理・把握するものであり,他に開示されない。

(ウ)一定数のビットコインをあるビットコインアドレス(口座A)から他のビットコインアドレス(口座B)に送付するという結果を生じさせるには,ビットコインネットワークにおいて,①送付元の口座Aの秘密鍵を管理・把握する参加者が,口座Aから口座Bに一定数のビットコインを振り替えるという記録(トランザクション)を上記秘密鍵を利用して作成する,②送付元の口座Aの秘密鍵を管理・把握する参加者が,作成したトランザクションを他のネットワーク参加者(オンラインになっている参加者から無作為に選択され,送付先の口座の秘密鍵を管理・把握する参加者に限られない。)に送信する,③トランザクションを受信した参加者が,当該トランザクションについて,送付元となる口座Aの秘密鍵によって作成されたものであるか否か及び送付させるビットコインの数値が送付元である口座Aに関しブロックチェーンに記録された全てのトランザクションに基づいて差引計算した数値を下回ることを検証する,④検証により上記各点が確認されれば,検証した参加者は,当該トランザクションを他の参加者に対しインターネットを通じて転送し,この転送が繰り返されることにより,当該トランザクションがビットコインネットワークにより広く拡散される,⑤拡散されたトランザクションがマイニングの対象となり,マイニングされることによってブロックチェーンに記録されること,が必要である。

 このように,口座Aから口座Bへのビットコインの送付は,口座Aから口座Bに「送付されるビットコインを表象する電磁的記録」の送付により行われるのではなく,その実現には,送付の当事者以外の関与が必要である。

(エ)特定の参加者が作成し,管理するビットコインアドレスにおけるビットコインの有高(残量)は,ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり,当該ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない。

 上記のようなビットコインの仕組み,それに基づく特定のビットコインアドレスを作成し,その秘密鍵を管理する者が当該アドレスにおいてビットコインの残量を有していることの意味に照らせば,ビットコインアドレスの秘密鍵の管理者が,当該アドレスにおいて当該残量のビットコインを排他的に支配しているとは認められない。

ウ 上記で検討したところによれば,ビットコインが所有権の客体となるために必要な有体性及び排他的支配可能性を有するとは認められない。したがって,ビットコインは物権である所有権の客体とはならないというべきである。

 

 仮想通貨が所有権の客体には当たらないことについては,学説上も異論がないようです(森田宏樹「仮想通貨の私法上の性質について」金融法務事情2095号(2018810日号)15頁)。

ところで,前記(2)イにおいて東京地方裁判所は,「法律上の排他的な支配可能性があるものは「有体物」に該当する旨」の原告の主張を排斥しています。そうであれば,(3)アでビットコインには有体性がないことが明らかである旨認定した以上は,(3)イで更に排他的支配可能性の有無の検討までを行う必要はなかったように思われます。しかしながら当該検討がされた理由を忖度するに,あるいは我妻榮が次のように説いていたために為念的になされたのでしょうか。いわく,「私は,法律における「有体物」を「法律上の排他的支配の可能性」という意義に解し,物の観念を拡張すべきものと考える。権利の主体としての人が生理学上の観念でないのと同様,権利の客体としての物も物理学上の観念ではない。従って,法律は,その理想に基づいて,この観念の内容を決定することができるはずだからである」と(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1972年)202頁)。それともまた,「〔民法85〕条は,物に関する他の規定を必要に応じ無体物に関して類推適用すること(例,主たる権利と従たる権利)を妨げるものではなく」,「有体物以外のものについては,むしろ,法の欠缺と考え,その性質と問題に応じて物または物権に関する規定を類推適用すれば足りる」との指摘(四宮和夫『民法総則(第四版)』(弘文堂・1986年)120頁・121頁註(1)。また,『新注釈民法(1)総則(1)』(有斐閣・2018年)787頁(小野秀誠))を踏まえて,類推適用の要否を判断するための吟味を行ったということになるのでしょうか。

これらとは別に,「実は,特定の取引所で管理していたビットコインを別の取引所に移転させる場合に,紙媒体に暗号を印字する形で,物理的な表象にすることができる。この場合,有体性が認められるため,この紙媒体自体の所有権が問題になる可能性がある。それを見越して,そもそもビットコインには支配可能性がないから,所有権の客体とはなり得ないと示したのではないだろうか。」と説くものもあります(鈴木尊明「ビットコインを客体とする所有権の成立が否定された事例」TKCローライブラリー新・判例解説Watch・民法(財産法)No.1072016219日)3頁)。

 所有権の対象に係る「排他的支配可能性」については「海洋や天体等を除外する際に持ち出されるのが一般的である」とされます(鈴木3頁。また,四宮122頁,我妻Ⅰ・203頁)。しかしながら,「現行法上の物権の本質は「一定の物を直接に支配して利益を受ける排他的の権利である」ということができる。」というテーゼ(我妻榮著=有泉亨補訂『新訂物権法(民法講義Ⅱ)』(岩波書店・1984年)9頁)から出発すれば(なお,所有権は物権の代表的なものです。),「物権が目的物の直接の支配権であることは目的物の特定性(・・・)を要求する。種類と数量だけで定められたものについては,債権は成立しうるが(401条参照),物権は成立しえない。」ということ(我妻Ⅱ・11頁)と関係しそうです。「特定の参加者が作成し,管理するビットコインアドレスにおけるビットコインの有高(残量)は,ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり,当該ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない」と東京地方裁判所平成2785日判決は判示するところ,「差引計算した結果算出された数量」は正に差引計算によって定められた数量にすぎません。

(しかしながら,小野傑「仮想通貨交換業者の分別管理義務」金融法務事情2013号(20181210日号)1頁は,仮想通貨交換業者破綻時の倒産隔離のための仮想通貨に係る「取戻権構成」による立法提案に際して「コールドウォレットに分別管理された顧客分の仮想通貨は特定性に疑義はなく,ホットウォレットに混蔵管理された仮想通貨も交換業者の顧客口座管理により特定性は担保されてお」ると論じています。)

(また,「ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない」とされているのですから,「仮想通貨は,電磁的記録(民法4463項括弧書き)である」ということであれば(片岡12頁),ビットコインアドレスには仮想通貨(電磁的記録)は存在していないことになります。)

 

5 金銭に係る「占有=所有権」理論と倒産隔離並びに仮想通貨の帰属及び移転の法的仕組み

 しかしそもそも,仮想通貨は通貨(本邦通貨及び外国通貨)ではないとはいえ(資金決済法25項参照),本家である通貨(金銭)について見れば,金銭の所有権に基づいて破産財団から当該金銭を取り戻すということはそもそも可能なのでしょうか。「Aの金銭を騙取したBが破産した場合や他の債権者から強制執行を受けた場合に,Aに取戻権や第三者異議権が認められるか」という問題であるところの「他の債権者との関係で金銭の原所有者の権利にどの程度物権的保護を与えるか,とくに優先的効力を認めるかの問題」については,「見解の対立が大きい」とされつつ(能見善久「金銭の法律上の地位」『民法講座 別巻Ⅰ』(有斐閣・1990年)124頁),金銭に係る「占有=所有権」理論を採る「通説・判例の立場からの言及はないが,当然否定することになろう。」と説かれていました(能見・同頁註(41))。

「占有=所有権」理論について通説は,「金銭(紙幣を含む貨幣)は,動産の一種であるが,それが通貨として存在する限り,金銭が体現する抽象的・観念的な価値は金銭そのものを離れては存在しえない。したがって,金銭という物質の占有者が,その価値の排他的支配者と認められる。そして,金銭が骨董品としてではなく,通貨として取引関係に立ち現れる限り,それが体現する観念的な価値が存在のすべてであるから,金銭はその占有者の所有に属すると言うことができる。判例も,不当利得に関連してであるが,金銭の所有権は,原則として占有の移転に従って移転するものであって,騙取された場合にも騙取者の所有となるという(最判昭和291151675頁。なお最判昭和39124判時36526頁)。〔略〕金銭の所有権の移転については,引渡は対抗要件ではなく,成立要件とするもので,近時の通説と言ってよかろう」と説いています(我妻Ⅱ・185-186頁)。

仮想通貨についても,森田宏樹教授は「仮想通貨の帰属および移転には,現金通貨および預金通貨とそれぞれに共通するメカニズムを見出すことができるように思われる。」と述べた上で,「仮想通貨は,財産権であるが,その保有者に排他的に帰属するのは,支払単位という価値的権能〔「金銭債務の債務免責力という権能であって,物を客体とする物権でも,債務者の行為を目的とする債権でもない。」〕であり,その帰属および移転を実体化する通貨媒体〔支払単位が「ある者に排他的に帰属している状態を創り出す」ためのものである「社会において一定の支払単位が組み込まれたものと合意され,かつ,それを通じて価値の帰属を実体的にトレースすることを可能とするような一定の媒体」(森田18頁)〕および通貨手段〔「特定の通貨媒体に係る「支払単位」を特定の者から他の者へと移転することを実現する」もの(森田18頁)。なお,「金銭債務の弁済に用いられる各種の「決済方法」は,それを構成する「通貨媒体」と「通貨手段」との組合せによって法的に把握することが可能となる」とされています(森田18頁)。〕であるブロックチェーン上の記録を離れてその存在を認識しえないものである。このような価値的権能の帰属および移転については,現金通貨および預金通貨のいずれにおいても,その特定による観念的な帰属ないし移転を認めない固有の法理が妥当しており,仮想通貨においてもこれと同様の規律が妥当すべきものといえよう。」と論じています(森田21頁)。

現金通貨の帰属及び移転に関する法理は,「支払単位を組み込まれた通貨媒体は有体物であるが,通貨の所有権移転においては,有体物に関する規律は修正ないし排除されて適用されることになる。その結果,占有の移転とは離れて,観念的な所有権の移転は認められない。つまり,通貨媒体の占有と価値的権能(支払単位)の帰属とが結び付く」というものであり(森田19頁),預金通貨の帰属及び移転に関する法理は,「流動性のある預金口座にあっては,入金記帳ごとに成立原因を更新する1個の残高債権が存在するのであって,入金記帳によって個別の預入金はその特定性を失い,預金債権が分属することはない。このことは,預金口座の「流動性」は,現金通貨における価値的権能について特定性を観念しえないのと同一の機能を果たしていると捉えることができ」,及び「預金口座に係る預金債権については,判例において,流動性預金口座に存する預金債権は,当該預金契約の当事者としての預金口座の出入金の権限を有する預金者に帰属するという理論が確立されつつある。この点でも,現金通貨において,通貨媒体である有体物を「占有」する者に価値的権能が帰属するという法理と同じ機能を認めることができ」るというものです(森田19-20頁)。

 

6 仮想通貨を寄託物とする寄託か仮想通貨の管理の委任か

 前記東京地方裁判所平成2785日判決は,ビットコインは所有権の客体とならないことを前提に,マウントゴックス社とその利用者との間においてビットコインに係る「寄託物の所有権を前提とする寄託契約の成立も認められない」と判示しています。寄託契約に関して,寄託の「目的物の所有権の帰属には関係がない。寄託者の所有に属さない物でも,寄託者は契約上の債権として返還請求権をもつ(大判大正75241008頁(寄託者が寄託物の遺産相続人でなかつたことが判明しても返還請求権に影響なし))」と説かれていること(我妻榮『債権各論中巻二(民法講義Ⅴ)』(岩波書店・1962年)704頁)との関係で違和感のある表現です。しかしながらこれは,自分はマウントゴックス社を受寄者とするビットコインに係る混蔵寄託契約の寄託者であった旨原告が主張していたことによるものでしょう。混蔵寄託は,平成29年法律第44号による改正後(202041日以降(同法附則1条,平成29年政令第309号))の民法(以下「改正後民法」といいます。)では「混合寄託」として第665条の2に規定されています。混蔵寄託の場合「受寄者は,混合物の所有権を取得しない。混合物は,本来の所有者の,寄託された数量に応じた持分による,共有となる。」とされています(我妻Ⅴ₃・717頁。また,『新注釈民法(14)債権(7)』(有斐閣・2018年)429-430頁(𠮷永一行))。

 むしろ,寄託契約の成否については,ビットコインが所有権の客体となり得る有体物ではないことが問題だったのでしょう。無体物を目的物とする寄託の成否については,学説において「民法においては「物」とは有体物をいう(85条)から,〔改正後民法〕657条の文言〔「寄託は,当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。」〕上,無体物は寄託の目的物として含まれていない。無体物については,「保管」も「返還」も観念しえないこと,また,実際上も,例えば株式等振替制度によってペーパーレス化された有価証券の保管にしろ,著作権その他の知的財産権の管理の委託にしろ,委任と性質決定すれば足りること〔略〕からすると,あえて無体物を寄託の目的物に含める必要はないと考えられる。」と説かれています(『新注釈民法(14)』366頁(𠮷永))。委任,だそうです。

 (しかしながら,片岡17頁は「仮想通貨の管理を委託する場合は,その受託者に裁量がなく単なる保管の趣旨であるのが通常であろうから,特段の金融的な商品を組成するような場合を除き,信託ではなく,準寄託として考えられるであろう」としており,委任構成は採られていません。なお,ここでの「準寄託」の語は,「民法の寄託も有体物についてのものだが,〔略〕仮想通貨も物権又は準物権と同様の構造を有するから,契約自由の原則もあって(民法改正案521条),寄託と同様の法律関係が適用されるべきであり,「準寄託」ということとするものである」との趣旨のものであるそうです(片岡16頁(註17))。小野傑1頁にも「ホットウォレットに混蔵保管された仮想通貨」という表現があります。)

 

7 受任者の委任者に対する仮想通貨「引渡」債務と履行不能の不能

 

(1)民法646条1項

 委任に係る民法6461項は「受任者は,委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡さなければならない。その収取した果実についても同様とする。」と,同条2項は「受任者は,委任者のために自己の名で取得した権利を委任者に移転しなければならない。」と規定しています。

                  

(2)履行不能の不能

 民法6461項の金銭の引渡債務は金銭債務ということになるのでしょう。しかして金銭債務については,「金銭債務の不履行の態様としては履行遅滞しかないと考えられている。換言すれば金銭債務は履行不能にならないと解されている。こう解することは,第一に,金銭債務については不可抗力を抗弁としえないことと相俟って,履行不能を理由に債務が消滅することがないことを意味し,第二に,期限前に債務不履行責任が生じることがないことを意味しよう。」と説かれています(能見140頁)。金銭債務が履行不能にならないと解する理由は,「金銭債権は,一定額の金銭の給付を目的とする債権である。種類債権の一種とみることをえないでもないが,目的物の範囲を限定する抽象的・一般的な標準さえなく,数量をもって表示された一定の貨幣価値を目的とし,これを実現する物(貨幣)自体が全く問題とされない点で,債権の内容は,種類債権より更に一層抽象的である。その結果,普通の種類債権のように目的物の特定という観念はなく,また履行不能もない」ということであって(我妻Ⅳ・35頁),種類債務性を更に発展させた「抽象性」に求められているようです。仮想通貨の「引渡」債務についても,数量をもって表示された一定の財産的価値を目的とし,これを実現する物(有体物)自体が全く問題とされていないのですから(資金決済法25項参照),金銭債務同様に履行不能はない,ということになりそうです。

仮想通貨交換業等に関する報告書においても,「仮に受託仮想通貨が流出したとしても,仮想通貨交換業者が顧客に対して受託仮想通貨を返還する義務が当然に消滅するわけではない」と説かれています(4-5頁(註11))。仮想通貨交換業等に関する研究会の第6回会合(2018103日)において加藤貴仁教授から,「〔略〕顧客と仮想通貨業者の契約によって異なるかもしれませんけれど,コインチェックの事例でも,テックビューロ―の事例でも,仮想通貨は確かに不正に流出しましたが,流出したことによって,仮想通貨交換業者の仮想通貨を返す義務はなくなってはいないはずです。つまり,交換業者は,顧客から預かった仮想通貨を流出させても,倒産しない限り,仮想通貨を返還する義務を負い続けるということです。仮想通貨を返還する義務を果たすということは,顧客が別の仮想通貨交換業者に開いた口座に移す,もしくは顧客がブロックチェーン上に持っているウォレットに移すといったことを意味します。」との発言があったところです。
 (2019415日の追記:ところが,上記のような行政当局の整理に対して,別異に解する裁判例があります。前記マウントゴックス社破産事件に係るこちらは東京地判平成30131日判時2387108頁です。いわく。「ビットコイン(電磁的記録)を有する者の権利の法的性質については,必ずしも明らかではないが,少なくともビットコインを仮想通貨として認める場合においては,通貨類似の取扱をすることを求める債権(破産法10321号イの「金銭の支払を目的としない債権」)としての側面を有するものと解され,同債権(以下「コイン債権」という。)は,ビットコイン(電磁的記録)が電子情報処理組織を用いて移転したときは,その性質上,一緒に移転するものと解される。〔届出破産債権が一部しか認められなかったことを不服として破産債権査定異議の訴えを提起した〕原告は,原告が破産会社に対してビットコインの返還請求権を有するとして,破産債権の届出をしたものであるが,ビットコイン自体は電磁的記録であって返還をすることはできないから,原告は,コイン債権について,破産法10321号イの「金銭の支払を目的としない債権」として,破産手続開始時における評価額をもって,破産債権として届け出たものと解される。原告が主張するように破産会社の代表者が原告のビットコインを引き出して喪失させたのであれば,既にビットコインは他に移転し,同時にコイン債権も他に移転したことになるから,破産手続開始時において,原告は破産会社に対し,コイン債権を有しなかったことになる。本件届出債権は,原告が破産会社に対してコイン債権を有することを前提とするものと解されるところ,その前提を欠くことになるから,原告の上記主張は,結論を左右するものとはいえない。」と。当該判決では「ビットコイン自体は電磁的記録」であるものと解していますが,資金決済法25項における定義は仮想通貨を「財産的価値」としています。「電子的方法により記録」されている「財産的価値」といった場合,そこでの「財産的価値」とその記録たる「電磁的記録」とはやはり別物でしょう。前記東京地方裁判所平成2785日判決は「口座Aから口座Bへのビットコインの送付は,口座Aから口座Bに「送付されるビットコインを表象する電磁的記録」の送付により行われるのではなく」,かつ,「ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない」と判示しています。特定の電磁的記録によって表象される特定のビットコインというものはないのでしょう。(なお,特定物の寄託の場合,その特定物が滅失すれば当該寄託物返還債務は履行不能になります。ちなみに,債務不履行による損害賠償債権は金銭債権ですから(民法417条),破産法10321号イの金銭の支払を目的としない債権にはなりません。)また,平成30131日判決のいう「コイン債権」とは「ビットコイン〔について〕通貨類似の取扱をすることを求める債権」ということであって,かつ,その債務者は「ビットコイン〔略〕の預かり業務や利用者間のビットコインの売買の仲介業務」を行っていた破産会社マウントゴックスということであるようです。しかし,仮想通貨の管理を受任した仮想通貨交換業者(資金決済法273号)が当該利用者に対して負う債務は,現にその管理に係る仮想通貨について「通貨類似の取扱」をすることだけなのでしょうか。)

 

(3)SALUS UXORIS MEAE ?

 「仮想通貨は確かに不正に流出しましたが,流出したことによって,仮想通貨交換業者の仮想通貨を返す義務はなくなってはいない」ということになると,仮想通貨交換業者としては泣きっ面に蜂のような状況になります。「倒産しない限り,仮想通貨を返還する義務を負い続ける」ということであれば会社はお取潰しで従業員は路頭に迷わなければならないというのが御当局方面のお考えか,と関係者は愕然,武士の情けもあらばこそとの嫋々たる嘆きが続きます。

そうだ契約約款に事業者は消費者に対し損害賠償の責任を一切負わない旨規定しておけばよいのではないか,そうだそうだそう書こう,という発想も出て来ます。しかし,これはいささか短絡的です。問題は債務の履行不能後の損害賠償ではなくて(ただし,小野傑1頁記載の「ホットウォレットに混蔵保管された仮想通貨の一部がサイバー攻撃等で流出した場合の顧客保護の在り方であるが,交換業者にはホットウォレットの管理責任があり,金銭賠償による場合の顧客の価格変動リスク回避のため,信託法における受託者の原状回復責任にならい,現物返還を原則とすることが考えられよう。」の部分は,金銭「賠償」といい,かつ,わざわざ信託法を援用しているところからすると,損害賠償責任を論じているものと思われます。),履行不能とならずに残っている元からの債務の履行そのものだからです。(なお,事業者は消費者に対して損害賠償責任を一切負わないとまで書くと,当該条項はかえって無効となります(消費者契約法(平成12年法律第61号)811号・3号)。)
 何か救済策はないものか。

この点,我妻榮が民法6461項に関して述べることころが参考になりそうです。我妻は,金銭に係る「占有=所有権」理論採用前の古い大審院判決を批判して(「判例は,受任者が代理権を有し委任者の代理人として事務を処理した場合には,第三者から受け取る金銭の所有権も委任者に帰属するという。そして,この前提で,受任者が盗難にあつたときは返還義務は履行不能になるとい〔う〕(大判明治3435313頁)」が「然し,金銭について所有権を問題とすることは妥当を欠く」(のでおかしい)。),「受任者は,受取つた金を返還すれば足りる。必ずしも受取つたその金銭を返還する必要はないというべきである」と述べつつも,続いての括弧書きで,「(前掲〔略〕の判決のうち,〔略〕盗難の場合は,むしろ6503項の趣旨を類推して責任なしというべきものと思う)」と説いています(我妻Ⅴ₃・678頁。下線は筆者によるもの。ただし,『新注釈民法(14)』281頁(一木孝之)は当該我妻説に対してなお大判明治3435判例との抵触を問題としています。)。なるほど,民法6503項という手があったのでした。

民法6503項は「受任者は,委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは,委任者に対し,その賠償を請求することができる。」と規定する条項です。同条に関しては,「「事務処理の過程で受任者に生じる不利益等を填補する委任者の責任」を構想することが可能である。」とされています(『新注釈民法(14)』308頁(一木))。

市場から有価証券(NTT株券)を購入して委任者に帰属せしめた受任者が当該有価証券の購入代金について民法6503項に基づく損害賠償請求を委任者に対して行ったので,委任者が当該損害賠償金支払債務の不存在の確認を求めた訴えについて,委任者は受任者に対して「民法6503項に基づき,損害賠償義務を負うことになる」と判示した裁判例があります(大阪高判平成12731日判タ1074216頁)。当該受任者による当該NTT株券の購入が「委任事務を処理するため」のものかどうかが争われたのですが(本件は,委任者が当該NTT株券の売却を受任者(証券会社)に委託していたところ,当該株券が盗難届の出ている事故株券であったため,当該株券を市場で既に売却していた受任者が東京証券取引所の「事故株券及び権利の引渡未済の処理に関する申合」(19491210日実施)に基づく義務の遂行として買戻しを行った案件でした。),裁判所は「本件株券は,証券取引所の開設する市場において取引されるのであるから,右市場において商慣習となっている申合に従って処理されるべきは当然であるところ,第一審被告〔受任者〕は,委任契約に基づき,本件株券を売買したものの,東証申合に基づき,本件株券を買い戻さざるを得なくなったものであるから,右買戻しは,委任事務の処理の一環と認められる。」と判示して「委任事務を処理するため」のものであると認めています(買い戻したNTT株券の所有権は商法5522項に基づき委任者に帰属)。この事案に比べれば,仮想通貨の委任者への「引渡し」のための調達は,当該「引渡し」(民法6461項参照)という「委任事務を処理するため」のものであるということは容易に認められるでしょう。問題は,当該「調達」を必要とすることになった原因(仮想通貨の流出等)の発生について受任者(仮想通貨交換事業者)にbon administrateurとして過失がなかったかどうかでしょう(無過失の立証責任は受任者にあります(我妻Ⅴ₃・685頁,『新注釈民法(14)』316頁(一木))。)。委任者については,自分に過失がなくとも(例えば,仮想通貨交換業者からの仮想通貨の流出について自分には過失がなくとも)損害賠償しなければならない無過失責任とされています(我妻Ⅴ₃・685頁,『新注釈民法(14)』317頁(一木))。

 なお,消費寄託構成の場合(片岡17頁には,仮想通貨交換業者による利用者の仮想通貨の管理について,「仮想通貨は,財産的価値単位として均一の抽象的な存在であるから,準消費寄託というべき性質のもの」との記述があります。),「消費寄託にあつては,目的物の滅失の危険は受寄者が負担する,といわれる」とされていますが(我妻Ⅴ₃・727頁),そうとはされつつも「団体の役員や財産の管理人などが,その職務の一部として金銭を保管する場合には,委任事務の処理とみるべきであつて,その責任は,専ら委任の規定に従つて定められるべきである」とされています(我妻Ⅴ₃同頁)。

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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