1 不法行為に係る日本民法の規定及び同法724条の今次改正

 

(1)民法の関係規定

 不法行為について,我が民法(明治29年法律第89号)の709条,710条,7151項及び724条は,それぞれ,「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」(709条),「他人ノ身体,自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス」(710条),「或事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者ハ被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス但使用者カ被用者ノ選任及ヒ其事業ノ監督ニ付キ相当ノ注意ヲ為シタルトキ又ハ相当ノ注意ヲ為スモ損害カ生スヘカリシトキハ此限ニ在ラス」(7151項)及び「不法行為ニ因ル損害賠償ノ請求権ハ被害者又ハ其法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時ヨリ3年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス不法行為ノ時ヨリ20年ヲ経過シタルトキ亦同シ」(724条)と規定していました。

 民法第1編から第3編までは,平成16年法律第147号によって200541日から片仮名書きから平仮名書きに変わりましたが,その際民法709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」に改められています。有名な大学湯事件判決(大審院(たいしんいん)大正141128日判決(民集4670頁))における,不法行為が成立する侵害対象に係る「其ノ侵害ノ対象ハ或ハ夫ノ所有権地上権債権無体財産権名誉権等所謂一ノ具体的権利ナルコトアルベク,或ハ此ト同一程度ノ厳密ナル意味ニ於テハ未ダ目スルニ権利ヲ以テスベカラザルモ而モ法律上保護セラルル一ノ利益ナルコトアルベク,否詳ク云ハバ吾人ノ法律観念上其ノ侵害ニ対シ不法行為ニ基ク救済ヲ与フルコトヲ必要トスト思惟スル一ノ利益ナルコトアルベシ。」との判示(幾代通著=徳本伸一補訂『不法行為法』(有斐閣・1993年)61頁における引用)を取り入れたものということになります。

札幌市東区の大学湯
札幌市東区の大学湯


(2)民法724条の今次改正及びその意味

 

ア 民法724条の今次改正

 今般の平成29年法律第44号による改正によって,民法724条は次のように改められます。

 

   (不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

  第724条 不法行為による損害賠償の請求権は,次に掲げる場合には,時効によって消滅する。

   一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。

   二 不法行為の時から20年間行使しないとき。

 

今までの同条の文言(平成16年法律第147号による改正後は「不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも,同様とする。」)を並び替えただけのように見えるけれども一体どこが違うのか,と戸惑われる方には,民法724条の見出しの新旧対照をお勧めします。見出しが各条に付されている場合,「見出しは,その条の一部を成すものと考えられている」ところです(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)156頁)。(なお,「見出しは,〔略〕古い法令の条文にはつけられていないものもあるが,〔略〕最近では,例外なく見出しが付けられる。」(前田155頁)ということであって,平成16年法律第147号による改正までの民法各条には,実は見出しが付されていませんでした。それまでは,「六法全書等の法令集において,条名の下に〔〇〇〇〕という形〔筆者註:括弧の形が( )ではないことに注意〕で見出しが付けられていることがあるが,これは,見出しの付けられていない法令(古い法令には,見出しが付けられていないものがかなりある。)について,編集者の立場から,利用者の検索等の便宜のために付けられたものであり,法令に本来付けられている見出しとは異なるものである」ということでした(前田159頁)。なお,日本国憲法の各条にも,現在いまだに見出しは付されていません。)平成16年法律第147号によって民法724条に初めて付された見出しは「不法行為による損害賠償請求権の期間の制限」であるのに対して,平成29年法律第44号による改正後の見出しは「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効」と変化しています(下線は筆者によるもの)。

 平成29年法律第44号による改正後の民法724条の見出しには「等」はありませんから(「「等」に注意すべきこと等」http://donttreadonme.blog.jp/archives/2806453.html参照),同条における3年の期間も20年の期間もいずれも消滅時効期間ということになります。(これは,同条の本文の文言からも素直に読み取ることができます。)

 集合論的には,「損害賠償請求権の消滅時効」は「損害賠償請求権の期間の制限」に包含されます。全体集合である「損害賠償の期間の制限」に対して,「損害賠償請求の消滅時効」はその部分集合ということになるわけです。全体集合たる平成29年法律第44号による改正前の民法724条の「損害賠償請求権の期間の制限」に包含されるべき「損害賠償請求権の消滅時効」が空集合ではないことは,同条の文言を見るに,3年の期間の部分に「時効によって消滅する。」との文言が直接かかっていますから,当該3年の期間が消滅時効期間であるということによって明らかです。これに対して,平成29年法律第44号による改正前の民法724条の20年の期間は,部分集合たる「損害賠償請求権の消滅時効」には含まれずに当該部分集合に係る補集合を構成し得ることになります(民法126条に関してですが,「例えば第126条の定める二つの消滅時効期間のうち,5年の方は「時効ニ因リテ消滅ス」ることは明らかだが,20年の方は「亦同ジ」というだけだから,同じく「時効ニ因リテ消滅ス」なのか,同じく「消滅ス」なのか,必ずしも明らかではない。」と説かれています(我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年)438頁)。)。当該補集合が空集合であるのならば部分集合のみで十分であって民法724条の見出しは平成16年法律第147号によって最初に付けられた時のそもそもから「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効」でよかったのだということにはなりますが,補集合が空集合ではないという余地があるがゆえの「損害賠償請求権の期間の制限」との表現であったというわけです。

 それでは,消滅時効期間以外のものであり得るところの平成29年法律第44号による改正前の民法724条の20年の期間は何であるのかというと,除斥期間である,ということになっています。我が最高裁判所の第一小法廷が平成元年1221日に下した判決(民集43122209頁)において「民法724条後段の規定は,不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である。けだし,同条がその前段で3年の短期の時効について規定し,更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず,むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが,同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当であるからである。/これを本件についてみるに,被上告人らは,本件事故発生の日である昭和24214日から20年以上経過した後の昭和521217日に本訴を提起して損害賠償を求めたものであるところ,被上告人らの本件請求権は,すでに本訴提起前の右20年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したことになる。そして,このような場合には,裁判所は,除斥期間の性質にかんがみ,本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり,したがって,被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は,主張自体失当であって採用の限りではない。」と判示されているところです。

 

イ 除斥期間に関して

 除斥期間の制度と消滅時効の制度との相違については,内閣法制局筋において,「イ)除斥期間の効果は当然に生じ,時効のように当事者が裁判上援用することによつて生ずるものではない〔略〕。ロ)除斥期間については,停止がない〔筆者註:中断もないとされています。〕。ただし,除斥期間について時効の中断又は停止に関する規定の準用を認める学説もあり,判例上も,極めて限定的ながら,特例が認められている。ハ)除斥期間には,時効利益の放棄のような制度はない。ニ)除斥期間による権利の消滅については,遡及効を問題とする余地がない。」と説かれています(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)424頁)。

 上記の「判例上も,極めて限定的ながら,特例が認められている」ことに関して,平成29年法律第44号による改正前の民法724条後段の20年の除斥期間については,最高裁判所平成21428日判決(民集634853頁)が挙げられています(筒井健夫=村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務・2018年)63頁)。しかしながら,当該判例は,「被害者を殺害した加害者が,被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法理に照らし,同724条後段の効果は生じない」ということで「本件殺害行為に係る損害賠償請求権が消滅したということはできない。」としたものであって,加害者が殺人という人の道に反することを犯したものであってもそれだけではなく更に自ら「被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出」した場合であることが必要であり,しかもそれに加えて「相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使」しなくてはならないものでした。平成29年法律第44号による改正前の民法160条は時効の停止に係る規定ですが,学説においては,除斥期間についても,「停止を認めないと,権利者にやや酷になるので,これだけは認めるべきであるとされている」とされていたところです(星野英一『民法概論Ⅰ(序論・総則)』(良書普及会・1993年)292頁)。

上記最高裁判所平成21428日判決のほかには,「下級審には,「被告が積極的に時効期間の経過による利益を放棄する意思を有している」と認められる特段の事情があれば除斥期間の規定を適用すべきではないとしたものがある(東京地判平成427日判時平成4425日臨増221頁(水俣病東京訴訟判決))。」との裁判例が,現在は弁護士である内田貴教授(当時)によって紹介されています(内田貴『民法Ⅱ 債権各論』(東京大学出版会・1997年)436頁)。

 平成29年法律第44号による改正前の民法724条後段の20年の期間が除斥期間であることは「通説の立場」に判例が立ったものであるとされていたのですが(内田435頁。同弁護士も「通常の除斥期間とみてよい」としていました(同436頁)。ただし,幾代=徳本349頁は,民法724条後段に係る除斥期間説は有力説であるとの評価でした。),せっかくの学界の「通説」も,いざ実務に採用されてみると不都合な代物でありました。除斥期間によって損害賠償請求権が消滅してしまうとすると,やはり「長期間にわたって加害者に対する損害賠償請求をしなかったことに真にやむを得ない事情があると認められる事案においても,被害者の救済を図ることができないおそれ」があるし,前記最高裁判所平成21428日判決についても,「相続人確定後6箇月以内という短期間に訴訟提起等が必要になるのは酷ではないか」と指摘されていました(筒井=村松63頁)。このような議論を承けて,平成29年法律第44号による改正によって,民法724条後段の20年の期間は除斥期間から消滅時効期間に改められることとなったのでした(筒井=村松63頁)。

 

ウ 従来の民法724条の文言について

 あえて法文の文理を超越までして学者の「通説」を採って民法724条の20年の期間は除斥期間であると解釈してやったのに何だ,とは民法724条に係る平成29年法律第44号による改正に対する我が最高裁判所の憤懣ということになるでしょうか。

法文の文理を超越,というのは,「民法724条の「不法行為ノ時ヨリ20年」の期間については,規定上は時効とされるが,判例により,除斥期間と解されている。」というのが内閣法制局筋の評価であるからです(吉国等424頁。下線は筆者によるもの)。確かに,「取消権ハ追認ヲ為スコトヲ得ル時ヨリ5年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス行為ノ時ヨリ20年ヲ経過シタルトキ亦同シ」と,平成29年法律第44号による改正前の民法724条と同じ形式で規定されていた民法126条の取消権の期間制限に関する定めについては,「判例は,法文に忠実に,〔略〕長期・短期いずれをも消滅時効と称している(大判明32103民録5912,大判昭1561民集19944)。」と評されていました(四宮和夫『民法総則(第四版)』(弘文堂・1986年)223頁。下線は筆者によるもの)。(なお,ついでながら,民法126条については平成29年法律第44号による改正は行われず,見出しも「取消権の期間の制限」のままです。これは,民法126条の20年の期間は「今日では,除斥期間〔略〕と解されている」とともに(星野237頁),同条の二つの期間について「取消権の性質上,両方とも除斥期間と解するのが正当であろうと思う。」との学説(我妻404頁)も存在している学界情況に配慮してのことでしょうか。)また,我が民法の「起草者は,「時効ニ因リテ消滅ス」と明文で定めている場合,およびそれに続いて「亦同シ」とある場合のみ消滅時効であり,その他の場合は除斥期間であるというつもりであった。」と解されていたところです(星野292頁)。現に,当該起草者の一人である梅謙次郎は民法724条について「本条ハ不法行為ニ因ル損害賠償ノ請求権ノ時効ヲ定メタルモノナリ」と宣言した上で,「不法行為ノ時ヨリ既ニ20年ヲ経過シタルトキハ其請求権ハ時効ニ因リテ消滅スヘキモノトセリ」と述べています(梅謙次郎『訂正増補第三十版 民法要義巻之三 債権編』(法政大学=中外出版社=有斐閣書房・1910年)917-918頁。下線は筆者によるもの)。これに対して,民法724条後段に係る我が最高裁判所平成元年1221日判決の判例の位置付けはどのようなものになるのかといえば,「わが民法の伝統的解釈態度は,かなり特殊なものである。第1に,あまり条文の文字を尊重せず(文理解釈をしない),たやすく条文の文字を言いかえてしまう。〔略〕第2に,立法者・起草者の意図を全くといってよいほど考慮しない。第3に,それではどんなやり方をしているのかというと,目的論的解釈をも相当採用しているが,特殊な論理解釈をすることが多い。すなわち,適当にある「理論」を作ってしまって,各規定はその表現である,従ってそう解釈せよと論ずる。」という解釈態度(星野61頁)の下,「特に最近の最高裁は,規定の文理に反するかなり大胆な解釈をしていることが少なくない」(星野36頁。下線は筆者によるもの)ところの顕著な一例ということになるのでしょう。立法者が何と言おうと我々が奉ずる正しい理論が優先されるのであって民法の規定の文言に反する解釈も当然許されるのであると最高裁判所が強烈に自覚しているとなると,平成29年法律第44号によって民法724条の文言を国会がいじっただけでは,同条後段に係る現在の判例の解釈が覆されるものとにわかにかつ安直に安心してはならないということになってしまいます。

 

エ 除斥期間の消滅時効期間への変化(日本民法のこれから)

 とはいえ,最高裁判所平成元年1221日判決の判例は大人しく覆されるのだということを前提に,平成29年法律第44号はその附則において民法724条の改正に伴う経過規定を設けています。すなわち,平成29年法律第44号の附則351項は「旧法第724条後段(旧法第934条第3項(旧法第936条第3項,第947条第3項,第950条第2項及び第957条第2項において準用する場合を含む。)において準用する場合を含む。)に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については,なお従前の例による。」と規定しており,「新法の施行日において除斥期間が既に経過していなければ新法が適用され(附則第35条第1項),その損害賠償請求権については長期の権利消滅期間は消滅時効期間と扱われる」ことになります(筒井=村松386頁)。除斥期間が消滅時効期間に化けるわけです。また,「新法では消滅時効期間としているため,施行日前に中断・停止事由が生じていた場合や,施行日以後に時効の更新及び完成猶予の事由が生じた場合には,それらの事由に基づき時効の完成が妨げられることになる。また,加害者である債務者による時効の援用に対して施行日前に生じていた事情を根拠として信義則違反や権利濫用の主張が可能となる。」ということになります(筒井=村松387頁)。

 

2 大韓民国大法院20181030日判決並びに国際私法及び日韓民法

 

(1)大韓民国大法院20181030日判決:不法行為に基づく損害賠償請求事件

 さて,以上の我が民法724条に関する長々とした議論は筆者お得意の回り道及びそれに伴う道草であって,今回の本題である20181030日大韓民国大法院(新日鉄住金事件)判決に関する感想文を書くための前提作業でありました。当該判決については,1965622日に東京で作成され同年1218日に発効した財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の解釈を取り扱ったものとして議論がかまびすしいところですが,筆者の感想文は,そのような勇ましい議論に掉さすものではありません。当該判決の前提となったものであろう大韓民国の国際私法及び民法と我が民法との関係について興味を覚えたばかりです。

 本件大韓民国大法院20181030日判決については,張界満,市場淳子及び山本晴太の3氏による仮訳がインターネット上で公開されていますので当該仮訳を利用させていただきました。3氏に厚く御礼申し上げます。(当該判決については,我が「政府は,韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金に対し,韓国人の元徴用工への賠償を命じた判決に反論する英語資料を作成した。国際会議の取材に訪れる海外メディアなどに配布し,判決は国際法違反だと国際世論に訴える狙いがある。」という報道(YOMIURI ONLINE 201811141550分)がありますが,そもそもの当該判決書の国内向けの翻訳は,上記3氏によるもののほかは今のところ筆者には見当たりません。)

 

http://justice.skr.jp/koreajudgements/12-5.pdf?fbclid=IwAR052r4iYHUgQAWcW0KM3amJrKH-QPEMrH5VihJP_NAJxTxWGw4PlQD01Jo


(追記:その後,アンジュ行政書士法律事務所(近内理加行政書士)による翻訳に接しました。https://angelaw.jp/2018/11/10/post-338/
 

 当該事案の原告らは大韓民国内在住の大韓民国民,被告は日本国内に本店を有する日本法人たる新日鉄住金株式会社であることは我が国内一般向け報道によっても理解され得たところでしたが,正確な訴訟物は何であったのかまでははっきりしていませんでした。本件大韓民国大法院20181030日判決の判決書上記仮訳(以下単に「本件判決書」といいます。)を見て,訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権であったことが分かりました。「本件で問題となる原告らの損害賠償請求権は日本政府の韓半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権(以下「強制動員慰謝料請求権」という)である」とされています(本件判決書4.イ.1)。下線は筆者によるもの)。「原告らは被告に対して未払賃金や補償金を請求しているのではな」かったそうです(本件判決書4.イ.1))。

 上記「強制動員慰謝料請求権」を生ぜしめた不法行為は原告ごとに別々にあったわけですが,本感想文においては「原告2」に係る次の認定事実を念頭に置くことにしましょう。

 

   旧日本製鉄は1943年頃,平壌で大阪製鉄所の工員募集広告を出したが,その広告には大阪製鉄所で2年間訓練を受ければ技術を習得することができ,訓練終了後には韓半島の製鉄所で技術者として就職することができると記載されていた。〔略〕原告2は,19439月頃,上記広告をみて技術を習得して我が国で就職することができるという点にひかれて応募し,旧日本製鉄の募集担当者と面接して合格し,上記担当者の引率下に旧日本製鉄大阪製鉄所に行き,訓練工として労役に従事した。

   〔略〕原告2は,大阪製鉄所で18時間の3交代制で働き,ひと月に12回程度外出を許可され,ひと月に23円程度の小遣いだけを支給されたのみで,旧日本製鉄は賃金全額を支給すれば浪費する恐れがあるという理由をあげ,〔略〕原告2の同意を得ないまま彼ら名義の口座に賃金の大部分を一方的に入金し,その貯金通帳と印鑑を寄宿舎の舎監に保管させた。〔略〕原告2は火炉に石炭を入れて砕いて混ぜたり,鉄パイプの中に入って石炭の残物をとり除くなど,火傷の危険があり技術習得とは何ら関係がない非常につらい労役に従事したが,提供される食事の量は非常に少なかった。また,警察官がしばしば立ち寄り,彼らに「逃げても直ぐに捕まえられる」と言い,寄宿舎でも監視する者がいたため,逃亡を考えることも難しく,原告2は逃げだしたいと言ったことが発覚し,寄宿舎の舎監から殴打され体罰を受けた。

   そのような中で日本は19442月頃に訓練工たちを強制的に徴用し,それ以後〔略〕原告2に何らの対価も支給しなくなった。大阪製鉄所の工場は19453月頃にアメリカ合衆国軍隊の空襲で破壊され,この時訓練工らのうちの一部は死亡し,〔略〕原告2を含む他の訓練工らは19456月頃,咸鏡道清津に建設中の製鉄所に配置されて清津に移動した。〔略〕原告2は寄宿舎の舎監に日本で働いた賃金が入金された貯金通帳と印鑑を引き渡すよう要求したが,舎監は清津到着後も通帳と印鑑を返さず,清津で一日12時間もの間工場建設のための土木工事に従事しながら賃金は全く支給されなかった。〔略〕原告219458月頃,清津工場がソ連軍の攻撃により破壊されると,ソ連軍を避けてソウルに逃げ,ようやく日帝から解放された事実を知った。(本件判決書1.イ.3))

 

 外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(平成28年法律第89号)の1611号,46条・108条,472項・1114号及び482項並びに労働基準法(昭和22年法律第49号)5条・117条,181項・1191号,941項及び95条・1201号などが想起されるところです。これらの法律の規定によって防遏が図られている劣悪な労働環境は,企業活動が「不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結」する場合にのみ生ずるものではないのでしょう。

(2)準拠法:日本法か大韓民国法か北朝鮮法か

 本件国際的な訴えの管轄権が大韓民国の裁判所に認められた理由に係る国際裁判管轄の問題(大韓民国の国際私法(http://www.geocities.jp/koreanlaws/kokusaisihou.html2条がありますが,同法附則2項の問題となるのでしょうか。なお,以下同法,大韓民国旧渉外私法,同国民法については篤志家による「韓国Web六法」を利用させていただきました。御礼申し上げます。)は本感想文ではスキップして,本件不法行為に基づく損害賠償請求事件における準拠法は何かという問題に直ちに移りましょう。(国際裁判管轄問題については,大韓民国大法院2012524日判決(三菱事件)の理由2に判示があります。当該判決には仮訳(http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/sengohosho/saibanrei_04_1.pdf)があります。)

 

ア 大韓民国国際私法附則2項,同国旧渉外私法13条及び日本国旧法例11

 準拠法の決定に係る法規範に関して,大韓民国の国際私法附則2項を見ると,「(準拠法適用の時間的範囲)この法律施行前〔施行日は200171日〕に生じた事項に対しては,従前の渉外私法による。ただし,この法律施行前後に継続する法律関係に関しては,この法律施行以後の法律関係に限り,この法律の規定を適用する。」とあります。したがって,先の大戦期(大日本帝国に係る降伏文書の調印は194592日)の出来事に基づく「強制動員慰謝料請求権」に係る訴えについては,大韓民国の旧渉外私法(www.geocities.jp/koreanlaws/syougaisihou.html)を見なければなりません。当該旧渉外私法13条には「(法定債権の成立及び効力)①事務管理,不当利得又は不法行為により生じた債権の成立及び効力は,その原因となった事実が発生した場所の法による。/②前項の規定は,外国で発生した事実が大韓民国の法律により,不法行為にならないときは,これを適用しない。/③外国で発生した事実が大韓民国の法律により不法行為になる場合であっても,被害者は,大韓民国の法律が認ママめた損害賠償その他の処分以外にこれを請求することができない。」とあります。何だか我が旧法例(明治31年法律第10号。法の適用に関する通則法(平成18年法律第78号)によって200711日から全部改正)11条に似ているなぁということになるのですが,それもそのはず,大韓民国旧渉外私法の附則2項を見ると,同法の施行(1962115日)までは我が旧法例が大韓民国内で適用されていたようです。同項によって我が明治45年勅令第21号が廃止されていますが,同令は191241日から「法例ハ之ヲ朝鮮ニ施行ス」とするものでした。

 2012524日の大韓民国大法院三菱事件判決の理由4イを見ると,「1962115日以前に発生した法律関係に適用される大韓民国の抵触法規は〔略〕,軍政法令21号を経て大韓民国制憲憲法付則第100条により「現行法令」として大韓民国の法秩序に編入された日本の「法例」」であるとされています。
  我が旧法例の111項は,「事務管理,不当利得又ハ不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」と規定していました。


イ 統治権の変更と国法の不変更

 大日本帝国崩壊後も同帝国の法律(この場合は旧法例)が独立大韓民国内においてなお国法として施行されていたとはこれいかに,ということになるのですが,美濃部達吉による次の説明によって納得すべきでしょうか。

 

   〔前略〕総て国法の効力を有する窮竟の根拠は,国の統治権に在るのではなく社会的意識に在るのであり,随つて又統治権の変更に依つては必ずしも当然に国法の変更を来すものではないのである。

   領土の変更に伴ひ国法に如何なる影響があるかに付いては,国法の実質に付いて区別する必要が有る。国法の中で,国の統治権に必然に随伴すべき性質のものは,領土の変更に伴ひ当然変ずるものでなければならぬ。〔中略〕

   併しながら此等は何れも特別の性質に基く例外であつて,此等の例外を除いて,原則としては国法は領土の変更に依つて当然には変更せらるゝものではなく,特別の定に依るの外は,統治権の変更に拘らず尚旧来の国法が差当りはそのまゝ効力を継続するものと解するのが正当である。

   明治43年朝鮮併合の当時には,制令(43829日制令第1号)を以て特に

 

    朝鮮総督府設置ノ際朝鮮ニ於テ其ノ効力ヲ失フヘキ帝国法令及韓国法令ハ当分ノ内朝鮮総督ノ発シタル命令トシテ尚其ノ効力ヲ有ス

 

と定められた。『其ノ効力ヲ失フヘキ』と云つて居るのは,領土の変更と共に旧来の法令が当然その効力を失ふものであるとする見解を前提として居るのであるが,此の見解は不当であつて,その後段である『尚其ノ効力ヲ有ス』といふ方が,却て特別の規定を待たない当然の事理であるのである。(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)90-92頁)

 

ウ 不統一法国たりし大日本帝国

 「日本も第二次世界大戦〔における敗北による帝国の解体〕前は朝鮮・台湾には内地と異なる法律が行われていた」ところであって,大日本帝国は不統一法国でした(澤木敬郎=道垣内正人『国際私法入門〔第4版補訂版〕』(有斐閣・1998年)44頁参照)。「アメリカなどのように,一国内で州による異なる私法秩序が併存しているところでは,国内事件についての場所的適用規範である準国際私法が存在している」ところ(澤木=道垣内7頁),大日本帝国における準国際私法に係る法典としては共通法(大正7年法律第39号)が存在していました。朝鮮はそこでは独立の地域(法域)となっていました(同法11項)。

 

エ 大韓民国「旧法例11条1項」の解釈:加害行為地法主義か

 不法行為債権に係る大韓民国「旧法例111項」の解釈においては,そこにいう「其原因タル事実ノ発生シタル地」が何であるかが問題となります。同項の解釈について「母法国」たる我が国の解釈を参考にしてみれば,「法例111項は,不法行為について,原因たる事実の発生したる地の法律によると規定し,〔法廷地法主義に対するところの〕不法行為地法主義を採用している。これが加害行為地説をとるものか結果発生地説をとるものかは文理上決定することができないので,その解釈論は分かれている。不法行為の類型ごとの規定になっていない以上,両者が異なる場合には,被害者により近い損害発生地法によってその損害の回復をはかるべきであろう。」と説くものがあります(澤木=道垣内182頁)。旧法例111項(したがって大韓民国旧渉外私法131項)については「文理上決定することができ」ず,かつ,「解釈論は分かれている」まま,我が法の適用に関する通則法17条本文は結果発生地法主義を採っている一方,大韓民国国際私法321項は「不法行為は,その行為が行われた地の法による。」として加害行為地法主義を採っています(と少なくとも筆者には読まれます。)。大韓民国国際私法321項から遡及的に考えて,同国「旧法例111項」は加害行為地法主義を採っていたものとしましょう。(ただし,山本晴太弁護士の開設・管理に係る「法律事務所の資料アーカイブウェブサイト法院200923日三菱事件判決仮訳http://justice.skr.jp/koreajudgements/8-2.pdf)の理由4イ(2)(エ)1)を見ると,大韓民国旧渉外私法131項の不法行為に係る「その原因となった事実が発生した場所」には損害の結果発生地を含むというのが大韓民国大法院の判例であるそうです。)

 

オ 本件における加害行為地法:日本法

 しかしながら,「原告2」の精神的苦痛(本件判決書4.イ.1)④)に係る不法行為債権に係る加害行為地法は何でしょうか。「原告2」の動員に係る「組織的な欺罔」(本件判決書4.イ.1)②)がされた平壌の法でしょうか(同地の法は北朝鮮法か大韓民国法かがまた問題になります。我が国の裁判所であれば北朝鮮法も準拠法たり得るものとするのでしょうが(澤木=道垣内51頁参照),大韓民国大法院としては断乎同地の法は大韓民国法であるものとするのでしょう。),「幼い年齢で家族と離別し」て「劣悪な環境において危険な労働に従事し」,「強制的に貯金をさせられ」,「外出が制限され,常時監視され」,「苛酷な殴打を受けること」があった(本件判決書4.イ.1)③)場所の法,すなわち,大阪(19箇月くらい)の日本法でしょうか,それとも清津(2箇月くらい)の法(これも北朝鮮法ではなく大韓民国法であることにしましょう。)でしょうか。不法行為については加害行為ごとに訴訟物を異にするのですから(岡口基一『要件事実マニュアル第2版下巻』(ぎょうせい・2007年)141-142頁参照),大阪の分と平壌及び清津の分とで訴訟物を分けてくれればよかったのですが,「原告2」は一連の行為を通じて一つの加害行為があったもの(したがって訴訟物は1個)としているようでもあります。東京地方裁判所平成3924日判決(判時142980頁,判タ769280頁)は「違法行為の極めて重要な部分」が行われた場所を問題にしていますが,そういわれただけではなお,「原告2」に対する不法行為に係る「違法行為の極めて重要な部分」が行われた場所がどこであるかは決めかねます。「意思活動の行われた場所を不法行為地とする行動地法説」という表現(柏木昇「47不法行為―ノウハウの侵害」『渉外判例百選[第三版]』(有斐閣・1995年)97頁)に飛びついて,主に大阪で労働に服したことに加えて,旧日本製鉄株式会社の「意思活動」といえばその極めて重要な部分は当然日本内地で行われたものであるとして,「原告2」の受けた不法行為に係る不法行為地法は日本法であると考えるべきでしょうか。

 ちなみに,先の大戦中に大陸から日本内地に連れて来られて労務に服した中華民国(当時)国民からの服務先企業に対する訴えに係る東京地方裁判所平成15311日判決(訟月502439頁)は,旧法例111項に関し,「不法行為が複数の国にまたがるいわゆる隔地的不法行為の準拠法は,原則として,不法行為が行われたいずれかの地の法律となるが,ある国において不法行為の主要な部分が行われ,他の国においては,副次的又は軽微な部分しか行われていないときは,主要な部分が行われた地の法律によらなければ,最も密接な利害を有する地の公益が維持されないし,行為者の予測も困難になるから,その主要な部分が行われた国の法律が準拠法となると解すべきである。」と判示し,準拠法を日本法としています。

 なお,「損害の結果」たる「原告2」の精神的苦痛の発生地について考えると,夢も希望もあった平壌ではなく,実際に寄宿舎に暮らし労働に従事した大阪及び清津ということになるのではないでしょうか。
 

(3)大韓民国の不法行為法:日本民法の依用から大韓民国民法へ

 不法行為債権の成立(「不法行為能力,不法行為の主観的要件すなわち故意・過失,権利侵害,損害の発生,行為と結果の因果関係など」(澤木=道垣内183頁参照))及び効力(「損害賠償請求権者,賠償の方法,損害賠償の範囲,過失相殺,時効,共同不法行為の連帯責任,損害賠償請求権の譲渡性および相続性など」(澤木=道垣内183頁参照))に係る準拠法は,大韓民国「旧法例111項」によって大韓民国法と決まるのであろうか(北朝鮮法と決まる可能性は捨象),日本法と決まるのであろうかと以上考え,一応日本法であろうということにしたところですが,次に関連して,大韓民国法における不法行為法はどのようなものであったかについて検討しましょう。

 実は,大日本帝国時代の朝鮮においては,朝鮮民事令(明治45年制令第7号)11号によって,日本民法が,民事に関する事項について「本令其ノ他ノ法令ニ特別ノ規定アル場合ヲ除クノ外」依るべき法律の一つであるものとされていました。不法行為については,日本民法の依用に関する「特別ノ規定」である朝鮮民事令の10条から15条までの規定を見る限り,朝鮮においてもそのまま我が民法に依るべきものとされていたものと解されます。「かつて領土が拡張したときに,民法は新領土にも当然に適用されるものかについて,憲法の問題として,大いに議論された。そして,台湾,朝鮮及び樺太には,当然には民法の適用はないという前提で,それぞれ特別の法律〔筆者註:台湾は律令(台湾民事令),朝鮮では制令。樺太は,明治40年法律第25号に基づく勅令(明治40年勅令第9418号)〕を制定し,一定の制限の下に,民法をこれらの領域に適用〔筆者註:樺太では民法は施行され,台湾及び朝鮮では依用〕することにした。」ということです(我妻25-26頁)。

大韓民国民法の附則(www.geocities.jp/koreanlaws/min3.html271号によると,同法の施行される196011日(同附則28条)から「朝鮮民事令第1条の規定により準用された民法,民法施行法及び年齢計算に関する法律は廃止されていますので,これを反対解釈すると,大韓民国独立後も1959年末までは朝鮮民事令11号に基づく我が民法の依用体制は同国においてなお継続していたということでしょう。いわんや大韓民国独立前においてをや,ということになります。
 
(なお,日本の朝鮮に対する主権の喪失の時期がふと気になるのですが,実は諸説紛々,「日本が朝鮮に対する主権を喪失した時期については,ポツダム宣言の受諾,降伏文書の調印,大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国の成立,対日平和条約の発効等が考えられる」という有様です(国際法事例研究会『日本の国際法事例研究(3)領土』(慶応通信・1990年)51頁(大森正仁))。日本による大韓民国の国家承認は,「連合国総司令部に派遣されていた韓国代表部に対し,対日平和条約発効〔1952428日〕後は,政府機関たる地位と領事相当の特権を与える旨の,わが国外務省から当該代表部宛の口上書による黙示承認」によるものであったとされています(国際法事例研究会『日本の国際法事例研究(1)国家承認』(慶応通信・1983年)68頁)。)


(4)日本民法724条後段と本件大韓民国大法院判決

 

ア 判決書の記載

ということで,本件判決書を読み進むと,民法724条に関係するものと思われる議論が出て来ます。

 

  5.上告理由第4点に関して

    差し戻し後の原審は,1965年に韓日間の国交が正常化したが請求権協定関連文書がすべて公開されていなかった状況において,請求権協定により大韓民国国民の日本国または日本国民に対する個人請求権までも包括的に解決されたとする見解が大韓民国内で広く受け入れられてきた事情など,その判示のような理由を挙げて,本件の訴訟提起当時まで原告らが被告に対して大韓民国で客観的に権利を行使できない障害事由があったと見ることが相当であるため,被告が消滅時効の完成を主張して原告らに対する債務の履行を拒絶することは著しく不当であり,信義誠実の原則に反する権利の濫用として許容することはできないと判断した。

    このような差戻し後の原審の判断もまた差戻判決の趣旨に従ったものであって,そこに上告理由の主張のような消滅時効に関する法理の誤解などの違法はない。

 

さきに考えたように本件不法行為に基づく「強制動員慰謝料請求権」に係る準拠法が日本法であるという前提で読むと,我が民法724条後段の規定に関する議論のようです。しかして大韓民国大法院は,同条の20年の期間は除斥期間ではなく,消滅時効期間であるものと解しているように見えます。

 

イ 大韓民国大法院による日本国最高裁判所判例に対する「違背」(準拠法が日本法である場合)

本来,日本民法解釈の総本山である我が最高裁判所の平成元年1221日判決の判例法理によれば,不法行為に基づく本件原告らの「強制動員慰謝料請求権」は,民法724条後段の除斥期間の経過によって,先の大戦の終結から20年たった19659月ころまでには「法律上当然に消滅」していたところです。したがって,大韓民国大法院は,上告理由云々以前に「除斥期間の性質にかんがみ,本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきであり」,同条後段の適用を排除しようとする「信義則違反又は権利濫用の主張は,主張自体失当であって採用の限りではない」と厳然判示して原告らを一刀両断,真っ向唐竹割りにすべきだったはずです。また,日本国最高裁判所平成21428日判決の前例に拠ろうにも,「本件の訴訟提起当時まで原告らが被告に対して大韓民国で客観的に権利を行使できない障害事由」は被告である新日鉄住金株式会社が「殊更に作出」したものではありませんから,前提を欠くということになったはずです。

「外国法が準拠法となるということは,その外国法が当該外国において現実に適用されている意味内容において適用されるということである。外国法の条文のみを翻訳し,日本法の観念に従って解釈することは許されるものではない。判例法の場合,それにどのような権威が認められているかも,当該外国法秩序の中で決定されなければならない。」とは日本の法曹向けの日本の学者による訓戒ですが(澤木=道垣内53頁),このことは大韓民国においても同様でしょう。「日本民法の条文のみを翻訳し,大韓民国法の観念に従って解釈することは許されるものではない」ことになります。また,民法724条後段について論ずる本感想文の主旨からはそれますが,「その外国法が当該外国において現実に適用されている意味内容」ということは,本件においては,「日本民法が日本国において昭和40年法律第144号と共に現実に適用されている意味内容」ということになるのでしょう。昭和40年法律第144号の題名は,長いのですが,「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」といいます(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/05019651217144.htm)。同法は,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第272条の解釈をする際には参照されるべきものでしょう。(同協定のみならず同法という国内法が更に必要であったということを,同協定の日韓各国内における国内法的効力について考えるに当たっては前提とすべきでしょう。)

(なお,我が旧法例を継受した大韓民国旧渉外私法5条は「(社会秩序に反する外国法の規定)外国法によらなければならない場合においてその規定が善良な風俗その他社会秩序に違反する事項を内容とするものであるときは,これを適用しない」と規定していて,「規定の適用」結果を問題とする我が法の適用に関する通則法42条とは異なり,法の内容を問題とするもののように解され得ます。20年の除斥期間の規定は,それ自体では大韓民国の「善良な風俗その他社会秩序に違反する事項を内容とするもの」にはならないでしょう。ただし,「外国法ニ依ルヘキ場合ニ於テ其規定カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スルトキハ之ヲ適用セス」との我が旧法例の規定(平成元年法律第27号による改正前の30条)の解釈について東京地方裁判所平成5129日判決(判時144441頁,判タ81856頁)は,「公序条項を適用して外国法の適用を排除すべきかどうかは,当該外国法の内容自体が内国の法秩序と相容れないかどうかということではなく,当該外国法を適用して当該請求又は抗弁を認容し又は排斥することが内国の社会生活の秩序を害することになるかどうかによって決すべき」ものと述べています。ちなみに,本件判決書2.において,大韓民国大法院は,本件原審の「日本の韓半島と韓国人に対する植民支配が合法的であるという規範認識を前提に日帝の「国家総動員法」と「国民徴用令」を韓半島と〔略〕原告2に適用することが有効であると評価した以上,このような判決理由が含まれる本件日本判決をそのまま承認するのは大韓民国の善良な風俗やその他の社会秩序に違反するもの」との判断を是認しているところ,そこでは国家総動員法(昭和13年法律第55号)及び国民徴用令(昭和14年勅令第451号)の適用が問題とされていますが,昭和40年法律第144号には言及されていません。

しかしながら前記のような真っ向唐竹割り的判示がされなかったということは,日本民法724条後段の解釈において,大韓民国大法院が日本国最高裁判所の権威を否認し,自ら正当と信ずる独自の解釈を打ち出したということになるのでしょうか。無論このことは可能ではあります(裁判所法(昭和22年法律第59号)4条反対解釈)。なお,大日本帝国時代においても,内地の大審院の解釈と朝鮮高等法院の解釈とが統一される必要はなかったところです(「大審院は唯内地のみの最高裁判所で,各殖民地の司法機関は全く別個の系統を為して居」たのでした(美濃部597頁)。)。価値判断的にも,日本国最高裁判所の平成元年1221日判決に係る判例を,平成29年法律第44号の制定をもって覆すこととした我が国の国会及び内閣は,大韓民国大法院の当該解釈に欣然左袒するものでしょう。(内田弁護士も,先の大戦後1949年の不発弾処理作業の際の爆発事故被害者による国家賠償法(昭和22年法律第125号)11項(同法4条によって民法724条が適用されます。)に基づく損害賠償請求を排斥した平成元年1221日判決について,「正義感覚に反することは異論がない」と述べています(内田436頁)。)

 と,以上,本件判決書の一読当初に思ったことをそのまま書いてしまったところがこの感想文が感想文たるゆえんで,現実には大韓民国大法院は日本国最高裁判所の民法724条後段解釈に楯突く気は毛頭なく,本件の準拠法は大韓民国法であるという前提で裁判をしたようです。すなわち,三菱事件に係る同院の2012524日判決は,その4エ(1)において,「「法例」によれば,不法行為に因る損害賠償請求権の成立と効力は不法行為の発生地の法律によることになるが(第11条),本件の不法行為地は大韓民国と日本にわたっているので,不法行為による損害賠償請求権に関して判断する準拠法は大韓民国法若しくは日本法になるであろう。しかし既に原告らは日本法が適用された日本訴訟で敗訴した点に照らして,自己により有利な準拠法として大韓民国法を選択しようという意思を持っていると推認されるので,大韓民国の裁判所は大韓民国法を準拠法にして判断すべきである。」と判示していたところです。どちらにすべきか裁判所が迷うときは有利な準拠法を求める原告の選択に従う,ということでしょうか。なかなか融通が利きます。我が国の法の適用に関する通則法21条も,不法行為の当事者による,不法行為の後における準拠法の変更について定めていますが,しかしながら,同条の「当事者」は原告単独ということではないはずです。

なお,本件新日鉄住金事件原審のソウル高等法院の2013710日判決(仮訳はhttp://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/sengohosho/saibanrei_06.pdf)の理由31)においては,準拠法を大韓民国法とする理由について,大法院の理由付け(原告の意思)に若干の追加がされています。いわく,「本件日本訴訟で敗訴した点に照らして,不法行為の被害者である原告らは自己により有利な準拠法として大韓民国法を選択しようという意思を有すると推認される事,このように準拠法となり得る複数の国家の法がある場合,法廷地の裁判所は当該事案との関連性の程度,被害者の権利保護の必要性と加害者の準拠法に対する予測可能性及び防御権保障等,当事者間の公平・衡平と正義,裁判の適正性等を併せて考慮し,準拠法を選択・決定することができると言えるが,このような要素を全て考慮すると大韓民国法を準拠法とするのが妥当であると解される事などを総合し,大韓民国法を準拠法として判断することにする。」

日本法と大韓民国法とを累積的に適用するというのでは駄目だったのでしょうね。

 それでは当事者の属人法でいくのではどうかといえば,南極大陸のように行為地に法が存在しない地で発生した不法行為について「折茂〔豊〕教授が,両当事者が互にその属人法を異にするときは双方の属人法を重畳的に適用すべきではなく,被告のそれを準拠法とすべきであろうか,とされている〔折茂・国際私法(各論)〔新版〕(1972年)184頁〕のは注目に値する。」とされています(田辺信彦「48不法行為―公海上の不法行為」『渉外判例百選8[第三版]』99頁)。となると本件の場合は,日本法となってしまいます。
 

ウ 消滅時効期間に変化済みとなった除斥期間(大韓民国法が準拠法である場合)

本件不法行為に基づく「強制動員慰謝料請求権」に係る準拠法が大韓民国法であった場合(大韓民国大法院はそう考えているらしいことは前記のとおり。)は,次のように考えるのでしょう。(なお,大日本帝国時代であれば,朝鮮民事令が日本民法を依用していたので,旧法例の準用による国際私法的判断過程(共通法22項)を経ずに共通法21項により,法廷地法である朝鮮法が適用されることになっていました(藤沼武男『共通法逐条解説』(非売品・1918年)16頁,19頁参照)。)

大韓民国民法766条(http://www.geocities.jp/koreanlaws/min2.html)は「①不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人がその損害及び加害者を知った日から3年間これを行使しなければ,時効により消滅する。/②不法行為をした日から10年を経過したときも,前項と同様である。」と規定しています。10年が経過したときは「前項と同様」に「時効により消滅する。」,と(少なくとも筆者には)読みやすくなっています。我が民法724条の20年が10年に短縮されていますが,これは,「第167条第1項ニ於テ債権ノ普通時効ヲ10年トシタル以上ハ本条末段ノ20年ハ或ハ之ヲ改メテ10年トスルヲ可トスヘキカ」との梅謙次郎の意見(梅918頁)が取り入れられたものかもしれません(大韓民国民法1621項(http://www.geocities.jp/koreanlaws/min1.html)も債権の消滅時効期間を10年としています)。

大韓民国民法の附則2条は「(本法の遡及効)本法の特別の規定がある場合のほかは,本法施行日前の事項に対してもこれを適用する。ただし,既に旧法により生じた効力に影響を及ぼさない。」と規定し,附則8条は「(時効に関する経過規定)①本法施行当時に,旧法の規定による時効期間を経過した権利は,本法の規定により取得又は消滅したものとみなす。/②本法施行当時に,旧法による消滅時効の期間を経過していなかった権利には,本法の時効に関する規定を適用する。/③〔略〕/④第1項及び第2項の規定は,時効期間でない法定期間に,これを準用する。」と規定しています。大韓民国民法の施行は196011日ですから,本件「強制動員慰謝料請求権」については,朝鮮民事令によって依用された民法724条後段の20年の除斥期間はいまだに経過していないところでした。この場合大韓民国民法附則84項及び2項並びに附則2条を当該除斥期間との関係でどのように解釈適用するかですが,やはり10年の時効期間に変じていたものとするのでしょう。除斥期間が消滅時効期間に化けることについては,実は大韓民国が我が国の先達であった,ということになります。


 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

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