1 内田貴『民法Ⅳ』と浅田次郎「ラブ・レター」

 東京大学出版会の『民法Ⅰ~Ⅳ』教科書シリーズで有名な内田貴教授は,現在弁護士をされているそうです。

 専ら民事法関係の仕事をされるわけでしょうか(最高裁判所平成28年7月8日判決・判時232253頁の被上告人訴訟代理人など)。しかし,刑事弁護でも御活躍いただきたいところです。

 

 内田貴教授の『民法Ⅳ 親族・相続』(2002年)6364頁に「白蘭の婚姻意思」というコラムがあります。

 

  外国人の日本での不法就労を可能とするための仮装結婚が,ときにニュースになる。そのような行為も目的を達すれば有効だなどと言ってよいのだろうか。ベストセラーとなった浅田次郎の『鉄道員(〔ぽっぽや〕)』(集英社,1997年)に収録されている「ラブ〔・〕レター」という小説が,まさにそのような婚姻を描いている。中国人女性(ぱい)(らん)新宿歌舞伎町の裏ビデオ屋の雇われ店長である吾郎との婚姻届を出し,房総半島の先端付近にある千倉という町で不純な稼ぎをしていたが,やがて病死する。死を前にした白蘭は,会ったこともない夫の吾郎に宛てて感謝の手紙を書いた。遺体を荼毘に付すため千倉に赴いた吾郎はこの手紙を読む。

  さて,白蘭の手紙がいかに読者の涙を誘ったとしても,見たこともない男との婚姻など無効とすべきではないだろうか。

  〔中略〕小説とは逆に,白蘭ではなく吾郎が病死し,法律上の妻である白蘭と吾郎の親〔ママ。小説中の吾郎の夢によれば,吾郎の両親は既に亡くなり,オホーツク海沿いの湖のほとりにある漁村に兄が一人いることになっていました。〕との間で相続争いが生じたとしたらどうだろうか。伝統的な民法学説は,吾郎と白蘭の婚姻は無効だから,白蘭に相続権はないと言うだろう。しかし,たとえ不法就労を助けるという目的であれ,法律上の婚姻をすれば戸籍上の配偶者に相続権が生ずることは当事者にはわかっていたことである。それを覚悟して婚姻届を出し,当事者間では目的を達した以上,評価規範としては婚姻を有効として相続権をめぐる紛争を処理すべきだというのが本書の立場である。つまり,評価規範としては,見たこともない相手との婚姻も有効となりうる。法制度としての婚姻を当事者が利用した以上,第三者が口を挟むべきではない,という考え方であるが,読者はどのように考えられるだろうか。

 

「裏ビデオ屋」であって「裏DVD屋」でないところが前世紀風ですね。(ちなみに,刑事弁護の仕事をしていると,裏DVDに関係した事件があったりします。証拠が多くて閉口します。)

「目的の達成」とか「評価規範」といった言葉が出てきます。これは,婚姻の成立要件である婚姻意思(民法742条1号は「人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」は婚姻は無効であると規定しています。)に係る内田教授の次の定式と関係します。

 

 「婚姻意思とは,法的婚姻に伴う法的効果を全面的に享受するという意思である。しかし,〔事後的な〕評価規範のレベルでは,たとえ一部の効果のみを目的とした婚姻届がなされた場合でも,結果的に婚姻の法的効果を全面的に生ぜしめて当事者間に問題を生じない場合には,有効な婚姻と認めて差し支えない」(内田63頁)

 

法的婚姻には数多くの法的効果(同居協力扶助義務(民法752条),貞操義務(同法770条1項1号),婚姻費用分担義務(同法760条),夫婦間で帰属不明の財産の共有推定(同法762条2項),日常家事債務連帯責任(同法761条),夫婦間契約取消権(同法754条),相続(同法890条),妻の懐胎した子の夫の子としての推定(同法772条),準正(同法789条),親族(姻族)関係の発生(同法725条),成年擬制(同法753条),夫婦の一方を死亡させた不法行為による他方配偶者の慰謝料請求権(同法711条),離婚の際の財産分与(同法768条)等)が伴いますが,これらの効果は一括して相伴うmenuであって,自分たちに都合のよい一部の効果のみを目的としてà la carte式に摘み食いするわけにはいきません。

吾郎と白蘭としては,白蘭が日本人の配偶者としての地位を得て,出入国管理及び難民認定法(昭和26年政令第319号。以下「入管法」といいます。)別表第2の上欄の日本人の配偶者等としての在留資格に在留資格を変更(入管法20条)することができるようになる効果のみを目的として婚姻届をした(民法739条1項)ということでしょう。
 (なお,婚姻の成立は吾郎については日本民法,白蘭については中華人民共和国民法により(法の適用に関する通則法(平成
18年法律第78号。以下「法適用法」といいます。)24条1項(旧法例(明治31年法律第10号)13条1項)。白蘭には,中華人民共和国の駐日代表機関が発給した証明書の添付が求められることになります(谷口知平『戸籍法』(有斐閣・1957年)107頁参照)。),婚姻の方式は日本民法及び戸籍法により(法適用法24条2項・3項(旧法例13条2項・3項)),婚姻の効力は日本民法による(法適用法25条(旧法例14条))こととなったもののようです。ちなみに,中華人民共和国婚姻法5条は,婚姻は男女双方の完全な自由意思によらなければならない旨規定しています。)

入管法の「「別表第2の上欄の在留資格をもつて在留する者」すなわち地位等類型資格をもって在留する外国人は,在留活動の範囲について〔入管法上〕何ら制限がないので,本法においてあらゆる活動に従事することができ」ます(坂中英徳=齋藤利男『出入国管理及び難民認定法逐条解説(改訂第四版)』(日本加除出版・2012年)366頁)。ただし,日本人の配偶者等の在留期間は,入管法2条の2第3項の法務省令である出入国管理及び難民認定法施行規則(昭和56年法務省令第54号。以下「入管法施行規則」といいます。)3条及び別表第2によれば,5年,3年,1年又は6月となります。入管法20条2項の法務省令である入管法施行規則20条2項及び別表第3によれば,白蘭は,日本人の配偶者等に在留資格を変更する申請をするに当たって,資料として「当該日本人〔吾郎〕との婚姻を証する文書及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕又はその配偶者〔吾郎〕の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」の提出を求められたようです。また,在留期間の更新(入管法21条)の都度「当該日本人〔吾郎〕の戸籍謄本及び住民票の写し」,「当該外国人〔白蘭〕,その配偶者〔吾郎〕・・・の職業及び収入に関する証明書」及び「本邦に居住する当該日本人〔吾郎〕の身元保証書」を提出していたことになります(入管法21条2項,入管法施行規則21条2項・別表第3の5)

(なお,入管法20条3項及び21条3項は「法務大臣は,当該外国人が提出した文書により・・・適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」と規定していますが,文書審査以外をしてはいけないわけではなく,同法20条3項につき「法務大臣は原則として書面審査により在留資格の変更の許否を決定するという趣旨である。しかし,法務大臣が適正な判断を行うために必要と認める場合には入国審査官をして外国人その他の関係人に対し出頭を求め,質問をし,又は文書の提出を求める等の事実の調査(第59条の2)をさせることができるほか,審査の実務においては,任意の方法により外国人の活動実態等を実地に見聞することが行われている。」と説明されています(坂中=齋藤454455頁)。)

内田教授は,「「婚姻には婚姻意思がなければならない(婚姻意思のない婚姻は無効である)」という法的ルールが〔事前の〕行為規範として働く場面では,〔略〕やはりその法的効果を全面的に享受するという意思をもって届出をなすべきであり,単なる便法としての婚姻〔略〕は望ましくないという議論は,十分説得的である。」としつつ,「しかし,ひとたび便法としての婚姻届〔略〕が受理されてしまった場合,この行為をどのように評価するかという局面では別の考慮が働く。たとえ婚姻の法的効果を全面的に享受する意思がなかった場合であっても,当事者が便法による目的をすでに達しており,婚姻の法的効果を全面的に発生させても当事者間にはもはや不都合は生じないという場合には(たとえば,当事者間には紛争がなく,もっぱら第三者との関係で紛争が生じている場合など),〔事後の〕評価規範を〔事前の〕行為規範から分離させて,実質的婚姻意思(全面的享受意思)がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地がある。〔略〕最判昭和381128日〔略〕は,便法としての離婚がその目的を達した事案であるが,まさにこのような観点から正当化できるのである。」と説いています(内田62頁)。「最判昭和381128日」は,「旧法下の事件であるが,妻を戸主とする婚姻関係にある夫婦が,夫に戸主の地位を与えるための方便として,事実上の婚姻関係を維持しつつ協議離婚の届出を行ない,その後夫を戸主とする婚姻届を改めて出したという事案」であって,「訴訟は,妻の死後,戸籍上いったん離婚したことになっているために戦死した長男の遺族扶助料を受けられなくなった夫が,離婚の届出の無効を主張してものであるが,最高裁は便法としての離婚を有効とした」ものです(内田58頁)。

「〔以上の内田説が採用されたならば〕便法として婚姻届を出すことが増えるのではないかという心配があろう。しかし,〔当事者間で〕もめごとが生ずればいつ無効とされるかもしれないというリスクはあるのであって,それを覚悟して行なうなら,あえて問題とするまでもないだろう。なぜなら,便法としての婚姻届そのものは,道徳的に悪というわけではないからである。」というのが内田貴弁護士の価値判断です(内田63頁)。

 

2 吾郎と白蘭の犯罪

しかしながら,吾郎と白蘭とが婚姻届を出した行為は,「道徳的に悪というわけではない」日中友好のほのぼのとした話であるどころか,犯罪行為なのです。

 

 (公正証書原本不実記載等)

刑法157条 公務員に対し虚偽の申立てをして,登記簿,戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ,又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は,5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

2 〔略〕

3 前2項の罪の未遂は,罰する。

 

 吾郎と白蘭との婚姻の方式は日本民法及び戸籍法によったものと解されるわけですが,「日本人と外国人との婚姻の届出があつたときは,その日本人について新戸籍を編成する。ただし,その者が戸籍の筆頭に記載した者であるときは,この限りでない。」と規定されています(戸籍法16条3項)。「日本人と外国人が婚姻した場合,婚姻の方式について日本法が準拠法になれば必ず婚姻届が出され,その外国人は日本戸籍に登載されないとしても,この婚姻は日本人配偶者の身分事項欄にその旨の記載がなされるので,婚姻関係の存在だけは戸籍簿上に表示される」ところです(澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第4版補訂版)』(有斐閣・1998年)136137頁)。「国籍の変更はないから日本人たる夫或は妻の戸籍に何国人某と婚姻の旨記載する。氏や戸籍の変更はない(夫婦の称する氏欄の記載の要がない)」ところ(谷口107頁),日本国民の高野吾郎と中華人民共和国民の康白蘭とが婚姻したからといって両者の氏が同一になるわけではありません(民法750条どおりというわけにはいきません。ただし,戸籍法107条2項により吾郎は婚姻から6箇月以内の届出で氏を康に変えることができたところでした。)。「外国人にも戸籍法の適用があり出生,死亡などの報告的届出義務を課せられ(日本在住の外国人間の子及び日本在住米国人と日本人間の子につき出生届出義務を認める,昭和24年3月23日民甲3961号民事局長回答),創設的届出も日本において為される身分行為についてはその方式につき日本法の適用がある結果,届出が認められる。但し外国人の戸籍簿はないから,届書はそのまま綴り置き戸籍に記載しない。ただ身分行為の当事者一方が日本人であるときは,その者の戸籍にのみ記載することとなる。」というわけです(谷口5455頁)。

吾郎の戸籍の身分事項欄に当該公務員によって記載又は記録(戸籍法119条1項)された白蘭との婚姻の事実が虚偽の申立てによる不実のものであれば,刑法157条1項の罪が,婚姻届をした吾郎及び白蘭について成立するようです。第一東京弁護士会刑事弁護委員会編『量刑調査報告集Ⅳ』(第一東京弁護士会・2015年)144145頁には「公正証書原本不実記載等」として2008年7月から2013年2月までを判決日とする19件の事案が報告されていますが,そのうち18件が吾郎・白蘭カップル同様の日本人と外国人との「偽装婚姻」事案となっています。大体執行猶予付きの判決となっていますが,さすがに同種前科3犯の被告人(日本人の「夫」)は実刑判決となっています。外国人の国籍は,ベトナム,中華人民共和国,大韓民国,フィリピン及びロシアとなっていて,その性別は女性ばかりではなく男性もあります。

 内田弁護士の前記理論は,見事に無視されている形です。

 実務は次の最高裁判所の判例(昭和441031日第二小法廷判決民集23101894頁)に従って動いているのでしょう。

 

 〔民法742条の〕「当事者間に婚姻をする意思がないとき」とは,当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指すものと解すべきであり,したがってたとえ婚姻の届出自体について当事者間に意思の合致があり,ひいて当事者間に,一応,所論法律上の夫婦という身分関係を設定する意思はあったと認めうる場合であっても,それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものにすぎないものであって,前述のように真に夫婦関係の設定を欲する効果意思がなかった場合には,婚姻はその効力を生じないものと解すべきである。

  これを本件についてみるに,〔中略〕本件婚姻の届出に当たり,XYとの間には, B女に右両名間の嫡出子としての地位を〔民法789条により〕得させるための便法として婚姻の届出についての意思の合致はあったが,Xには,Y女との間に真に前述のような夫婦関係の設定を欲する効果意思はなかったというのであるから,右婚姻はその効力を生じないとした原審の判断は正当である。所論引用の判例〔便法的離婚を有効とした前記最判昭和381128日〕は,事案を異にし,本件に適切でない。

 

 内田弁護士の主張としては,最判昭和441031日の事案では「一方当事者が裏切った」ことによって「便法が失敗」したから「全面的に婚姻〔略〕の法的効果を生ぜしめることは,明らかに当事者の当初の意図に反する。そこで,原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて,結果的に意思を欠くから無効という判断」になったのだ(内田63頁),しかし,最判昭和381128日の事案では問題の便法的離婚について「当該身分行為の効果をめぐって当事者間に紛争が生じた場合」ではなかったのだ(夫婦間で紛争のないまま妻は既に死亡),最判昭和441031日で最高裁判所の言う「事案を異にし」とはそういう意味なのだ,だから,吾郎・白蘭間の「偽装婚姻」被告事件についても当事者である吾郎と白蘭との間で紛争がなかった以上両者の婚姻は有効ということでよいのだ,公正証書原本不実記載等の罪は成立しないのだ,検察官は所詮第三者にすぎないのだからそもそも余計な起訴などすべきではなかったのだ,ということになるのでしょうか。

 (なお,筆者の手元のDallozCODE CIVIL (ÉDITION 2011)でフランス民法146条(Il n’y a pas de mariage lorsqu’il n’y a point de consentement.(合意がなければ,婚姻は存在しない。))の解説部分を見ると,19631120日にフランス破毀院第1民事部は,「夫婦関係とは異質な結果を得る目的のみをもって(ne…qu’en vue d’atteindre un résultat étranger à l’union matrimoniale)両当事者が挙式に出頭した場合には合意の欠缺をもって婚姻は無効であるとしても,これに反して,両配偶者が婚姻の法的効果を制限することができると信じ,かつ,特に両者の子に嫡出子としての地位(la situation d’enfant légitime)を与える目的のみのために合意を表明した場合には,婚姻は有効である。」と判示したようです。)
 (入管法74条の8第1項は「退去強制を免れさせる目的で,第24条第1号又は第2号に該当する外国人を蔵匿し,又は隠避させた者は,3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。」と規定していますが(同条2項は営利目的の場合刑を加重,同条3項は未遂処罰規定),入管法24条1号に該当する外国人とは同法3条の規定に違反して本邦に入った者(不法入国者(我が国の領海・領空に入った段階から(坂中=齋藤525頁))),同法24条2号に該当する外国人は入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者(不法上陸者)であって,白蘭は合法的に我が国に入国・上陸しているでしょうから,白蘭との「偽装婚姻」が入管法74条の8に触れるということにはならないでしょう。むしろ,平成28年法律第88号で整備され,2017年1月1日から施行されている入管法70条1項2号の2の罪(偽りその他不正の手段により在留資格の変更又は在留資格の更新の許可を受けた者等は3年以下の懲役若しくは禁錮若しくは300万円以下の罰金又はその懲役若しくは禁錮及び罰金を併科)及び同法74条の6の罪(営利の目的で同法70条1項2号の2に規定する行為の実行を容易にした者は3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はこれを併科)が「偽装婚姻」に関係します。「偽りその他不正の手段」は,入管法22条の4第1項1号について「申請人が故意をもって行う偽変造文書,虚偽文書の提出若しくは提示又は虚偽の申立て等の不正行為をいう。」と説明されています(坂中=齋藤489頁)。「営利の目的で」は,入管法74条2項について「犯人が自ら財産上の利益を得,又は第三者に得させることを目的としてという意味」であるとされています(坂中=齋藤1016頁)。入管法74条の6の「実行を容易にした」行為については,「「営利の目的」が要件になっているが,行為態様の面からは何ら限定されていないから,「〔略〕実行を容易にした」といえる行為であれば本罪が成立する。」とされています(坂中=齋藤1027頁)。)


3 婚姻事件に係る検察官の民事的介入

 しかし,検察官は婚姻の有効・無効について全くの第三者でしょうか。

 

(1)検察官による婚姻の取消しの訴え

 

ア 日本

民法744条1項は「第731条から第736条までの規定に違反した婚姻〔婚姻適齢未満者の婚姻,重婚,再婚禁止期間違反の婚姻,近親婚,直系姻族間の婚姻又は養親子等の間の婚姻〕は,各当事者,その親族又は検察官から,その取消しを家庭裁判所に請求することができる。ただし,検察官は,当事者の一方が死亡した後は,これを請求することができない。」と規定しているところです。検察庁法(昭和22年法律第61号)4条に規定する検察官の職務に係る「公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務」に当たるものです。「前記のような要件違反の婚姻が存続することは,社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでないため,たとえ各当事者やその親族などが取消権を行使しなくても,公益の代表者たる検察官をして,その存続を解消させるべきだという理由によるものと思われる。」とされています(岡垣学『人事訴訟の研究』(第一法規・1980年)61頁)。

 

イ フランス

 母法国であるフランスの民法では,「婚姻取消の概念はなく,合意につき強迫などの瑕疵があって自由な同意がない場合(同法180条),同意権者の同意を得なかった場合(同法182条)には,その婚姻は相対的無効であり(理論上わが民法の婚姻取消に相当),特定の利害関係人が一定の期間内に無効の訴を提起することができるが,検察官が原告となることはない〔ただし,その後の改正により,第180条の自由な同意の無い場合は検察官も原告になり得ることになりました。〕。これに対して,不適齢婚,〔合意の不可欠性,出頭の必要性,〕重婚,近親婚に関する規定(同法144条・〔146条・146条の1・〕147条・161条‐163条)に違反して締結された公の秩序に関する実質的要件を欠く婚姻は絶対無効とし,これを配偶者自身,利害関係人のほか,検察官も公益の代表者として主当事者(Partieprincipale(sic))となり,これを攻撃するため婚姻無効の訴を提起することができるのみならず,その義務を負うものとしている(同法184条・190条)」そうです(岡垣6162頁)。フランス民法190条は「Le procureur de la République, dans tous les cas auxquels s’applique l’article 184, peut et doit demander la nullité du mariage, du vivant des deux époux, et les faire condamner à se séparer.(検察官は,第184条が適用される全ての事案において,両配偶者の生存中は,婚姻の無効を請求し,及び別居させることができ,かつ,そうしなければならない。)」と規定しています。

 フランスにおける婚姻事件への検察官による介入制度の淵源は,人事訴訟法(平成15年法律第109号)23条の検察官の一般的関与規定(「人事訴訟においては,裁判所又は受命裁判官若しくは受託裁判官は,必要があると認めるときは,検察官を期日に立ち会わせて事件につき意見を述べさせることができる。/検察官は,前項の規定により期日に立ち会う場合には,事実を主張し,又は証拠の申出をすることができる。」)に関して,次のように紹介されています。

 

 〔前略〕フランス法が婚姻事件につき検察官の一般的関与を認めた淵源を遡ると,近世教会法における防禦者(matrimonü)関与の制度にいたる。もともとローマ法には身分関係争訟に関する特別手続がなく,民事訴訟の原則がそのまま適用されており,右の特別手続を定めたのは教会法である。すなわち,近世ヨーロッパでは婚姻事件は教会(教会裁判所)の管轄に属しており,174111月3日の法令をもって,婚姻無効事件には防禦者が共助のために関与すべきものとし,これに婚姻を維持するための事情を探求し,また証拠資料を提出する職責を与えたため,防禦者は事件に関する一切の取調に立ち合うことを必要とした。――今日のバチカン教会婚姻法が,婚姻無効訴訟を審理する教会裁判所は,3名の裁判官,1名の公証人のほかに,被告の弁護人で婚姻の有効を主張して争うことを職務とする婚姻保護官(defensor vinculi)からなるとしているのは(同法1966条以下),この流れを引くものとみられる。――その後婚姻事件に関する管轄が教会から通常裁判所に移るとともに,フランスでは防禦者に代って公益の代表者たる検察官が訴訟に関与するものとされたのである。(岡垣116頁)

 

  フランスでは,人事訴訟のみならず民事事件全般につき,検察官の一般的関与の権限を認める1810年4月20日の法律(Sur l’organization(sic) de l’odre(sic) judiciaire et l’administration de la justice46条が現在でも有効である。検察官は当事者でない訴訟においても,法廷で裁判官に意見を述べるため,従たる当事者(partie jointe)として関与するのである。この関与は原則として任意的であって,検察官はとくに必要であると認めるときでなければ関与しない。しかし,破毀院の事件,人の身分および後見に関する事件その他検察官に対し事件の通知――記録の事前回付――をすべきものと法定されている事件ならびに裁判所が職権をもって検察官に対し通知すべきことを命じた事件(フランス民訴法83条)については,検察官の関与が必要的であって,意見の陳述をなすべきものとされている。(岡垣118頁)

 

  1810年4月20日の司法部門組織及び司法行政に関する法律46条は,次のとおり(どういうわけか,ルクセンブルク大公国の官報局のウェッブ・サイトにありました。)。

 

 46.

  En matière civile, le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

  Il surveille l’exécution des lois, des arrêts et des jugements; il poursuit d’office cette exécution dans les dispositions qui intéressent l’ordre public.

(民事については,検察官(le ministère public)は,法律で定められた事件において職責として(d’office)訴訟の当事者となる(agit)。

 検察官は,法律並びに上級審及び下級審の裁判の執行を監督し,公の秩序にかかわる事項における当該執行は,職責として訴求する。)

 

 この辺,現在のフランス民事訴訟法は次のように規定しています。

 

Article 421

Le ministère public peut agir comme partie principale ou intervenir comme partie jointe. Il représente autrui dans les cas que la loi détermine.

(検察官は,訴訟の主たる当事者となり,又は従たる当事者として訴訟に関与することができる。検察官は,法律の定める事件において他者を代理する。)

 

Article 422

Le ministère public agit d’office dans les cas spécifiés par la loi.

(検察官は,法律で定められた事件において職責として訴訟の当事者となる。)

 

Article 423

En dehors de ces cas, il peut agir pour la défense de l’ordre public à l’occation des faits qui portent atteinte à celui-ci.

 (前条に規定する場合以外の場合において,検察官は,公の秩序に侵害を及ぼす事実があるときは,公の秩序の擁護のために訴訟の当事者となることができる。)

 

Article 424

Le ministère public est partie jointe lorsqu’il intervient pour faire connaître son avis sur l’application de la loi dans une affaire dont il a communication.

 (検察官は,事件通知があった事件について法の適用に係る意見を述べるために関与したときは,従たる当事者である。)

 

Article 425

Le ministère public doit avoir communication:

1° Des affaires relatives à la filiation, à l’organisation de la tutelle des mineurs, à l’ouverture ou à la modification des mesures judiciaires de protection juridique des majeurs ainsi que des actions engagées sur le fondement des dispositions des instruments internationaux et européens relatives au déplacement illicite international d’enfants;

2° Des procédures de sauvegarde, de redressement judiciaire et de liquidation judiciaire, des causes relatives à la responsabilité pécuniaire des dirigeants sociaux et des procédures de faillite personnelle ou relatives aux interdictions prévues par l’article L.653-8 du code de commerce.

Le ministère public doit également avoir communication de toutes les affaires dans lesquelles la loi dispose qu’il doit faire connaître son avis.

(次に掲げるものについては,検察官に対する事件通知がなければならない。

第1 親子関係,未成年者の後見組織関係,成年者の法的保護のための司法的手段の開始又は変更関係の事件並びに子供の国際的不法移送に係る国際的及び欧州的文書の規定に基づき提起された訴訟

第2 再生,法的更生及び法的清算の手続,会社役員の金銭的責任に関する訴訟並びに個人の破産又は商法典L第653条の8の規定する差止めに関する手続

それについて検察官が意見を述べなくてはならないと法律が定める全ての事件についても,検察官に対する事件通知がなければならない。)

 

Article 426

Le ministère public peut prendre communication de celles des autres affaires dans lesquelles il estime devoir intervenir.

(検察官は,その他の事件のうち関与する必要があると思料するものについて,事件通知を受けることができる。)

 

Article 427

Le juge peut d’office décider la communication d’une affaire au ministère public.

 (裁判官は,その職責に基づき,事件を検察官に事件通知することを決定することができる。)

 

Article 428

La communication au ministère public est, sauf disposition particulière, faite à la diligence du juge.

Elle doit avoir lieu en temps voulu pour ne pas retarder le jugement.

 (検察官に対する事件通知は,別段の定めがある場合を除いては,裁判官の発意により行う。

 事件通知は,裁判の遅滞をもたらさないように適切な時期に行われなければならない。)

 

Article 429

Lorsqu’il y a eu communication, le ministère public est avisé de la date de l’audience.

 (事件通知があったときには,検察官は弁論期日の通知を受ける。)

 

ウ ドイツ

ドイツはどうかといえば,第二次世界大戦敗戦前は「詐欺・強迫などの事由のある婚姻は取り消しうるものとし,特定の私人が一定の期間内に婚姻取消の訴を提起することができるが,検察官の原告適格を認めていない。しかし,重婚,近親婚などの制限に違反した婚姻は無効とし,該婚姻につき検察官および各配偶者などにその訴の原告適格を認めていた。ところが,〔略〕右の無効原因がある場合につき,第二次大戦後の婚姻法改正によって,西ドイツでは検察官の原告適格を全面的に否定した」そうです(岡垣62頁)。

 

(2)検察官による婚姻の無効の訴え(消極)

 民法742条1号に基づく婚姻の無効の訴え(人事訴訟法2条1号)の原告適格を検察官が有するか否かについては,しかしながら,「民法その他の法令で検察官が婚姻無効の訴について原告適格を有することを直接または間接に規定するものはなく,その訴訟物が〔略〕私法上の実体的権利であることを考えると,民法は婚姻取消の特殊性にかんがみ,とくに検察官に婚姻取消請求権なる実体法上の権利行使の権能を与えたものとみるべきであり,婚姻取消の訴につき検察官の原告適格が認められているからといって,婚姻無効の訴にこれを類推することは許されないというべきである。」と説かれています(岡垣66頁)。

婚姻関係の存否の確認の訴え(人事訴訟法2条1号)についても,「この訴における訴訟物は夫婦関係の存否確認請求権であって,その本質は実体私法上の権利であるところ,民法その他の法令で検察官にその権利を付与したとみるべき規定がないため」,婚姻の無効の訴えについてと同様「この訴についても検察官の原告適格を認めることができないであろう。」とされています(岡垣73頁)。

戸籍法116条2項は,適用の場面の無い空振り規定であるものと解されているところです(法務省の戸籍制度に関する研究会の第5回会合(2015年2月19日)に提出された資料5の「戸籍記載の正確性の担保について」6頁・11頁)。戸籍法116条は,「確定判決によつて戸籍の訂正をすべきときは,訴を提起した者は,判決が確定した日から1箇月以内に,判決の謄本を添附して,戸籍の訂正を申請しなければならない。/検察官が訴を提起した場合には,判決が確定した後に,遅滞なく戸籍の訂正を請求しなければならない。」と規定しています。これに対して,検察官の提起した婚姻取消しの訴えの勝訴判決に基づく戸籍記載の請求に係る戸籍法75条2項の規定は生きているわけです。

 

(3)検察官による民事的介入の実態

 婚姻の無効の訴えについて検察官には原告適格は無いものとされているところですが,そもそも検察官による婚姻の取消しの訴えの提起も,2001年4月1日から同年9月30日までの間に調査したところその間1件も無く,検察庁で「これについて実際にどういう手続をとっているかということも分からない」状態でした(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 また,検察官の一般的関与について,旧人事訴訟手続法(明治31年法律第13号)には下記のような条項があったところですが,同法5条1項は大審院も「検事ニ対スル一ノ訓示規定ニ外ナラ」ないとするに至り(大判大正9・1118民録261846頁),弁論期日に検察官が出席し立ち会わないことは裁判所が審理を行い判決をするにつきなんらの妨げにもならないとされていたところです(岡垣129頁・128頁)。同法6条については,「人事訴訟手続法6条・26条に「婚姻(又ハ縁組)ヲ維持スル為メ」という文言のあるのは,単に〔当時のドイツ民事訴訟法を範としたという〕沿革的な意味をもつにとどまり,一般に婚姻または縁組を維持するのが公益に合致することが多く,かつ,望ましいところでもあるので,その趣旨が示されているにすぎず,それ以上の意義をもつものではない。したがって,右人事訴訟手続法上の文言にもかかわらず,検察官は婚姻事件および養子縁組事件のすべてにつき,婚姻または縁組を維持する為めであると否とを論ぜず,事実および証拠方法を提出することが可能というべきである。」と説かれていました(岡垣149頁)。要は,旧人事訴訟手続法の規定と検察官の仕事の実際との間には齟齬があったところです。2001年4月1日から同年9月30日までの間に係属した人事訴訟事件について,検察庁は4248件の通知を受けていますが(旧人事訴訟手続法5条3項),「これに対して検察官の方がとった措置というのはゼロ件」でありました(法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会第3回会議(20011116日)議事録)。

 

 第5条 婚姻事件ニ付テハ検察官ハ弁論ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ要ス

  検察官ハ受命裁判官又ハ受託裁判官ノ審問ニ立会ヒテ意見ヲ述フルコトヲ得

  事件及ヒ期日ハ検察官ニ之ヲ通知シ検察官カ立会ヒタル場合ニ於テハ其氏名及ヒ申立ヲ調書ニ記載スヘシ

 

 第6条 検察官ハ当事者ト為ラサルトキト雖モ婚姻ヲ維持スル為メ事実及ヒ証拠方法ヲ提出スルコトヲ得

 

(4)仏独における婚姻の無効の訴え

 

ア フランス

 これに対してフランスはどうか。「フランス民法は,その146条で,合意なきときは婚姻なしと規定し,婚姻は当事者の真に自由な合意の存在を要するという大原則を宣言するとともに,右の規定に違反して締結された婚姻は,前に婚姻取消の関係において述べたと同じく配偶者自身,利害関係人または検察官が主当事者としてこれを攻撃しうべく,検察官は配偶者双方の生存中にかぎって婚姻無効の訴を提起することができ,しかもこれを提起すべき義務を有するとしている(同法184条・190条)。さらに婚姻の形式的要件とされる公開性の欠如または無管轄の身分官吏の面前で挙式された婚姻は,配偶者自身,父母などのほか検察官もこれを攻撃するため,婚姻無効の訴を提起することができるとしている(同法191条)。」と報告されています(岡垣6667頁)。

 

イ ドイツ

 次は,ドイツ。「ドイツでは,もと民事訴訟法632条が婚姻無効の訴につき検察官の原告適格を認めるとともに,1938年の婚姻法は検察官のみが婚姻無効の訴を提起しうる場合,検察官および配偶者の一方が婚姻無効の訴を提起しうる場合,婚姻が当事者の一方の死亡や離婚によって解消後は検察官のみが原告適格を有すること,当事者双方が死亡したときは何びとも訴を提起しえない旨を規定し(同法21条ないし28条。同民訴法632条・636条・628条参照),1946年の婚姻法も手続的には同趣旨の規定をしていた(同法24条。1938年婚姻法28条において,検察官が訴を提起しうる場合についてはナチス的色彩が強度であったが,これが改正された点が著しく異る)。そのほか,同民事訴訟法640条3項後段は,検察官が子の両親に対して,または一方の親の死亡後生存する親に対して婚姻無効の訴を提起した場合に,判決確定前両親が死亡したときは,検察官は婚姻無効の訴を子に対する非嫡出確定の訴に変更すべきものとしていた。しかるに,西ドイツでは第二次大戦後1961年の改正婚姻法が非嫡出子確定の訴を削除したため,それにともなって右の制度も廃止されるにいたった。」とのことです(岡垣67頁)。

 

4 婚姻の無効の性質と刑事訴訟

 婚姻の無効の性質については,「多数説は当然無効説を支持」しているところ(すなわち,裁判による無効の宣言をもって無効となるとする形成無効説を採らない。),「判例も当然無効説に立つ(最判昭和34年7月3日民集13‐7‐905。その結果,人訴法2条1号の定める婚姻無効の訴えは確認の訴えと解することになる。ただし,同法24条により対世的効力がある)」ものとされています(内田82頁)。

 日本の民法の世界では検察官には婚姻の無効の訴えを吾郎及び白蘭を被告として提起する(人事訴訟法12条2項)原告適格はないにもかかわらず,刑法の世界では,婚姻の無効は当然無効であることを前提として,公正証書原本不実記載等の罪の容疑で吾郎及び白蘭を逮捕・勾留した上でぎゅうぎゅう取り調べ,公訴を提起して有罪判決を得て二人を前科者にしてしまうことができるという成り行きには,少々ねじれがあるようです。「婚姻意思」が無い婚姻であっても「社会秩序に反するのみならず,国家的・公益的立場からみても不当であって放置すべきでない」ほどのものではないから婚姻の無効の訴えについて検察官に原告適格を与えなかったものと考えれば,民事法の世界では関与を謝絶された検察官が,刑事法の世界で「夫婦たるもの必ず「食卓と床をともにする関係」たるべし(星野英一『家族法』(放送大学教育振興会・1994年)55頁参照),「社会で一般に夫婦関係と考えられているような男女の精神的・肉体的結合」あるべし(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)14頁参照),「永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真しな意思をもって共同生活を営む」べし(最高裁判所平成141017日判決・民集56巻8号1823頁参照)。そうでないのに婚姻届を出したけしからぬ男女は処罰する。」と出張(でば)って来ることにやややり過ぎ感があります。検察官が原告適格を有する婚姻取消事由のある婚姻を戸籍簿に記載又は記録させても,それらの婚姻は取消しまでは有効なので(民法748条1項),公正証書原本不実記載等の罪にならないこととの比較でも不思議な感じとなります。実質的には出入国管理の問題として立件されてきているのでしょうから,今後は入管法70条1項2号の2及び同法74条の6を適用するか(ただし,日本弁護士連合会の2015年3月19日付けの意見書の第2の1(2)は,従来の刑法157条による対処で十分だとしているようではあります。),あるいは後記フランス入管法L623‐1条のような規定を我が入管法にも設けて対処する方が分かりやすいかもしれません。

 
  
5 有罪判決の後始末:戸籍の訂正

 検察官が婚姻の取消しの訴えを提起して勝訴したときについては,前記の戸籍法75条2項が「裁判が確定した後に,遅滞なく戸籍記載の請求をしなければならない。」と規定しています。これに対して,吾郎と白蘭との婚姻が無効であることが公正証書原本不実記載等の罪に係る刑事事件の判決で明らかになり,当該判決が確定した場合は吾郎の戸籍をどう訂正すべきでしょうか。

 戸籍制度に関する研究会の第5回会合に提出された資料5「戸籍記載の正確性の担保について」に「偽装婚姻について,刑事訴訟法第498条第2項ただし書の規定により市区町村に通知があった件数は,統計を開始した平成201218日から平成261231日までの累計で448件に及ぶ。」とありますので(5頁(注17)),「偽装婚姻」に係る公正証書原本不実記載等の罪の裁判を執行する一環として,「〔偽造し,又は変造された〕物が公務所に属するときは,偽造又は変造の部分を公務所に通知して相当な処分をさせなければならない。」との刑事訴訟法498条2項ただし書に基づく処理をしているようです。(この「公務所への通知も,没収に準ずる処分であるから,押収されていると否とにかかわらず,490条および494条の規定に準じて,検察官がなすべきである。」とされています(松尾浩也監修・松本時夫=土本武司編集代表『条解刑事訴訟法 第3版増補版』(弘文堂・2006年)1008頁)。)通知を受ける公務所は上記会合に提出された参考資料6「戸籍訂正手続の概要」によれば本籍地の市区町村長であり,これらの市区町村長が届出人又は届出事件の本人に遅滞なく通知を行い(戸籍法24条1項),届出人又は届出事件の本人が戸籍法114条の家庭裁判所の許可審判(家事事件手続法(平成23年法律第52号)別表第1の124項)を得て市区町村長に訂正申請をするか,又は同法24条1項の通知ができないとき,若しくは通知をしても戸籍訂正の申請をする者がないときは,当該市区町村長が管轄法務局又は地方法務局の長の許可を得て職権で戸籍の訂正(同条2項)をすることになるようです。

ところが,「戸籍訂正の対象となる事件の内容が戸籍法114条によって処理するを相当とする場合には本人にその旨の通知をし,本人が訂正申請をしないときは戸籍法24条2項により監督法務局又は地方法務局長の許可を得て市町村長が職権訂正をすべきであり(昭和25年7月20日民甲1956号民事局長回答),そしてこの場合のみ市町村長の職権訂正を監督庁の長は許可する権限がある」ものの,「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」ということであったようであって(谷口162頁),前記戸籍制度に関する研究会の第5回会合においても「戸籍法第114条の訂正は,創設的な届出が無効な場合が対象となるが,一つ条件があり,無効であることが戸籍面上明らかであることが必要とされている。例えば,婚姻届の届出がされ,戸籍に記載された後,夫か妻の(婚姻前の日付で)死亡届が出されて,死亡の記載がされたような場合が考えられる。」との,呼応するがごとき発言がありました(議事要旨3頁)。「戸籍法114条は,届出によって効力を生ずべき行為について戸籍の記載をした後に,その行為が無効であることを発見したときは,届出人または届出事件の本人は,家庭裁判所の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができると定めている。だから,第三者が戸籍の訂正をするには審判または判決によらねばならないが,婚姻の当事者がなすには,この規定によって家庭裁判所の許可だけですることもできると解する余地がある。前記の116条は「確定判決によ(ママ)て戸籍の訂正をすべきときは,・・・」というだけで,いかなる場合には確定判決もしくは家裁の審判によるべく,いかなる場合には家裁の許可で足りるか,明らかでない。実際の取扱では,利害関係人の間に異議がないときは許可だけでよいとされており,判例〔大判大正13年2月15日(民集20頁),大判大正6年3月5日(民録93頁)〕も大体これを認めているようである。正当だと思う。」と説かれていたところですが(我妻57頁。大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)45頁は,簡単に,「婚姻が無効となった後,戸籍の記載はどうなるのだろうか。この場合,届出人または届出事件の本人は,家裁の許可を得て,戸籍の訂正を申請することができる。」と述べています。),しかし判例はそうだが「戸籍実務上は,無効が戸籍の記載のみによって明かな場合(戦死者との婚姻届の場合,昭和241114日民甲2651号民事局長回答。甲の既に認知した子を,乙が認知する届をなし受理記載され後の認知は無効となる場合,大正5年11月2日民1331号法務局長回答)は,114条の手続でよいが,戸籍面上明かでない場合は,当事者間の異議の有無にかかわらず116条の手続即ち確定判決又は審判を得て訂正すべきものと解せられている(昭和26年2月10日民甲209号民事局長回答)。」と言われていたところでした(谷口160頁)。利害関係者に異議のないまま戸籍法114条の手続を執ってくれれば,又は大げさながら婚姻の無効の訴えを提起して同法116条1項の手続を執ってくれればよいのですが,そうでない場合,同法24条2項に基づく職権訂正にはなおもひっかかりがあるようでもあります(「戸籍法116条によって処理するのを相当とするものに対しては〔管轄法務局又は地方法務局の長に〕許可の権限がないとせられる(昭和25年6月10日民甲1638号民事局長回答)。」)。すなわち,「訂正事項が身分関係に重大な影響を及ぼす場合には,職権で戸籍訂正を行うことができないと解する見解」もあるところです(「戸籍記載の正確性の担保について」9頁)。しかし,「実務上は,十分な資料により訂正事由があると認められる場合には,職権訂正手続を行っている」そうです(同頁)。

 

6 吾郎と白蘭の弁護方針

吾郎又は白蘭を公正証書原本不実記載等の罪の被告事件において弁護すべき弁護人は,前記内田理論を高唱して両者間の婚姻の有効性を力説する外には,どのような主張をすべきでしょうか。

愛,でしょうか。

前記Dallozのフランス民法146条(「合意がなければ,婚姻は存在しない。」)解説を見ると,「妻にその出身国から出国するためのヴィザを取得させ得るようにするのみの目的をもって挙式がされた婚姻は,合意の欠缺のゆえに無効である。」とされつつも(パリ大審裁判所1978年3月28日),「追求された目的――例えば,在留の権利,国籍の変更――が,婚姻の法的帰結を避けることなく真の夫婦関係において生活するという将来の両配偶者の意思を排除するものでなければ,偽装婚姻ではない。」とされています(ヴェルサイユ控訴院1990年6月15日)。フランス入管法L623‐1条1項も「在留資格(titre de séjour)若しくは引き離しから保護される利益を得る,若しくは得させる目的のみをもって,又はフランス国籍を取得する,若しくは取得させる目的のみをもって,婚姻し,又は子を認知する行為は,5年の禁錮又は15000ユーロの罰金に処せられる。この刑は,婚姻した外国人が配偶者に対してその意図を秘匿していたときも科される。」と規定しており,「目的のみをもって(aux seules fins)」が効いています。

しかし,吾郎は,前年の夏「戸籍の貸し賃」50万円を仲介の反社会的勢力からもらったきりで,白蘭とは一度も会ったことがなく,翌春同女が死んだ後になって初めてその名を知った有様です。トゥールーズ控訴院1994年4月5日も,同棲及び性的関係の不存在を,婚姻が在留資格目的で偽装されたものと認定するに当たって重視しています(前記Dallozフランス民法146条解説)。

やはり内田弁護士の理論にすがるしかないのでしょうか。

 なお,内田弁護士の尽力によって吾郎と白蘭との間の婚姻は民法上有効であるものとされても,入管法上は白蘭の日本在留は必ずしも保証されません。「外国人が「日本人の配偶者」の身分を有する者として〔入管法〕別表第2所定の「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留するためには,単にその日本人配偶者との間に法律上有効な婚姻関係にあるだけでは足りず,当該外国人が本邦において行おうとする活動が日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当することを要」し,「日本人との間に婚姻関係が法律上存続している外国人であっても,その婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っている場合には,その者の活動は日本人の配偶者の身分を有する者としての活動に該当するということはでき」ず,そのような「外国人は,「日本人の配偶者等」の在留資格取得の要件を備えているということができない」からです(前記最高裁判所平成141017日判決)。(しかも「婚姻関係が社会生活上の実質的基礎を失っているかどうかの判断は客観的に行われるべきものであり,有責配偶者からの離婚請求が身分法秩序の観点からは信義則上制約されることがあるとしても,そのことは上記判断を左右する事由にはなり得ない」とされています(ということで,当該最高裁判所判決は,4年前に日本人の夫が別に女をつくって家を出て行って,その後は在留資格更新申請の際等を除いて夫に会うこともなく,また相互に経済的関係もなかったタイ人妻に係る日本人の配偶者等としての在留資格更新を不許可とした処分を是認しました。)。)入管法22条の4第1項7号は,日本人の配偶者等の在留資格で在留する日本人の配偶者たる外国人が,「その配偶者の身分を有する者としての活動を継続して6月以上行わないで在留していること(当該活動を行わないで在留していることにつき正当な事由がある場合を除く。)」を在留資格取消事由としています(同条7項により30日以内の出国期間を指定され,当該期間経過後は退去強制になります(同法24条2号の4)。)。「偽装婚姻一般に共通して見られる同居の欠如(配偶者の身分を有する者としての活動実体の欠如)は,本号〔入管法22条の4第1項7号〕にいう「配偶者としての活動を行わずに在留している場合」にも該当し,同居していないことにつき正当理由がないことも明らかであるので,本号の取消し事由は偽装婚姻対策上も有効であると考えられる。」と説かれています(坂中=齋藤498頁)。 


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