1 ソクラテス的問答法

 

(1)星野英一教授のソクラティック・メソッド

 法学教育に関して,ソクラティック・メソッドとはよく聞く言葉です。2012年9月に86歳で亡くなった星野英一教授の回想にも「〔東京大学法学部で〕筆者は,最高裁判所判例研究の演習を,50人のクラスで,席次を決め,このメソッドだけで進めた。各人のあたる回数が同じになるように,席次表に印をつけていた。10回,各2時間以上の授業で,毎回20人程度,一人合計5回くらいあたるようにしていた。これは,かなり成功だったように思っている。」との記述があり(同『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)146頁),また,「もちろん,法律の勉強には,ケース・メソッドというよりソクラティック・メソッドの授業があったほうがいいと思っています。法律的訓練のために有効だということです。私自身,ゼミですが,東大,千葉大,放送大を通じて,そのようなゼミを30年くらいやってきました。しかし,教えるほうは,その質問を考えておくことも大変だし,その場で思いがけない答えが出てきたときに臨機応変に対応するのでとても疲れます。やっと東大の停年〔1987年3月〕の数年前くらいから,自分である程度うまくできたと思えるようになりました。」とあります(同『ときの流れを超えて』(有斐閣・2006年)234頁)。「数年前くらい」を3ないし4年くらい前と考えれば,1983年度の冬学期くらいから最高裁判所判例研究の演習を「自分である程度うまくできたと思えるようになった。」ということでしょうか。当時の東京大学法学部の学生は,どのような様子だったものやら。なお,星野教授の理解では「ソクラティック・メソッドとは,授業進行の方法であって,授業の内容に関するものでない。教師の一方的な話でなく,対話的に授業を進める方法一般を意味するものであろう。それゆえ,よい方法」であるということでした(同『法学者のこころ』145頁)。

 

(2)「論理の万力」

他方,紀元前5世紀末のアテネにおける本家ソクラテスによる実際の問答はどのようなものであったのでしょうか。1917年にドイツ帝国のミュンヘンでされたマックス・ヴェーバーの講演『職業としての学問』において,次のような紹介があります。

 

  Die leidenschaftliche Begeisterung Platons in der »Politeia« erklärt sich letztlich daraus, daß damals zuerst der Sinn eines der großen Mittel allen wissenschaftlichen Erkennens bewußt gefunden war: des Begriffs. Von Sokrates ist er in seiner Tragweite entdeckt. … Hier zum erstenmal schien ein Mittel zur Hand, womit man jemanden in den logischen Schraubstock setzen konnte, so daß er nicht herauskam, ohne zuzugeben: entweder daß er nichts wisse: oder daß dies und nichts anders die Wahrheit sei, die ewige Wahrheit, die nie vergehen würde, wie das Tun und Treiben der blinden Menschen. Das war das ungeheure Erlebnis, das den Schülern des Sokrates aufging.

 

  『国家』におけるプラトンの情熱的熱狂は,つまりのところ,当時初めて,全ての学問的認識に係る偉大な手段の一つ,すなわち概念の意義が自覚されたということから説明される。ソクラテスによって,それは,その有効射程と共に発見されたのである。・・・ここにおいて,何人をも論理の万力に据えて,彼は何も知らないこと,又は他のものではなくあるものこそが真理,すなわち,盲目の人々の行為や営為のように廃れてしまうものではない永遠の真理であることを彼が認めざるを得ないようにすることができる手段が初めて手に入ったものと思われた。これが,ソクラテスの生徒らに対して明らかになった,おそるべき経験であった。

 

対話の相手方を論理の万力(der logische Schraubstock)に据えてギリギリと締め上げ,参りました私は間違っていました,そうです全く先生のおっしゃるとおりでございますと言わせてしまう,なかなか意地悪なものだったようです。これが古代ギリシャ人ということでしょうか。相手を気遣った優しいものではありません。これに対して星野教授のゼミにおいては,ソクラティック・メソッドといっても,「知識を正確にするためという場合もあ〔るが〕・・・しかし,私は,まず判例等における事実関係をきちんと把握する練習から始めました。・・・それから,法律的な考え方を自分でできる訓練をする趣旨で,答えが合っている秀才型の人には,さらに突っこんでゆきました。答えが間違いまたは不正確な人にも,類似の例などを示して,自分で考えて正解に達するようにしました。」というような配慮がされていました(星野『ときの流れを超えて234頁)。

 

(3)刑事弁護におけるソクラテス的意地悪質問

ところで,刑事公判における弁護人の被告人質問などにおいては,筆者はソクラテス的意地悪質問をするときがあります。証言台で緊張している被告人に任せておくだけでは,その内心の反省を表現する的確な言葉がなお十分出て来ないであろうときなどです。

「先生の弁護人質問の方が,検察官からの質問よりも怖かった。」

と国選弁護の被告人から言われたことがあります。

「それは君の考えが甘いよ。弁護士が付いたからって,何もせずに任せていればいい結果が出て来るものと,のほほんと期待されては困るよ。刑事訴訟における主役は飽くまでも君だよ。意地悪質問といわれたって,君のために有効な質問を考え出すのは大変なんだぞ。」

とは筆者の内心の声でした。

日本人たる筆者が,古代ギリシャ人のように意地悪になれるわけがありません。

 

2 書かれた言葉と語られる言葉

 

(1)判決の宣告と判決書

 なお,前記被告人は,かつて同種事犯で執行猶予付きの懲役刑の判決を受けたことがありました。

 国選弁護人として選任された当初筆者は,「前の判決については,執行猶予の言渡しが取り消されることなくその猶予の期間を経過しているのだから,刑法27条によって刑の言渡し自体の効力が失われているよね。だから,前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者として,刑法25条1項1号で執行猶予付きの判決が可能だよね。」と楽観していました。しかしながら,検察官から公判での取調べを請求する予定の証拠書類として,閲覧の機会を与えられた(刑事訴訟法299条1項本文,刑事訴訟規則178条の6第1項1号),当該被告人に係る前の事件における判決書の写しを見て,絶句したものです。第一審では実刑判決だったところ,控訴審判決で執行猶予が付いたのですが,当該控訴審判決にいわく。

 

 ・・・被告人に対しては,今回に限り,その刑の執行を猶予するのが相当である。(下線は筆者)

 

 えっ,「今回に限り」なんだからまたやったら実刑だよ,という厳しい警告を高等裁判所から受けてしまっているではないか。それなのに,なぜまた同じような犯罪を行ってしまったのかね。執行猶予付き判決を受け得るチャンスは使い尽くしてしまっていることになっているではないか。今更,今回も執行猶予になるように先生よろしくお願いしますと頼まれても困るよ。裁判所にも立場というものがあるのだよ・・・。

情状弁護で頑張るとして,執行猶予になるのかどうかは,なお苦しいところです。

 「あのね,前の事件が無事執行猶予付き判決で終わった時にね,「今回に限り」だから次にまた同じことをやったら執行猶予は付かないよって,控訴審での弁護人の○○先生から注意されていなかったの。控訴審の判決書は見なかったの。」

と,保釈によって釈放中の被告人に問いただしたのですが(筆者は保釈も頑張っていたのでした。),回答は次のとおり。

 

 控訴審の弁護人がだれであったかは,覚えていない。

 判決書は,見ていない。

 

 頭を抱えそうになったのですが,確かに刑事裁判ではあり得ることです。○○先生(控訴審の判決書に名前が出ている。)は,ひょっとしたら控訴審の判決書謄本の交付を請求(刑事訴訟法46条)せず,したがって当該判決書謄本ないしはその写しを被告人に渡すこともしていなかったのではないでしょうか。民事訴訟では,判決書が当事者に送達されます(民事訴訟法255条)。しかしながら,刑事訴訟においては,「判決は,公判廷において,宣告によりこれを告知する」だけです(刑事訴訟法342条。控訴審につき,同法404条)。

刑事訴訟規則34条は,「裁判の告知は,公判廷においては,宣告によつてこれをし,その他の場合には,裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない。但し,特別の定のある場合は,この限りでない。」と規定しています。裁判書の謄本の送達が,公判廷において宣告された裁判の告知のためにされることはないわけです。判決書の謄本又は抄本の送付については,検察官の執行指揮を要する場合にする旨の規定が刑事訴訟規則36条にありますが,その送付先は検察官だけです。(なお,同規則222条参照)

 ちなみに,刑事訴訟法46条に基づいて裁判書又は裁判を記載した調書の謄本又は抄本の交付を請求するには費用がかかり,その額は,「当分の間,その謄本又は抄本の用紙1枚につき60円」です(刑事訴訟法施行法(昭和23年法律249号)10条1項前段)。通常,収入印紙で納めることになります(刑事訴訟法施行法10条2項)。

 将来の戒めのためには,判決を耳で聞いたままにしておくよりも,何か書き物の形で被告人に交付しておく方がよいよう思われるので,筆者は,判決書又は判決書に代わる記載のある調書(調書判決)の写しを入手して被告人に送ることにしています。さすがに,額に入れて部屋に飾って毎日それを見ることまでは期待しませんが。

  己は主人と一しよに立ち上がつた。そして出口の方へ行かうとして,ふと壁を見ると,今迄気が附かなかつたが,あつさりした額縁に嵌めたものが今一つ懸けてあつた。それに荊(いばら)の輪飾(わかざり)がしてある。薄暗いので,念を入れて額縁の中を覗くと,肖像や画ではなくて,手紙か何かのやうな,書いた物である。己は足を留めて,少し立ち入つたやうで悪いかとも思つたが,決心して聞いて見た。

  「あれはなんだね。」

  「判決文です。」エルリングはかう云つて,目を大きく睜(みは)つて,落ち着いた気色で己を見た。

  「誰の。」

  「わたくしのです。」

  「どう云ふ文句かね。」

  「殺人犯で,懲役5箇年です。」緩やかな,力の這入つた詞で,真面目な,憂愁を帯びた目を,怯(おそ)れ気もなく,大きく睜つて,己を見ながら,かう云つた。

  ・・・

  ・・・その肩の上には鴉が止まつてゐる。この北国神話の中の神の様な人物は,宇宙の問題に思を潜めてゐる。それでも稀には,あの荊の輪飾の下の扁額に目を注ぐことがあるだらう。・・・(ハンス・ラント,森鷗外訳『冬の王』)

 

(2)ソクラテスの文字使用批判:『パイドロス』

ところでソクラテスは,書き物が嫌いであったようで,弟子プラトンの著作たる『パイドロス』の主人公「ソクラテス」として,エジプトの古い神が発明した文字の使用に対して全エジプトの王たる神アモン(又はThamus)がしたという批判を対話者たるパイドロスに紹介しています。すなわち,「(文字によって)学徒が記憶力を用いなくなるのであるから,(文字は)学徒の魂に忘れっぽさを生み出すだろう,彼らは自らを思い返すことなく,外界の書かれた記号を信用するようになるだろう。」及び「(文字は)想起の助けとはなっても記憶の助けにはならず,汝の弟子らに対して真理ではなく真理らしく見えるもののみを与えるものである。彼らは多くの事物についての耳学者とはなるが,何事をも学ばないだろう。彼らは全知のようにみえるだろうが,概して何も知らないことだろう。現実性の無い知恵ばかり誇示する彼らは,一緒にいるには煩わしい者となるであろう。」という文字批判です。ソクラテスとしては,書かれた言葉よりもむしろ,「学徒の魂に刻み込まれた知識の言葉であって,自らを守ることができ,語るべきときと沈黙すべきときとを知っているもの」を推奨しています。(以上はBenjamin Jowettの英訳からの重訳)

しかしながら,我々の日々の現実は,このような高尚な議論の場ではありません。世の中の皆が,向学心にあふれたソクラテスの弟子たちのような異常な人たちではありません。文字の使用によって記憶力が弱められる以前に,そもそも記憶することが苦手な人々が存在することを否定することは難しいでしょう。

 

(3)調書判決とその記載

前記の被告人にも, 調書判決の写しを入手して自宅に郵送しました。実は,ありがたいことに執行猶予が付き,判決はそのまま確定したのでした。ただし,執行猶予期間は5年であって,法律上の最長期間でした(刑法25条1項参照。執行猶予期間は,1年以上5年以下。3年が標準といわれています。)。ぎりぎりの執行猶予付き判決であったことが分かります(判決の宣告において量刑の理由が告げられる際にも「実刑も十分あり得る」ところだったと言われていました。)。

なお,調書判決とは,「裁判をするときは,裁判書を作らなければならない。但し,決定又は命令を宣告する場合には,裁判書を作らないで,これを調書に記載させることができる。」との刑事訴訟規則53条の原則(判決をするときには全て判決書を作らなければならないとの建前)の例外として,同規則219条で「地方裁判所又は簡易裁判所においては,上訴の申立てがない場合には,裁判所書記官に判決主文並びに罪となるべき事実の要旨及び適用した罰条を判決の宣告をした公判期日の調書の末尾に記載させ,これをもつて判決書に代えることができる。ただし,判決宣告の日から14日以内でかつ判決の確定前に判決書の謄本の請求があつたときは,この限りでない。」と規定されているものです(同条1項)。

ところで,前記被告人の調書判決の写しを見た際,そこに裁判官の訓戒等が記されていないのは当然なのですが(「裁判所としては軽く見るわけにはいきませんが,しかし,特に執行猶予付きの判決にしました。・・・あなたは今回が2回目ですから,次もやったら,実刑の可能性が高いですからね。ですから,3回目のときは,いくら深く反省しても,いくらいい弁護士さんが頑張っても,実刑になるものと理解してください。」といった趣旨の説諭がありました。――しかし,この部分については,「2回目の時の弁護では,いい弁護士さんが頑張っていたね」との評価までをも読み込んでよいものでしょうか。――),裁判官及び検察官の氏名はそれぞれ記載されている一方,弁護人の氏名は記載されないことに改めて気が付きました。裁判書には,裁判をした裁判官が署名押印しなければならず(刑事訴訟規則55条),判決書には公判期日に出席した検察官の官氏名を記載しなければならないのですが(同規則56条2項),弁護人の氏名は判決書に記載すべきものとはされていないのでした(同条参照)。お上からお上の御責任で下される文書なのですから,お上ならざる弁護人の氏名の記載は必須ではないわけでしょう(旧刑事訴訟法関係事件ですが,最大判昭和25年9月27日刑集4巻9号1783頁は,「原判決書には,本件公判に立会つた弁護人の氏名を記載していないことは所論のとおりであるが,しかしその為何等旧刑訴法の条規に反するところはなく,また憲法37条3項に反するものでもない。」とつとに判示していました。司法研修所『平成19年版 刑事判決書起案の手引』134頁以下の「判決書の例」にも弁護人の氏名は記載されていません。)。ただし,筆者が弁護人を務めた別の事件において,公訴事実について争ったりして正式の判決書が書かれたときには,弁護人である筆者の氏名も記載されていました。

せっかく調書判決の写しを入手して送付しても,そこに名前は無いわけですから,筆者も,前記被告人の記憶の中では,同人の前回被告事件における○○先生と同じ運命をたどりそうな気がします。

無論,いずれにせよ,被告人が無事更生することが一番です。