1 「法の下の平等」の用例
(1)憲法
日本国憲法14条1項は,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定しています。英文では,“All of the people are equal under the law and there shall be no
discrimination in political, economic or social relations because of race,
creed, sex, social status or family origin.”となります。同条には,【法の下の平等,貴族の廃止,栄典】などと六法の編集者が見出しを付けています。ただし,憲法の原本には固有の見出しが付いていないので,飽くまでも編集者が私的に付けた見出しです。「昭和24年以降の法令(及び昭和22年,同23年の法令の一部)には条文見出しがついているので,( )を用いて条名の右肩(まれには下)にそのまま表示した。さらに古い法令で見出しのついていないものについては,編集委員が見出しを付し,【 】に入れて条名の下に収めた。」ということです(井上正仁=山下友信編集代表『六法全書 平成27年版 Ⅰ』(有斐閣・2015年)8頁)。見出しは「利用上の便宜が極めて大きいので,構成の極めて簡単な法令で検索の手掛かりを特に必要としないものを除いては,最近では,例外なく見出しが付けられる」ことになっています(前田正道編『ワークブック法制執務〈全訂〉』(ぎょうせい・1983年)155頁)。日本国憲法は,「さらに古い法令で見出しのついていないもの」に該当します。2012年4月27日決定の自由民主党の日本国憲法改正草案では,憲法14条全体に,「(法の下の平等)」という見出しが付けられています。
(2)男女平等関係3法律
この「法の下の平等」の語が他の法令で用いられている例はないかと総務省行政管理局による法令データ提供システムで検索したところ,3例がありました(なお,以下引用条文における下線は筆者によるもの)。
第1は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号)1条です。
(目的)
第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することを目的とする。
この法律の当初の題名は「勤労婦人福祉法」で,当時の第1条は「この法律は,勤労婦人の福祉に関する原理を明らかにするとともに,勤労婦人について,職業指導の充実,職業訓練の奨励,職業生活と育児,家事その他の家庭生活との調和の促進,福祉施設の設置等の措置を推進し,もつて勤労婦人の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。」と規定していました。「法の下の平等」が入ってきたのは,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律(昭和60年法律第45号)による改正によってです。同法による改正により改題された雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律の第1条は,次のとおりとなりました。
(目的)
第1条 この法律は,法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇が確保されることを促進するとともに,女子労働者について,職業能力の開発及び向上,再就職の援助並びに職業生活と家庭生活との調和を図る等の措置を推進し,もつて女子労働者の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。
第2は,男女共同参画社会基本法(平成11年法律第78号)の前文の第1項です。
我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,男女平等の実現に向けた様々な取組が,国際社会における取組とも連動しつつ,着実に進められてきたが,なお一層の努力が必要とされている。
「最近では,法令の第1条に目的規定又は趣旨規定を置くものが多く・・・,わざわざ前文を置かなくても,法令の制定の目的を知ることができる」のですが,「前文は,その法令の制定の理念を強調して宣明する必要がある場合に置かれることが多く,憲法以外の法令では,いわゆる基本法関係・・・に多い。」とされています(前田146頁)。「前文は,具体的な法規を定めたものではなく,その意味で,前文の内容から直接法的効果が生ずるものではないが,各本条とともに,その法令の一部を構成するものであり,各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有する」ものです(前田・同頁)。
第3は,配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(平成13年法律第31号)の前文第1項です。
我が国においては,日本国憲法に個人の尊重と法の下の平等がうたわれ,人権の擁護と男女平等の実現に向けた取組が行われている。
この配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律は,議員立法です。前文を特に設けた理由は,「配偶者からの暴力は,犯罪となる行為であるにもかかわらず,これまで被害者の救済が必ずしも十分に行われてきませんでした。また,被害者の多くは女性であり,配偶者からの暴力は個人の尊厳を害し,男女平等の実現の妨げとなっており,配偶者からの暴力を防止し,被害者の保護を図ることは,人権の擁護と男女平等の実現のみならず,女性に対する暴力の根絶という国際社会の要請にも沿うものであります。そのため,特に前文を設け,この法律の趣旨及び目的を明らかにしております。」と説明されています(提案者南野知惠子参議院議員・第151回国会参議院共生社会に関する調査会会議録第5号(2001年4月2日)2頁)。
以上見た範囲では,「法の下の平等」といえば,主に男女平等を意味するものと受け取られているようです。(ただし,女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号)には,「法の下の平等」の語はありません。)
2 法律の前の平等と「法の下の平等」との相違
ところが,前回のブログ記事「大日本帝国憲法19条とベルギー国憲法(1831年)6条」(http://donttreadonme.blog.jp/archives/1038090379.html)で見た「法律の前の平等」に関するベルギーの法学者トニセンによる説明によれば,「立憲国家において法律の前の平等(l’égalité devant la loi)は,主に4種の態様において現れる。①全ての身分(ordres)の区別の不在において,②全ての市民が差別なく全ての文武の官職に就任し得ることにおいて,③裁判権(juridiction)に関する全ての特権の不在において,④課税に関する全ての特権の不在において。」ということでありました。19世紀立憲主義的には,法律の前の平等の主眼はAncien Régime的身分制の廃止であって,そこに「男女平等」は含まれていなかったわけです。
20世紀に入り1919年に制定されたドイツのヴァイマル憲法109条は次のように規定していました。
Art.109.
Alle Deutschen sind vor dem Gesetze gleich.
Männer und Frauen haben grundsätzlich
dieselben staatsbürgerlichen Rechte und Pflichten.
Öffentlich-rechtliche
Vorrechte oder Nachteile der Geburt oder des Standes sind aufzuheben.
Adelsbezeichnungen gelten nur als Teil des Namens und dürfen nicht
mehr verliehen werden.
Titel dürfen
nur verliehen werden, wenn sin ein Amt oder einen Beruf bezeichnen; akademische
Grade sind hierdurch nicht betroffen.
Orden und Ehrenzeichen
dürfen vom Staat nicht verliehen werden.
Kein Deutscher darf von
einer ausländischen Regierung Titel oder Orden annehmen.
第109条(1)すべてのドイツ人は,法律の前に平等である。
(2)男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。
(3)出生または身分にもとづく公法上の特権または,不利益は廃止されなければならない。貴族の称号は,氏名の一部としてのみ通用し,将来はこれを授与してはならない。
(4)称号は,官職または職業を表示する場合にのみ,これを授与することができる,学位はこれに関係がない。
(5)国は,勲章および名誉記章を授与してはならない。
(6)いかなるドイツ人も,外国政府から称号または勲章を受領してはならない。
(山田晟訳『人権宣言集』(岩波文庫・1957年)201頁)
法律の前の平等を宣言した第1項に続いて,第2項で「男子および女子は,原則として同一の公民権を有し,および公民としての義務を負う。」と規定していますから,これは,法律の前の平等に「男女平等」も含めるものとしたものか。しかしながら,公民としての権利及び義務(staatsbürgerliche Rechte und Pflichten)が同一であることのみが規定されていますので,我が憲法14条1項のように,広く経済的又は社会的関係における差別までをも禁ずる射程は有していないようです。公民権(staatsbürgerliche Rechte)は個人権(bürgerliche
Rechte)と対になる概念ですが,「公民権とは国,市町村等の意思形成に参与し得る権利」であり,「個人権とはそれ以外の基本権(平等権・自由権等)」であると,ヴァイマル憲法136条2項についてですが説明されています(山田217頁註3)。
「人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」ことを含む我が憲法14条1項の「法の下の平等」は,伝統的な法律の前の平等の概念よりも射程が随分広いものになっているようです。これは一体なぜなのか。日本国憲法の立案過程を見てみる必要があるようです(国立国会図書館ウェッブ・サイトの電子展示会「日本国憲法の誕生」を参照)。
(以下,後編 http://donttreadonme.blog.jp/archives/1041144259.html に続く)

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