「前々回(20141031日)の記事(「離婚と「カエサルの妻」」)では,諸碩学の著書を種々引用させていただきましたが,そこで紹介されている裁判例の事案が,実際にはどういうものであるのかが気になるところです。4件の裁判例について調べてみました。

 

1 名古屋地方裁判所昭和26年6月27日判決(夫が徒食して生計を顧みない場合と「婚姻を継続し難い重大な事由」)

 まずは,「2ヵ月に及ぶ異性関係を「一時の迷と考えられぬことはない」として,不貞行為の成立を否定した例」として紹介された(『新版注釈民法(22)』(有斐閣・2008年)360頁)名古屋地方裁判所昭和26年6月27日判決の事例(下級裁判所民事裁判例集第2巻第6号824頁以下)。

 実は,当該事件において離婚を求める原告(妻)の請求原因においては,被告である夫について,民法770条1項1号の「不貞な行為」があったとは主張されていませんでした。

「・・・右の次第で原告母子は被告と婚姻関係を継続していけば生活を維持して行くことが出来なくなつて自滅の他はないので止むなく被告と正式に離婚して将来原告母子が生活を立て行く途を講じ度いために,こゝに民法第770条第2号及び第5号を理由として裁判上の離婚を求めるため本訴に及んだ。」ということでした(下民集26826)。すなわち,配偶者からの悪意の遺棄(2号)及び婚姻を継続し難い重大な事由の存在(5号)が理由とされていたわけです。

 判決は,結局,婚姻を継続し難い重大な事由の存在を認めて原告の離婚請求を認容しています(下民集26829)。

 「被告が他に女をもつたといつても右は前記・・・の如く〔「・・・昭和21年2,3月から約2ヶ月程のことではあつたが他に女をもつたこともあり・・・」〕期間も短いことでもあるからこれは一時の迷と考えられぬことはないので直に離婚の事由とは認められぬ。」と判示はされていますが(下民集26828829),原告の請求は夫の当該異性関係を不貞行為として直ちに離婚を求めるもの(民法77011号)ではなかったので,当該異性関係だけからでは直ちに離婚の事由としての「婚姻を継続し難い重大な事由」(同項5号)の存在は認められないよ,ということでしょうか。むしろそもそも,本件事案の夫婦が入籍したのは昭和23年4月26日のことなので,昭和21年2,3月といえば実は婚姻前のことであったところです。

 しかし,この事案を見ていると,先の大戦で散華された若き英霊たちが不憫でならなくなりますね。

 

  被告〔仮名で「又太郎」ということにしましょう。〕は現在41歳になつているが昭和16年頃同じ会社に勤務中知り合つた5歳年上の右証人松子〔仮名〕と夫婦約束をし同女方に入つて同棲を始めたもので・・・(下民集26826

 

 昭和26年に41歳ですから,又太郎は昭和16年には31歳。すると,31歳の又太郎が,当時36歳だった松子と同棲を始めたということになります。昭和16年(1941年)といえば,西に大陸における泥沼の戦闘は長引き,東に強硬なフランクリン・ルーズヴェルト率いるアメリカ合衆国との開戦前夜という時期で,お国としては深刻な事態であったはずなのですが,職場で年上女性との恋愛やら同棲やら,何やらのどかな話です。「ABCD包囲網」ならぬ恋のABCですか。

「支那事変以前に17箇師団,20数万人であった〔我が陸軍の〕兵力が,ほぼ4年半を経過した日米開戦の時点には,51箇師団,210万人に膨れ上がってい」たとはいえ(戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社・1998年)307頁),30歳を過ぎてしまうともう召集はされなかったものでしょうか。「1927(昭和2)年の兵役法によれば,陸軍の常備兵役は現役2年,それを終えたあとの予備役が5年4ヵ月で,そのあとに10年の後備兵役に編入されることになっていた(1941年に後備兵役を廃止,予備役が15年4ヵ月となった)」そうで,「現役徴集率は1933年(昭和8)年に20パーセントだったが,37年に23パーセント,40年に47パーセント,44年には68パーセント」だったそうです(戸部327326頁)。徴兵検査の結果の「甲種と乙種が現役に適すとされたが,平時では甲種でも全員が現役徴集されたわけではなかったのに,支那事変以降は乙種まで現役徴集されるようになった」ということですから(戸部326327頁),換言すれば,現役ならぬ予備役以下の年配者には,なお余裕があったということでしょうか。

 

 ・・・〔又太郎は〕昭和20年初頃から松子の二女で当時17歳ばかりの原告〔仮名で「竹子」ということにしましょう。〕と肉体関係を結ぶようになり,間もなく松子に右関係を知られたが其頃竹子は既に又太郎の子を懐姙していて同年12月病院で之を死産し,竹子及び又太郎は其儘松子方に戻らす〔ママ〕同月から又太郎の現肩書住所地で事実上の夫婦として同棲を始めるに至つた・・・(下民集26826-827

 

34歳のおじさんが内縁の妻の17歳の娘(まあ義理の娘のようなものですね。)に手を出してしまったわけです。若い男性が戦争で少なくなると,おじさんであっても女の子にもてるようになるものでしょうか。それとも,今では児童福祉法34条1項6号,60条1項で罰せられるような情況であったのか。

ところで,昭和20年(1945年)初めといえば,硫黄島の戦いの時期です。玉砕しつつある若い兵隊さんたちに申し訳ない,とは思わなかったのでしょうかね,又太郎は。名古屋空襲で大変だったということでしょうか。いずれにせよ,松子・竹子の女性二人にかしずかれて御機嫌だったのでしょう。

 

・・・竹子と又太郎とが右の如く別居同棲を始めてから間もなく一時絶えていた松子との往来も次第に回復するに至つたものゝ右・・・記載の如く又太郎がもともと松子と内縁関係にあつたものであり,竹子より17歳も年長である等の関係から竹子と又太郎との婚姻は松子の同意が得られず為に・・・長女梅子〔仮名〕が出生した後の昭和23年4月13日〔ママ。13日は梅子の出生の日。両者の婚姻は同月26日〕になつて漸く其の届出を為した・・・(下民集26827

 

 ところで,女に囲まれていい気になるのは大好きな又太郎ですが,とにかく仕事をしない(あるいは,仕事ができない。)。ばくちと徒食と家庭内暴力との日々となりました。

 

  又太郎は右記の如く竹子と共に現在地で〔昭和2012月から〕同棲を始めて後間もなく勤先の会社を退いて独立して建築の設計,請負の仕事を始めたがこの仕事で工事の前受金等といつたような金が入つて一時手元が潤沢になると早くも喫茶店等に出入して金銭を費消することが次第に多くなり昭和21年2,3月から約2ヶ月程のことではあつたが他に女をもつたこともあり,其後も金を手にすれば賭博に費す等金銭を浪費して得意先に不義理を重ねたので次第に信用を失つて昭和24年9月頃には営業上の収入は殆んどないような状況になり,竹子及び又太郎には共に格別の資産はなかつたので生活上の借財,不義理もかさみ,豊かでもない竹子の母からもその頃までに現金で合計3万7,8千円,外に質草として衣類等を借受けたまゝになつているという始末で又太郎方の生活は全く行きづまり状態に立到つたのに又太郎は依然註文もなくなつた右営業以外の仕事には従事せぬといつて,十分健康体でありながら他に収入をあげる仕事方法を尋ねる等のこともなしに徒食し,竹子に他から金借して来ることを強要し時に暴力をふるうという始末で,為に生活の破綻から竹子と又太郎との間に風波絶えず竹子の又太郎に対する愛情も冷却の一途を辿つて,遂に・・・〔昭和24年9月〕竹子の家出となつた・・・(下民集26827

 

 よくある話ですが,才能もないのに,プライドばかり高いんでしょうかねぇ。

 困ったものです。

 

2 東京高等裁判所昭和471130日判決(夫と不貞の関係にあることの確証はないがその交際の程度が一定の程度を超えこれが夫婦の婚姻関係破綻の要因となったことを理由に妻から夫の相手の女性に対する慰藉料請求を認容した事例)

次は,「特定の女性を中心とした徹夜麻雀・グループ旅行などの交遊関係を夫が婚姻後も継続」したことが「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)東京高等裁判所昭和471130日判決の事例です(判例時報68860頁以下)。

結婚前からのグループでの交遊を結婚後も継続していたら奥さんが嫉妬したということですと,若干,いやはや悋気持ちだなぁという気にもなるようですが,どういうことだったのでしょうか。「特定の女性を中心」にしていることがやはり問題なのでしょうが,当該グループ自体は,当該女性の外は男友達ばかりのようでもあります。まあ,確かに,妻帯者となると男同士で独身時代のようにつるんでいるわけにはいかないとはいえ,同性愛(下記4参照)でなければ,男友達同士で赤ちょうちんを飲み歩く程度のようなことは「貞節義務違反」ではないですよね。「いつまでも,皆で昔のマドンナを追っかけてるんじゃないよ。」ということでしょうか。やはり具体的な状況が分からないとピンと来ません。

 

・・・原告〔妻〕は〔昭和42〕年5月ごろから〔同年2月25日挙式の上同年5月1日婚姻届をした夫である甲野〕一郎方が有限会社組織で営む食肉販売業のうち○○市内○○○にある店の手伝いを時々していたところ,客の一人から一郎と乙山〔夏子〕との間に特殊な関係があるらしきことを暗示され,このことを一郎に問いたしたが,同人はたゞ,乙山は自分のプレーン〔ママ〕の一人で,若いときから口では言えない位,世話になっていると答えるのみであったので,原告はこのころから一郎と乙山との関係につき不満の念をもつにいたった。・・・また乙山が男の子との二人住いで市内に洋裁店等を開いているうえ,男まさりともいうべき気性で気軽に男性ともつき合うところから,同人宅には麻雀や飲食のため男の仲間達が集ること多く,土曜の夜などはしばしば徹夜し,中には寝込んでしまう者もあった。一郎自身は高校時代からこのような状態でここに出入りするもっとも古い連中の一人であって,・・・〔見合いのうえ,一郎側から懇望されて婚姻した初婚の〕原告はもとよりあらかじめこのような事情を明かされることなく,前記の経緯の後も乙山と一郎との関係について疑惑をもち,それにつれて生ずる一郎に対する不信感に悩んでいた。・・・(判時68861

 

 一郎は,高校生(15歳ないし18歳)の時から徹夜麻雀と飲酒ですか,困ったものですね。

 しかし,乙山夏子は当時,色気も既に枯れた,豪快な肝っ玉中年女性ででもあったものか。

 そうではないようで,元気な盛りの男子高校生・一郎が付き合いだしたころ,夏子は12歳年上の20代後半のバツイチ女性だったのでした。

 

 ・・・ところで乙山は一郎より12才も年長で昭和30年ごろ先夫と離婚し,一人息子(現在19才位〔ということは昭和30年には2歳くらい〕)の正一と二人暮しで女手一つで○○市内に洋裁店を持ち,あわせてアパートの経営もしていて,同人の性格は男まさりのいわゆる姉御肌ともいうべきものであって,酒や遊びごとも辞さないところから同人宅には常に男性の出入りが多く,土曜の夜などは一郎や他の男性達と徹夜で麻雀をすることもしばしばあり,また,男女相携えてグループで旅行するなど,その派手で無軌道とも見える生活振りから一部世間の者のひんしゅくを買い,とかくの噂をする者もあるが,同人は一々そのようなことを気にすることなく,現在もその生活態度をかえていない。・・・(判時68862

 

麻雀と酒ばかりで学校の勉強はしないとはいえ,高校生なのですから,大人からいろいろ教えてもらうことはあったはずではあります。

しかし,「一郎同様乙山宅に出入りしていた他の男性達は,一郎と乙山との間に特に肉体関係があるなどとは疑うこともなく,現在もなお乙山宅に出入し,遊び仲間として依然交際を続けてい」たそうです(判時68862)。やっぱり夏子には色気は余りなかったものか。裁判所も,「一郎の乙山宅への出入りは度を過すものがあり,両者の関係は相当密着の感があるとはいえ,右両者間に不純な情交関係があったものと認めるには十分でなく・・・本件にあらわれたすべての証拠によっても右両者の間は怪しい,或いは原告主張の如き交情があるのではなかろうかとの推測を示すに止まるのみであって,一方前記のような乙山の性格,生活態度,交遊関係等からすれば,そのような関係はないのではないかとの合理的疑いを解消しえず,結局において一郎が乙山との間に不貞の関係を有するとの事実はこれを認定するには不十分であるとせざるをえない」と判示しています(判時68862)。「前記のような乙山の性格,生活態度,交遊関係等」は,むしろ不純な情交関係の存否の判断において消極方向に働く事実とされていますね。

とはいえ,いずれにせよ,男児たるもの,夫となった以上は,己の誕生日には注意しなければいけません。

 

・・・たまたま〔昭和42〕年1130日は婚姻後はじめて迎える一郎の誕生日であったのに,一郎が原告を避けるようで同人の挙動に不審の点があったので原告は,同日午后7時ころ乙山宅を訪れたところ,案の定一郎はそこにいて丙川夫妻や丁村ら乙山方に出入りする者達とともに誕生パーティと称して飲食していた。そこで原告はますます乙山との関係に疑惑の念を深めるにいたり,丙川夫妻らが帰宅した後,深夜まで乙山を交えて3人で話合ったが,それによっては右疑惑を解くにいたらなかった。・・・(判時68861

 

 実は筆者は,かつて,法曹関係の有名な方(男性)が,自分の誕生日の晩に職場の関係者と華やかな夜の街で豪快華麗に飲んでおられるのを見たことがあるのですが,お家の方は大丈夫だったのでしょうか・・・。

 一郎は,上記「誕生日パーティ事件」直後の昭和42年の「12月はじめごろには2度も乙山から電話で,一郎が酔っぱらって来ているので引取りに来るように連絡があり」,甲野家の家族で迎えに行くという状態だったそうですから(判時68861),相も変わらず,反省の色がありませんでした。

 また,男児たるもの,下着には常に意を払わなければなりません。

 

 ・・・一郎は,幼時特に祖母に可愛がられて育ち,一人息子であるところから比較的甘やかされていた風もあり,・・・資金の貸借とか,乙山の性格にひかれて,頻繁に乙山宅に出入りし,前記の無軌道とも見える環境に没入し,麻雀でそのまま夜を明かしたり,乙山方から洗濯に出した一郎の下着に乙山のマークがつけられても意に介せず原告の目にふれしめる等のこと〔が〕あった・・・(判時68862

 

 「乙山のマーク」とは,「乙山のネーム」だったそうです(判時68864)。

結論として裁判所は,「原告と一郎との間には民法770条1項5号にいう婚姻を継続しがたい重大な事由がある」と認定していますが,当該認定の際挙げられた事実は,一郎と乙山夏子との関係について原告が「払拭し難い疑惑の念を抱いている」こと及び「かかる場合夫たる者はよろしくその疑惑を解き妻の不信を回復するよう百方誠意を尽しその生活態度を改めるべきであるのに,一郎はなんらそのことなく」終始したこと, だけではありませんでした。原告と一郎との間の長女秋子(昭和43827日生)の「出産を是とするか否かの意見の対立〔一郎は「原告にすでに相当月の進んだ胎児をおろすよう強要」〕,秋子出産後の一郎の態度〔「秋子を一目見に来院したのみで,生活費,養育費,入院費など全く負担しようとせず秋子の健康保険加入も拒絶」〕,原告が〔昭和43年4月中旬に〕甲野家を出てすでに4年半にも達すること,両名間に互いにもはや婚姻を継続する意思が存しないことなどの事実」が徴されています。(判時68862

 

3 東京高等裁判所昭和37年2月26日判決(過去における配偶者でない者との性的交渉が「不貞な行為」にはあたらないが,それに起因する現在の言動が「婚姻を継続し難い重大な事由」にあたるとして離婚を認めた事例)

三つ目は,「妻の同意のもとでの夫の女性関係」が「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)東京高等裁判所昭和37年2月26日判決の事例(下級裁判所民事裁判例集第13巻第2号288頁以下)です。

前記1の又太郎事件では,又太郎は母・松子及び娘・竹子を相手に二股をかけていたのですが,東京高等裁判所昭和37年2月26日判決に係る事案においては,姉妹相手の二股が問題になっています。離婚を請求された二股夫(「又次」という仮名にしましょう。)は,妻である月子(仮名)と結婚する前にその妹の花子(仮名)と肉体関係があったのに,月子及び花子姉妹の母である雪子(仮名)は,「花子よりも先に月子に身を堅めさせる方が一家のために好都合であると考え」,又次に「懇望」して姉の月子と結婚してもらった,というこれまた不思議複雑な経緯がありました(下民集132289)。

「月子と又次が昭和301212日結婚の式を挙げ」たのですが,夫婦水入らずの生活ではなく,「月子の母雪子方で同棲生活を始め」ています(下民集132289)。雪子には,既に夫はいなかったものでしょう。また,「昭和34年5月頃雪子が花子を別居させれば月子らの夫婦仲も少しは良くなるであろうと考え,花子を東京都練馬区のそば屋に住込みで勤めさせた」といいますから(下民集132290),又次は,妻の月子とその母・雪子とのみならず,かつて肉体関係があった花子とも同居していたことになります。これでは問題が起きない方がおかしい。

 

・・・雪子はこのこと〔又次と花子との間に以前から肉体関係があったこと〕を知つていたが,花子よりも先に月子に身を堅めさせる方が一家のために好都合であると考え,月子にはこのことを知らせずにいた。なお,花子は雪子の説得によつて月子と又次との結婚を認め,一応又次との関係を断つた。(下民集132289-290

 

 というのですから,花子は又次に未練があったでしょうし,又次も同様

 

 ・・・結婚後も花子に未練を有し,それがまま素振りに表われた。そして,4,5カ月して月子が花子の告白により右肉体関係の事実を知り,又次をなじると,又次は月子に対し「おれは本当は花子が好きだつたが,おかあさんが引き離してお前と一緒にさせたのだ」とか「お前との結婚は同情結婚だ,花子は愛情が細やかであたかかつたがお前は冷い」等といい,その後は何かにつけて同様の侮辱的言辞を弄するばかりでなく,格別の理由もなく暴行したり,勤務先を欠勤して月子に将来に対する不安を抱かせるようにな〔った。〕(下民集132290

 

これが昭和31年の前半のことですが,依然として花子と又次らとの同居は,前記昭和34年5月ころのそば屋住込みまで約3年間続いていたわけです。花子には,実家を出て生活できないような事情があったものか。判決文からは当事者の年齢は分かりませんが,花子は若過ぎたものか。

しかし,又次は花子との同居に固執していたようで,これはまた,困ったものです。

 

・・・花子を東京都練馬区のそば屋に住込みで勤めさせたとき等は,〔又次は〕月子に対し「お前が花子を隠した」「花子は良かつた,お前のようにきつくなかつた」等といつて怒り,花子は結局〔昭和34年5〕月25日雪子によつて連れ帰られた・・・(下民集132290

 

花子を出せ,と婿の又次に言われて,雪子が素直に花子を又次のもとに連れて来てしまったというのは変ですね。又次の機嫌をとるのではなく,花子はあんたの女じゃない,と言って頑張るべきだったように思われますが,どうしたことでしょう。ただし,裁判所は,「又次が月子との婚姻中に月子の承諾なしに花子と性的交渉をもつたことを認めるに足りる証拠はない。」と判示しているところです(下民集132291)。

しかしながら,

 

・・・月子は又次との夫婦生活に絶望し,その頃又次〔,〕花子,雪子の3名と善後処置を話し合い,月子と又次とは離婚し,又次は花子と結婚することとし,又次は同年〔昭和34年〕6月9日頃花子と一緒に他に引き越した・・・(下民集132290

 

というのですから,又次と花子との関係は実は切れずに続いていたようでもあります。とはいえ,月子と別れて,又次が花子と結婚するというのならば,本来あるべきであった形になったということで,一応これで落着したかと思えば,さにあらず。

 

・・・又次は〔花子との引っ越し後〕ものの半月もたつと月子に対し復縁を求めるようになつた・・・(下民集132290

 

「愛情が細やかであたか」であったはずの妹・花子の正体は,実はそうではなかったのでしょうか。分からないものです。

又次の復縁の求めに対し,月子は「子供が二人もあることを考えて又次の許に復縁した。」ということで,二人は振り出しに戻ります(下民集132290)。しかし,それからの又次がまた相変わらずいけない。

 

・・・しかるに,又次は月子が復縁すると間もなく同年〔昭和34年〕7月13日頃月子に対し金策を要求し,月子がこれを拒絶すると,折りたたみ傘で直ぐには起き上れない程に殴つた。このときは,又次が直ぐに謝つたので月子も折れて又次の許に止まることとし,又次の現住所の家を二人で探して引き越したが,10日もすると又次は勤務先を休み,月子が出勤するように勧めても出勤しなくなつた。かくて,月子は今はこれまでと思い定めて雪子方え〔ママ〕帰り,次で同年9月中又次を相手取り横浜家庭裁判所に離婚並びに慰藉料支払の調停申立をした・・・(下民集132290

 

 家事事件手続法257条1項は「第244条の規定により調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は,まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。」と規定していて,離婚を求める訴えを提起する前には,まず家事調停を申し立てなければならないことになっています。同法244条は,「家庭裁判所は,人事に関する訴訟事件・・・について調停を行うほか,この編〔第3編「家事調停に関する手続」〕の定めるところにより審判をする。」と規定しています。

 横浜家庭裁判所の調停委員からは2年くらい様子を見たらとの勧告があったので,月子は調停では所期の目的を遂げるのは難しいと考え,昭和35年1月14日に調停申立てを取り下げ,同年4月28日に離婚を求める訴えを提起したのですが(下民集132290-291),第一審では敗訴したようです(月子が離婚を求めて控訴しています(下民集132288-289)。)。なお,控訴審では,月子は又次に対して慰謝料請求をしていません。

 月子側は,民法770条1項1号の不貞行為が又次と花子との間にあったと主張しましたが,これは認められていません。「前認定の又次と花子の性的交渉が,或は月子と又次の婚姻前のものであり,又は月子の承諾に基くもの」であるからです(下民集132291)。この月子の「承諾」は,又次と花子とが結婚することを認めていったん又次と別れることにした昭和34年6月ころの経緯におけるものでしょう(なお,裁判所は「不承不承の承諾」であるものと認めてはいます(下民集132291)。)。

 しかし,東京高等裁判所は,民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」が月子と又次の間にあることは認めて,両者を離婚させました。

 

 ・・・夫婦の一方が婚姻前に性的交渉をもつていた異性に対し婚姻後も長く未練を有し,それを何かにつけ相手方に対する言動に表わし,果ては格別の理由もないのに暴行したり,勤務先を休んで夫婦生活の将来に不安を感ぜさせるようなことが相手方に対し致命的な侮辱感と絶望感を与え婚姻の継続を妨げる重大な事由となるものであることは疑の余地のないところである・・・(下民集132291-292

 

「未練」を月子に対して表す「言動」,月子に対する暴行及び勤め先の欠勤が,月子に侮辱感及び絶望感を与え,それが「婚姻を継続し難い重大な事由」を構成したということであって,「妻の同意のもとでの夫の女性関係」がそれとして直ちに「婚姻を継続し難い重大な事由」を構成する一要素とされてはいないようです。未練を表す言動の一環ということでしょうか。「婚姻を継続し難い重大な事由」に係る『新版注釈民法(22)』の分類(385-393頁)に従って整理すると,本件では,又次について,月子に対する「重大な侮辱」,月子に対する「暴行・虐待」及び勤労意欲がないことによる「家族の放置」があったということになるようです。

 

4 名古屋地方裁判所昭和47年2月29日判決(同性愛)

 最後に,「同性愛」が「不貞行為には該当しないとされる貞節義務違反(性的非行)」であって民法770条1項5号の婚姻を継続し難い重大な事由の一要素であるとされたとの趣旨で紹介されているものと解され得る(『新版注釈民法(22)』366頁)名古屋地方裁判所昭和47年2月29日判決の事例(判時67077)ですが,これについては,内田貴教授の『民法Ⅳ[補訂版]』(東京大学出版会・2004年)における紹介があります。

 「結婚後数ヵ月で夫が同性愛に陥り,妻に全く性的関心を示さなくなって,その後特定の男性に執拗につきまとうようになった,という事案で,770条1項5号の離婚原因があるとして,妻からの離婚請求を認めた」ものです(内田116頁)。民法770条1項1号の不貞行為との関係については,「同性愛を,異性との不貞行為に匹敵する有責行為と考える社会意識があるかどうか」が問題であるとされ,「もしそれが怪しいのであれば,あえて「不貞行為」を拡大することなく,端的に5号で破綻を認定するのが安全であろう。名古屋地裁の事案は,原告が5号に基づく離婚を請求したために,裁判所もそれを認容したものと思われる」とされています(内田116頁)。
 時系列的には,下記のようになります。
 なお,要件事実をやってみると,離婚請求の要件事実は,①婚姻の届出がなされていること,及び②①の婚姻を継続し難い重大な事由があること,ということになります(岡口基一『要件事実マニュアル 第2版 下』(ぎょうせい・2007年)240頁)。

 昭和39年11月26日に,原告(甲野花子(仮名))と被告(甲野正樹(仮名))とが結婚(婚姻届はいまだ出さず。)。
 昭和40年2月頃には早くも,正樹は,花子に対して性交渉を全く求めようとしなくなる。花子からの求めにも一向に意欲を示そうとはしない。
 同年3月5日,原被告の婚姻の届出。
  同年8月28日,原被告間に長女星子(仮名)誕生。
 昭和43年頃,正樹,乙山高和(仮名)と知り合って同性愛の関係に陥る。
 正樹・高和間では,男女間におけると同様の関係が繰り返される。
 昭和45年頃,乙山高和に結婚話が持ち上がったのを機に,いったん正樹・高和間の関係解消。
しかし,正樹は,高和に対する未練をいまだ断ちがたく,執拗につきまとう。

 昭和46年2月頃,花子,派出所の警察官から,正樹が他の男性と同性愛関係にあると知らされる。花子は,驚きのあまり,直ちに星子を連れて実家に帰り,以来正樹と別居する。
 同年6月9日 本件離婚等請求訴訟に係る訴状の正樹への送達。

 既に「セックスレス」になっていたのですから,あえて婚姻届を出すべきではなかったようにも思われますが,花子は星子を懐胎してしまっていたところです(女性を妊娠させる能力については,正樹には問題がなかったわけです。)。派出所の警察官から同性愛の事実が告げられたというのは,正樹の愛が暴走して,警察沙汰を起こしたものでしょうか。
 「右認定の事実によれば,被告は,性的に異常な性格を有していることが明らかである。」とずばり判示されていますが(判時670・77),「同性愛即異常」との認定には,現在では異議の声を挙げる人が少なくないかもしれません。
 なお,「原告が被告との離婚によって受けた精神的損害に対する慰藉料」として150万円を花子に支払うべきことが正樹に対して命じられています。
           

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所(弊事務所の鈴木宏昌弁護士が「離婚・男女関係」に強い辣腕弁護士として,週刊ダイヤモンド(20141011日号)で紹介されました。)

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