DSCF0082

1 『東海法科大学院論集』第3号の「憲法21条の「通信の秘密」について」論文

 前回の記事(201484日,「「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」(東海法科大学院論集5号)校正中」)で御紹介した『東海法科大学院論集』は,2006年7月に第1号(創刊の辞は亀山継夫元最高裁判所判事の執筆)が出て,2010年3月に第2号,2012年3月に第3号,2013年3月に第4号が発行されています。

当該紀要の上記第3号(宇都木伸教授退職記念論文集)に,「研究ノート」として,「憲法21条の「通信の秘密」について」という論文を出しました。A5判で26頁強の分量です(うち,注が7頁分)。

 目次は,次のようになります。

 


 1 「通信の秘密」の保障の趣旨

(1)裁判例,行政解釈及び学説

(2)憲法21条の起草経緯

(3)解釈論的論点

 2 帝国憲法26

(1)ベルギー憲法,プロイセン憲法等の影響

(2)前提としての郵便国営

(3)私的生活の不可侵としての人権体系中の位置付け

 3 19世紀ヨーロッパ憲法における信書の秘密とキャビネ・ノワール

(1)精神活動の自由としての位置付け

(2)キャビネ・ノワール

 4 憲法21条の帝国憲法26条的理解の限界

(1)通信事業者の公権力性という前提の消失

(2)プライバシー保護の確立

(3)帝国憲法26条の理解に関する日本的事情

   ア 公権力に対する無警戒

   イ 出版物流通における郵便の役割の副次性

 5 人のコミュニケーションに係るプライバシー権と市民のための「通信の自由」

 


 ここ数年,急激に「通信の秘密」をめぐる議論が活性化していますが,2011年ころまではなお,30年以上前の佐藤幸治教授の「通信の秘密」論文(芦部信喜編『憲法Ⅱ 人権(1)』(有斐閣・1978年)所載)が「通信の秘密」に関して本格的な憲法学的議論をするための必読文献であり(ただし,実際に読んでいた人は,通信関係者間でも必ずしも多くはなかったようですが。),学説的に阪本昌成教授が興味深い見解を発表していたほかは(「「通信の自由・通信の秘密」への新たな視点」法セミ364号(19854月)),「通信の秘密」条項の制定・解釈に係る経緯等について,インターネット上で高橋郁夫弁護士の仕事を見ることができた程度であったように記憶します。

 「憲法21条の「通信の秘密」について」の執筆に当たっては,GHQ民政局における憲法21条2項の起草過程にまでさかのぼる高橋弁護士の仕事等に刺激を受け,「通信の秘密」条項の由来について,手の及ぶ限り(国立国会図書館に通い,恵比寿の日仏会館の図書館からも資料を借り出しました。)歴史的・比較法的調査を行ったわけですが(資料の中では,18世紀の北米やフランスにまで出かけました。),その結果,佐藤教授の見解とはまた異なった角度からの憲法21条2項の見方にたどり着けたように思います。

例えば,佐藤教授の見解においては,「通信の秘密」と表現の自由とを分離せずに同一の条において規定する日本国憲法21条は比較憲法論的には「異例」なものであるとされますが(佐藤「通信の秘密」635頁),大日本帝国憲法に先行した1831年のベルギー憲法,1850年のプロイセン憲法及び1887年のロエスレル草案における人権条項の配列においては,実は「通信の秘密」条項は精神活動の自由に係る諸条項とまとめられていました。これらの例に倣わずに,「信書の秘密」に係る条項(26条)を,言論著作印行集会及結社ノ自由に係る条項(29条)から分離して,私生活の不可侵に係る住居の不可侵条項(25条)の次に置いたのは,大日本帝国憲法における選択でした。その意味では,同一の条に規定する必要まではともかくも,表現の自由と「通信の秘密」とが並んで規定される現行憲法21条は,19世紀西欧憲法的な論理に回帰したものともいえそうであり,そう「異例」でもないように思われます。

(ちなみに,かつての岩波文庫『世界憲法集』(宮沢俊義編)には清宮四郎教授訳のベルギー国憲法が収録されていましたが,現在の同文庫『新版世界憲法集』(高橋和之編)からはベルギー憲法は落ちています。専ら「現代」国家の在り方を知るための手引きたることを目的にして編集されたということでしょうが,大日本帝国憲法等に影響を与えたベルギー憲法の歴史的重要性からすると,ちょっと残念です。憲法における「通信の秘密」条項の淵源は,ベルギー憲法にあったのですから。)

 1789年のフランス人権宣言11条においては,思想及び意見の自由なコミュニケーションは人(homme)の権利であるとされているのに対して,自由に話し,書き(écrire),出版することは市民(citoyen)の権利であるとされています。書く(écrire)ものには当然手紙が含まれるでしょうが,自由に手紙を書く権利は,人(homme)ではなく,市民(citoyen)の権利であるとされています。市民たる以上,そこには公的なもの(res publica)とのかかわりがあるものでしょう。18世紀における手紙は,「個人が特定の少数者と向き合う世界」における通信(佐藤幸治憲法学に関する蟻川恒正「体系と差異」法時82535頁参照)に必ずしもとどまらなかったもののようです。

 


 The etiquette of letters in the eighteenth century was different from today’s. It was assumed that a letter, especially one crossing an ocean, would be read aloud or handed around, as it was such a precious instrument. (Randall, W.S. Thomas Jefferson: a life. New York: HarperCollins Publications, Inc. (1994): 247)

  18世紀における手紙に係るエチケットは,今日のそれとは異なっていた。手紙は――特に大洋を越えて届いたものは――貴重な文書として,人々に読み聞かせられ,又は回し読みされるものと了解されていた。)

 


 手紙は政治的なものでもあったわけです。「国家内部における陰謀は困難になった。なぜなら,郵便制度の創設以来,個々人のあらゆる秘密は国家権力の手のうちにあるからである。」とは国営郵便制度に関する1734年におけるモンテスキューの観察です(『ローマ人盛衰原因論』(田中治男・栗田伸子訳,岩波文庫・1989年)241頁)。そこからして,特定多数者にあてた通信に係る「通信の秘密」の保障は,特定多数者により構成されるものである憲法21条1項の結社の自由の保障にも仕え得るものではないかとまで考えが及んだところです(『憲法義解』においては,大日本帝国憲法29条が結社等の自由を規定するのは正に「思想の交通」を発達させるためであるとされています。)。ただし,「通信の秘密」とパラレルに考えると出て来そうな概念である「結社の秘密」,すなわち秘密結社の権利性いかんまでは当該論文においては検討が及んでいません。ちなみに,大日本帝国憲法下の治安警察法(明治33年法律第36号)14条は「秘密ノ結社ハ之ヲ禁ス」と規定し,秘密結社の組織者・加入者は6月以上1年以下の軽禁錮に処せられるものとされていました(同法28条)。この点,佐藤幸治教授の『憲法〔第三版〕』(青林書院・1995年)においては,現行憲法21条1項の解釈として次のように述べられています。

 


  「結社のプライヴァシー」が認められるか否かについては,議論がありうる。仮にプライヴァシーと呼ぶことが適切でないとしても,それに相当するものは,「結社の自由」の内実もしくはそのコロラリーとして憲法上の保障対象であると解される。したがって,公益上のやむをえざる必要性に基づくものでない限り,公権力は,結社の成員その他活動状況に関する資料の提出・開示を強制することは許されない。(551頁)

 


 上記の議論のために憲法21条2項後段の「通信の秘密」を援用するのは,あるいは,あながちこじつけということにはならないようにも思われます。

 他にもいろいろ論点があるのですが,それは論文に直接当たっていただくこととして,当該論文の1(3)で提起した「解釈論的論点」の部分だけ抜き書きしておきます。

 


  第1に,帝国憲法26条は,臣民の私生活上の自由ないしはプライバシーの保護のみを目的としたものとは解されない。そこでは通信事業の国営が前提とされていたものと解されるのであって,政府の行うべき行政事務に関する統治機構関連規定としての側面をも有していたところである。

  第2に,したがって,1985年4月の日本電信電話公社,200710月の日本郵政公社の各民営化を経た今日にあっては,通信事業の国営を前提としていた帝国憲法26条的理解のままで現行憲法21条2項後段を意義付けることはできないはずである。憲法の人権規定の私人間適用についてどう考えるかの問題ともからみ,新たな解釈論が必要とされるところである。

  第3に,現行憲法21条の起草過程からは,GHQは,やはり公的な言論の自由を支えるものとして,「通信の秘密」の保障を考えていたことがうかがわれるところであり,かつ,そのような「立憲民主主義」の要請を同条に読み込む解釈の存在も,政府において現に認められているところである。同条の解釈論を考えるに当たっては,「言論,出版その他一切の表現の自由」の中に「通信の自由」ないしは「コミュニケーションの自由」が含まれるという理解に対する再評価がされるべきように思われる。

 


なお,当該論文の対象を「憲法21条の「通信の秘密」」に限定して「通信の秘密」一般としなかったのは,通信事業民営化後の電気通信事業法等における「通信の秘密」規制は,飽くまでも当該法律に基づくものであって,直接憲法に基づくものとは解されなかったからです(片桐裕「電話の逆探知,通話の録音等」前田正道編『法制意見百選』(ぎょうせい・1986年)547548頁等参照)。

 

2 しょんぼり,発表後

 「憲法21条の「通信の秘密」について」論文掲載の『東海法科大学院論集』3号は2012年の春に出たものの,大学の紀要ですから書店で市販されたり,一般の図書館に架蔵されるものではありません。したがって,研究者等関係者の注意を喚起し,目に触れるための頼みの綱は国立国会図書館の検索データベースということになりました。しかしながら,いつまでたっても当該論文のデータが国立国会図書館において入力された気配は無く,しかるべきキーワードを入力して検索しても梨のつぶてという状態が続きました。

 折しも,「通信の秘密」に関する議論が活性化しだしました。業界における有力な発表の場ないしは媒体において,論者それぞれの思いを込めた理論がいろいろ表明されていました。「通信の秘密」の「現段階」が論じられ,「その先の議論」が華やかに展開されました。それらに対して,国立国会図書館に行ってベルギー憲法に係る19世紀出版の註釈本のフランス語をとぼとぼと読んだような仕事は,発表と同時に忘れられ,過去のものとなったように思われました。(なお,東海大学の創立者である松前重義は,逓信院総裁まで務めた電気通信関係者だったのですが,「法制局を支配する,国家行政の権限は法律または経済の勉強をした者に限るとの思想」に対して「技術者としての偏見」をもって技官の地位向上のための「技術者運動」を主導した技術官僚でしたので(同「逓信省を中心とした技術者運動」『逓信史話 中』(電気通信協会・1962年)参照),事務官僚的法律論は生前その好むところであったものかどうか,いささか因縁話的なことも考えたものです。)

 


3 えへん,権威づけ

 ところが,昨年(2013年)の暮れになって,京都大学の曽我部真裕教授の「通信の秘密の憲法解釈論」(Nextcom1614頁)及び東京大学の宍戸常寿教授の「通信の秘密に関する覚書」(『現代立憲主義の諸相―高橋和之先生古稀記念』(有斐閣)下巻所載)において,立て続けに我が論文が,憲法学界の諸碩学のものと並んで引用されました。

 理科系の論文の評価基準としては,当該論文がどれだけ他の論文において引用されているかということがあるそうですが,東西両旧帝国大学の憲法学教授の作品において引用を受けるとは,ちょっと以上晴れがましく感じられるところです。しかし,検索の便の悪い中,恐らく広大な大学図書館の紀要コーナーの片隅にひっそりと存在していたであろう我が論文がよく見つけられたものです。さすが横着ならざる一流の学者は,仕事が周到・丁寧です。

なお,曽我部教授の「通信の秘密と憲法解釈論」論文は,インターネット上で公表されています。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/179540/1/nextcom_16_15.pdf

最近になって,改めて我が論文について国立国会図書館の論文検索を試してみると,こちらもようやく,ヒットするようになっていました。

 曽我部・宍戸両教授によるお墨付きに力を得て,今年の正月,大学時代の恩師である憲法学の大先生のお宅に年始に伺った際「憲法21条の「通信の秘密」について」の抜き刷りを,おそるおそる献上申し上げました。大先生は,「ほう」という表情で当該抜き刷りを受け取られましたが,その後間もなく,悪くはないねとの御趣旨のはがきを頂戴しました。御査読何とか通過。有り難いことです。ただし,文体的に,「ところである」が濫用されているねとの御注意を申し受けました。

 この「ところである」濫発の原因は,反省してみると,自ら書く主題に対して少し距離を置いてみせようという潜在意識の反映であったようです。簡明直截に言い切らないで,文末に一つ屈折したような表現を置くのは,照れているのか拗ねているのか。既製品のカテゴリーの単なる当てはめ・書き写しを越えた新たな知見に係る学問的な仕事について,いかにももったいぶった人たちがちゃんと理解できているのか理解できるのか,それまで意外の感を覚え,不信を感ずることが多かったせいか,いざ学界に自らの名で自らの仕事を提出するに当たって,身構えてしまっていたのかもしれません。

 


4 抜き刷り差し上げます

 と,以上,いろいろ自分の論文についていわくありげな御紹介をしたわけですが,じゃあその内容はどうなっているのだという御関心及び御質問があろうかと思います。そこでということで,実は当該論文の抜き刷りが手元にまだ大量に残っておりますので,在庫がある限り,希望される読者の方に,無料で差し上げたく思います。(とはいえ,郵送料の御負担をお願い申し上げます。)

 具体的には,返信用封筒に返信用切手を添えて,郵便でお申込みください。あて先は下記のとおりになります。また,抜き刷りはA5判の大きさですので,折らずにお送りするには定形外郵便物の封筒が必要になります(この場合の郵便料金は120円)。定形郵便物の封筒の場合は,抜き刷りを封入するためには折らざるを得なくなりますが,郵便料金は92円です

(追記)
 その後,本件論文がインターネットで公表されるに至っています。こちらにアクセスされた方が簡便ですね。

https://opac.time.u-tokai.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TC10000241&elmid=Body&fname=a18812791-00-000030113.pdf 

 

 

弁護士 齊藤雅俊

大志わかば法律事務所

150-0002 東京都渋谷区渋谷三丁目5‐16 渋谷三丁目スクエアビル2階

電話:0368683194

電子メール:saitoh@taishi-wakaba.jp