1 ただ今校正中

 この秋(2014年秋)に,『東海法科大学院論集』第5号が発行される予定です。東海大学法科大学院の当該紀要に掲載すべき鈴木宏昌弁護士との共同論文「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法――消費者契約法9条1号を中心として――」の最終校正を現在行っています。

 A5判で28頁にわたる分量で,当該紀要中一番長い論説になってしまったもののようです。自分たちで書いた文章であるにもかかわらず,校正のために根を詰めて読み返すと結構疲れます。

 読みやすくするためには,もしかしたらもっと紙数を図々しく頂戴すべきであったのでは,とは,さかしらな発想です。



 Abt Terrasson sagt zwar: wenn man die Größe eines Buchs nicht nach der Zahl der Blätter, sondern nach der Zeit mißt, die man nöthig hat, es zu verstehen, so könne man von manchem Buche sagen: daß es viel kürzer sein würde, wenn es nicht so kurz wäre.

 (確かにテラッソン院長は述べています。もし,本の大小を,頁数ではなく,理解するために必要になる時間でもって計るならば,多くの本について,こんなに短くなければもっと短かっただろうに,と言えるだろうと。)



 しかし,読み返すのに疲れる原因の真相は,一つの論文に,多くの論点に係る事例と説明とを,手際悪く,ごてごて詰め込み過ぎてしまったもののようです。



 …manches Buch wäre viel deutlicher geworden, wenn es nicht so gar deutlich hätte werden sollen. Denn die Hülfsmittel der Deutlichkeit helfen zwar in Theilen, zerstreuen aber öfters im Ganzen…

  (・・・多くの本はもっと分かりよくなっていただろう,もし,そんなに分かりやすくしようとされなければ。というのは,分かりやすさの補助手段(例及び註釈:Beispiele und Erläuterungen)は,確かに部分において役立つが,しかし全体についてはしばしば間延びしたものにしてしまうのである・・・)



 ごてごてと事例の紹介があり,かつ,細かな概念の説明があると,読者にとって,その特定部分に係る理解はともかく,全体の概観及び体系の構造の把握が難しくなってしまうということのようです。しかし,我々の論文は,カントがその第1版の序文で上記のように弁明している『純粋理性批判』のように原理的・思弁的な大著ではないのですが・・・。

 などと校正に疲れて物思いにふけっている時,ふと更に思い出したのが,かつて『法学教室』79号で読んだ米倉明教授の講演録の次のくだりです。当該講演録は1986年6月16日に法政大学法学部でされた講演に加筆されたもので,「民法の学び方――ひとつの実践的方法」と題されたものです。「主としてペーパーテスト,学部の試験を思ってください。それを念頭においてお話をいたします。」との前置き(20頁)に続く「表現方法について」の話において,「むだなく,正面から答える」及び「平易に,取捨選択して書く」という学生に対する有益なアドヴァイス(確かに,試験答案の作成に当たって,出題意図を取り違えていると悲惨です。)が述べられた後,講演がちょっと脱線したところの,「世界の名著は別格」との小見出しの部分です。



  もっとも,もし諸君がグレート・ブック(Great Book)を書く,世界の名著,古典をものするというのなら,混乱,整理不十分,あいまい,重複,退屈でもいいでしょう。グレート・ブックなるものは,まずそういうしろものですから。・・・バートランド・ラッセル・・・いわく,グレート・ブック,世界のベストセラーなどというのは決しておもしろいものではない。旧約聖書をみてもわかるように,いきなり何の断わりもなしに,どこの馬の骨だかわからぬ人間が山と並べられて出てきてみたり,また,論語にしたって,マルクスの資本論にしたって,退屈きわまりない部分がいっぱいあるのだ。All great books contain boring portions.・・・ラッセルにいわせると,たとえば北斗真拳みたいに――ラッセルがこれを知る由もないのですが――はじめから終りまで活気にあふれた小説(?)は決してグレート・ブックではないのです。英語でいうと,こうです。A novel which sparkles from the first page to the last is pretty sure not to be a great book. そういわれてみると,デカルトにしても,カントにしても,マックス・ヴェーバーにしても,またデュルケムにしたって,おもしろいとは決していえません。しかし,世界の名著,古典であることは否定できません。

  しかしながら,レポートや答案で世界の名著をめざすのは無理ですし,めざしてはいけない。これらの場合には論点を十分にしぼって,よけいなことを捨て去って――捨て去るのが惜しければ,本文ではなくて注にまわすなどして――ここぞいいたいというところだけを書くべきであります。・・・(22頁)



不幸中の幸いか。我々の論文は,少なくとも,Great Bookの一部となる可能性が全く無いものではないようです。

Great Bookはすべて,混乱し,整理不十分であり,あいまいであり,重複し,又は退屈である部分を有する。」という命題が真であるのですから,「混乱し,整理不十分であり,あいまいであり,重複し,又は退屈である部分を有する論文はすべて,Great Bookとなるものである。」という命題も真であるとはいえないものでしょうか。それともやはり,逆は真ならずでしょうか。



2 「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」予告編

 閑話休題。我々の論文の概要を御紹介しましょう。

 我々の「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」論文は,株式会社NTTドコモ,KDDI株式会社及びソフトバンクモバイル株式会社のいわゆる「2年縛り契約」に係る契約約款の有効性が問題になった2012年から2013年にかけての京都地方裁判所及び大阪高等裁判所の各判決(京都地判平24328判時215060から大阪高判平25711(平24(ネ)3741)までの6件)を取り上げ,分析を加えたものです。
 上記諸判決に係る事件の原告は,携帯電話事業者に対して消費者との「2年縛り契約」締結に係る意思表示の差止めを請求する適格消費者団体(消費者契約法123項,24項)及び当該事業者に対して支払った解約金(又は解除料)を不当利得であるとしてその返還を求める元契約者でした。控訴審である大阪高等裁判所の判決が出そろった段階では,原告らは返り討ちに遭っていて,いずれも携帯電話事業者側の全面勝訴となっています(現在上告中)。

 これらの訴訟の結末がどうなるかは,携帯電話が生活の不可欠の一部となってしまっている今日において,消費者及び事業者の双方が大いに注目するところでしょう。

 「携帯電話サービス契約の中途解約金条項と消費者契約法」論文の目次は,次のとおりになります。



 第1 はじめに

 第2 判決の紹介

  1 前提事案(D事件の事案を以て代表させる。)

  2 本稿の論点に関する判断

(1)中途解約金条項の解除違約金等条項該当性

ア 被告ドコモ及びSBMの主張(対価条項説)

イ 裁判所の判断(解除違約金等条項)

(2)中途解約金が前提とする携帯電話事業者に生ずる損害の性質

ア D事件各判決(基本使用料金事後清算説)

イ S判決(債務不履行損害賠償説)

ウ K事件各判決(債務不履行損害賠償否定説)

(3)消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害の額」の算定方法

    ア D事件各判決

    イ K事件各判決

    ウ S事件各判決

第3 裁判例の考察

  1 中途解約金条項の解除違約金等条項該当性

  2 中途解約金の性格

  (1)基本使用料金事後清算説(D事件各判決)

  (2)債務不履行損害賠償説(S₁判決

  (3)債務不履行損害賠償否定説(K事件各判決)

    ア 債務不履行損害賠償否定説及び約定解除説

    イ 債務不履行によらない法定解除説

(ア)民法651条2項の損害賠償

(イ)民法641条の損害賠償

(ウ)委任における不解除特約と損害賠償

    ウ K事件各判決の理論の帰結

  3 「平均的な損害の額」算定の二つの方法

  (1)最高裁の判例との相違

  (2)消費者契約法所管官庁の解説書の方法

  (3)最高裁の判例

  (4)二つの方法についての小括

  4 まとめ



 「本稿の論点」とは,①中途解約金条項が消費者契約法9条1号の解除違約金等条項(「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し,又は違約金を定める条項」)に該当するか否か,②中途解約金が前提とする携帯電話事業者に生ずる損害の性質及び③同号にいう「平均的な損害の額」の算定方法です。

各控訴審判決は,「2年縛り契約」における中途解約金支払条項が消費者契約法9条1号の解除違約金等条項であるという判断, 並びに消費者との「2年縛り契約」に係る意思表示の差止請求を認めず,及び解約金の返還を全く認めないという結論においては一致しています。

しかしながら,前記諸判決において,解約金の性格については,①中途解約の際における使用料金の事後清算金としているものと解されるものあり,②債務不履行である中途解約に対する損害賠償金としているものと解されるものあり,③中途解約は約定解除権の行使であるから債務不履行ではないとしつつ当該中途解約に対する損害賠償の範囲は債務不履行の場合と同様民法416条であるとするものありで,混沌としています。

また,消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額」の算定方法については,以前の最高裁判所平成181127日判決(民集6093437,学納金事件)における方法とは違った方法(「消費者契約法所管官庁の解説書の方法」)が採られています。これには,不当利得金返還請求だけではなく適格消費者団体による契約締結の意思表示の差止請求も一緒にされていることが影響しているのかもしれません。消費者である原告らと適格消費者団体である原告との間における訴訟物の相違に応じた「平均的な損害」概念の相違があるものと考えることもできそうです。

携帯電話役務に係る「2年縛り契約」をめぐっては,下級審裁判例が理由づけにおいて一致していない中,法政大学法学部の大澤彩准教授による「携帯電話利用契約における解約金条項の有効性に関する一考察」(NBL100417頁)を始めとする数多くの論攷があります。我々の論文もそこに何らかの寄与を付け加え得るものとひそかに自負しつつ,『東海法科大学院論集』第5号の発刊前に,「2年縛り契約」に係る裁判例の混沌を統一する最高裁判所の判決があっさり出てしまわないよう願っているところです。

紀要の本体が出る前にその内容を喋々し過ぎるのも何ですから,今回は,この辺で


(追記)携帯電話解約金事件の控訴審判決については,敗訴した適格消費者団体が最高裁判所に上告受理の申立てをしていましたが,2014年12月11日付けで不受理決定が下されたようです。「原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては,大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」ではなかったということでしょう(民事訴訟法318条1項参照)。不受理決定が下された「ようです」とちょっとあいまいなのは,毎日新聞のインターネット記事が「上告棄却」と報じているからです。報道業界も混沌としています。( 上告人のウェッブサイトに掲載された決定書によれば, やはり上告不受理決定でした。)

(追記の2)我々の論文が,インターネット上で読み得るようになっています。https://opac.time.u-tokai.ac.jp/webopac/bdyview.do?bodyid=TC10000253&elmid=Body&fname=a18812791-00-000050069.pdf 


弁護士 齊藤雅俊

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