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JR北海道・札幌駅の特急オホーツク


1 鉄道をめぐる父と子

 前回の記事(「鉄音を聞きながら:鉄道関係法のささやかな愉しみ」)では,鉄道営業法(明治33年法律第65号)の罰則関係の話などをしてしまいましたが,無論,鉄道関係法規は,刑事法ばかりではなく,民事法,行政法まで多様な広がりを持ちます。

 民事法中,鉄道運輸に関係するのは,商法(明治32年法律第48号)の運送営業の章(第28章。第569条以下)になります。

 ところで,我が国の商法学者中,鉄道とのかかわりが深い人物といえば,やはり松本烝治博士(東京帝国大学教授・法制局長官・関西大学学長・商工大臣・憲法担当国務大臣・第一東京弁護士会会長。18771014日生れ・1954108日没)でしょう。父の荘一郎は我が国の鉄道官僚のトップに上り(鉄道庁長官,逓信省鉄道局長,鉄道作業局長官),自らも南満洲鉄道株式会社の理事,副総裁となっています。

 松本烝治博士の「風ぼうは,丸いチーズに細い眼と口ヒゲをはめこんだように,一見して春風を感じさせるふくよかな温容」で,「人あたりもよく,誰にたいしてもいんぎん,丁寧」でありましたが,「かんしゃく持ち」で「なかなかの激情家」でもありました(児島襄『史録 日本国憲法』(文春文庫・1986年(単行本1972年))86頁)。女婿・田中耕太郎(東京帝国大学教授・文部大臣・最高裁判所長官)には,「考え方や頭の働き方は社会科学的または哲学的思想的というよりも,自然科学的という感じ」で,「技術家的な自由主義者」と評されています(児島89頁)。松本烝治博士は「分析的緻密な法律論を展開」したのに対し,田中耕太郎教授は「総合的な方面に商法研究を進められて,松本先生の説を乗り越えようとし,商法学はさらに新しい進展を遂げた」と評されています(鈴木竹雄「松本烝治先生の人と業績」(1989年)・松本烝治『私法論文集』(巌松堂書店・1926年,有斐閣・1989年復刻版))。

 さて,今回は,鉄道ネタの中でも,商法の問題を取り上げます。乗車券の法的性格に関する問題です。

 


2 松本烝治の乗車券論

 


(1)鉄道の乗車券

松本烝治博士の鉄道乗車券論は,次のとおり。当時のドイツの学説に,まずは依拠したものでした。

 


  鉄道乗車券の性質に付ては,独逸に於ては学者の之を論議するもの少からずと雖も,之を以て鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券と解するを通説とす。其説明に依れば,乗車券を買求むるに当りて旅客運送契約が締結せられ,乗車券は其運送契約上の旅客の権利を表彰し,鉄道は其所持人に対して義務を履行すべきものなるを以て,一個の無記名証券に外ならずとす。・・・余も亦,此通説を正当とす。(松本「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」(1916年)『私法論文集』962963頁(同書の原文は,片仮名書き,濁点・半濁点,句読点無し。))

 


 そこから更に松本博士の学説が展開されます。

 


 ・・・唯,鉄道乗車券を買求むるを以て運送契約の締結と観るは一般社会見解に反するが故に,寧ろ運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利を表彰する有価証券が売買授受せらるるものと解すること,却て適切ならむと思料す。・・・而して卑見に依れば,乗車券が有価証券たる性質は,運送の開始のためにする改鋏に因りて終了するものたり。何となれば,鉄道は特定の道程,特定の一人を運送する義務を負ふ者なるが故に,運送の開始に因り其乗車券の表彰する債権の履行が始まり,復之を他人に譲渡することを得ざるに至るものなればなり。即ち,鉄道乗車券は,無記名有価証券なれども,改鋏に因りて単純なる証拠の為めにする証券と変化するなり。精確に言へば・・・改鋏は,有価証券たる乗車券を回収し,之に代ふるに単純なる証拠の為めにする乗車券を交付するの行為と観察すべきなり。・・・(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』963964頁)

 


 この松本説が,大体において,鉄道乗車券についての我が商法学会の通説であるようです。(なお,鋏を入れる改鋏は,今はスタンプを挟み押すことをもって代替されていますね。)

 


  通説によれば,運送契約は乗車券購入のとき成立し,乗車券は運送債権を表章する有価証券とみとめられる。すなわち,通常の乗車券は特定区間の個別的運送についての通用期限付きの無記名証券(ただし鋏を入れた後は証拠証券となる)とされ〔る。〕(鈴木竹雄『新版 商行為法・保険法・海商法 全訂第二版』(弘文堂・1993年)54頁。ただし, これはドイツの通説寄りですね。

 


  ・・・乗車前に発行される〔乗車券〕は,通常は運送債権を表彰する有価証券と解される。したがって,一般の無記名式乗車券は,証券の引渡により自由に譲渡することができる。しかし,一旦運送が開始された後(改札制度のあるときは,改札の後)は,運送人は特定人に対してのみ義務を負い,乗車券の譲渡は許されなくなる。以上に対し,乗車後に発行されるものは,運送賃の支払を証明する単なる証拠証券である。(西原寛一『商行為法』(有斐閣・1960年)333頁)

 


  通常の無記名乗車券は,通説によれば,運送請求権を表章する有価証券であり,引渡により自由に譲渡することができる。ただし,改鋏後は,特定人を運送する義務を負担するから,譲渡は許されない。しかし,乗車中請求あり次第いつでも呈示し,また取集めに際しては渡さなければならない(鉄道営業18条)から,有価証券としての性質を有する。(河本一郎『手形法・小切手法 商法講義』(上柳克郎=北沢正啓=鴻常夫=竹内昭夫編,有斐閣・1978年)26頁)

 


 なお,改鋏後の鉄道乗車券が有価証券であるとするか否かは,有価証券の定義いかんによります。「「有価証券とは,財産的価値のある私権を表章する証券であって,その権利を移転しまたは行使するのに,証券を交付しまたは占有することを必要とするものをいう」との定義が通説になっている。」とされているのに対して(河本24頁),権利の移転及び行使に証券が必要だとする説も有力だからです。なお,鉄道営業法18条は,「旅客ハ鉄道係員ノ請求アリタルトキハ何時ニテモ乗車券ヲ呈示シ検査ヲ受クヘシ/有効ノ乗車券ヲ所持セス又ハ乗車券ノ検査ヲ拒ミ又ハ収集ノ際之ヲ渡ササル者ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依リ割増運賃ヲ支払フヘシ/前項ノ場合ニ於テ乗車停車場不明ナルトキハ其ノ列車ノ出発停車場ヨリ運賃ヲ計算ス」と規定しています。

 


(2)電車(軌道)の乗車券

 さて,松本烝治博士は,鉄道の乗車券が「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」であるという解釈は,「其儘之を電車の復券及び回数券に応用して毫も不可なる所あるを観ず。」としています(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』964頁)。「是等の乗車券は,亦運送契約上の権利を表彰する無記名証券たり。之を売買贈与するは実際上頻繁に行はるる所にして,電気局自身も亦回数券が年末年始の贈答用に供せらるることを期待して特に之を売出すを常とす」るからです(同頁)。権利の移転及び行使に用いられる電車の復券及び回数券は当然有価証券であって,そうであればそこに表章されている権利は「運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利」だということのようです。

 なお,松本烝治博士の立論においては,電車の片道券及び往復券の往券は,回数券及び往復券の復券とは異なるものとされています。なぜ異なるのかを理解するには,当時の路面電車の乗車方法を知らなければなりません。

 


 ・・・片道券及び往券は,乗客が之を買求めたる電車に於ける運送の賃金を支払ひたることを証する単純なる証票たるに過ぎずして,有価証券に非ず。車掌は之を乗客に交付するに当りて必ず入鋏することを要す。又,乗客は之を他人に譲渡すことを得ざるや勿論なり。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』962頁)・・・鉄道に於ては乗車券所持人に非ざれば之が運送を開始せざるを常とするも,電車に於ては別に車内に於て賃金を支払ふ方法を認め,乗車券所持人に非ざるも之が乗車を拒むことな〔し〕・・・(同964頁)

 


・・・之に反して〔電車の〕復券及び回数券は乗客の請求に因りて始めて入鋏せらるるものにして,其入鋏前に於ては自由に之を譲渡すことを得。余は之を以て通常の鉄道乗車券と全然同一性質を有する有価証券なりとす。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』962頁)

 


 軌道条例(明治23年法律第71号)に基づく軌道である路面電車では,あらかじめ乗車券を買っておくのは例外であって,正則は,電車に乗車後車内で賃金を支払って入鋏された片道券を受け取ることだったようです。

 


3 岡松参太郎及び大審院の乗車券論

 


(1)電車乗車券に係る岡松説

 ところで,松本烝治博士の論敵の岡松参太郎博士は,電車片道券の正則性から,その性質を復券及び回数券にも推し及ぼしたようです。

 


  岡松博士は,電車乗車券は其回数券なると復券なると将た片道券なるとに依り異ることなしとする前提に立ち,片道券は有価証券に非ずして単純なる賃金支払の証拠に過ぎざるを以て,回数券又は復券も亦有価証券たることなしと断定せらる。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』965頁)

 


 それでは,岡松説では電車の乗車券の性質はどのようなものかといえば,次のようなものだったそうです。

 


  岡松博士は又「現に電車に乗車し其運送の為めに利用する乗車券なるも,運送契約の成立其ものとは無関係なり。即ち営業者の為に賃銭支払の認識票となり,之が為に乗客は降車の請求を受けず,又再度支払の請求を受けざるに至るの便益あるに過ぎず。未だ使用せざる乗車券は,若し電車に乗車する際之を提示せば其金額に相当する支払ありたることを認識する証票と為るべきものたるに過ぎず。」云云勿論法律上の性質には差異あるも,郵便切手の売下は其売下に因り運送契約を締結するものにあらざるに於ては一なり。従て,其売下の後郵便税を改正するも旧税に従ひ運送すべき義務なきと一般なり。」と論結せらる。(「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」『私法論文集』967頁)

 


 電車の乗車券は電車の乗車券なのだから性質はいずれも同じと考える岡松博士に対して,「分析的緻密な」松本博士は,電車の乗車券であっても,証拠証券にすぎない片道券及び往券と有価証券である復券及び回数券とは厳格に分別せられねばならないとするものでありました。

 


(2)電車乗車券に係る大審院の判例

 松本=岡松論争の翌年の大審院(たいしんいん)大正6年2月3日判決(民録2335頁)は,岡松説を採用します。

 


 Y(東京市)と乗客との間に於ける乗車契約は,乗車の時を以て成立するものにして,Yは其当時に於て実施せらるる運送条件に従ひ乗客を運送する私法上の義務を負担すると同時に,乗客も亦其当時に於て効力ある賃金率に従ひ乗車賃を支払ふ義務あるものとす。」

 「往復券・回数券の発行は,他日に於けるYと乗客との運送契約を予想し,之を以て乗車賃の支払に充つるの目的を以て発行せらるるものにして,其票券は,現行の乗車賃4銭と通行税を支払ひたることを証し乗車賃に代用せらるる一種の票券なりと解するを相当とす。故に,此票券の授受に因りYは其所持人に対して運送義務を負担するものにあらずして,唯票券を所持する乗客が乗車の際其票券を提出するに於ては,乗車賃金に代へて之を受領するの責務を負担するに過ぎざるものとす。」

 「是等票券を以て一種の無記名証券なりとし,之を発行したるYをして其所持人に対し運送の義務を負担せしむべきものと解釈すべきの問題に付きては,Yが内務省の認可を経て告示したる賃金表中此解釈を是認すべき何等の憑拠なく,此種の票券を以て無記名証券と看作すべき何等法律の規定なく,票券の内容も亦往復券・回数券たることを表示するに止まり,Yに於て運送義務を負担したることを表示すべき文言の記載あることなければ,他に其無記名証券性を肯定すべき事由の存せざる限りは,之を否定するを相当とす。」

 「往復券の復券殊に回数券が取引上に於て融通性を有することは,毫も其証券的性質を肯定するの根拠たるを得ず。何となれば,是等票券は縦令其性質に於て無記名証券にあらざるも,電車賃に代用せられ其所持人は乗車の際之を車掌に交付するに因りて電車賃の支払を免がるる以上は,其票券は,一種の有価物として売買譲与の目的たるを得ること郵便切手に於けると毫も異なる所なきを以てなり。」

「当院は・・・往復券・回数乗車券の性質より演繹し,其証券的性質を否定すると同時に,回数乗車券の発売に際しYと乗客との間に於ける運送契約若くは其予約の存在を否定し,是等票券を以て乗車賃に代用せらるる票券なりと断定するものなり。従て,往復券・回数券を購買したる者及其承継人は,乗車賃低減の場合に於て過払金として差額の返還を請求し得ると同時に,其増額の場合に付き其差額を支払ふことを要し,乗車賃を前払したるの故を以て其差額を僥倖することを得ざるものとす。」(原文は,片仮名書き,濁点・半濁点,句読点無し。) 

 


(3)電車乗車券判例に対する学説の批判

 「本件回数乗車券はその所持人を運送するというYに対する請求権が表章されている有価証券と解される」とされ(柴田和史「102 回数乗車券の性質」別冊ジュリ『商法(総則・商行為)判例百選[第5版]』(2008年)207頁),「問題となるのは,回数乗車券である。判例は,それが運送債権を表彰するものでなく,運送賃の前払を証する単なる票券ないし運送賃代用の票券にすぎないとする。しかし,旅客が最大の義務である運送賃の支払を終えながら,何らの権利の発生をも認められないのは,当事者の意思に適合しない。回数乗車券も,通用区間の指定(時には通用期間も指定)のある包括的運送契約上の権利を表彰する有価証券と解してよい」と述べられ(西原333頁),また,「回数乗車券も,包括的な運送についての無記名証券となるが,それでは,運賃値上げのとき追加払の要求がみとめられなくなるとして,回数乗車券は運送賃の前払を証する単なる票券にすぎないと解する説もある。しかし,有価証券と解したところで,通用期限の定めのない場合に,当然に追加払を要求できないことになるわけではないと思う。」とされており(鈴木54頁),電車の回数乗車券の無記名有価証券性を否定した上記大審院判例は,一般に学説の反対を受けているようです。

 中でも法政大学の柴田和史教授は研究熱心で,松本=岡松論争時における東京市の路面電車の回数乗車券の現物を確認した上で,いわく。

 


 ・・・最初に本件回数乗車券の外観形状を確認しておくことが重要である。本件回数乗車券の単券には,発行者である「東京市」の記載および「回数乗車券」の記載があるものの,乗車区間,有効期限,発行年月日および金額の記載はなかった(林順信『東京・市電と街並み』[1983]152頁の写真参照。なお,金額について,松本烝治「電車乗車券ノ性質ヲ論シテ岡松博士ノ説ヲ駁ス」〔『私法論文集』967頁〕)。この点,一般的に発行されている回数乗車券の単券に金額が記載されていることから,近時の多くの学説が本件回数乗車券の単券にも金額の記載があるものとして本件判決を論じているが,事実と議論の前提に齟齬があると思われる。単券に金額の記載がないのであるから,票券説,金銭代用(証)券説・・・は立論の根拠を欠くことになろう〔。〕(柴田207頁)

 


 「近時の多くの学説」の一例としては,次のようなものがあります。

 


  無記名回数乗車券については,包括的運送債権を表章した有価証券か,後日成立すべき運送契約を予想してその運賃の前払があったことを証明する金銭代用証券かで争いがある。このような無記名回数乗車券の法的性格を論じる実益としては,発効後運賃の値上りがあったときに,回数券の所持人が運送を請求するためには,追加払が必要か,そのような必要はないのかという形で問題になる。

  大審院は,市電の回数乗車券について,運送人である東京市は,その所持人に運送債務を負担するものではなく,証券を所持する乗客が乗車の際にその証券を提出する場合に乗車賃に代えてこれを受領する債務を負担するにすぎないとして,差額を支払わなければならないという後者の立場をとった(大判大正623日民録2335頁〔百選〔第5版〕102〕)。

 この問題については,無記名回数乗車券といっても,一律に解すべきではないであろう。東京市電の回数乗車券のように,乗車区間も通用期間も限定していないで単に金額のみを表示した回数乗車券については,その証券所持人と運送人との間に運送契約が締結されており,したがって回数乗車券が運送債権を表章しているとは解し難く,大審院の判例の立場を支持すべきであろう。しかし,これに対して,乗車区間も通用期限も限定したものについては,すでに所持人と運送人との間に運送契約が締結されたものと考えるべきであり,したがって追加払は必要ないと解すべきであろう。(近藤光男『商法総則・商行為法〔第5版補訂版〕』(有斐閣・2008年)223224頁。下線は引用者)

 


 近藤光男教授は,丁寧に,自説と共に柴田教授の前記辛口判例評釈を併読するように指示しています。

 ところで,柴田教授は,「本件回数乗車券の券面には発行者Y,および,乗車券である旨の記載があることから,債務者であるYがその営業している乗車区間の範囲内において電車運送をなすべき給付の約束を表示しているものと考えることができる(松本烝治「電車乗車券の性質に関して岡松博士に答ふ」〔『私法論文集』975頁〕)。筆者もこの立場に従い本件回数乗車券の法的性質は有価証券であると考える。」とされた上で,「なお,乗車区間の記載も金額の記載もなければ,どこからどこまでの運送債権を表章するか確定できないのではないかとする反論が予想されるが,当時の東京市電は全区間一律料金だったのでそのような記載がなくても問題はなかったのである。」と述べられていますが(柴田207頁),ここのなお書き部分は,両刃の剣ともなりそうです。「全区間一律料金」だったので当然のこととして区間の記載がなくても問題がなかったのだとするのならば,乗車賃が4銭であることも当然のこととして,回数券の単券に金額の記載がなくとも問題がなかったものといい得るであろうからです。

 


(4)乗合自動車乗車券に係る大審院の判例

 ところで,大審院は,昭和14年2月1日判決(民集18277頁)で,今度は乗合自動車の回数券(「発行者ノ名義其ノ回数乗車券ナルコト各停留所区間料金等ヲ印刷シ其ノ特定ノ宛名ヲ記載シ居ラサル」もの)について,「本件ノ如キ回数乗車券ハ運送業者ト公衆トノ間ニ他日成立スヘキ運送契約ヲ予想シ其ノ乗車賃ノ前払アリタルコトヲ証シ即チ乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券ニシテ之カ発行ニヨリ其ノ所持人トノ間ニ旅客運送契約又ハ其ノ予約成立スルモノニアラス右運送契約ハ唯公衆カ乗車ノ都度乗客ト運送業者トノ間ニ成立スルモノト解スルヲ相当トス之ト同趣旨ノ見解ハ当院判決ノ曩ニ判示セル所ニシテ(大正・・・6年2月3日判決参照)・・・本件ニ付敢テ別異ノ解釈ヲ容ルヘキ特殊ノ事情アルヲ見ス」と判示しています。市電の回数券における東京市の記載ほど横着ではなく,「各停留所区間料金等」まで記載されていましたが,なお「乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券」にすぎないとされています。「各停留所・区間」(上柳克郎「回数乗車券の性質」別冊ジュリ『運輸判例百選』(1971年)160頁)が記載されていても,依然として「運送契約上の(精確に言へば運送契約より生ずるものと同一の)権利」を表章した有価証券にはならないようです(なお,「料金」の記載があることだけでもって直ちに「乗車賃ニ代用セラルル一種ノ票券」にされたということではないでしょう。)。

 判例と学説が,真っ向から対立しているように見えます。

 


4 無記名有価証券性認定のための要件論

 


(1)大審院の立場

 ここで改めて注目すべきものと思われるのが,大審院の大正6年2月3日判決のうち次の部分です。

 


  是等票券を以て一種の無記名証券なりとし,之を発行したるYをして其所持人に対し運送の義務を負担せしむべきものと解釈すべきの問題に付きては,Yが内務省の認可を経て告示したる賃金表中此解釈を是認すべき何等の憑拠なく,此種の票券を以て無記名証券と看作すべき何等法律の規定なく,票券の内容も亦往復券・回数券たることを表示するに止まり,Yに於て運送義務を負担したることを表示すべき文言の記載あることなければ,他に其無記名証券性を肯定すべき事由の存せざる限りは,之を否定するを相当とす。

 


 大審院は,票券の無記名有価証券性を認めるのに慎重であり,契約におけるその旨の規定,法律の規定又は当該義務を負担した旨を表示する当該票券上の記載がなければ,容易には有価証券とは認めないという立場を採っているものと解し得る判示です。

 


(2)松本=岡松論争

 これは,松本=岡松論争における岡松博士の立場に近いもののようです。

 


  岡松博士は無記名証券たるには一定の形式を要すとし,鉄道乗車券,電車回数券の如き類は,此形式を缺くを以て無記名証券たることなしとす。是れ博士論文の中核にして,余の架空の謬想とする所なり。更に詳言すれば,博士は第一に無記名証券たる為めには,(一)一定の給付の約束,(二)所持人に弁済すべき約束,(三)債務者の署名又は記名を記載せるものたるを要すとし,其結果,乗車券類は此形式を具備せざるを以て無記名証券たることなしとし,第二に乗車券類は,若し其所持人に対して債務を負担する意思を以て発行せられたる場合に於ては,独逸民法第807条の特別規定に依り無記名票として無記名証券と同視せらるることを得べきも,此の如き特別規定なき我法律の下に於ては同一の効力を生ずることを得ざるものとす。(松本烝治「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」(1916年)松本『私法論文集』973974頁)

 


 岡松博士の無記名有価証券三要件は,ドイツ民法793条によるものとされます(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』974頁)。同条は,次のとおり。

 


 793 ある者が,当該証券(Urkunde)の所持人に一定の給付(eine Leistung)を約束する(所持人に対する債務文言(Schuldverschreibung))証券を発行した場合においては,同人から所持人は,当該証券について無権利者であるときを除き,約束に応じた給付を請求することができる。ただし,発行者は,無権利者である所持人に対して給付をしたときは,債務を免れる。

 2 記名(Unterzeichnung)の効力は,当該証券に記載された条件により,特別の形式の遵守にかからしめることができる。記名は,機械的に複製される署名(Namensunterschrift)をもって足りる。

 


「独逸民法は通常の無記名証券に上述の要件の定を為すが故に,乗車券,入場券の類に付て第807条の規定に依り特に無記名証券に関する多数の規定を準用する旨を定むるの必要を生じたもの」とされています(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』974頁)。ドイツ民法807条は,次のとおり。

 


807 債権者が記載されていない票券(Karten, Marken)又は類似の証券が,所持人に一定の給付をすることを同人が義務付けられる意思であるものとみなされる(sich ergibt)状況において発行者から交付された場合においては,第793条第1項並びに第794条,第796条及び第797条の規定が準用される。

 


松本烝治博士は,我が国の民商法にはドイツ民法793条に対応する規定がないことから,同法807条に対応する規定がなくとも,我が国においては「寧ろ所持人に対して義務を負担する意思を以て発行せられたる乗車券,入場券の類は多くは我法律の下に於ける真正の無記名証券なりとする直接方法を採」るものとしています(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』975頁)。「余が通常の鉄道乗車券又は問題の電車復券又は回数券を無記名証券なりとするは,其発行者が所持人に対して義務を負担する意思を以て発行したるものと認定するが故なり」というわけです(同976頁)。

しかしながら,この松本博士の論理の弱点は,発行者から「いやいやそんな意思はありませんでした」と否認されてしまうと窮してしまうことです。「独逸民法前の学説に依りて,積極的に所持人に弁済すべき旨の記載なきも,其所持人証券たるを得べきもの」(「電車乗車券ノ性質ニ関シテ岡松博士ニ答フ」『私法論文集』975頁)も,「証券面の文言又は発行に関する規約若くは慣習」ないしは「他の事情」によって認定されていたようです(同974頁)。発行者の意思の独断的「認定」だけではなかなか弱いでしょう。松本博士はまた,「我国に行はるる無記名社債券には、所持人に弁済すべき旨の明瞭なる記載を缺くもの少なからず存在するが如し。〔岡松〕博士の説に依れば,是等の社債券は無記名証券に非ざるものと為る。」とも反論していますが(同975頁),社債券については,その有価証券性について定める法令が存在しているところです。

 


5 鉄道の王国と長官の息子

軌道である路面電車(大正6年判決)及び乗合自動車(昭和14年判決)の回数乗車券について,大審院は松本烝治博士の無記名有価証券説を排斥しました。松本説は,学説の中にのみ生きて,判例には全く容れられないものなのでしょうか。否,松本烝治博士の父である荘一郎長官が準備した鉄道営業法の世界では,息子の説が生きることができます。「旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス」と規定する鉄道営業法15条1項があるのであって,鉄道と旅客との間においては,軌道や乗合自動車の場合のように「乗車契約は,乗車の時を以て成立するもの」というわけにはいかないことになっています。やはり,鉄道の乗車券は「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」なのでしょう。鉄道営業法15条1項の規定が,鉄道の乗車券の無記名有価証券性の「何等法律の規定」たる根拠となるものでしょう。鉄道に係る当該解釈を「其儘之を〔軌道である〕電車の復券及び回数券に応用」しようとする試みは大審院の容れるところとはなりませんでしたが,鉄道の世界にまで軌道及び乗合自動車に係る大審院判例が跳ね返ってくるわけではありません。

鉄道営業法15条1項は,次のように説明されています。

 


鉄道運送契約の性質に付ては多少の議論ありて或は雇用契約の性質に属するものなりと云ふものあれとも普通法即ち民法に於ては請負契約の一種として之を認めたり蓋し運送契約は人又は物を目的地まて運送することを目的とする契約なれはなり(民法第632条)故に運送賃は其の運送を終了したるとき即ち人又は物の到達地に到達したるときに非されは之か請求を為すことを得さるなり(民法第624条及第633条)然れとも鉄道運送に付ては独り我邦のみならす各国に於ても運賃は乗車又は物品託送の前若は其の際に之か支払を為すへきものとし或は法令を以てし或は運送条件を以て之を規定すること殆と一般鉄道営業の慣例たり旧法即ち鉄道略則第1条に於ても(賃金の事「何人に不限鉄道の列車にて旅行せんと欲する者は先賃金を払ひ手形を受取るへし然らされは決して列車に乗るへからす」)と規定せり本条は之を襲用し従前の如く普通法の例外を認め本条第1項の規定を設けたるものなり即ち旅客は先つ運賃を支払ひて乗車券を受くるに非されば乗車するの権利なきものとす故に若し乗車券なくして乗車したる場合に於て運賃を免るるの目的に出てたるものなるときは50円以下の罰金に処せらる(第〔29〕条第1号)運賃を免るるの目的にあらすして全く乗車券を購求するの暇なく鉄道係員の認諾を得て乗車したる場合に於ては20銭以内の増払を請求せられ又其の認諾を得すして乗車したる場合に於ては普通運賃2倍以内の割増運賃を請求せらるるものとす(鉄道運輸規程第23条)然れとも鉄道に於て営業上別段の定め例へは乗車後に於て乗車券を発売し又は多人数乗車特約の場合に於て運賃の後払を認諾し又は特約にあらさるも乗車賃を後払とするの運送条件を提供しあるの場合の如きは増払又は割増運賃の支払を請求せらるることなくして乗車することを得るなり(『鉄道営業法註釈』(帝国鉄道協会・1901年)2930頁)

 


請負契約の成立を前提に,その報酬の支払時期についてまず特則が設けられたものと解するのが素直でしょう。「乗車券を受くるに非されば乗車するの権利なきものとす」ですから,「乗車するの権利」が乗車券に化体されているものでしょう。鉄道係員の認諾を受けても乗車券なしの乗車の場合には「20銭以内の増払」を請求されるのですから,「乗車契約は,乗車の時を以て成立する」のが正則であるわけはありません。鉄道営業法16条1項が「旅客カ乗車前旅行ヲ止メタルトキハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依リ運賃ノ払戻ヲ請求スルコトヲ得」とわざわざ規定しているのは,運送契約が既に成立しているからでしょう。「鉄道の詐欺又は強迫に因り乗車券を購求したる者又は乗車契約の要素に錯誤ありたる場合に於ては其の契約は取消又は無効となる」(帝国鉄道協会33頁)との表現は,「乗車券を買求むるに当りて旅客運送契約が締結せられ」ることを前提としています。鉄道営業法29条の罰則(「鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ50円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス/一 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ/二 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ/三 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ」)は,乗車券が「鉄道をして運送を為さしむべき契約上の権利を表彰する有価証券」であることを前提にしたものと解さなければ理解が難しいところです。

鉄道運輸規程(明治33逓信省令第36号)14条は,「乗車券ニハ通用区間及期限,客車ノ等級,運賃額並発行ノ日附ヲ記載スヘシ/特殊及臨時発行ノ乗車券ニ在リテハ前項ノ記載事項ヲ省略スルコトヲ得」と規定していました。これを見ると,前記東京市の路面電車の回数券は,堂々たる鉄道の乗車券と比べるといかにも横着でしたね。「本件回数乗車券に関しては,単券に金額も有効期限も記載しなかった発行者側の落ち度があまりにも大きく,このような迂闊な当事者を救済するために無理な理論を展開する必要はない」とも主張されるわけですが(柴田207頁),かえって鉄道の乗車券と同様に扱わない理由ともなります。

軌道と鉄道との違いにこだわるのも,いわゆる鉄道オタクの矜持でしょう。