1 様々な鉄道オタク

 大志わかば法律事務所は,JR代々木駅北口からすぐ,山手線沿いにあるので,事務所にいると一日中ガタンゴトンと電車の音が聞こえてきます。JR東日本の本社も近くにあります。鉄道ファンの人にとっては好立地でしょう。

しかし,一口に鉄道ファンといっても,いろいろな種類の人がいるようです。

 ウィキペディアの「鉄道ファン」項目の記事によれば,いわゆる「鉄」にも,「車両鉄」,「撮り鉄」,「音鉄」,「蒐集鉄」,「乗り鉄」,「降り鉄」,「駅弁鉄」,「時刻表鉄」,「駅鉄」等と呼ばれる様々な人々がいるそうです。女性の場合は,「鉄子」ですか。

 しかし,「鉄道関係法オタク」というジャンルは,いまだに大々的には認知されていないようですね。(ただし,「法規鉄」という細分類があるようではあります。)

 鉄道関係法の世界は,19世紀末年制定の鉄道営業法(明治33年法律第65号)がなお現役で頑張っていたりして,なかなか味わい深いものがあります。しかし,さすがに片仮名書き文語体の古色蒼然たる鉄道営業法に代表される法律分野は敬遠されてしまうということでしょうか。確かに,鉄道営業法に関する解説書は古いものばかりです。

 


2 伊藤榮樹元検事総長と鉄道関係法

 ところが意外なところに鉄道関係法オタクがいるもので,故伊藤榮樹元検事総長がその一人であったようです。伊藤榮樹=河上和雄=古田佑紀『罰則のはなし(二版)』(大蔵省印刷局・1995年)におけるエッセイで,伊藤元検事総長は,新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(昭和39年法律第111号)の立法について(20頁以下),鉄道営業法26条の「鉄道係員旅客ヲ強ヒテ定員ヲ超エ車中ニ乗込マシメタルトキハ30円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス」との規定とラッシュ時の「尻押し部隊」との関係について(48頁以下),同法38条の「暴行脅迫ヲ以テ鉄道係員ノ職務ノ執行ヲ妨害シタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス」との規定と刑法208条(暴行。2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料),222条1項(脅迫。2年以下の懲役又は30万円以下の罰金),234条(威力業務妨害。3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)及び95条1項(公務執行妨害。3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金)との関係について(54頁以下)解説しています。実は,『注釈特別刑法 第六巻Ⅱ 交通法・通信法編〔新版〕』(伊藤榮樹=小野慶二=荘子邦雄編,立花書房・1994年)における鉄道営業法の罰則の解説は,伊藤元検事総長が執筆したものでした(河上和雄補正)。

 なお,伊藤元検事総長によれば,鉄道営業法26条の罰則と「尻押し部隊」との関係については,「旅客が自発的に定員を超えて乗り込もうとする場合において,それが社会常識上相当とされるときに,旅客の意思にこたえて,これを乗り込ませるべく助力する行為も,「強ヒテ」の要件を欠き,本条の罪は成立しないものと解すべきである。」とされ(伊藤=小野=荘子10頁),同法38条の罪と刑法の暴行罪,脅迫罪,威力業務妨害罪又は公務執行妨害罪との関係は,現在はいずれも観念的競合(刑法541項前段)になるものとされています(伊藤=小野=荘子3536頁)。

 


3 鉄道営業法と軌道法

 鉄道営業法の性格について,伊藤元検事総長の解説にいわく。

 


  鉄道営業法は,鉄道に関する基本法として制定され,鉄道の責任,旅客・荷主との契約関係(この点では,商法の運送契約に関する規定の特別法の性格を持つ。),鉄道係員の服務,旅客・公衆及び鉄道係員に対する罰則等を規定している。

鉄道とは,レールを敷設し,その上に動力を用いて車両を運行させ,旅客・荷物を運送する設備をいう。それは地方公共団体その他の公共団体又は私(法)人が経営する鉄道とを含む。軌道法による軌道は,鉄道と似ているが,鉄道が原則として道路に敷設することができない(〔旧〕地方鉄道法4参照)のに対し,軌道は,原則として道路に敷設すべきものとされる(軌道2)ところから,沿革的に道路の補助機関として観念されたため,法制上鉄道とは別個のものとして取り扱われている。(伊藤=小野=荘子3頁)

 


鉄道営業法は,当該鉄道が一般公衆によって利用されるものである限り,公有鉄道又は私人所有の鉄道であろうと,そのすべてに適用される。しかし,「鉄道」にあたらない軌道については,原則として適用されない(182参照)。(伊藤=小野=荘子4頁)

 


 軌道の典型は路面電車です(伊藤「古い話,つづき」伊藤=河上=古田47頁参照)。軌道法(大正10年法律第76号)2条には「軌道ハ特別ノ事由アル場合ヲ除クノ外之ヲ道路ニ敷設スヘシ」とありますから,道路上に敷設されるものである軌道を走る路面電車には,鉄道営業法ではなく軌道法が適用されるわけです。

それでは道路下に敷設されるものの場合はどうかといえば,「もともと〔旧〕建設省(以前の内務省)の主張では,道路下の地下鉄は「鉄道」ではなく「軌道」とするのが正しいとされ」ているそうです(和久田康雄『やさしい鉄道の法規―JRと私鉄の実例―』(交通研究協会・1997年)11頁)。とはいえ,普通,地下「鉄道」は軌道ではなく鉄道として,鉄道事業法(昭和61年法律第92号)61条1項(「鉄道線路は,道路法(昭和27年法律第180号)による道路に敷設してはならない。ただし,やむを得ない理由がある場合において,国土交通大臣の許可を受けたときは,この限りでない。」(旧地方鉄道法(大正8年法律第52号)4条と同旨))のただし書の許可を受けて道路の下にその「鉄道線路」を敷設しています(和久田12頁)。ただし,「大阪市営の地下鉄だけは当時の内務省の指導が強かったのか,伝統的に「軌道」となっている」そうです(和久田11頁)。

 なお,鉄道営業法18条ノ2は「第3条,第6条乃至第13条,第14条,第15条及第18条ノ規定ハ鉄道ト通シ運送ヲ為ス場合ニ於ケル船舶,軌道,自動車又ハ索道ニ依ル運送ニ付之ヲ準用ス」と規定しています。

 


4 キセル乗車等をめぐって

 


(1)キセル乗車:有人改札の場合

 ところで,検事総長御専門の刑事法,なかんずく刑法と鉄道といえば,刑法11章の往来を妨害する罪のうちの第125条以下が有名ですが,刑法246条2項(「前項の方法により〔=「人を欺いて」〕,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする〔=「10年以下の懲役に処する」〕。」)の二項詐欺との関係で,キセル乗車に係る詐欺利得罪の成否が一つの論点になっており,法学部の刑法の授業で学生たちは混乱しつつ,いろいろ頭をひねるものです。高等裁判所の判例が分かれているからです。

 (なお念のため,キセル乗車とは,乗車駅(A)からの短区間(AB)の乗車券と降車駅(Z)までの短区間(YZ)の乗車券とをそれぞれ持ち,それらの乗車券でカヴァーされていない間の区間(BY)については無賃乗車をすることです。刻みたばこを吸うための道具であるキセル(煙管)は,たばこを詰める雁首と喫煙者が口をつける吸い口とだけが金属でできていて,その間をつなぐ羅宇(らお)は金属ではない竹であることから,最初と最後との部分だけについて乗車券を買って金を払う不正乗車をキセル乗車と呼ぶようになったものです。)

 


 刑法学の教授いわく。

 


  判例上,キセル乗車の下車時に処分行為を認めることが困難であったため(⇒275頁〔「下車駅の改札係員は,改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえないので,詐欺罪の成立を否定した判例も多かった(東京高判昭35222東高刑時報11243,広島高松江支判昭51126高刑集294651)。」〕),乗車駅の行為について詐欺罪を認めようとする判例がみられた。大阪高判昭和44年8月7日(刑月18795)は,キセル乗車の意図で提示された乗車券は,旅客営業規則により本来無効であり,そのような提示行為自体が欺罔行為にあたり,改札係員が入場させた行為および国鉄職員による運送が処分行為に該当するとした。このように考えると,輸送の利益を得た時点,すなわち列車が動いた時点でⅡ項詐欺が既遂となる。しかし,このような構成は,処分者が誰なのかという点に曖昧さを残す。そこで,処分者は被欺罔者と同様,改札係員だと考えると,改札係は被告人に財産的利益を与えていない。一般の入場券入場者の利益しか与えていないからである。そこで,実質的な処分行為は,輸送を担当した乗務員が行ったといわざるを得ない。しかし,そうなると被欺罔者と処分者が異なってしまう。そこで,広島高松江支判昭和5112月6日(高刑集294651)は,「処分行為者とされる乗務員が被欺罔者とされる改札係員の意思支配の下に被告人を輸送したとも認められない」とし,キセル乗車については,欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない詐欺罪は成立し得ないと判示したのである。被欺罔者と処分者をともに旧国鉄と解することも考えられるが〔昭和44年8月7日の大阪高等裁判所判決は,二項詐欺は「被欺罔者以外の者が・・・処分行為をする場合であっても,被欺罔者が日本国有鉄道のような組織体の一職員であって,被欺罔者のとった処置により当然にその組織体の他の職員から有償的役務の提供を受け,これによって欺罔行為をした者が財産上の利益を得・・・る場合にも成立する」と説いていた。〕,詐欺の錯誤はやはり自然人について考えられるべきであろう。そうだとすると,乗車時に詐欺罪を認めることはかなり困難である。(前田雅英『刑法各論講義[第4版]』(東京大学出版会・2007年)278頁)

 


理屈っぽいですね。詐欺罪が成立するためには「欺罔行為により生じた錯誤に基づいた処分が為されなければならない」という各行為及びそれらの行為の間の因果連鎖がなければならないところが難しさの原因です。

 


(2)キセル乗車:磁気乗車券と自動改札機の場合

ところで,改札係の自然人を欺罔して,その結果同人を錯誤に陥らせて,その結果同人に処分をさせて,その結果財産上不法の利益を得ることになったのかどうかが問題になったキセル乗車ですが,「改札の機械化により問題は減少した」(前田267頁)とされています。確かに,自然人に対する欺罔行為以下が問題となる二項詐欺は,人にあらざる自動改札機相手には問題にならないのは当然です。そこで今度は,昭和62年法律第52号で追加(1987622日から施行)された刑法246条の2の電子計算機使用詐欺の成否が問題になることになりました。

 


246条の2 前条に規定するもののほか,人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り,又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者は,10年以下の懲役に処する。

 


第7条の2 この法律〔刑法〕において,「電磁的記録」とは,電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。

 


東京地方裁判所平成24年6月25日判決(判タ1384363)は,有効乗車区間の連続しない磁気乗車券を用いていわゆるキセル乗車を行い,途中運賃の支払を免れる行為は,事実と異なる入場(乗車駅)情報の記録された磁気乗車券を下車駅の自動改札機に読み取らせることにより虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供したといえるから,刑法246条の2後段の罪が成立すると判示しています(被告人は最高裁判所まで争ったものの,有罪が確定)。(なお,磁気乗車券ですから,Suica, PASMOの類(以下「Suica等」)ではありません。)確かに,下車駅の自動改札機が扉を閉ざさずに乗客を外に出してくれるときは,人間の改札係のように「改札口を通しはするが,不足運賃を請求しないという意味で通しているわけではなく,不足運賃を免除するという明確な意思表示があったとはいえない」といい得ることにはならないでしょう。下車駅の自動改札機の電子計算機は,しっかりと,各乗客につき不足運賃がないかどうかいちいち確認し,不足運賃がないと判断した上で運賃精算を請求しないという「意思」でもって,扉を開いたままにしておくのでしょう。人の場合における「欺かれなかったならば,出場を拒否し運賃の支払を要求したであろう状況のもとで,欺罔された結果,出場を許容しているのであるから不作為の処分行為に該当する」(前田276頁)場合に相当するものといい得るものでしょう。

なお,刑法246条の2にいう「虚偽の情報」について,最高裁判所平成18年2月14日決定(刑集602165)は,窃取したクレジットカードの名義人氏名,番号及び有効期限を冒用してインターネットでクレジットカード決済代行業者の電子計算機に入力送信して電子マネー利用権を取得した行為について,「被告人は,本件クレジットカードの名義人による電子マネーの購入の申込みがないにもかかわらず,本件電子計算機に同カードに係る番号等を入力送信して名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え」たものと判示しています。窃取されたクレジットカードの名義人,番号及び有効期限自体はそれとしてはその通りであるから「虚偽の情報」には当たらない,とはいえないというわけです。

 


(3)自動改札機の強行突破:磁気乗車券の場合

 


ア 鉄道営業法29

東京地方裁判所平成24年6月25日判決の事案は,小賢しく複数の磁気乗車券を使って,自動改札機の電子計算機を「欺罔」したケースでした。

それでは,もっと素朴に,うっかり乗り越してしまった場合において,入場に使った磁気乗車券をそのまま下車駅の自動改札機に挿入し,自動改札機が,乗り越しであって不足運賃があるものと正しく判断し,不足運賃の支払を求めて扉を閉ざしたにもかかわらず,えいままよとその扉を突破して出場したときはどうなるでしょうか。乗り越した旨をはっきり正直に示す磁気乗車券を自動改札機に挿入していますから,刑法246条の2後段の「虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供した」わけではありません。同条の罪は成立しないように思われます。とはいえドロボー行為ではあります。しかし,刑法235条には「他人の財物を窃取した者は,窃盗の罪とし,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」とあって,物(「財物」)ではない財産上の利益(不足運賃の踏み倒し等)は,そもそも同条で罰せられる窃盗の対象として考えられていません。「タクシーの代金を踏み倒す行為,キセル乗車も,不正に運行の利益を受ける行為と評価しうる」ものとされていて(前田182頁),財物の窃取にはなりません。利益窃盗は,「立法者が明確に不可罰としている」ものです(前田275頁)。

ここで登場するのが,鉄道営業法29条です。

 


29 鉄道係員ノ許諾ヲ受ケスシテ左ノ所為ヲ為シタル者ハ50円以下ノ罰金又ハ科料ニ処ス

 一 有効ノ乗車券ナクシテ乗車シタルトキ

 二 乗車券ニ指示シタルモノヨリ優等ノ車ニ乗リタルトキ

 三 乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ

 


30条ノ2 前2条ノ所為ハ鉄道ノ告訴アルニ非ザレバ公訴ヲ提起スルコトヲ得ズ

 


15 旅客ハ営業上別段ノ定アル場合ノ外運賃ヲ支払ヒ乗車券ヲ受クルニ非サレハ乗車スルコトヲ得ス

  〔第2項略〕

 


    罰金等臨時措置法(昭和23年法律第251号)

第2条 刑法(明治40年法律第45号),暴力行為等処罰に関する法律(大正15年法律第60号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和19年法律第4号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)につき定めた罰金については,その多額が2万円に満たないときはこれを2万円とし,その寡額が1万円に満たないときはこれを1万円とする。〔ただし書省略〕

  〔第2項以下略〕

 


鉄道営業法29条は,「旅客の不正乗車を禁ずるための罰則規定」で,「不正乗車のうち刑法246条2項で処罰できないものを処罰する規定,つまり,刑法246条2項の補充規定の性格を有するもの」とされています(伊藤=小野=荘子15頁)。鉄道営業法29条の罪は故意犯です(伊藤=小野=荘子16頁)。なお,同条の「鉄道係員」は,「鉄道の運輸,運転,保線,電気その他の分野,すなわち,現場において,直接,間接に鉄道運送の業務に従事するいわゆる現業員」のうち同条各号の行為について許諾を与える権限を有する係員ということになります(伊藤=小野=荘子16頁,6頁)。

鉄道営業法29条の「適用をみることとなる典型的なもの」としては,「駅員が不在,あるいは居ねむりをしている隙に有効な乗車券なしに乗車する,普通乗車券でグリーン車に乗るなど」が挙げられています(伊藤=小野=荘子17頁)。

キセル乗車に係る東京高等裁判所の昭和35年2月22日判決は,「乗客が下車駅において〔乗り越し〕精算することなく,恰も正規の乗車券を所持するかのように装い,係員を欺罔して出場したとしても,係員が免除の意思表示をしないかぎり,・・・正規の運賃は勿論,増運賃の支払義務は依然として存続し,出場することによってこれを免れ得るものではないから,これを以て財産上不法の利益を得たものということはできない。」として,刑法246条2項の詐欺利得罪の成立を否定しましたが,鉄道営業法29条の罪は成立するものとしています(伊藤=小野=荘子17頁参照)。磁気乗車券で乗り越してしまって下車駅の自動改札機を強行突破するときも鉄道営業法29条の罪は成立するでしょう。天網恢恢疎にして漏らさず,しっかり鉄道営業法29条が控えているわけでした。

 


イ 身柄の拘束の可否に係る刑法246条・246条の2と鉄道営業法29条との相違

しかし,刑法246条2項及び246条の2の罪の罰は10年以下の懲役であるのに対して,鉄道営業法29条の罪の罰は2万円以下の罰金(罰金等臨時措置法21項)又は科料(1000円以上1万円未満(刑法17条))にすぎません。この刑の相違は,刑事手続上も大きな違いを生みます。

まず,二項詐欺又は電子計算機使用詐欺の場合は,公訴時効は7年(刑事訴訟法25024号)であって,逮捕状を待たずの緊急逮捕もできる(同法2101項)ところです。

ところが,これに対して,鉄道営業法29条の罪の場合は,公訴時効は3年にすぎず(刑事訴訟法25026号),緊急逮捕はおろか現行犯逮捕もできず(同法217条。「犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合」を除く。),逮捕状による逮捕もできず(同法1991項ただし書(被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由がなく検察官,検察事務官若しくは司法警察職員による取調べのための被疑者に対する出頭の求め(同法198条)に応じない場合を除く。)),勾留もされません(同法603項(被告人(又は被疑者(同法2071項))が定まった住居を有しない場合を除く。))。となると,うっかり乗り越してしまって,磁気乗車券が挿入された自動改札機の扉がバタンと閉まったにもかかわらず,ズイと図々しく出場したときに,「ちょっとあんた,何してるの。鉄道営業法29条違反の犯罪だよ。」と呼び止められても,堂々と氏名を名乗り,住所を告げ,「逃げも隠れもしない。ただ,今は所用があるのでちょっと失礼する。」と高々と宣言すれば,身柄が拘束されることもなく,すたすたと立ち去ることができるということでしょうか。しかも,鉄道営業法29条の罪は親告罪(同法30条ノ2)なので,捜査当局は被疑者の身柄拘束にますます慎重にならざるを得ません。犯罪捜査規範(昭和32年国家公安委員会規則第2号)121条は「逮捕状を請求するに当つて,当該事件が親告罪に係るものであつて,未だ告訴がないときは,告訴権者に対して告訴するかどうかを確かめなければならない。」と規定しています。告訴権者から「告訴しません。」という返事があってもやはり逮捕状を請求するというのであれば同条の意味は無いでしょう。鉄道営業法29条の罪に係る親告罪の告訴期間は,告訴権者が「犯人を知つた日から6箇月」です(刑事訴訟法2351項)。

 


ウ 鉄道の場合と軌道の場合との相違

ところでそういえば,大阪市営地下鉄は軌道でした。下車駅における自動改札機強行突破を刑罰の威嚇をもって制止すべく,軌道法にもやはり鉄道営業法29条に相当する規定があるのでしょうか。(なお,都市モノレールの整備の促進に関する法律(昭和47年法律第129号)にいう都市モノレールも「支柱が道路面を占めていることから軌道」とされているそうです(和久田13頁)。ちなみに,同法に係る旧運輸省と旧建設省との「都市モノレールに関する覚書」締結までは,関東の京浜急行電鉄の大師線,関西の京阪電気鉄道の京阪線・宇治線,阪急電鉄の宝塚線・箕面線・神戸線・今津線・伊丹線・甲陽線,阪神電気鉄道の全線,能勢電気軌道の妙見線及び山陽電気鉄道の本線も,軌道であったそうです(和久田1213頁)。)

しかし,どういうわけか,軌道法には,鉄道営業法29条に相当する罰則が見当たりません。日本国憲法(736号ただし書参照)の施行の結果効力を失った罰則(和久田156頁)が並んでいる軌道運輸規程(大正12年鉄道省令第4号)の第4章にもありません(なお,また古い話ですが,軌道運輸規程4章は明治23年法律第84号(命令の条項違犯に関する罰則の件)に基づいていたもののようです。ちなみに,明治23年法律第84号については,佐藤幸治教授による『デイリー六法』の「創刊時はしがき」を参照。また,昭和22年法律第72号1条参照)。

これはどういうことでしょうか。鉄道営業法29条,15条1項及び18条ノ2を見比べながら考えると,どうも同法29条は乗車券の存在を前提とした規定であるということのようです。通し運送の場合に係る同法18条ノ2によって,乗車券の必要に係る同法15条1項が軌道に準用されるものとされているところからすると,鉄道との通し運送のときを除けば,軌道の乗客は乗車券を持たないことが原則であるようです。路面のチンチン電車を利用するのに鉄道のように事前に運賃を前払していちいち乗車券を買うということはない,ということは,確かにもっともではあります(ただし,前記の軌道運輸規程の第62項,第8条などは「乗車券」に言及してはいます。)。

それでは,「乗車券」とは何でしょうか。鉄道営業法2条1項で「本法其ノ他特別ノ法令ニ規定スルモノノ外鉄道運送ニ関スル特別ノ事項ハ鉄道運輸規程ノ定ムル所ニ依ル」と定められている鉄道運輸規程(法令番号は昭和17年鉄道省令第3号ですが,国土交通省令です(同条2項)。)の第12条は,「乗車券ニハ通用区間,通用期間,運賃額及発行ノ日附ヲ記載スルコトヲ要ス但シ特別ノ事由アル場合ハ之ヲ省略スルコトヲ得」と規定しています(軌道運輸規程には同条に対応する条項は見当たらず。)。換言すれば,通用区間,通用期間,運賃額及び発行日付の記載があって初めてまっとうな乗車券になるということでしょう。「乗車券ニ指示シタル停車場ニ於テ下車セサルトキ」には処罰されるべき旨を定める鉄道営業法29条3号の規定は,正に「通用区間」が乗車券に記載されていることを前提としているもののようです。

(なお,明治33年逓信省令第36号の旧鉄道運輸規程14条(「乗車券ニハ通用区間及期限,客車ノ等級,運賃額並発行ノ日附ヲ記載スヘシ/特殊及臨時発行ノ乗車券ニ在リテハ前項ノ記載事項ヲ省略スルコトヲ得」)に関して,「乗車券は運賃の領収証となり又通用区間の通券となるものなれは記載の事項を一定し,旅客をして一見誤謬なからしむることを要す,是れ本条に於て特に其の記載すへき事項を規定したる所以」と説明されていました(帝国鉄道協会『鉄道運輸規程註釈』(帝国鉄道協会・1901年)11頁)。)

 


(4)自動改札機の強行突破:Suica等のSFサービスの場合

鉄道営業法29条が乗車券を前提としているのならば,乗車券を使わずに鉄道を利用する場合には同条の罰則の適用があるのかどうかが問題になります。例えば,Suica等のSFStored Fare)サービスを利用して,入金(チャージ)し置いた金額での精算払い方式で電車に乗るときは,これは乗車券を持って乗車することになるのかならないのか。鉄道営業法15条1項は,「営業上別段ノ定アル場合」は乗車するのに乗車券を受ける必要がないとわざわざ規定してくれていますから,無理にSF利用時のSuica等をもって乗車券と観念する必要はないように思われます。いわんや,SFサービス利用時のSuica等のカード上には当該利用に係る「通用区間」は記載されず,また,当該利用時において下車すべき「停車場」も指示されざるにおいておや。Suica等のSFサービスを使って電車に乗ったが下車駅で自動改札機に入金額不足だと扉を閉められたので,そこでままよと自動改札機をそのまま突破したという場合には,鉄道営業法29条の適用もない,とのもっともらしい主張も一応はでき得るように思われます。(そもそも軌道には鉄道営業法29条又は同条同様の罰則の適用がないというのであれば,Suica等のSFサービス利用のときに同条の適用がないものとしても,同条の適用がある磁気乗車券の場合との不均衡をそれほど気にする必要はないということになるようでもあります。)

 


5 車内で一杯

 さてさて,いつものように長い記事でお疲れさまです。(これ以上長過ぎると,ブログにアップロード不能になるようです。)

 たまたま長距離列車に乗って旅をされている読者の方は,ここで持参のお酒を取り出して,ほっと一杯やりたくなりませんか。

 鉄道旅行のよいところは,事故を起こさないようにしらふで緊張して車を運転して,移動するだけでへとへとになるドライブ旅行とは違って,車窓風景をゆったりと味わいつつ,いい気分でお酒を楽しめることではないでしょうか。

 とはいえ,持参のお酒は残さず飲まなければなりません。

 多少量が多くても,がまんして飲み干すことが期待されます。

 鉄道運輸規程23条1項を御覧ください。

 


 23 旅客ハ自ラ携帯シ得ル物品ニシテ左ノ各号ノ一ニ該当セザルモノニ限リ之ヲ客車内ニ持込ムコトヲ得

  一 〔略〕

  二 酒類,油類其ノ他引火シ易キ物品但シ旅行中使用スル少量ノモノヲ除ク

  〔第3号から第7号まで略〕

 


 実はお酒は,飲まないならば,客車内持込禁止なのです。

 持ち込んだ以上は,そのお酒は,「旅行中使用スル少量ノモノ」なのです。

 ということは,鉄道旅行に向け準備したお酒は,車内で全部飲み干してしまって,「少量だったねぇ」と名残を惜しむものだということになるのです。

 


 しかしここから先は,「呑み鉄」の世界になるようです。


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多摩モノレール(立川北駅):ただし,これは,鉄道ではなく軌道です。