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1 はじめに

 

 今年(2013年)1031日の赤坂御苑での園遊会以来,天皇に対する請願の可否に関する議論がかまびすしいようです。
 しかしながら,インターネット検索をしてみると,「請願法違反で逮捕か」というような見出しが躍っており,請願法(昭和
22313日法律第13号)の条文に実際に当たらないまま勇ましい議論が先行してしまっていたようです。逮捕というのは刑事訴訟法に基づく犯罪被疑者の逮捕のことでしょうが,請願法には罰則の定めはありません(請願法違反の罪はない。)。したがって,直ちに「請願法違反で逮捕」ということはありません。
 司法試験合格者の増員,裁判員制度の導入等の司法制度改革が進められてきましたが,法はなお国民に身近なものとはなっていないようです。法律イコール国民を縛り,罰するもの,という意識には根強いものがあるようです。せっかく増強された法曹関係者としては,機会あるごとに,法を真に国民のものとすべく,法知識の普及に協力すべきでしょう。


 もちろん,請願法の条文に実際に当たった上での記事も見出すことができます。ただし,いわゆる憲法基本書において日本国憲法16条の請願権及び請願法に関する説明は簡略に済まされている傾向があるせいか,立法経緯に現われた政府見解等までを具体的に踏まえた議論は必ずしも多くはないようです。
 しかしながら,2000年に森内閣がIT革命を唱導して以来,インターネット上での情報提供サービスは充実してきています。国立国会図書館のウェッブサイトからは新旧の法令,帝国議会及び国会の議事録等の資料に容易にアクセスすることができます。国立公文書館のアジア歴史資料センターのウェッブサイトからは,枢密院の会議の議事筆記等にもアクセスすることができます。
 これらの興味深い資料を紹介し,現在の議論に若干なりとも広がりをもたらすことに寄与することは,
IT革命を,日本経済の発展という物的方面においてのみならず,知的方面においても公の議論の充実という形で更に前進させるための,ささやかながらも具体的な一つの実践であり得るものと思われます。


 以上前置きが長くなりました。
 要は本稿は,つい関心の赴くままにしてしまった天皇に対する請願に関する法的問題に係る調査結果を,中途半端かつお節介ながらも,法律業及びIT革命にかかわる一関係者として,「つまらないものですが,御興味があればどうぞ」と皆さんに御提供するものです。
 ただし,無論,現実の問題は複雑微妙であって,在野の一処士が,そのわずかに管見し得たところをもって,すべてについて正確に論じ得る限りではありません。したがって本稿も,何らかの具体的な問題について快刀乱麻を断たんというような大それたことを意図していないことはもちろんです。



2 参考条文

 法令の条文は,ややもすれば非常に読みづらいものです。しかしながら,日常の「法律論」においてあやふやな自説を得々と展開し,議論を
長引かせてしまう人は実は関係条文に丁寧に当たっていなかった,ということはよくある話です。換言すると,長々思案するよりも,さっさと関係条文を見た方が早い場合は少なくありません。

 請願法は全条文を掲げます。請願法には罰則規定は「無い」ということを立証するためには,その全部を見てみなければならないからです。

   
請願法

第1条 請願については,別に法律の定める場合を除いては,この法律の定めるところによる。

第2条 請願は,請願者の氏名(法人の場合はその名称)及び住所(住所のない場合は居所)を記載し,文書でこれをしなければならない。

第3条 請願書は,請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならない。天皇に対する請願書は,内閣にこれを提出しなければならない。

②請願の事項を所管する官公署が明らかでないときは,請願書は,これを内閣に提出することができる。

第4条 請願書が誤つて前条に規定する官公署以外の官公署に提出されたときは,その官公署は,請願者に正当な官公署を指示し,又は正当な官公署にその請願書を送付しなければならない。

第5条 この法律に適合する請願は,官公署において,これを受理し誠実に処理しなければならない。

第6条 何人も,請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

    附 則

  この法律は,日本国憲法施行の日194753日〕から,これを施行する。

 請願法の前提として,憲法16条で請願権が保障されています。

   日本国憲法
(昭和21113日公布,昭和2253日施行)(抄) 
第16条 何人も,損害の救済,公務員の罷免,法律,命令又は規則の制定,廃止又は改正その他の事項に関し,平穏に請願する権利を有し,何人も,かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 旧大日本帝国憲法においても請願権が認められていました。ただし,文言は異なります。


  大日本帝国憲法
(明治22211日発布,明治231129日発効)(抄)
第30条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得


 旧大日本帝国憲法30条の請願権を実質化する同条の「別ニ定ムル所ノ規程」としての旧請願令は,1917年に至って制定されました。現在の請願法の前の法規です。
 天皇等に対する「直訴(直願)の処罰」が,旧請願令
16条に定められていましたが,現行憲法が施行された1947年5月3日から旧請願令は廃止されています(したがって天皇等に対する直願の処罰規定も廃止)。


請願令(大正645日勅令第37号(施行同月25日),昭和2253日政令第4号により同日から廃止。〔 〕は,昭和201124日勅令第654号による改正(同日施行))(抄)

第10条 天皇ニ奉呈スル請願書ハ封皮ニ請願ノ二字ヲ朱書シ内大臣府〔宮内省〕ニ宛テ其ノ他ノ請願書ハ請願ノ事項ニ付職権ヲ有スル官公署ニ宛テ郵便ヲ以テ差出スヘシ

第14条 天皇ニ奉呈スル請願書ハ内大臣〔宮内大臣〕奏聞シ旨ヲ奉シテ之ヲ処理ス

第16条 行幸ノ際沿道又ハ行幸地ニ於テ直願ヲ為サムトシタル者ハ1年以下ノ懲役ニ処ス行啓ノ際沿道又ハ行啓地ニ於テ直願ヲ為サムトシタル者亦同シ


行幸は天皇のお出ましのこと,行啓は現在の警衛規則(昭和5421日国家公安委員会規則第1号)1条によれば皇后,皇太后,皇太子及び皇太子妃のお出ましのことです。
 「行幸ノ際沿道又ハ行幸地ニ於テ」天皇に直願をしようとするものでなければ旧請願令
16条には当たらなかったところです。

「不敬罪」という言葉は現在でも生きていますが,現実の当該罰則規定は,昭和22年法律第124号により19471115日から削除されています。天皇に対する不敬罪に係る削除前の条文は,次のとおりです。


刑法74条1項 天皇,太皇太后,皇太后,皇后,皇太子又は皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ3月以上5年以下ノ懲役ニ処ス


3 天皇に対する請願の可能


日本国憲法4条1項が「天皇は,この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ,国政に関する権能を有しない。」と規定していることから,請願権に係る憲法16条に関し,天皇に対する請願があり得るのか,そもそもそのような請願に意味があるのかが問題になります。
 これについては,旧大日本帝国憲法の改正案を審議した
1946年の第90回帝国議会において,既に英米法学者である高柳賢三貴族院議員から疑問が呈されていたところです。
 しかしながら,憲法担当の金森徳次郎国務大臣は,「天皇ニ対シテ請願ヲスルト云フコトノ実際的ナ効果ハ非常ニナクナルト申シマスルカ,或ハ絶無ニ近キモノトナルト思ツテ居リ」つつも,天皇に対する請願のあるべきことを力説し,肯定説で当該議論を押し切ったところです。


1946年9月17日貴族院帝国憲法改正案特別委員会


○高柳賢三君 ……天皇ハ国政ニハ干与シナイト云フ建前デアリマスガ,請願ハ総テ国政ニ関スルコトデハナイカ,サウ云フヤウナ点カラ天皇ニ請願ヲスルト云フコトハ出来ナイト云フヤウナ解釈ガ取レナイモノデスカ,其ノ点ヲ御答ヘ願ヒマス

○国務大臣(金森徳次郎君) 天皇ハ第6条,及ビ第7条ニ於テ権能ヲ御持チニナツテ居ルノデアリマシテ,其ノ範囲ニ於テ現レテ来マスル請願ニ付テハ,殊に其ノ範囲ニ於テ天皇ノ御耳ニ達スルコトノ必要ノアルコトニ付テハ,請願ヲ天皇ニ差出スコトハ許サレテ居ルト考ヘテ居リマス,併シナガラ之ガ内容ニ付テノ実行ノ面ニ動ク場合ニ於テハ,総テ内閣ノ助言ト承認ト云フ段階ニ入ツテ行クモノト想ヒマシテ,其ノ点ニ於テ矛盾ナク説明ガ出来ルモノト考ヘマス

○高柳賢三君 大体6条,7条ニ関スルコトハ天皇ノ広イ意味ノ儀礼的ナル御権能デアルヤウニ取レマスガ,請願ノ客体トナルコトハサウ云フコトヂヤナクテ,寧ロ実質的ナ国政ニ関スルコトデ,色々斯ウヤツテ欲シイト云フヤウナコトガ請願ニ関スル大部分ヂヤナイカ,サウ云フヤウナコトハ,矢張リ天皇ガサウ云フコトニ捲込マレルト云フコトハ,ソレハ天皇ノ御地位ト矛盾スルコトニナルノデハナイカ,従ツテ請願ト云フモノハ,大部分ハ陛下ニ対スル請願ト云フモノハナクナルノダ,斯ウ云フ風ニ解釈シテ宜イノデハナイカ,其ノ点ヲ御伺ヒ致シマス

○国務大臣(金森徳次郎君) 大体御説ノ通リ,天皇ニ対シテ請願ヲスルト云フコトノ実際的ナ効果ハ非常ニナクナルト申シマスルカ,或ハ絶無ニ近キモノトナルト思ツテ居リマス,併シ此ノ第6条,第7条ノ天皇ノ権能ハ,勿論大キイ目デ見レバ儀礼的要素ヲ主ニシテ居リマスケレドモ,憲法ノ規定ノ建前ト致シマシテハ,例ヘバ第7条第7号ノ栄典ヲ授与スルコト,ト云フガ如キコトハ,政治的ニ儀礼デアルト云フコトハ固ヨリ正常デアリマスルケレドモ,憲法自身ニ於キマシテハ左様ナ言葉ヲ使ツテハ居リマセヌ,従ツテ請願ノ場面ニ於キマシテモ,ソレト関聯スル程度ニ於テ,観念的ニ請願ハ成リ立ツモノト存ジテ居ル次第デアリマス

○高柳賢三君 其ノ点ハ相当重要ナ,7条ノ解釈トシテモ,例ヘバ栄典ノ授与ノ場合デモ之ヲ決定スルノハ内閣ガスル,実質的ニハ内閣ガスルト云フコトニナルノダト思ヒマスノデ,是等ノコトモサウ云フ見地カラ致シマスレバ,天皇ニ対スル請願ノ問題ハ,天皇ノ御地位ニ非常ニ影響ノアル論点ヲ含ンデ居ルノダト云フコトヲ十分ニ御注意ヲ御願ヒシタイト思ヒマス……

○国務大臣(金森徳次郎) ……天皇ニ関スル請願ノ場合デアリマスルガ,是ハ現行制度ニ於キマシテモ,天皇ニ対スル請願ト云フモノハ存在シテ居リマスケレドモ,併シ是ガ国務大臣ノ輔弼ト云フコトト矛盾シナイヤウニ扱ハレテ居ルト私ハ存ジテ居リマス,寧ロ主タル点ハ形ノ問題デアリマス,今回ノ場合ニ於キマシテモ主タル点ハ形ノ問題デアリマシテ,ドウ云フ風ニナツテ行クカト云フコトヲ今ハツキリハ申上ゲラレマセヌケレドモ,結局サウ云フモノハ,事ノ性質ニ応ジテ内閣ニ移シテ研究ヲセシメラレルト云フノガ筋ニナツテ居リマシテ,天皇自ラ之ヲ御処置ニナルト云フコトハ,其ノ点ハ余程能ク考ヘテ行カナケレバナラヌコトハ御説ノ通リト存ジテ居リマス……(第90回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会議事速記録1545頁)


ここで金森大臣がこだわった「形ノ問題」とは何でしょうか。実体においては「内閣ニ移シテ研究」するが,形としては天皇が国民から請願を受けるということにしたいということでしょうか。

確かに,旧大日本帝国憲法30条において臣民から請願を受ける者は,本来的には天皇が想定されていたところです。伊藤博文の『憲法義解』は,同条について次のように説明しています(岩波文庫版61-62頁)。


  請願の権は至尊仁愛の至意に由り言路を開き民情を通る所以なり。孝徳天皇の時に鐘を懸け匱を設け諫言憂訴の道を開きたまひ,中古以後歴代の天皇朝殿に於て百姓の申文を読ませ,大臣納言の輔佐に依り親く之を聴断したまへり……之を史乗に考ふるに,古昔明良の君主は皆言路を洞通し冤屈を伸疏することを力めざるはあらず。……猶臣民請願の権を存し匹夫匹婦疾苦の訴と父老献芹の微衷とをして九重の上に洞達し阻障する所なきを得せしむ。此れ憲法の民権を貴重し民生を愛護し一の遺漏なきを以て終局の目的と為すに由る。而して政事上の徳義是に至て至厚なりと謂ふことを得べし。

  ……

  請願の権は君主に進むるに始まり,而して推広して議院及官衙に呈出するに及ぶ。……


「明良の君主」を戴く国家としては,当然その君主に対する人民の言路を洞通する仕組みが整っていなければ,その形をなさないということでしょう。

この点,旧請願令の制定が,内閣総理大臣以下の政府のイニシャティヴによってではなく,天皇周辺の宮中(帝室制度審議会)のイニシャティヴによってされたことは示唆的です。
 旧「請願令ハ至尊御仁愛ヲ発露スルモノニシテ実ニ治国上重大ナル関係アリ」との位置付けが確認されていたところです(1917328日の枢密院会議における寺内正毅内閣総理大臣の発言)。

あるいは,現行憲法制定時にも,天皇制が存続される以上,「明良の君主」を戴くことに伴う形の一つとして,天皇に対する請願が認められなければならないものと考えられていたのでしょうか。
 しかしながら,その後
1947年の請願法案の国会審議において金森大臣は,上記の点に触れずに,天皇がその国務上の権能を行使するに当たって意思を用いるということから,天皇に対する請願のあるべきことを説明しています。
 いわく,「何故天皇に対して請願が出来るかと云へば,天皇は此の憲法に基きまして国務上の権能を御持になつて居る,既に権能を御持になるとすれば,其処に何等かの形に於て天皇の御意思が働く面があると云ふことの考を持たなければならぬ,……従つて天皇が此の憲法に依つて理論的に御意思を御用ひになる範囲があるものと云ふ解釈を執りますれば矢張り天皇に対して請願の途を設くることが正当であらうと云ふことで考へて居つた訳であります……」(第
92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録19頁)。

現行の請願法3条1項後段は,天皇に対する請願書は内閣(内閣官房の方であって,内閣府ではない。)に提出すべきことのみを定め,その後の当該請願書の処理がどうされるかは明らかに規定していません。
 これに対して旧請願令
14条は,行き届いた規定になっています。同条の趣旨は,1917年3月19日の枢密院請願令第1回審査委員会で岡野敬次郎帝室制度審議会委員から次のように説明されています。いわく,「受理セラルルモ之ニ対シテ別ニ指令ヲ与ヘサルコトヲ定ルカ故ニ臣民ハ其ノ呈出セル請願書カ如何ニ処理セラレタル乎ヲ知ル由ナキヲ以テ其ノ請願書ハ徒ラニ高閣ニ束ネラルルコトナク夫々相当ニ処理セラルヘキモノナルコトヲ一般ニ公示スル必要アリ……「之ヲ処理ス」ト謂フハ単ニ其ノ事ノ内容ニ依リ之ヲ内閣総理大臣又ハ宮内大臣ニ下付スルノ義ナリ内閣ニ於テ天皇ヨリ下付セラレタル請願書ヲ審査スルハ明カニ内閣官制ノ定ムル所ナリ〔同官制55号参照〕即チ内大臣旨ヲ奉シテ直ニ左右ヲ決定スルノ謂ニ非サルナリ」。
 天皇あての請願書は単に機械的に処理されていたわけではないようで,同じ委員会で,当時の請願処理の統計表を示しながら岡野委員は,「統計表中上奏シテ留置トアルハ思召ニ依リ御手許ニ留置カレタルモノ又上奏ニ至ラスシテ留置トアルハ内大臣府ニ留置カレタルモノナリ今後ト雖上奏後御手許ニ留置カルルモノナキニ非サルヘキモ是レ一ニ思召ニ属ス」と説明しています。

現行請願法3条1項後段の規定に関しては,金森大臣が次のように説明しています。


……内閣は何と考へても経由機関であると云ふことに帰著する訳であります,併し経由機関ではあると申しまするけれども,単純なる経由機関ではなくて是は憲法の規定から考へまして,内閣と天皇とが複雑なる組合せの下に第6条第7条の天皇の権能が行はれて行きまするので,それに合せるやうに内閣に於て処理して行かなければならぬ……此の請願書は天皇に御届けをしなければならぬ,併しながら之に付きまして,内閣が「助言と承認」〔憲法3条〕と云ふ其の字句に当るだけの働きをしなければならぬ……現実に処理されて行きます時も,矢張り内閣の助言と承認を基本としての天皇の御働きに依つて処理せられて行くと云ふやうに考へて居ります,唯それが婉曲な所でありますから,第3条の規定にはあつさりと内閣に提出する,斯う云ふ風に書いて居る訳であります(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録19頁)


4 天皇に対する直願の否定


天皇に対する直訴(正確な法令用語では直願)は不敬罪になったのでしょうか(不敬罪は,前記のとおり,現行憲法施行後の19471115日から廃止)。
 必ずしもそうではなかったようです。
 1917年の旧請願令制定の際刑法旧74条1項に天皇等に対する不敬罪が既に存在していたのに,新たに同令16条は天皇等に対する直願の罪を定め,不敬罪よりも軽く罰するものとしているからです。すなわち,同条の直願の「所為ハ直チニ刑法ニ所謂不敬罪を以テ論シ難キ場合アルヘキ」ものとの認識の下,「サリトテ之ヲ不問ニ附シ難キハ勿論」であることから,直願の罪が定められたものとされているところです(枢密院請願令第1回審査委員会での岡野委員の説明)。不敬罪に当たらない直願はあり得るが,やはり直願は迷惑なので罰しておこう,ということだったのでしょうか。

現行の請願法下における天皇への直願については,金森大臣の次の国会答弁があります。


天皇に対する直訴と云ふ点に付きましては,固より現行の制度〔旧請願令〕に於きまして之を規律致しておりますが,今回の請願法に於きましては,第3条にありまするやうに,「天皇に対する請願書は,内閣にこれを提出しなければならない。」と云ふことになつて居りますから,直訴を致しますれば,此の請願法に於いては適法ならざることは,是は一点の疑はございませぬ,従つて左様な請願と云ふものに付きましては,此の請願法に依る処置をすべき限りでないことは固よりでありまするが,唯行幸の途中を御妨げをしましたり,其の外紛擾を惹き起しまする,斯う云ふものをどう扱うかと云ふことになりますれば,此の請願法はそれに触れて居りませぬ,一般の取締と同じ立場になる訳であります,従つて文書を差出す為に行幸を紊つた場合,其の外の考から行幸を紊りました場合と同じ扱ひにならうと存じて居ります,又現実にそれが如何に処理されて行くかと云ふことは,其の時々の情勢に依りまして,之に当て嵌る一般法規で臨むと云ふ風になります,左様な法規があるかと云ふことに今度はなりまするけれども,其の点は今の処まだはつきりは致して居りませぬ,不敬罪になりますればそれはなりまするし19472月段階では不敬罪はなお存続〕,公務妨害と云ふことになりますればなりまするし,其の外一般的に処置するより外に別段の考を致して居りませぬ(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録13頁)


 請願法の保護を受けない請願として提出された文書の処置は,「一般の法規に従つて解決して行く」ものと考えられており,当該処置は「其の時の自由」であって,「却下するのも宜しいし,持つて居つて其の儘にして置くと云ふのも宜い」ものとされています(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録13頁・金森大臣)。「請願法に依る処置をすべき限りでない」のであるから,同法5条に基づき受理され,誠実に処理されることはないわけです。

 天皇への直願は,憲法16条により保護される「平穏に請願する」ことには当たらないのでしょうか。「単に請願をするのではなくて,之に力,暴力と云ふものを伴つて行」われるものが平穏な請願でないことは明らかです(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録13頁・金森大臣)。そのほか,天皇に対しては,力を伴わないものであっても,直願それ自体がそれだけで平穏ではないことになるのでしょうか。しかしながら,天皇に対する平穏でない直願は不敬罪を犯すものとされ得たものと思われる一方,天皇に対する不敬罪に当たらない直願はあり得るものとされていたところです。

 実は,天皇のみならず,公務員個人に直接請願書を出すことも,請願法に適合しない請願であるとされています。
 請願書を「どこかに出すならば,官公署に出すということが原則で,不思議はないように思いますが,これにも若干の事情がありまして,たとえば外を歩いておる役人に対して,いきなり請願書を出すということは,請願の慎重なる手続に反しますので,まず常識的にそれは官公署に出すべきものであるということ」が定められている(請願法
3条),と金森大臣から説明されています(第92回帝国議会衆議院華族世襲財産法を廃止する法律案委員会議録(速記)第12頁)。官公署とは,いわゆる役所という意味です。
 平穏でないからではなく,「請願の慎重なる手続」に反するので,「外を歩いておる役人に対して,いきなり請願書を出す」ことは請願法の手続には乗らない(受理され,誠実に処理されることはない。)ということのようです。
 金森大臣は続いて,「助言と承認とによつて行動せられます天皇に,直ちに請願書を出すことは不適当でありますし,それかと申しまして現在の〔旧請願令の〕如く内閣抜きに出るということも不合理でありまして,そこで助言と承認の責任を持つております内閣に提出すべきものであるといたしておるわけであります。」と説明していますが(同会議録(速記)
2頁),この説明だけからでは,天皇に対する直願が認められないのは天皇に対する直願は平穏な請願ではないからである,ということにはならないようです。
 「施行法律と云ふものとして書き得る事項は相当に幅のあるもの」であり,「憲法は国民の願を国家に申出ると云ふ所に重点がありますので,其の願を申出る時に,社会の一般の通念に照らしまして妥当と認めらるゝ方法を選ばせると云ふことは,是は施行法律で出来る」ということでしょう(第
92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録14頁・金森大臣(請願の形式が文書によるものに制限されることについて))。


5 請願者に対する差別待遇の憲法による禁止


憲法16条の「何人も,かかる〔平穏な〕請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」の意味については,金森大臣は次のように説明しています。


……差別待遇ヲ受ケルト云フコトハ,是ハ沿革的ニ考ヘテ見マシテ,請願ハ国民ノ重大ナル権利デアリマスルケレドモ,併シ請願ハ封建思想ノ強イ時代ニ於キマシテハ,当局者ガ甚ダシク嫌ツタモノデアリマシテ,物語ニ伝ツテ居リマスル佐倉宗五郎ノ事件ト云フノハ,即チ其ノ請願ガ其ノ請願者ノ生命ヲ奪フト云フヤウナ結果ニナツテ居ル,ダカラ請願ヲシタカラトテ,何等不利益ナル取扱ヒヲ受ケナクチヤナラヌ〔ママ〕,刑罰ハ固ヨリ,刑罰デナクテモ,何処カノ処置デ或ル利益ヲ奪ハレタリスルヤウナ不利益ヲ受ケテハナラヌ,斯ウ云フ趣旨デアリマス……(第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案委員会議録(速記)第332頁)


何等の不利益をも受けない」というのですから(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録16頁・金森大臣),1689年の英国の権利章典における請願権の保障よりも手厚いものになっています。英国の権利章典では,国王に対する請願を理由とした拘禁及び訴追が違法であるとされているだけです。
   … 
it is the right of the subjects to petition the king, and all commitments and prosecutions for such petitioning are illegal


 また,国家機関の側は,その「人間ノ弱点」を克服して,請願者に対して寛容であることが求められています。


……併シナガラ請願ヲ受ケルコトニ依ツテ或ル行政部局担任者等ガ自然不利益ナル立場ニ置カルヽコトノアルコトモ亦予想サレマス,例ヘバ自己ノ措置ガ悪カツタト云フコトニ対シテ請願ガアルト云フコトニナリマスト,人間ノ弱点カラ何トナク此ノ請願ニ対シテ不愉快ナル思ヒヲスルト云フ虞ガアル訳デアリマス,其ノ結果ト致シマシテ請願者ニ何等カノ不利益ヲ掛ケルソレガ行政上ノ手加減或ハ取締規定トカ云フモノニ依リマシテ不利益ヲ与フルコトナシト言ヘナイ訳デアリマス,例ヘテ申シマスレバ請願ヲシタ為其ノ人ヲ官庁ニ採用スル時ニハ後廻シニスルト云フヤウナコトガ考ヘラレマス,サウ云フ不届キナ考ヘヲ起スコトハ,予メ憲法ニ於テハツキリ区別シテ置カナケレバナリマセヌ,正キ請願ヲシタ者ニ対シテ,如何ナル関係ニ於テモ差別待遇ヲシテハナラナイト云フ意味ヲ之ニ表ハシテ居ル訳デアリマス(第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案委員会議録(速記)第14254頁・金森大臣)


……不利益ヲ受ケルコトガナイト,斯ウ云フコトニナラウト思ヒマス,例ヘバ官吏ガ請願ヲシタ,而モソレハ仕事ニ関シテ他ノ権限ヲ批評シタト云フヤウナコトガアツタト致シマシテモ,ソレガ為ニ官吏秩序ノ中ニ於テ不利益ヲ受ケルト云フコトガアツテハ相成ラヌノデアリマス……(第90回帝国議会貴族院帝国憲法改正案特別委員会議事速記録155頁・金森大臣)


現行請願法の法案の国会審議に当たっても,金森大臣は,「国の側と致しましては,其の請願に対しては出来るだけ深切な態度をとるべきものであるという趣旨を明らかにする」ことが同法の「眼目」の一つであると表明していたところです(第92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録12頁)。

なお,いわゆる関ヶ原町署名調査事件に係る最近の名古屋高等裁判所平成24年4月27日判決(平22(ネ)1473号・平23(ネ)452号)は,「請願権は,国民の政治参加のための重要な権利であり,請願をしたことにより処罰されたり不利益を課されたり,その他差別を受けることはないとされるべきであり,官公署は請願を受理し,誠実に処理する義務を負う(請願法5条)。官公署において,これを「誠実に」処理するとは,放置したりしてはならないことであり,誠実に処理するという名の下に,将来の請願行為をしにくくすることや請願をした者を萎縮させることが許されないのはいうまでもない。」と判示しています。


6 非国民の請願権


 非国民には請願権は認められないのでしょうか。
 しかし,「外国人でも請願が出来る」と考えられているところです(第
92回帝国議会貴族院請願法案特別委員会議事速記録15頁・金森大臣)。