1 第203回国会,菅義偉内閣及び生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律

 

(1)第203回国会及び菅義偉内閣の施政

 職業柄,筆者は国会の立法活動の状況を定期的に確認することもしています。今般,20201026日から同年125日まで開催された第203回国会における当該状況を同年末に確認したところですが,当該確認作業に着手する際には,同年916日に新たに発足した菅義偉内閣の性格ないしは意気込みを示すところの特徴ある法案があるいは多々提出されていたのではなかろうかとの想像があったところです。例えば,同年1026日の菅義偉内閣総理大臣の所信表明演説では「携帯電話料金の引下げなど,これまでにお約束した改革については,できるものからすぐに着手し,結果を出して,成果を実感していただきたいと思います。」との決意表明がありましたが,この値下げ問題は随分前から議論されていたはずのものであるところ,統制経済下の統制料金ならざる携帯電話料金の大幅値下げのような結果が,総務省の電気通信行政系官僚による行政指導が力押しに継続されることのみによって直ちに達成できるということでは,本来ないものでしょう。しかし,案外,内閣からの法案提出状況は低調であるように感じられました。

 「これは,新型コロナウイルス感染症騒動の渦中にあって,菅内閣総理大臣もそちらに精力を奪われ消耗しておられるのかしらん。」と思ったものです。そこでふと内閣総理大臣官邸ホームページというものを見てみると,そこには内閣総理大臣の近況写真が大きく掲載されています。しかし,その表情は冴えない。

 「うーん,疲れた顔だなぁ。生気が感じられんなぁ。厭になってないかなぁ。大丈夫かなぁ。」

 と感じたことを,よく覚えています。

 2021年に入ってから,同年17日に東京都,埼玉県,千葉県及び神奈川県について新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言が発出され(実施は同月8日から),同月13日には当該宣言の対象地が京都府,大阪府,兵庫県,福岡県,栃木県,愛知県及び岐阜県に拡大(発効は同月14日から),「国難の最中(さなか)にあって」,「社会経済活動を再開して,経済を回復し,「雇用を守り,事業が継続できるように」するとの菅義偉内閣総理大臣の目論見(20201026日所信表明演説)は,ここに一大頓挫を来したようです。

 

ただし,厚生労働省政策統括官付参事官付人口動態・保健社会統計室の20201221日付け報道発表資料「令和2年(2020)人口動態統計の年間統計について」によれば,「近年は,高齢化により増加傾向」であるにもかかわらず,同年の我が国の死亡数は,同年1月から10月までの累計で減少しているそうです。すなわち,人口動態統計速報によれば,当該時期の死亡数は前年同期比でマイナス1.2パーセントです(20191月から同年10月までの1147219人に対して1132904人と,14315人の減少)。ちなみに,我が国の死亡者数の増加の状況は,人口動態統計月報(概数)によれば,2016年(同年死亡数1307765人)は対前年比1.3パーセント増,2017年(同年死亡数1340433人)は同2.5パーセント増,2018年(同年死亡数1362482人)は同1.6パーセント増及び2019年(同年死亡数1381098人)は同1.4パーセント増でした。この暗鬱な死者の増加傾向が,明るく減少に反転したというのです。なお,202012312215分現在我が国で確認された新型コロナウイルス感染症に感染していたそれまでの死者の数(「新型コロナウイルス感染症による死者」のみではないことにつき,同年618日付け厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部事務連絡「新型コロナウイルス感染症患者の急変及び死亡時の連絡について」参照)は3505人だったそうであるところ(202111日付け産経新聞1432面),当該数字は,2020年の我が国における1日当たりの死亡者数37百人余よりも実は少ない。

むしろ,「新型コロナウイルス感染症の流行にもかかわらず,安倍晋三・菅義偉両政権による適切な政策の下,令和の御代第2年の我が国の死亡数は前年よりも減少し,国民の命と健康とは守り抜かれているのである。」と,政府は胸を張ってよいのかもしれません。(「戦後最大の経済の落ち込み」(菅義偉内閣総理大臣20201026日所信表明演説)は,気にしない。)新型コロナウイルス感染症に感染していた死者の数は細かく数えられ,かつ,当該感染及び死亡という各事実の存在があること自体がそもそも絶対に許されない失政として各方面から執拗に批判される一方,新型コロナウイルス感染症対策によって(副次的ながらも)寿命が少しでも延びて喜んでおられるはずのところの他のお年寄りの数は物の数に入れられずに無視される,というのであっては,政権がお気の毒に過ぎます。

 

 2021118日,第204回国会の冒頭,施政方針演説で菅義偉内閣総理大臣は「私が,一貫して追い求めてきたものは,国民の皆さんの「安心」そして「希望」です。」と語り,その理念とするところを明らかにしました。しかし,「安心」とは,いかにも平成臭い(「内閣総理大臣の国会演説に見る「安心」の平成史」参照(前編http://donttreadonme.blog.jp/archives/1070538939.html,後編http://donttreadonme.blog.jp/archives/1070539114.html))。「希望」も陳腐です。やはり疲れておられるのでしょう。

 

(2)生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(生殖補助親子関係等法)の成立

 と,以上いきなり脱線でしたが,第203回国会においては,民法関係の立法において注目すべきものがありました。秋野公造,古川俊治,石橋通宏,梅村聡及び伊藤孝恵の5参議院議員の発議に係る(いわゆる議員立法),生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(令和2年法律第76号)です(2020124日成立)。同法の第3章が「生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例」であり,同章は次の2箇条から成っています。

 

   (他人の卵子を用いた生殖補助医療により出生した子の母)

  第9条 女性が自己以外の女性の卵子(その卵子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により子を懐胎し,出産したときは,その出産をした女性をその子の母とする。

 

   (他人の精子を用いる生殖補助医療に同意をした夫による嫡出の否認の禁止)

  第10条 妻が,夫の同意を得て,夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎した子については,夫は,民法第774条の規定にかかわらず,その子が嫡出であることを否認することができない。

 

生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律(長い題名ですので,以下「生殖補助親子関係等法」と略することにします。)は20201211日に公布されていますところ,上記両条の規定は,20211211日から施行され(同法附則1条ただし書),同「日以後に生殖補助医療により出生した子」について適用されます(同法附則2条)。同日は,なかなか由々しい日であります。第9条及び第10条の規定を除いた部分については,生殖補助親子関係等法は,2021311日から施行されます(同法附則1条本文)。生殖補助親子関係等法9条及び10条の前提たる定義規定である同法2条も,同日から施行されます。

 

  (定義)

 第2条 この法律において「生殖補助医療」とは,人工授精又は体外受精若しくは体外受精胚移植を用いた医療をいう。

 2 前項において「人工授精」とは,男性から提供され,処置された精子を,女性の生殖器に注入することをいい,「体外受精」とは,女性の卵巣から採取され,処置された未受精卵を,男性から提供され,処置された精子により受精させることをいい,「体外受精胚移植」とは,体外受精により生じた胚を女性の子宮に移植することをいう。

 

また,生殖補助親子関係等法においては,国会に対して宿題を課するその附則3条が重いところです。

 

 (検討) 

〔附則〕第3条 生殖補助医療の適切な提供等を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項については,おおむね2年を目途として,検討が加えられ,その結果に基づいて法制上の措置その他の必要な措置が講ぜられるものとする。

 一 生殖補助医療及びその提供に関する規制の在り方

 二 生殖補助医療に用いられる精子,卵子又は胚の提供(医療機関による供給を含む。)又はあっせんに関する規制(これらの適正なあっせんのための仕組みの整備を含む。)の在り方

 三 他人の精子又は卵子を用いた生殖補助医療の提供を受けた者,当該生殖補助医療に用いられた精子又は卵子の提供者及び当該生殖補助医療により生まれた子に関する情報の保存及び管理,開示等に関する制度の在り方

2 前項の検討に当たっては,両議院の常任委員会の合同審査会の制度の活用等を通じて,幅広くかつ着実に検討を行うようにするものとする。

3 第1項の検討の結果を踏まえ,この法律の規定について,認められることとなる生殖補助医療に応じ当該生殖補助医療により出生した子の親子関係を安定的に成立させる観点から第3章の規定の特例を設けることも含めて検討が加えられ,その結果に基づいて必要な法制上の措置が講ぜられるものとする。

 

以下,生殖補助親子関係等法に関して,「生殖補助医療の提供を受ける者以外の者の卵子又は精子を用いた生殖補助医療により出生した子の親子関係に関し,民法(明治29年法律第89号)の特例を定める」(同法1条後段)部分を中心に,第203回国会における審議模様等について見てみましょう。

 

2 生殖補助親子関係等法

 

(1)法案発議の理由

生殖補助親子関係等法案がそもそも発議された理由については,①「生殖補助医療については法律上の位置付けがな」いこと及び②「生殖補助医療により生まれた子の親子関係については,最高裁判例や解釈によって一定の方向性が示されているものの,法律上明確な規律がないため,その子の身分関係が不安定となり,その利益を害するおそれがある状況が続いていると指摘されてお」ることが発議者から表明されています(秋野公造参議院議員(第203回国会参議院法務委員会会議録第2号(20201117日の委員会)27頁。また,第203回国会衆議院法務委員会議録第3号(2020122日の委員会)(以下「衆法務」)3頁))。

 

(2)「生殖補助医療」

 

ア 「医療」概念との関係

「生殖補助医療」について法律上の位置付けがないといわれると,確かに,そもそも「生殖補助医療」は医療に該当するのか,という問題がありそうです。

法令用語としての「医療」に関する内閣法制局筋の解説によると,「医療」とは,「医学に基づいて,人の疾病の予防又は傷病の治療(助産を含む。)のために行われる給付又はその給付内容をいい,これらの給付を行うために,又はこれらの給付に付随して必要なもの,例えば,診察,病院等への入院,看護等の給付を含む。また,疾病の予防,リハビリテーションを含むものとして用いられることがある。」(吉国一郎等編『法令用語辞典〈第八次改訂版〉』(学陽書房・2001年)23頁)とされています。

「生殖補助医療」が医療であるということになると,妊娠していない女性は,「傷病」状態(傷害を負い,又は疾病に罹患している状態)にあるということになってしまうようでもあります(「助産」は,出産段階の話で,懐胎段階の話ではないでしょう。)。そこで,女性を妊娠させるべき男性の行為は医療行為である,などと不謹慎に強弁すると,「お医者さんごっこか,ふざけるな。」とお叱りを受けることになります。

「かつて厚生省の附属機関として設置された医療制度調査会が答申した「医療制度全般についての改善の基本方策に関する答申(昭和3832)」においては,医療が「人を対象として,健康時の健康養護および健康破たんからの回復を目的として医学の実践面に要求される機能」と定義されているが,これが,最も広義における医療の定義といえよう。」ともいわれていますが(吉国等24頁),この定義でも,「生殖補助医療」が医療である以上は,妊娠しない女性は不健康(健康破綻者)だ,ということになり,妊娠していない女性に対して「僕と頑張って,赤ちゃんを作ろう。」と語りかける男性は,当該女性の健康を慮る全くの親切なおじさんであるということになってもしまいそうです。すなわち,「不妊治療への〔健康〕保険適用を早急に実現します。」と菅義偉内閣総理大臣も宣言しているところです(20201026日所信表明演説)。ただし,夫婦間のものに限られるようで,「現時点〔2020122日〕におきましては,生殖補助医療のうち,夫婦間の体外受精等について,体外受精や顕微鏡受精についての保険適用を見据えて,治療技術の標準化を目指し,ガイドラインの策定等の検討を行っているところ」であるそうです(三原じゅん子厚生労働副大臣(衆法務17頁))。

 また,医療の対象は人であるということになると,精子及び卵子を対象とする体外受精は,それのみでは医療とはならず,「体外受精を用いた医療」の段階で初めて人を対象として医療となるのでしょうか。

 

イ 子をもうけることの価値の相対性宣言

なお,参議院法務委員会及び衆議院法務委員会は,生殖補助親子関係等法案を可決した際の附帯決議において「政府は,血縁のある子をもうけることを推奨するような誤解を招くことや,子をもうけることが人生のプロセスとして当然かのような印象を与えることがないよう,適切な措置を講ずること。」を求めています(第203回国会参議院法務委員会会議録第3号(20201119日の委員会)(以下「参法務」)18-19頁,衆法務20-21頁)。

「生殖補助医療」は,せっかく新たに法律上の位置付けを得ても,「皆さん,ぼやぼやせずに是非生殖補助医療の提供を受けて,子どもを沢山もうけましょう。」と積極的に推奨されるまでのものではないようです。生殖補助親子関係等法6条は「国は,広報活動,教育活動等を通じて,妊娠及び出産並びに不妊治療に関する正しい知識の普及及び啓発に努めなければならない。」と規定していますが,そこでの「正しい知識」の「正しさ」とは,上記の非積極性を包含するものでしょう。しかし,生殖補助親子関係等法7条の「国は,生殖補助医療の提供を受けようとする者,その提供を受けた者,生殖補助医療により生まれた子等からの生殖補助医療,子の成育等に関連する各種の相談に応ずることができるよう,必要な相談体制の整備を図らねばならない。」との規定に基づく相談において,必ず子どもを授かりたいと思い詰めてやってきた「生殖補助医療の提供を受けようとする者」に対して,にこにこしながら,「血縁のある子をもうけることの推奨はしませんし,子をもうけることは人生のプロセスとして当然あるべきことではないと思ってください。」と言い放つと,とんでもないことになりそうです。

 

ウ 「生殖補助医療」の対象者

「生殖補助医療」の対象者については,生殖補助親子関係等法においては「生殖補助医療の対象者につきましては,〔略〕法律上の夫婦という言葉を,限定する文言を用いていないところであります。よって,同性カップルやシングルの方々への生殖補助医療の提供,これが法律上制限することにはならないとまず考えております。」とされています(秋野参議院議員(参法務4頁))。参議院法務委員会及び衆議院法務委員会も生殖補助親子関係等法案の可決に際してのその附帯決議において「政府は,本法附則第3条に基づく法制上の措置が講ぜられるまでの間,生殖補助医療の提供等において婚姻関係にある夫婦のみを対象とするのではなく,同性間カップルへの生殖補助医療の提供等を制限しないよう配慮すること。」を求めています(参法務18-19頁,衆法務21頁)。同性間カップルの間において子が生まれないことは,医療の対象となるべき傷病状態又は健康破綻となるようでもあります。子が生まれないことそれ自体(これは同性間ではそうなってしまうものでしょう。)よりも,むしろそのことに係る悩みが切実な問題なのでしょうか。

 

(3)生殖補助親子関係等法9条

 

ア 趣旨

生殖補助親子関係等法9条の趣旨は,「懐胎をして出産をする,その女性が出生した子の母親であるという従来の民法の解釈,そしてこの解釈を改めて示した平成19年の最高裁の決定を踏まえつつ,子の福祉の観点から,代理懐胎であるかどうかを問わず,生殖補助医療により生まれた子の母子関係を安定的に成立させようとしたものでございます。懐胎し出産した女性が出生した子の母親であるということを法律で明らかにさせていただいております。」とのことです(秋野参議院議員(参法務3頁))。

 

イ 代理懐胎の位置付け

なお,「代理懐胎を明示した親子関係について,その明確な規定は設けていない」のは,発議者としては,「代理懐胎を積極的に容認するものでは決してありません」ところであり,また,「代理懐胎をめぐっては,そもそも代理懐胎を認めるかどうか」等について「現時点ではとても広い合意が得られている状況ではございません」からであるものとされています(秋野参議院議員(参法務3頁)。生殖補助親子関係等法附則33項は,代理懐胎に係る議論の結果の受皿として設けられています(同)。)。

 

ウ 従来の民法の解釈

従来の民法の解釈は,「現行法上,第三者の卵子提供により生まれた子の母子関係を直接規定している規定はございません。もっとも,〔略〕母子関係につきましては,判例上,自然懐胎かあるいは生殖補助医療による懐胎かにかかわらず,分娩者が母となるとの解釈がされておりますので,これによりますれば,第三者の卵子提供により生まれた子につきましても分娩者が母となるものと考えられると考えております。」というものでした(小出邦夫政府参考人(法務省民事局長)(衆法務4頁))。

最高裁判所平成19323日決定・民集612619頁は,代理懐胎・出産の事案について,「現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。」と判示してします。当該決定が「母とその非嫡出子との間の母子関係についても,〔略〕母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立すると解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37427日第二小法廷判決・民集1671247頁参照)。」と述べて引用する最高裁判所昭和37427日判決は,「母とその非嫡出子との間の親子関係は,原則として,母の認知を俟たず,分娩の事実により当然発生すると解するのが相当である」と判示して,「嫡出でない子は,その〔略〕母がこれを認知することができる。」と規定する民法779条の適用範囲を大幅に狭めています。ただし,「原則として」なので,例外の場合がなおあるわけであり,それは「棄児その他,分娩の事実の不分明な場合を指すものであることは,十分に理解されるのである。」と当該昭和37年判決に係る藤田八郎裁判長はその後示唆していたところです(「「母」をたずねて」参照http://donttreadonme.blog.jp/archives/1053701038.html

 

エ 昭和37年最高裁判決の「原則として」文言との関係

生殖補助親子関係等法9条の出産女性と出生子との関係が嫡出母子関係にならない場合には,上記昭和37年判決の文言からすると,民法779条がなお適用される余地(「原則として」に対する例外が認められるとき。)がなければならないように一見思われます。しかし,「女性が自己以外の女性の卵子(その卵子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により子を懐胎し,出産したとき」とまで認められるときとは正にその分娩の事実が分明なときであって,「棄児その他,分娩の事実の不分明な場合」には当たらないのだ,したがって,生殖補助親子関係等法9条において母の認知について規定するには及ばないのだ,ということになるのでしょう。

なお,昭和37年判決以後「母の認知を要する例外に関する判例は見当たらない」そうです(二宮周平編『新注釈民法(17)親族(1)』(有斐閣・2017年)603頁(前田泰))。

 

(4)生殖補助親子関係等法10

 

ア 現行法上の解釈

生殖補助親子関係等法10条の「妻が,夫の同意を得て,夫以外の男性の精子(その精子に由来する胚を含む。)を用いた生殖補助医療により懐胎した子」と当該夫との父子関係に関しては,現行法上は次のように解されています(小出政府参考人(衆法務4-5頁))。

 

 現行法上,第三者の精子提供により生まれた子の親子関係について明記した規定はなく,また,これについて明確に判断した裁判例も見当たらないところでございます。

 もっとも,現行法〔民法776条〕は,夫が子の出生後,その子が嫡出であることを承認したときは,嫡出否認をすることができないという規定を置いておりまして,子の出生前に,医療実施について夫が事前に同意したということのみでこの規定が直接適用されることはないと考えられるところですが,一般的に,妻の生殖補助医療に同意した夫が生まれた子について嫡出否認の訴えを提起することは,信義則違反又は権利の濫用に当たり,許されないと解釈されております。

 また,下級審の裁判例で,第三者の提供精子を用いて夫の同意のもとで行われた人工授精により生まれた子に関し,母親も,夫と子の間に父子関係が存在しないといった主張をすることは許されないと判示したものがございます。

 

 ちなみに,夫以外の第三者の精液による人工授精(AID=Artificial Insemination with Donor’s semen)であって「夫の同意の下に,夫の精液を混合して,行われる」「普通」「(是非そうすべきだと思う)」の場合について我妻榮は,つとに,「夫は否認の訴えを提起しうるか。否定すべきものと思う。けだし,夫妻の間の子をえようとする積極的な意思の下にできた子であり(単なる嫡出性の承認(776条)以上に強い。むしろ縁組に相当する。),その子に対し父としての責任を課すべきことは当然だからである。」と説いていました(我妻榮『親族法』(有斐閣・1961年)229頁)。夫の精液が混合されない場合においても同様に解されるものでしょう。(なお,当該我妻説に対し,大村敦志教授は,「実質的には確かにその通りだが,〔776条について〕事前の承認を認めないという考え方からすると,このように断じてよいかどうか疑問がないわけではない。生殖補助医療に関する立法措置が必要とされた一つの理由はここにある。」と述べていました(大村敦志『民法読解 親族編』(有斐閣・2015年)146頁)。)

 

イ 夫の同意

 生殖補助親子関係等法10条の夫の同意については,「この同意には,すなわち,妻の懐胎に同意した夫は出生した子をみずからの子として引き受けるという意思を有しているというふうに考えられまして,この夫に父としての親の責任を負っていただくということが相当であるという趣旨でございます。」(古川参議院議員(衆法務6頁))ということで,「出生した子をみずからの子として引き受けるという意思」が夫に存在していることが前提とされています。

「精子提供者が誰であるかを知っていることまでは同意の要件としておりません」とされているところです(古川参議院議員(衆法務6頁))。

「書面による同意としなかった」ところであるが「当事者の十分な理解を得た上で,夫の同意を含む当事者の同意書がつくられることになるものと考えておりまして,この同意書というのは医療機関で適切に保管されるべきと私どもも考えてございます。」と期待されています(秋野参議院議員(衆法務6頁))。困った人が肝腎な重要書類を紛失しているということもままある話ですが,医療機関にお任せすれば,大丈夫なのでしょう。

同意の存在の時期については,「この同意は懐胎に至った生殖補助医療の実施時に存在している必要があると考えてございます。懐胎に至った生殖補助医療の実施前に同意が撤回された場合には,第10条の夫の同意は存在しないと考えてございます。」とされています(秋野参議院議員(衆法務6頁))。

 

ウ 夫の同意なしのAIDの場合における夫と子の父子関係

 AIDが「事実上夫の同意なしに行われた場合には,夫からの否認の訴えを認むべきである(外形的にも同棲の事実を欠く場合には,その理由で夫の子と推定されない子となる)。」と説かれています(我妻229頁)。「不妊治療中の妻が夫に無断でAIDを行ったケースにおいて」,大阪地方裁判所平成101218日判決・家月51971頁は,「夫はAIDには同意していなかったと判断し,夫のAID子に対する嫡出否認の訴えを認めた」ところです(二宮編690頁(石井美智子))。

 

エ 精子提供者との父子関係

 生殖補助親子関係等法10条の適用がある場合以外の場合において,精子提供で生まれた子が当該精子提供者に対して認知の訴えを提起できるか,また逆に当該精子提供者が当該子を認知できるかの問題については,発議者は回答を避けています(秋野参議院議員(参法務3頁))。「本法律案で規定するところではなく,各事案に応じて裁判所において決定される,その場合には,親子関係の規律,民法の規定により裁判所が判断をされるということになると考えております。」ということです(古川参議院議員(衆法務5頁))。生殖補助親子関係等法附則3条に基づき議論され決定されるべき問題であって,未確定であるものと発議者においては認識されているようでもあります(古川参議院議員(参法務12頁,衆法務5頁))。

これについて,AIDであって「事実上夫の同意なしに行われた」ものによる出生子の父子関係に係る我妻榮の見解は,当該「精液提供者との間に父子を認めることはできない(任意認知も強制認知も)」として消極です(我妻229-230)。「子の福祉を本体とする父子関係の本質に適さないからである」ことが当該消極説の理由とされています(我妻230頁)。

さりながら,夫の与り知らぬままされた人妻に対する不倫的AIDの場合であっても,精子提供者に確乎たる「出生した子をみずからの子として引き受けるという意思」があれば,当該精子提供者を父としても「子の福祉を本体とする父子関係の本質」に反しないようにも思われます(強制認知につき下記高松高等裁判所平成16716日判決参照。任意認知については「民法は,子が未成年の場合には子の承諾も母の承諾も認知の要件としていないので,精子提供者は,届出するだけで自分の精子によって生まれた子を自由に認知することができる。それに対して,子の側で,精子提供者であることを理由にまたは親とならない約束を理由に,血縁関係にある精子提供者の認知を無効とすることは難しいであろう。」と説かれていますが(二宮編694頁(石井)),この場合,自ら認知するということは「出生した子をみずからの子として引き受けるという意思」の現れであるということになるのでしょうか。)。しかしながら,そもそもAIDの実際においては,精子提供者にそのような意思は従来なかったものでしょう。「慶應義塾大学は,全国のAIDの約40%から50%をずっとやっておりました。年間で千五百ぐらいあったというふうに思っております。それまでは,ドナーは一定の人たちをお願いをして得ていたわけなんですけれども,2017年から,今後,国会で議論が進み,出自を知る権利ができるという可能性があるということをインフォームド・コンセントにおいて情報開示するようになりました。それから全くと言っていいほどドナーが現れなくなりました。」といわれています(古川参議院議員(参法務5-6頁))。「男の責任」は,男にとっては恐ろしいものです。

 

オ 夫の同意なしのAIHの場合における夫と子の父子関係

夫の精子を用いた妻に対する人工授精(AIH=Artificial Insemination with Husband’s semen)の場合であっても,夫の同意を得ていない場合はどうでしょうか。この場合,直ちに「ほとんど問題はない。普通の嫡出子として取扱うべきである。」(我妻229頁)といい得るものかどうか。「ほとんど問題はない」と判断するに当たっては,夫の同意があることが当然の前提とされていたものではないでしょうか。

最高裁判所平成1894日判決・民集6072563頁の原審である高松高等裁判所平成16716日判決は,冷凍保存された亡夫の精子によりその未亡人が受けた体外受精によって出生した死後懐胎子が提起した当該亡夫の子たることの死後認知の訴え(民法787条ただし書)に係る請求を認容しましたが(ただし,下記のとおり上告審で破棄),当該体外受精による当該死後懐胎子の懐胎に係る当該亡夫の同意を要件としています。判決文によれば,「人工(ママ)精の方法による懐胎の場合において,認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情が存しない限り,子と事実上の父との間に自然血縁的な親子関係が存在することに加えて,事実上の父の当該懐胎についての同意が存することという要件を充足することが必要であり,かつ,それで十分である」ところ,当該「父の同意を必要とする理由は「自然懐胎の場合,当該懐胎は,父の意思によるものと認められるが,男子が精子を保存した場合,男子の意思にかかわらず,当該精子を使用して懐胎し,出生した子全てが認知の対象となるとすると,当該精子を保存した男子としては,自分の意思が全く介在せずに,自己と法的親子関係の生じる可能性のある子が出生することを許容しなければならなくなる。〔略〕このような事態は,自然懐胎の場合に比して,精子を保存した男子に予想外の重い責任を課すことになり,相当でない」からであるとされています。当該論理に従えば,夫としては,同意の欠缺を理由として,妻の分娩したAIH出生子に対する嫡出の否認が可能となりそうです。(ただし,「生殖補助医療に同意していなかったという理由で,夫が血縁関係にある子を嫡出否認するのは難しそうである。」という学説もあります(二宮編684頁(石井))。)

夫の精子によって受精した妻の卵子が凍結保存され,その後当該受精卵によって当該妻が懐胎出産した子に対して,当該懐胎出産は無断で行われたとして当該夫が父子関係不存在確認の訴え(二宮編683頁(石井))を提起した事案に係る奈良家庭裁判所平成291215日判決は,父子関係の成立のためには受精卵の移植時に夫の同意が必要であるとしつつ(「凍結受精卵を移植する際に夫が,生まれた子供を夫婦の子として受け入れることに同意していることが必要」),当該事案の解決としては,嫡出推定が及ぶ場合(「別居していたが,旅行に出かけるなど夫婦の実態は失われていなかった」)であるのにもかかわらず嫡出否認の訴えによるものではないとして当該夫の請求を退けています(産経WESTウェブサイト20171215日付け「同意ない体外受精は親子関係の成立なし,奈良家裁で初判断」。控訴審の平成30426日判決は控訴を棄却していますが,夫の同意の要否については判決において触れられなかったそうです(日経電子版2018426日付け「父子関係再び認定 凍結卵無断出産,大阪高裁 元夫の控訴棄却」)。令和元年65日には上告が棄却されています(産経新聞ウェブサイト201967日付け「受精卵の無断使用,最高裁も父子関係を認定」)。)

 

カ 「父の意思」

なお,平成16716日判決において高松高等裁判所は,「自然懐胎の場合,当該懐胎は,父の意思によるものと認められる」ので,自然血縁的な親子関係だけで法的父子関係の成立を認めることができるのだ,という論理(したがって,実は,自然血縁的な親子関係のみが要件ではない。)を採用しているものと解されますが,ここでの自然懐胎の場合における「父の意思」の内実について考えるとき,筆者には,司馬遼太郎の小説の次のくだりが想起されたところです。

 

 〔前略〕秀吉は血縁の養子のたれよりも,この血のつながらぬ養子の宇喜多秀家を愛したといえるであろう。

 「まるで,実のお子のようじゃ」 

  と,ひとびとは蔭でささやいた。秀吉自身,八郎の母〔於ふく〕のからだを知っているだけに,うすうす,そのように錯覚しかねない情念をこの少年に対してもっていたのであろう。父親とは本来,出産の痛烈な動物的体験がなく,単にその子の母親のからだを知っているだけの存在にすぎない。その点では,秀吉は八郎秀家の父親としての資格は十分であった。

 「おとくな,公達よ」

  と,豊臣家の殿中では,秀吉に愛されている宇喜多秀家の遺児のしあわせをうらやまぬ者はない。

  ――母御前のおかげであろう。

  という者もある。

   (『豊臣家の人々』「宇喜多秀家」)

 

「父の意思」とは,その子に対するものというよりは,直接には,男がその子の「母のからだを知」るということに帰着するもののようです。さてそうだとすると,母のからだを知らぬ精子提供者と当該精子による人工授精等によって出生した子との間に父子関係を認めようとするときは,母のからだを知る精子提供者(夫)の場合よりも「同意」の認定に慎重たらざるを得ないということになるものかどうか(民法786条の「反対の事実」の問題ともなり得るでしょうか。)。

ちなみに,人工授精又は体外受精のための精子を提供するに当たっては,施設によっては提供者にグラビア雑誌の閲覧の便宜を図ってくれるという話を聞いたことがあります。それでは,その際当該提供者の当該提供時における「父の意思」的なるものは,どこに向かっていたものか。当該事情の報告者の証言は,曖昧でした。

 

キ 最判平成18年9月4日

ところで,最高裁判所平成1894日判決は,前記高松高等裁判所平成16716日判決を破棄して死後懐胎子による死亡男性に対する認知請求を認めませんでしたが,その理由は,「死後懐胎子と死亡した父との関係は,〔民法の実親子に関する〕法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係〔親権,監護・養育・扶養,相続,代襲相続〕が生ずる余地のないものである」ところ(なお,父の親族との間に親族関係が生ずることは最高裁判所も否定していませんが,当該親族関係はここでいう「法律上の親子関係における基本的な法律関係」には含まれないようです。),民法の実親子に関する法制が想定していない「その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題〔を解決すべき〕立法がない以上,死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係は認められない」とするものでした。死後懐胎子の請求であるから否定されたのであって,精子提供者に対する強制認知請求の要件の一般論に係る原審の判示部分を直接否定するものではないようです。

 

(5)子の「出自を知る権利」

児童の権利に関する条約(平成6年条約第2号)712文後段は「児童は〔略〕できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。」と規定していますが,当該規定は,「他人の精子又は卵子を用いた生殖補助医療」により生まれた子の「出自を知る権利」(精子又は卵子の「ドナー情報」の開示請求権ということになりましょう。生殖補助親子関係等法附則313号参照)について適用があるものかどうか。生殖補助親子関係等法案の発議者である古川参議院議員が「子どもの権利条約につきましても,父母を知る権利についてはできる限りと,アズ・ファー・アズ・ノウと,そこに書いてありますので,アズ・ファー・アズ・ポッシブルと書いてありますので,そういう意味では,今後,この日本の文化というものも考えながらその点は話し合われることになるんだと理解しております。」と答弁していることもあり(参法務4頁),一見適用がありそうでもあります。しかし,法的な父母と,精子又は卵子の提供者とは本来別のものでしょう。児童の権利に関する条約712文後段の「その父母(his or her parents)」は,養育を担うべきものとされていることからも,やはり法的な父母として解すべきものではないでしょうか。ただし,「海外では,1984年のスウェーデンを始めとして,2000年代前半までにヨーロッパやオセアニアなどの国々では出自を知る権利が認められてきました。その根拠とされているのは子どもの権利条約なんですね。子どもの権利条約の7条と8条がその根拠となっています。」(長沖暁子参考人(慶応義塾大学講師)(参法務12頁)),「子どもの権利条約第7条,8条による子供の出自を知る権利は,国連の子どもの権利条約で保障されており,そして日本も批准していますので,それを守るべきじゃないかという世界の声というのが大きかったかなと思います。」(才村眞理参考人(手塚山大学非常勤講師)(衆法務14頁)),「許斐有さんという法学者なんですけれど〔略〕第7条ですね。そして,親とは,自然的な親,つまり,血のつながった実の親のことである〔以下略〕」(同)とされています。児童の権利に関する条約81項は「締約国は,児童が法律によって認められた国籍,氏名及び家族関係(family relations)を含むその身元関係事項(identity)について不法に干渉されることなく保持する(preserve)権利を尊重することを約束する。」と規定しています。とはいえ,同項については,法律の規定が同条約に先行しなければならないものとしているように読み得ます。