1 不動産登記及び民法177条並びに対抗問題
 職業柄,不動産の登記の申請手続を自らすることがあります。(なお,登記をするのは登記所に勤務する登記官であって,申請人ではありません。不動産登記法(平成16年法律第123号)11条は「登記は,登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。」と規定しています。)

 不動産の登記といえば,まず民法(明治29年法律第89号)177条が想起されます。同条は,大学法学部の学生にとっての民法学習におけるつまづゆうなるものの一つではないでしょうか。

 

 (不動産に関する物権の変動の対抗要件)

 第177条 不動産に関する物権の得喪及び変更は,不動産登記法(平成16年法律第123号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ,第三者に対抗することができない。

 

この民法177条に関する知識は,それを持っていると他人を出し抜くことができる法律の知識の典型のような感じが初学者にはするでしょう。

 

・・・甲乙の売買契約により甲の土地の所有権は乙に移転するというのが民法の原則であるが,甲はなお同じ土地について丙と有効に売買契約を結べる。

しかし,土地の所有権はひとつであるから,たとえ有効な売買契約が2つあっても2人の買主がともに所有権を取得するというわけにはいかない。そこで,このとき乙と丙のどちらが勝つかを決めておく必要がある。ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。しかし,民法は,不動産については登記の先後で決めることにした(177条)。つまり,丙が甲から先に登記の移転を受けると,乙に優先するのである。したがって,結果的に,甲乙の売買による所有権の移転は確定的なものではなかったことになる。このときの登記を対抗要件と呼び,二重譲渡のように対抗要件で優先劣後を決める問題を対抗問題という・・・(内田貴『民法Ⅰ 総則・物権総論』(東京大学出版会・1994年)53頁)。

2 「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」 

「ひとつの考え方として,甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考えることも可能である。」というのならばその考え方を素直に採用すればよいではないか,と考えたくなるところです。

 

  ・・・ものによっては,うっかりすると〔民法典には書かれていないけれども,条文と同じ価値をもっているような法命題・準則に〕気が付かないことがあります。「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」の原則などです。私自身の学生時代の経験をいいますと,この命題は,民法では教わった記憶がなく――居眠りをしていたのかもしれませんが――ローマ法の講義と,ドイツ法の講義で教わったことを覚えています。(星野英一『民法のもう一つの学び方(補訂版)』(有斐閣・2006年)93頁)

 

「誰も自己の有する以上の権利を他人に移転できない」ということであれば,ますます売買の先後で決めればよいではないか,登記の先後で出し抜くことを認めるとは,制度を知らない普通の人間は損をするみたいでいやらしいなぁ・・・などという違和感を抱懐し続けると,法律学習から脱落してしまう危険があります。

3 フランス法における制度の変遷

しかしながら,実際に,「甲が乙に売ったことにより乙が所有権者となり,丙は無権利者甲からの買主であるから所有権を取得できない,と考え」,そのように民法を制定した例があります。1804年のナポレオンの民法典です。

 

  〔意思主義と対抗要件主義の組合せという我が国のやり方は,〕フランス民法に由来するが,フランスでは,1804年の民法典においては,177条にあたる規定がなく,先に買った者が,万人に対する関係で完全に所有権を取得し,後から買った者は負けるということになっていた。(星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会・1980年)40頁)

 

 ところが,ナポレオンの民法典における上記制度は,甥のナポレオン3世の時代に現在の日本のやり方の形に変更されます。

 

 しかし,これでは,不動産を占有するので所有者だと信じて買ったり,これに抵当権をつけても,先に買った者がいるならばこれに負けることになり,非常に取引の安全を害する。そこで,約50年後の1855年に,先に買っても,登記をしないと後から買って登記をした者に負けるということにした。取引の安全を保護するための制度だが,第三者の保護に値する事情を考慮せず,権利取得者でも登記を怠った者は保護されないという面から規定したのである。ただ,その結果,不動産を買おうとする者は,売主に登記があるならば,これを買って登記を自分に移せば,先に買った者があっても安心だ,ということになった。日本民法は,フランスにおける50年の発展の結論だけをいわば平面的に採用したのである。そのために,わかりにくい制度となっているが,この沿革を考えれば,たやすく理解できるであろう。(星野・概論Ⅱ・4041頁)

 

 「たやすく理解できるであろう」といわれても,まだなかなか難しい。


4 フランス1855年3月23日法

ところで,フランスの民法典(Code Civil)の本体が1855年に改正されたかといわれれば,そうではないようです。1855年3月23日法という特別法が制定されています。

同法の拙訳は,次のとおり。(同法はフランス政府のLegifranceサイトでは見ることができませんので,ここで紹介することに何らかの意義はあるのでしょう。条文の出典は後出のトロロンのコンメンタールです。同法の概要については,つとに星野英一「フランスにおける不動産物権公示制度の沿革の概観」同『民法論集第2巻』(有斐閣・1970年)49頁以下において紹介されています。なお,同法は現在は1955年1月4日のデクレ(Décret n˚ 55-22 du 4 janvier 1955)に代わっています。)

 

第1条 財産の状況に係る次に掲げる事項は,抵当局において(au bureau des hypothèques)謄記される(sont transcrits)。

 一 不動産の所有権又は抵当に親しむ物権(droits réels susceptibles d’hypothèque)の移転を伴う生者間における全ての証書による行為(acte)〔筆者註:acteには,行為という意味と証書という意味とがあります。星野「沿革」・論集第2巻95頁等の整理では,フランス法において登簿されるacteとは証書のことであるとされています。

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 前各号において示された性質の口頭合意(une convention verbale)の存在を宣言する全ての裁判(jugement

 四 共有物競売(licitation)において共同相続人の一人又は共有者の一人のためにされるもの(celui rendu … au profit d’un cohéritier ou d’un copartageant)を除く全ての競落許可(adjudication)の裁判〔筆者註:「共同相続人または共有者間における分割のための競売・・・において共有者の一人が競落人となったときは除かれる」のは,「共有分割と同じ関係だから」だそうです(星野「沿革」・論集第2巻52頁)。「相続財産の分割については,分割部分を受けた者は初めからその部分につき単独で直接に被相続人から相続したことになり(民883条),分割は最初からのこの状態を確認するにすぎないもので,移転行為でなく確認行為であると解されている。この理は一般原則であるとされ」ているそうです(星野「沿革」・論集第2巻54頁)。〕

 

第2条 次に掲げる事項も同様に謄記される。

 一 不動産質権(antichrèse),地役権(servitude),使用権(usage)及び住居権(habitation)の設定に係る全ての証書による行為(Tout acte constitutif)〔筆者註:我が民法の不動産質権のフランス語訳は,富井政章及び本野一郎によれば,droit de gage sur les immeublesです(第2編第9章第3節の節名)。使用権及び住居権についいては,星野「沿革」・論集第2巻48頁註11において「使用権とは,他人の物の使用をなしうる権利であり(もっとも,収益を全くなしえないのか否かの点,および,なしうるとしてその範囲につき,問題がある),住居権とは,他人の家屋を使用しうる権利である。」と説明されています。我が旧民法財産編(明治23年法律第28号)110条1項には「使用権ハ使用者及ヒ其家族ノ需要ノ程度ニ限ルノ用益権ナリ」と,同条2項には「住居権ハ建物ノ使用権ナリ」と定義されています。〕

 二 上記の権利の放棄に係る全ての証書による行為

 三 当該権利の口頭合意による存在を宣言する全ての裁判

 四 18年を超える期間の賃貸借(les baux

 五 前号の期間より短い期間の賃貸借であっても,3年分の期限未到来の賃料又は小作料(fermages)に相当する金額の受領又は譲渡(quittance ou cession)を証する全ての証書による行為又は裁判

 

第3条 前各条に掲げる証書による行為及び裁判から生ずる権利は,謄記されるまでは,当該不動産に係る権利を有し,かつ,法律の定めるところに従い当該権利を保存した(qui les ont conservés)第三者に対抗することができない(ne peuvent être opposés)。

謄記されなかった賃貸借は,18年の期間を超えて第三者に対抗することは決してできない(ne peuvent jamais)。

 

 第4条 謄記された証書による行為の解除(résolution),無効(nullité)又は取消し(rescision)の全ての裁判は,確定した日から1月以内に,登記簿にされた謄記の欄外に付記されなければならない(doit…être mentionné en marge de la transcription faite sur le registre)。

   当該裁判を獲得した代訴人(avouéは,自ら作成し,かつ,署名した明細書(un bordereau)を登記官(conservateur)に提出して当該付記がされるようにする義務を負い,違反した場合においては100フランの罰金(amende)を科される。登記官は,代訴人に対して,その調書に係る受取証(récépisséを交付する。

 

 第5条 登記官は,請求があったときは,その責任において,前各条において規定された謄記及び付記に係る抄本又は謄本を発行する(délivre…l’état spécial ou général des transcriptions et mentions)。

 

 第6条 謄記がされてからは,先取特権者又はナポレオン法典第2123条〔裁判上の抵当権〕,第2127条〔公正証書による約定抵当権〕及び第2128条〔外国における契約に基づく抵当権〕に基づく抵当権者は,従前の所有者について(sur le précédent propriétaire)有効に登記(inscription)をすることができない。〔筆者註:裁判上の抵当権については,「裁判上の抵当権とは,裁判を得た者のために,債務者の財産に対して法律上当然に発生する抵当権であって,法定抵当権におけると同様,債務者の現在および将来のすべての不動産に対して効力が及ぶものである」と説明されています(星野「沿革」・論集第2巻23頁註6)。〕

   しかしながら,売主又は共有者は,売買又は共有物の分割から45日以内は,当該期間内にされた全ての証書による行為の謄記にかかわらず,ナポレオン法典第2108条〔不動産売買に関する先取特権〕及び第2109条〔共有物分割に関する先取特権〕により彼らが取得した先取特権を有効に登記することができる。

   民事訴訟法第834条及び第835条は,削除される。〔筆者註:星野「沿革」・論集第2巻26頁にこの両条の訳がありますが,民事訴訟法834条によれば,抵当不動産譲渡及びその謄記があってもその後なお2週間はナポレオン法典2123条,2127条及び2128条に基づく当該譲渡前の抵当権者は登記ができるものとされていました(ただし,2108条及び2109条の権利者を害することを得ない。)。〕

 

 第7条 ナポレオン法典第1654条〔買主の代金支払債務不履行に基づく売主の売買契約解除権〕に規定する解除は,売主の先取特権の消滅後は,当該不動産に係る権利の移転を買主から受け,かつ,当該権利の保存のための法律に従った第三者を害する場合は行うことができない。

 

 第8条 寡婦(veuve),成年者となった未成年者,禁治産の宣告の取消しを受けた禁治産者,これらの者の相続人又は承継人が婚姻の解消又は後見の終了後から1年以内に登記しなかった場合においては,上記の者の抵当は,第三者との関係においては,その後に登記がされた日付のものとする(ne date que du jour des inscriptions prises ultérieurement)。〔筆者註:この条は,妻並びに未成年者及び成年被後見人の法定抵当権(登記を要しない(ナポレオンの民法典2135条)。)に関する規定であって,「法定抵当権とは,法律上当然に一定の債権について与えられるもので(2117条1項),妻がその債権等につき夫の財産に対して有するもの,未成年者および禁治産者がその債権等につき後見人の財産に対して有するもの,国,地方公共団体および営造物がその債権等につき収税官吏および会計官吏の財産に対して有するもの,の3種がある(2121条)。」と紹介されています(星野「沿革」・論集第2巻22‐23頁註6)。なお,星野「沿革」・論集第2巻51頁は,この1855年3月23日法8条について「1年内に登記をしないともはや第三者に対抗することができない。」と記しています。〕

 

 第9条 妻(les femmes)がその法定抵当を譲渡し,又は放棄することができる場合においては,それらの譲渡及び放棄は公署証書(acte authentique)によってされなければならず,並びに譲受人は,彼らのためにされた当該抵当の登記によらなければ,又は既存の登記の欄外における代位の付記(mention de la subrogation)によらなければ,第三者との関係においては,当該権利を取得することができない。

   譲渡又は放棄を受けた者の間における妻の抵当権の行使の順位は,登記又は付記の日付によって定まる。

 

 第10条 この法は,1856年1月1日から施行する。

 

 第11条 上記第1条,第2条,第3条,第4条及び第9条は,1856年1月1日より前に確定日付を付された証書による行為及び下された裁判には適用されない。

   それらの効果は,その下でそれらが行われた法令による。

   謄記はされていないが前記の期日より前の確定日付のある証書による行為の解除,無効又は取消しの裁判は,この法律の第4条に従い謄記されなければならない。

   その先取特権がこの法律の施行の時に消滅している売主は,第三者に対して,ナポレオン法典第1654条の規定による自らの解除(l’action résolutoire qui lui appartient aux termes de l’article 1654 du Code Napoléon)を前記の期日から6月以内にその行為を抵当局に登記することによって保存することができる。

       10条により必要となる登記は,本法律が施行される日から1年以内にされなければならない。当該期間内に登記がされないときは,法定抵当はその後にそれが登記された日付による順位を得る(ne prend rang que du jour où elle ultérieurement inscrite)。

   贈与(donation)に係る,又は返還を条件とする規定(des dispositions à charge de rendre)を含む証書による行為の謄記に関するナポレオン法典の規定については従前のとおりである(Il n’est point dérogé aux)。それらの規定は,執行を受け続ける(continueront à recevoir leur exécution)。

 

 第12条 特別法により徴収すべき手数料(droits)が定められるまでは,証書による行為又は裁判の謄記であって,この法律の前には当該手続に服するものとされていなかったものは,1フランの定額手数料と引き換えにされる。

  

 「謄記」という見慣れぬ用語については,次の説明を御覧ください。

 

・・・「謄記transcription」と「登記inscription」の使い分けについてである。transcriptionとは文字通りには転記することであるが,フランスにおける不動産の公示は,原因証書(売買契約書)の写しを綴じ込むことによって行われており,原因証書とは別に権利関係が登録されるわけではない。transcriptionという用語はこのことを示すものである。(大村敦志『フランス民法』(信山社出版・2010年)148頁)

 ただし,謄記の方法が,文字どおりの証書の筆写(transcription)から当事者によって提出された証書を編綴するシステムになったのは,1921年7月24日法(Loi relative à la suppression du registre de la transcription et modifiant la loi du 23 mars 1855 et les art. 1069, 2181 et 2182 du Code civil),1921年8月28日命令(Décret fixant le type et le coût des formules destinées à la rédaction des documents déposés aux conservations des hypothèques)及び192110月6日命令(Décret fixant le prix des bordereaux de transcription hypothécaire)による制度改正がされてからのことです(星野「沿革」・論集第2巻7778頁。また,同「フランスにおける1955年以降の不動産物権公示制度の改正」論集第2巻111頁)。


5 トロロンのコンメンタール 

1855年3月23日法については,第二帝政フランスの元老院議長にして破毀院院長(Premier Président)たるレイモン=テオドール・トロロン(Troplong)によるコンメンタールであるCommentaire de la Loi du 23 mars 1855 sur la Transcription en Matière Hypothècaire≫(抵当関係謄記に関する1855年3月23日法逐条解説)1856年にパリのCharles Hingrayから出ており,これは現在インターネット上で読むことができます。実に浩瀚なものです。おしゃれたるべき書籍の狙いや書籍としての編集上の事由から一次資料に基づく整理の多くを削除するような横着なことをすることなく,むしろ長過ぎる(trop long)くらいのこのような大著を出す西洋知識人の知的タフネスには,非常に知識に富んでいて聡明である程度であるところの我が国の学者諸賢では太刀打ちできないものでしょうか。無論,仕事に厳しい法律実務家は,婦女子生徒にもめちゃくちゃフレンドリーであるというようなことはなく,かえって迷惑がられ,悪くすると嫌われてしまうのでしょうが。

そのトロロンによる1855年3月23日法第3条解説の冒頭部分(167169頁)を以下訳出します。

 

142. 第3条は,謄記(transcription)の効果を定める。

 ナポレオン法典の原則によれば,合意(consentement)は,当事者間においても,第三者との関係でも,所有権(propriété)を移転せしめる。売買は,その締結により,買主を所有者とする。権利を失った売主(le vendeur dépouillé)は,譲渡された不動産に係る何らの権利ももはや与えることはできない。このように,誠実(la bonne foi)は欲するであって,そこからのインスピレーションがこの制度(ce système)の導き(guide)となったのである。売買について知らずに,所有者だと思って売主と取引をした者は,買主に対して何らの権利も絶対的に有さない。本人(leur auteur)が有する以上の権利を人々は取得することはできない。当該本人は,既に権利を失っているので,彼らに何も移転することはできないのである。

 唯一,約定(convention)が証明されなければならない。しかして,第三者との関係では,証書(acte)は,確定日付あるものとなった時から(du moment où sa date est certaine)しかその示す約定の存在を証明しないのである〔筆者註:ナポレオン法典1328条が「私署証書は,第三者に対しては,それらが登録された日,それらに署名した者若しくは署名した数名中の一人の死亡の日又は封印調書若しくは目録調書のような官公吏によって作成された証書においてそれらの内容が確認された日以外の日付を有さない。」と規定していました。〕。したがって,第三者との関係では,所有権の移転は,その先行性の証明となる証書の存在という条件の下に置かれることになる。同一の財産に係る2名の前後する買主の間においては,契約書が先に確定日付を受けた者が他の者に対して勝つのである。これが,ナポレオン法典による立法に基づく状況である。これが,1855年3月23日法まで支配した理論である。

 

143. しかしながら,不動産信用の必要(les nécessités du crédit foncier〔なお,「フランスでは1852年に抵当貸付銀行(Crédit foncier)というものができ」たそうです(星野英一「物権変動論における「対抗」問題と「公信」問題」同『民法論集第6巻』(有斐閣・1986年)145頁)。また,星野「沿革」・論集第2巻49頁(ここでは「土地信用銀行」と訳されています。)参照〕によって起動されたものであるこの法律は,前記の原則に抵触し,ナポレオン法典はその点において重大な変更を被ることとなった。もちろん,当事者及び彼らの承継人間においては,所有権の変動は常に合意のみによって行われるのであって,ナポレオン法典の母なる理念(l’idée mère),すなわち深く哲学的かつ倫理的な理念(idée profondément philosophique et morale)は,その全効力の中に存続する。しかしながら,第三者との関係においては,以後変動は,公の登記簿に証書が謄記されることによって(par la transcription du titre sur un registre public)初めて達成されるのである。謄記がされるまでは,売主は,当事者及び彼らの包括承継人(leurs successeurs universels)以外の者との関係では所有権の属性(les attributs de la propriétéを保持している。彼によって第三者に移転され,かつ,しかるべく正規化された(dûment régularisés)権利は,時期的には先行していてもその証書をいまだに謄記していなかった買主に対して対抗することができるのである。買主は,それらその契約を公告した第三者に対して,当該本人(son auteur)は彼自身有していなかった権利を彼らに移転することはできなかったのだと言うことをもはや許されない。買主は,少なくとも第三者との関係では,謄記によって日付をはっきりさせず(en ne prenant pas date contre lui par la transcription),売主は権利を失っていないと公衆が信ずることを正当化してしまった(en autorisant)ことによって,売主がそれらの権利をなお有するものとしたのである(l’a laissé investi de ces droits)。彼は,競合する権利に対抗されることによって被った損害について,自分のみを(à lui seul)及びその懈怠を(à sa négligence)咎めるべきである(doit imputer)。

 以上からして,所有権の移転は,現在は二重の原則によって規律されていることになる。当事者間においては,それは合意から生ずる。第三者との関係では,証書の謄記をもってその日付とする(elle ne date que de la transcription du titre)。同一の不動産に係る物権を主張する2名の間では,公示の法律に先に適合するようにした者が(celle qui se sera conformée la première à la loi de la publicité),その主張について勝利を得るのである。

 

144.以上のように論じたところで(Ceci posé),当該状況下においては,通常の理論では単なる承継人であって本人を代表し(représentant son auteur)かつ譲渡人の写し絵(image du cédant)であるところの者が,他の者のためにされた当該本人に由来するところの行為(les actes émanés de cet auteur)を争うことのできる第三者となるように見える。周知のとおり,当該二重効(ce dualisme)は,法においては新奇なものではない。どのようにして同一の個人が,ある場合には譲渡人の承継人であり,他の場合にはそうではないこととなり得るかについては,他の書物で示し置いたところである。

 難しい点は,どのような場合に第三者の利益が生じ,どのような他の場合に1855年3月23日法にかかわらずナポレオン法典の規定がそのまま適用される(demeure intacte)かを知ることにある。

 まず,買主は,その契約書を謄記していなくとも,売主に対しては,取得した不動産を請求する権利を有する。公示の規定は,このような仮定例のために設けられたものでないことは明白である。当事者は彼らの締結した契約を知らないものではなく,かつ,彼らに関しては公告は無用のものである。

 

 星野英一教授の以下のような論述には,上記トロロンの説明を彷彿とさせるものがあるように感じられます。

 

  ・・・つぎの疑問が出るかもしれない。甲は乙に完全に所有権を移したのなら,丙に移すべき権利を持っていないではないかということである。この点の説明は難しいように見えるが,実はなんのこともない。甲乙間において乙に完全に所有権が移っているということは,乙は甲に対して所有権から生ずる法律効果を主張でき,甲は乙に対して所有権から生ずる効果を主張できない,ということである。しかし,乙は丙に対しては所有権から生ずる効果を主張できないのであり,その限りで,乙の権利は不完全なものであり,甲になにものか,つまり,丙に登記を移転し,その結果乙が丙に所有権を対抗できなくなって,結局丙が完全な意味で所有権者になるようにすることのできる権能が残っている,ということである。(星野・概論Ⅱ・39頁)

 

  所有権を,ある物質的存在のように考えると,ある物の所有権はどこかにしかないことになり,甲から乙に移った以上甲から丙には移りえない,ということにもなりそうだが,所有権とは,そのような存在でなく,要するに誰かが他の人にある法律効果を主張するさいの根拠として用いられる観念的存在にすぎない。故に,乙は甲に対しては所有権を主張しうるが,丙に対してはそう主張できない,甲は乙に対しては所有権を主張できないが,丙に対してはこれを移転しうる,と考えることになんらおかしなところはないのである。このことは,所有権に限ったことではなく,法律概念にはこのようなものが多い。その実体化(物質的存在のように考えること)は誤りであることをはっきり弁えなければならない。どうしても実体的に考えたいのなら,先に述べたように乙の持っている「所有権」は,完全なものでなく「所有権マイナスα」であり,甲にαが残っている,といえばよい。そのαは,強力なもので,丙に移転され登記がされると,乙にある「所有権マイナスα」を否定する力を有するというわけである。いったん甲から乙に所有権が完全に移転する以上,甲にはもはやなにも残らないから,二重譲渡は論理的に不可能である,などといわれ,この点を説明しようとして,古くから色々の説が唱えられており,最近も新しい説が出ている。しかし,そもそもをいえば,もしも176条しかないならば二重譲渡は不可能だが,177条,178条がある以上,そんなことはなく,そのような説明は不要なのである。(星野・概論Ⅱ・3940頁)

 

 未謄記の買主間における優劣に関するトロロンの次の議論も面白いところです(177頁)。

 

 151. 謄記をしていない買主間においては,一方から他方に対して1855年3月23日法が援用されることはできない。なおもナポレオン法典の規律下にあるところであって,他方との関係における証書の日付の先行性によって紛争は解決せられるのである。第2の買主は,空しく第1の買主に対して言うであろう。もしあなたがあなたの取得を公示していたのならば,私は購入することはなかったでしょう,あなたの落ち度(faute)が私を誤りに陥らせたのです,と。第1の買主は論理的に(avec raison)答えるであろう。現在の原則によれば,あなたの購入を他のだれよりも先に謄記したときにならなければ,あなたは所有権について確実なものと保証されていないのです。で,あなたは何もしていませんでしたね。

 

 6 「日本民法の不動産物権変動制度」講演その他

 トロロンのコンメンタールの第151項を読んで面白がるのはméchantでしょうか。しかし,大村敦志教授の著書に次のようなくだりがあるところです。

 

  ・・・〔不動産物権変動におけるフランス法主義に関する研究者である〕滝沢〔聿代〕はここ〔「法定取得+失権」説と呼ばれる滝沢の見解〕から重要な解釈論的な帰結を導く。それは,「第一譲渡優先の原則」あるいは「非対称性の法理」とでも言うべき帰結である。滝沢によれば,第二買主は登記を備えることによって初めて権利を取得するのであり,登記以前に所有権を有するのは第一買主である。第一買主は登記を備えた第二買主に対抗することはできないが,第二買主が登記を備えるまでは第一買主はその権利を対外的に主張できるというのである。つまり,双方未登記の第一買主と第二買主とでは前者が優先する,言い換えれば,両者の立場は対等ではないというわけである。

  以上に対して,星野〔英一〕は異を唱えた(星野「日本民法の不動産物権変動制度」同『民法論集第6巻』〔1986,初出は1980〕)。星野の論点は次の3点にあった。一つは,議論の仕方についてである。滝沢のような議論はフランスではなされていないのであり,無用の法律構成であるというのである。もう一つは,歴史的な経緯の異同についてである。フランスでは,意思主義は1804年の民法典によって,対抗要件主義は1855年の登記法によってそれぞれ導入されたのに対して,日本では,両者は同時にセットとして民法典に書き込まれたことを重視すべきであるというのである。それゆえ最後に,フランス法では第一買主と第二買主の地位が非対称であるとしても,日本では両者を対称的に考えるべきであるというのである。(大村150頁)


 ここで大村教授は星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度 ――母法フランス法と対比しつつ――」講演を典拠として挙げていますが,同講演において星野教授が滝沢説(ないしはその方法)に「異を唱えた」という部分は,筆者の一読したところ,以下のようなものです。

 

 ・・・先に述べたような立場〔「・・・プロセスとしてどうしても,文理解釈,論理解釈といわれる操作から出発し,つぎに立法者や起草者がどう考えたかを探究し,進んで立法にさいしてもととなった外国法やその歴史に遡って調べなければなりません。これは,少なくとも学者にとって必要な作業です。これらの基礎的な作業を経たうえで,現在の立場から,先に述べた利益考量・価値判断をするわけです。その論証のしかたとしては,たとえば,日本の民法は,立法者の考え方そして立法のもととなっている外国法によれば,こういうもの,こう解釈されるべきものであった,しかし現在においては,社会情勢が立法者の前提としていたところと変わっていたり,人々の考え方が変わっているので,今日ではそれは取り得ない,としたうえで,現在の解釈としてはこうあるべきだ,というふうに論ずるわけです。」という立場〕から日本民法を理解するために,その沿革,そしてフランス民法の沿革に遡ったよい研究をした滝沢助教授が,この点〔二重譲渡の可能性の説明〕になると一転して――というより実はそもそも同氏の問題意識というか問題の出発点がそこにあるのですが――,フランスの学者もほとんど問題にしていないところの――このことは同氏の研究からも明らかです――二重譲渡の可能性ないし第二買主の権利取得の説明に苦心しているのは,やや一貫しない感があります。ここでも,というよりここでこそ――というのは日本民法もこの点では同じ,というより始めから二つの規定〔176条及び177条〕を併存させているのですから――,もっとあっさりと,フランス式で押しとおすほうが当初の方法に忠実であり,すなおではなかったか,と思われるのです。つまり,同助教授はせっかく立派な実証的研究をしているのに,ドイツ法学的(?)問題意識をもってフランス法をかなり強引に利用したように思われます。それとも,日本の学説が盛んに議論している問題だから,日本に密着した問題だということでしょうか。それなら一応わかりますが,日本の学界において盛んに問題とされているものがあまり問題とするほどのものではない〔すなわち,「どちらの問題〔二重譲渡の説明及び物権の「得喪及ヒ変更」の範囲〕についても,文理解釈・論理解釈ではわからないため,立法者,起草者,場合によりそのもととなった法律に遡らねばならないので,それなしの議論は,いわば砂上の楼閣になりかねないのです。率直に言って,従来の議論は,我妻〔榮〕先生のものでさえその辺が不十分で,現在もその弱い基盤の上に議論されているために,迷路に陥っている感がありました。」という情況〕,ということを外国法を参考にして明らかにするのも重要な意義のあることであり,私はこの問題についてはむしろそれが必要だと考えるものです。しかし,これも法律学の任務に関する考え方の違いによるものでしょうか。ただ,少なくとも,前述したやや一貫しない感じの所についての説明は必要でしょう。(星野・論集第6巻9495頁,107108頁)

 

上記部分は,「滝沢〔聿代「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」法学協会雑誌93巻9号,11号,12号,94巻4号,7号(昭和5152年)〕によって,ようやく論議のためのほぼゆるぎない基礎が確立されたといってよい,ただ後に二,三の点について述べるように,同論文にもなおこの点〔立法者・起草者,そのもととなった外国法に遡った議論〕でも若干の不統一ないし不徹底が見られるのは惜しい。」(星野「日本民法の」・論集第6巻97頁註8)とされた「二,三の点」に係るものでしょう。

なお,星野教授も,滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受」論文を引用しつつ,「同条〔民法177条〕をあえて説明すれば,物権を取得しても登記をしないでいて第三者が登記をすると失権する規定だともいえましょう」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)。また,「同条〔民法177条〕は物権を取得したが登記を怠った者の懈怠を咎めるという客観的意味を持つ規定だといってもよいでしょう。」との星野教授の理解(星野「日本民法の」・論集第6巻115頁)は,トロロンの前記コンメンタール第143項第1段落の最終部分と符合するようですが,この点に係る「民法の起草者もそんなことは言っていない」との石田喜久夫教授の批判に関し星野教授は,「民法の構造に立った理解として,滝沢助教授および私の理解以外にうまい理解のしかたがほかにあれば再考するにやぶさかではない。」と述べています(星野「日本民法の」・論集第6巻121頁註9)。少なくともこれらの点においては,星野教授は滝沢説に「異を唱えた」ものではないでしょう。(なお,石田教授と星野教授とは,「私どもは,公刊された文章でかなり厳しい批判をしあいました。契約の基本原理から,多方面の解釈論に及びます。個人的な会話においても悪口をいいあっていましたが,学者としても,人間としても,互いに尊敬しあい,心が通じていたからだと信じています。」という間柄でした(星野英一『法学者のこころ』(有斐閣・2002年)288頁)。)

そもそも1977年2月11日に広島市における全国青年司法書士連絡協議会大会おいてされた星野教授の「日本民法の不動産物権変動制度」講演は,「幸い,この点に関する優れた研究〔滝沢「物権変動における意思主義・対抗要件主義の継受(一)~(五完)」〕が最近発表されましたので,これを参考にしながらお話を進める」こととしたというものでした(星野・論集第6巻89頁)。

 

7 第三者の善意要件に関して 

 なお,ボアソナアドの旧民法財産編350条1項は「第348条ニ掲ケタル行為,判決又ハ命令ノ効力ニ因リテ取得シ変更シ又ハ取回シタル物権ハ其登記ヲ為スマテハ仍ホ名義上ノ所有者ト此物権ニ付キ約束シタル者又ハ其所有者ヨリ此物権ト相容レサル権利ヲ取得シタル者ニ対抗スルコトヲ得ス但其者ノ善意ニシテ且其行為ノ登記ヲ要スルモノナルトキハ之ヲ為シタルトキニ限ル」と規定して,第三者に善意を要求していました。初学者的には違和感の無い結果となったようです。しかしながら,いろいろ問題があるということで当該規定は現行民法には採用されなかったのでしょうか。残念ながら本稿においては,そこまで現行民法の編纂過程を調べて論ずるには至らなかったところです。(この点については,多田利隆西南学院大学法科大学院教授の「民法177条と信頼保護」論文(西南学院大学法学論集47巻2=3号(2015年)129頁以下)において現行民法の起草者である穂積陳重,富井政章及び梅謙次郎の見解が紹介されており(「不動産登記が「公益ニ基ク」公示方法として十分な効果をあげるためには「絶対的」のもの〔「第三者の善意・悪意に応じて取り扱いを分けるという相対的な取り扱いはしないということ」〕でなければならないからだというのである」(穂積について),「其意思ノ善悪ニ関シテ争議ヲ生シ挙証ノ困難ナルカ為メニ善意者ニシテ悪意者ト認定セラルルコト往々コレナキヲ保セズ。故ニ法律ハ第三者ノ利益ト共ニ取引ノ安全ヲ保証スルタメニ上記ノ区別ワ採用セザリシモノト謂ウベシ」(富井の『民法原論 第二巻 物権』における記述の紹介)及び「実際には善意・悪意の区別は困難であって,第三者によって物権変動を認めたり否定したりすると「頗ル法律関係ヲ錯雑ナラシムルモノニシテ実際ノ不便少カラス」,したがって,「第三者ノ善意悪意ヲ問ハス登記アレハ何人ト雖モ之ヲ知ラスト云フコトヲ得ス登記ナケレバ何人モ之ヲ知ラサルモノト看做シ畢竟第三者ニ対シテハ登記ノ有無ニ因リテ権利確定スヘキモノトセル」立場を採用したのだと説明」(梅の『民法要義 巻之二 物権篇』の記述に関して)),「そこでは共通して,本来であれば善意の第三者のみを保護すべきであるが,公示制度の実効性を高めることや,善意・悪意をめぐる争いの弊害を防ぐことなど,実際上あるいは便宜上の理由によって,具体的な善意要件は掲げなかったことが説かれている」と総括されています(131‐133頁)。)
 ところで,トロロンは前掲書において1855年3月23日法第3条に関してつとに次のように述べていました(229230頁)。

 

 190.謄記を援用する者に対してはまた,それは悪意(mauvaise foi)によってされたものであると主張して対抗することができる。しかし,ここでいう悪意とは何を意味するのであろうか?

取り急ぎ述べれば,謄記されていない先行する売買に係る単純な認識(la simple connaissance)は,同一の不動産を新たに買った者を悪意あるもの(en état de mauvaise foi)とはしない。このことは,贈与の謄記に関して,既に確立されたものとなっている。しかして共和暦13年テルミドール3日に破毀院は,ブリュメール法〔共和暦7年ブリュメール11日(179811月1日)の抵当貸付法(Loi de crédit hypothécaire)であって,同法の内容については星野「沿革」・論集第2巻9頁・13‐14頁註5を,所有権の移転を第三者に対抗するためには謄記が必要であるとする同法の規定がナポレオンの民法典においては採用されなかった経緯については星野「沿革」・論集2巻16頁・17頁註5註6(「ある者は,不注意か手違いのためであろうかと疑い,ある者は,部会が最後の瞬間に思い直して意見を変えたのであろうか,という」)を参照〕を適用してそのように裁判している。

  「(同院は当該判決(arrêt)においていわく)最初の売買が謄記されておらず,かつ,したがって所有権の移転がない限りにおいては,既に他者に売られていることを知り得た不動産を買う者を不正行為(fraude)をもってとがめる(accuser)ことはできない。法律によって提供された有利な機会から利益を得ることは不正行為ではないからである(car il n’y a pas fraude à profiter d’un avantage offert par la loi)。しかして,証書を謄記させるために同様の注意(une égale dilligence)を用いなかったのならば,最初の買主は自分自身を咎めるべきである。」

  しかしながら,第2の買主は,第1の買主が自らの懈怠によるというよりも売主によって第2の買主と共謀の上(avec complicité)共同してされた陰謀(une manœuvre concertée)の犠牲者であるという場合においては,第1の買主を裏切る(tromper)ために売主によって企まれた(machinée)不正行為に加担したものである。この場合においては,著しく格別な悪意(la plus insigne mauvaise foi)による行為(acte)を謄記によって掩護(couvrir)せしめることは不可能である。この意見は,新法を提案するに当たっての政府のものである。実際に,提案理由中には次のようにある。「同一の不動産又は同一の物権について同一の権利者(propriétaire)によって2ないしは多数の譲渡(aliénations)がされた場合においては,最初に謄記されたものが他の全てのものを排除する(exclurait)。ただし,最初に当該手続(cette formalité)を充足した(a rempli)者が不正行為(fraude)に加担していない(n’eût participé)ときに限る。」と。


弁護士 齊藤雅俊

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